007_名無しダンジョン攻略_②
「変わり映えしませんねぇ」
「次の階層までこんな感じだぞ」
5層にまで降りたところで、サラが呆れたような声を上げた。
まぁ、気持はわからなくもない。なにせいる魔物は毛玉だけだ。
ただ、4層からその毛玉もちょっと凶悪度が上がっている。
毛色が赤のもの、猫とかでいうところの赤ではなく、文字通り郵便ポストのように真っ赤な毛玉が現われるようなっている。
こいつらは普通に危険だ。
毛を棘のようにして突撃して来るのは一緒だが、その棘に毒を持っているのだ。
これに刺されるとかなり厄介なことになる。炎症を引き起こし、一定期間痛みが残る。だいたいひと月程。最悪なことに、魔法でも治療不能だ。もちろん、解毒剤なんて存在しない。少なくとも現状は。
我慢できないような痛みではないが、延々とピリピリとした痛みに苛まれ、患部がなにかに触れようものなら瞬間的に痛みが倍増して跳び上がるほどだ。
あれだ。イラクサ。あの大葉みたいなやつ。アレの酷い版ってところだ。イラクサは酷くても2、3日で治るからな。
「7層からはどんなモンスターがでるんです?」
「あー、なんて表現すれば分かりやすいかな。んー……あれだ、アルマジロが近いか。体形は大分違うが。鎧を纏っているモルモットって感じだな」
「鎧ですか?」
「鎧竜って分類される恐竜がいるだろ。あんな感じだ。サイズはマルチーズサイズ。こいつも無害みたいなもんだな。攻撃方法も引っ掻く、噛みつく、体当たりだけでたいした威力も無し。防具さえしっかりしてれば怪我なんてしない。個体での厄介さでいえば毒持ちの赤毛玉の方が上だ。ただ、くっそ固いから攻撃がまともに通らん」
「そんなに固いんですか」
「あぁ。おまけに全耐性持ちだからなぁ。カメだったら噛みつかれたところを引っぺがして、ひっくり返して置けばほぼ無力化できるんだが、こいつはひっくり返したところで無意味だからなぁ。だから群れで襲われてたら厄介極まりない」
わらわら纏わりついて面倒なんだ。ちっこいくせにパワーもある。だから、集団で襲われたら最悪な状況に陥ることになる。引き倒されたが最後、もう死ぬしかない。
「対処法は?」
「首や脚の付け根、膝裏なら問題なく剣だのは通る。ただちっこいから狙うのが面倒だ。噛みつきに来たところを、口に銃撃して俺は倒してるな」
「地味に狙いにくいですね」
「ひっくり返せば、腹側はどこでも攻撃が通るんだけどな。まぁ、ひっくり返してもそこそこすばしっこいからすぐに起き上がられるんだが」」
「それはまた……」
「普通に殴っても倒せなくはないが、鎧っていっても要は高質化した皮膚だから、微妙に衝撃吸収性も持ち合わせてるんだよ。だから打撃や斬撃だとえらい時間が掛かるぞ。おまけに魔法も効きが悪い、ってのはさっきもいったな」
「……そんなモンスターしかいないから、誰もここに来ないのでは?」
あぁ、確かに。実入りが少ないもんなぁ。ここ。
「ちなみに、その装甲ネズミのドロップはなんです?」
「皮」
「……需要は?」
「微妙かなぁ。鞄とか盾の素材にはいいんだけどな。あとは、ソフトレザーアーマーの要所に使うとか」
「あぁ。軽装鎧の急所保護には丁度良さそうですね」
「金属でも事足りるだろ?」
「……」
いや、いい笑顔で固まんないでくれよ。
「なんで姉さんはこんなダンジョンに定期的に来てたんですか」
「ん? 今回みたいな戦闘技術の確認。そこそこすばしっこく、的が小さい相手だからな。怪我の完治後に体捌きを確認するには丁度いいんだよ。
あとはラスボスの素材目当てだな」
「ボスのドロップは優秀ですか」
「優秀って云うか、ここのボスは魔物じゃなくて魔獣として出現するから、ドロップはボスそのものまるごとだ」
魔物は、云わばマナが作り出した実体ある幻影だ。だから切りつけても体液だのが出ることはなく、倒せば霧となって消えてアイテムをドロップする(こともある)。
一方、魔獣は血肉を与えられた生物だ。ただ、ダンジョンにいる間は不老不死の存在だ。だから倒すとなると、普通に害獣駆除をするようにグロいことになる。得られるものは倒した魔獣そのもの。普通に狩りをしたようなものだな。また魔獣タイプのダンジョンモンスターは基本ボスとして設置されているので、いわゆるドロップ枠のアイテムは、討伐後出現する宝箱がそれに相当するだろう。
で、俺はここのダンジョンには、リハビリや鍛錬、装備用の素材の為に来ているわけだ。今回も体格が変わったことで、狂っているであろう戦闘勘の調整を目的に来たわけだしな。
通路をテクテクと進みながら、銃撃で装甲ネズミを仕留めていく。仕留めたネズミの所に辿り着くころには、ネズミは消えて魔石が転がっているという寸法だ。運が良ければドロップ品も落ちているだろう。
……12層への階段を降りる。ここに来るまでネズミを50匹くらい仕留めたが、ドロップは僅か2。確定ドロップの極小魔石ばっかり集まってもなぁ。相も変わらずの渋さだ。
さて、目的地についた。
12層はボス部屋のみ。見慣れたボスの姿に安心する。
ここでボスのレア個体とかいたら、面倒どころじゃないからな。この体の慣らしで、そんな厄介なモノとやり合いたくない。
サラがちょんちょんと俺の肩をつついた。
「……あの、姉さん。アレ、サイズは少々小柄ながらも、竜に見えるのですが」
サラがボス部屋の奥に丸まっている黒い塊、即ちボスを指差した。
俺は頷いた。
「あぁ、紛れもなく竜だぞ、アレ」
黒い塊。サイズにして小さな山小屋サイズのそれは竜。
黒蒸気竜。
蒸気竜の亜種だ。本来の蒸気竜は黄銅色だが、こいつは真っ黒でサイズも炎飛竜程度……体長6メートル程(尻尾を含めれば10メートル程)だ。
この蒸気竜だが、こいつの強さ自体は竜の中では弱い部類に入る。だが厄介さでいえば最悪の部類の竜だ。そして亜種はさらに凶悪になる。
蒸気竜という名称の通り、こいつのブレスは蒸気だ。そして、火傷の類で一番ひどい有様になるのは高温の蒸気だ。火竜のブレスが一瞬肌を舐めた程度であれば、防御次第では産毛が焼かれる程度で凌ぐことができる。が、蒸気竜のブレスはそうはいかない。蒸気が肌に纏わりつき、容赦なく火傷を負わせる。
【BS】を多用した機動力全振りの戦い方とは相性が悪い。蒸気に突っ込んだらそれで終わるからな。
さて、それじゃ――あれ? サラが頭を抱えて蹲ってる。どうした!?
「これですか。これがトーカ姉様の云っていたことですか。理解しました。理解しました。理解しましたが――」
「サラ?」
呼ぶと、疲れ切ったような顏で俺を見上げ……というか、俺の背丈の関係で視点がさして変わらんな。一応、いまみたいに蹲ってれば俺の方が少しばかり高いが。
「なんで調整でドラゴンなんですか!?」
「いや、丁度いいからだが。それじゃサクッと確認して来るから、ここでじっとしていてくれ。階段エリアはボス部屋外だから、攻撃はシャットアウトされる」
ショットガンと剣を手にボス部屋に踏み込む。剣は刀身がないから、若干滑稽だろうが。懐中電灯みたいにしか見えんし。
動き出した黒蒸気竜が頭をもたげる。
って、開幕ブレスか。
弧を描くように蒸気竜の背後へ回り込むように動く。当然、竜の首は俺を狙うようにその向きを変える。
喉元が大きく膨らみ、蒸気が吐き出された。
【BS】、【BS】、【BS】。――よし、勢いでスッ転ぶなんてこともないな。つか、体重が軽いせいで扱いは楽だが制御が大雑把になるな。思ったよりも使い勝手の感覚が違い過ぎる。
連続で跳び、一気に背後へと回り込む。足を止めず背後をキープしながら蒸気竜の様子を伺う。
さて、素材を無駄に傷めないようにしないとな。やっぱり首を落とすのが最良だな。
蒸気竜は背後に回った俺を追うべく、ズシンズシンと向きを変える。
床は蒸気で湿った上、やや腐食し、水蒸気以外の煙を上げている。
これが亜種の厄介なところだ。吐き出す蒸気に僅かながらも酸が混じっている。
個体的には普通の蒸気竜のほうが強い。だが亜種はそれを補うようにブレスがさらに厭らしくなっている。
直撃は論外。うっかり吸いこもうものなら、肺が焼け爛れて呼吸不能となり死ぬ。
さて、ブレスをもう一度吐いて貰おうか。
蒸気竜のもっとも簡単な倒し方。それはブレスを吐く直前、膨らんだ喉元を攻撃することだ。
膨らませ、伸びきった皮は余裕がないため切り裂き易い。
逆鱗? こいつにゃ鱗はないからそんなもんはないな。そもそも、俺は逆鱗を持った竜にお目にかかったことはない。竜なんぞ散々討伐してんだけどな。
自らの尻尾を追うようにクルクルと回る竜の前に姿を晒す。
ちょこまかと煩い俺に苛立っていたのだろう。目の前に現われた途端にブレスの準備をする。
滅多に来ない探索者。蒸しあげたそれはきっとこいつにとってはご馳走なんだろうが――
残念。貴様が喰らうのはこっちだ。
トン、と軽く跳ねる。そして【BS】×3。
先ずは右前方に跳びブレスを撃つ方向を誘導する。そして吐かれる前に左、正面と2回跳び、剣の刀身【MS】を発生させる。
剣、といっても魔法発動体から魔力で刀身を造るため、見た目的には柄しかない。懐中電灯みたいな見た目のそれは、SF映画に登場する光剣そっくりだ。
まぁ、日本で日常的に持ち歩くには都合がいいか。……懐中電灯常備の幼女なんて、あからさまに変ではあるが。
青白く光る刀身を振り、斬る。が――
ちっ、俺の体が軽すぎる。斬撃の反動で体が浮いちまう。
皮膚に僅かな切り傷を付けただけで刀身は消えた。ブレスが吐かれている。
次はない。相手は竜、伊達にボスとして配置されているわけでない。なにせモンスターの頂点の一角。仕切り直しての同じ攻撃は自殺行為と同義だ。
しゃあねぇ、予定変更! 斬れないなら突く。
【BS】!
柄を突き出し、刀身を発生させ、【BS】の勢いで突撃する。
魔力の刀身は斬りつけた竜の喉元を貫いた。刀身が消える。同時に再度【BS】でその場から退避する。空けた傷口から噴き出す蒸気に当たったらたまらない。
蒸気竜がのたうつ。叫び声を上げたいのだろうが上げられない。異様な声のようなものだけが聞こえる。
それもそうだ。酸性の蒸気ブレスが暴発したようなものだ。穴を開けられ、そこから噴き出した酸性蒸気が傷口はもとより、喉の諸器官を焼いているのだ。
さて、これでブレスは封じた。明確な弱点も造った。あとは止めだ。
痛みに慣れ、僅かながらに動きの鎮静化した竜に再度肉薄する。
竜は死角に入り込んでいた俺をすっかり見失っている。
【GS】
全身、並びに装備に魔法の防護膜を張る。
大きく口を開けた傷口に、魔力に淡く光るソードオフショットガン。ツインバレルのこのショットガンは、仕込んであるふたつの『魔法辞書』それぞれで効果が違う。
ひとつはショットシェル。とはいっても6発の【魔法弾】を同時射撃。
ひとつはスラッグ弾。単発で本来よりも高威力な【魔法弾】を射撃。
今回撃つのはスラッグ弾の方だ。新品の銃だが、グリップ以外はこれまで使ってきたものと変わらない仕様で作り上げたものだ。
だから、ついうっかりでふたつある引き金に掛ける指を間違えるなんてことはない。
引き金を引く。俺の魔力を喰い魔法の弾丸が放たれる。それは見事に竜の体内を穿ち、その頸椎を粉砕した。
ビクンッ! と、竜がその巨体を一瞬痙攣させる。
左手の銃を引き抜き、トンと、俺は普通にバックステップをひとつ。
ズシン、と竜は前のめりに倒れた。
頸椎を粉砕されたんだ。もう心臓は止まっている。もはや動きようもないだろうが、まだ竜は死んではいない。
地に伏した竜は、恨めしそうにその視線を俺に向けている。だがその強烈な殺意の籠った目も、だんだんと光を失い、やがて消えた。
よし、討伐完了。
俺は蒸気竜に手を当て、倉庫に送った。
「サラ、終わった」
うん? なんでサラはまだ頭を抱えたままなんだ?
「どうした?」
「姉様の云っていたことがどういうことか、噛み締めているところです」
「ん?」
「こちらのことです」
「なにを悩んでいるのかわからんが……」
「いえ、大丈夫です。問題ありません。それより、ひとつお願いがあります」
「なんだ?」
「私の装備も作ってください」
「あぁ。それなら当然造るぞ。その為に、戦闘勘の調整ついでに黒蒸気竜を狩りに来たんだからな。とりあえずあと3頭も狩っておけば戦闘調整も大丈夫だろ。金にもなるし」
そういうとサラはまたしても頭を抱えた。
その姿に、俺は首を傾げるのだった。




