001_【神 vs 神】 ← 乱入者
胸を押さえ、【青】は膝をついた。【青】の正面では【緑】が勝ち誇ったように腕組みをし、見下すように立っている。その表情は見て取れないが、ニヤニヤとした笑みを浮かべているであろうことがアリアリと感じられる。
【青】。トルマリンのような淡い空色をした人型のシルエット。
【緑】。玉虫のような虹色の光沢を煌めかせる人型のシルエット。
双方とも人ではない。
「ハハハ。残念だったな。我が力をここまで抑えたことは褒めてやろう。だが、一歩及ばなかったな。もはや我に不備はない。これまでだ」
「……」
【緑】の言葉に答えず、【青】は片膝をついたまま、荒い呼吸を整えるかのように僅かに体を上下させている。
「さて、これで終わりだ。向こうも、貴様の世界も我が――」
【緑】が【青】に向け手を伸ばした時、その間になにかが割り込んだ。
突如としてどこからか転移してきた【黒】。
いや、全身黒づくめの人間。左手にはソードオフツインバレルショットガン。右手には標準より1.5倍程はありそうな、ショートソードサイズの肉厚なソードブレイカー。
彼は両手をだらりとさせたまま、視線だけを左右に向けた。口元を覆う革製のマスクと、目深に被ったやや鍔広の中折れ帽の為、その表情は伺い知れない。
【青】が叫ぶ。
「逃げて!」
【緑】が吼える。
「死ねぃ!」
【黒】がいましがた立っていた場所が爆発する。が――
「なるほど、貴様は敵か」
すぐ側、2メートルほど離れた場所で【黒】が呟く。両手の武器が青白い光を帯びる。
「ほう、避けるか。地を這うだけの人間如きが邪魔をするな!」
【緑】が連続して力を解き放つ。だが【黒】はその悉くを躱す。それこそ僅かな距離を瞬間移動するかのように。
人間如きが避けるだと? いかに力を抑えられているとはいえ、人間如きに避けられるだと!?
【緑】は屈辱に激怒した。
だが【黒】はそんなこと知ったことではない。気に留めているどころではない。
それこそ【緑】の、神の攻撃を躱すことに必死な状況だ。だが彼はそのことに恐怖など微塵も感じてなどいない。
ったくついてねぇな。完全なバケモンじゃねぇか。あっちの青いのが抑えててくんなきゃ、なんにもできねーで終わってたぞ。
【黒】は【緑】を観察する。
あの胸の赤い珠は、どうみても釣りだよなぁ。とはいえ、あそこくらいしか攻撃が通りそうにもねぇな。
しょうがねぇ。ただ死んでやるわけにはいかねぇしな。『逃亡せしは士道不覚悟。死して屍拾う者無し。士道とは死ぬことと見つけたり!』ってな。ハッ! 頭がおかしくなけりゃ、冒険者なんざやっちゃいねぇんだよ! 畜生め!!
掠るだけでも人生終了。完全オワタ式。それどころか勝ち筋が欠片も見当たらないときた。まったく、ぶっ倒したモンスターが転移罠発動させるとかねぇよ! しかも跳んだ先がこれとか、どんだけついてねぇんだ俺は!
心で泣きながら必死で【緑】の攻撃を避け、肉薄する。
一方、【緑】はまさか人間が自分の攻撃をすべて紙一重で避け、距離を詰めてくるなどとは思いもしなかった。
なにせ【黒】の左手にあるのはショットガンだ。なぜそれを使わない!?
僅かな動揺。
その隙に【黒】は己の3倍はあろう背丈の【緑】に向かって飛び、胸の赤い珠にソードブレイカーを突き立てた。
魔力により強化されたそれは、【青】の神力により弱体化された防御を貫き、共に砕けた。
珠が消え、なかば空洞のように見える体内に真っ黒な塊が見えた。
よし、穴が空いた! あれがコアか!?
落下しないよう、空いた右手で【緑】の首を掴み銃を穴に向ける。だがそれは【緑】の腕に手首ごと斬り飛ばされた。
「人間如きが。よくやったと云って――」
「残念。まだだ」
【黒】が手首の無い左腕を、とうの昔に義手となった左腕を穴へと向ける。たちまち左腕がグネグネと粘土細工のように潰れ動き、砲身となった。
「なっ!?」
「ははっ! 死ぬにはいい日だ。そうだろ!?」
【黒】のとっておきのマナブラストキャノン。ゼロ距離での最大砲撃。
それは自爆をするのと同じだ。
爆発。閃光。【緑】の悲鳴。そして吹き荒れる神気。
あまりの力の奔流により【黒】は消滅し、【緑】の右上半身も吹き飛んだ。
よろよろと【緑】が数歩、後退さる。
「お、おのれぇ、おのれ人間如きがぁっ!」
「奢りましたね。これで終わりです」
【黒】による決死の一撃。それは【緑】と【青】の力の差を覆した。
これこそが【青】に残された最後の好機。
「ま、待て――」
「待つわけがないでしょう!」
伸ばした手を。なにかを鷲掴むように開いた手を、ぐしゃりと握り込む。
ギャァァアァァァァッ!
噴き出した【緑】の神気を【青】が奪い喰らい自らの力とする。もはや【緑】の逆転など許さない。
「た……助け――」
すっかり神格を落とした【緑】が【青】に向け残った左腕を伸ばす。
「破滅神を助ける訳がないでしょう。この愚かなる稀神めが。潔く消滅なさい。あなたに打撃を与えた、あの人間のほうがよほど神らしい――“滅”!」
ぽひゅっ! と、なんとも間の抜けるような音をたてて、【緑】は消滅した。
かくして、“ふたつ世界”の滅亡は回避されたのである。
【青】と呼ばれる神と、紛れ込んだ【黒】と称された人間によって。




