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本当に、この人がいつどこで、大声で叫び出すかわからない。
半泣き状態でふるふると何度も首を振れば、ミクさんは舌打ちをして。
「てめえは俺を怒らせる天才かよ」
静かにそう告げた。
その声のボリュームから察するに、もしかして一緒に隠れてくれる気なのだろうか。
ほっ、と安堵したのも束の間。
「とう……むぐっ!」
またもや冬馬さんの名前を呼ぼうとしたミクさんの口を塞ぐ。
ハラハラとしている私のことなんてお構いなしらしい。
「ん? なんだ」
すると冬馬さんの声が、溜まり場に向いたのがわかった。
ど、どど、どうしよう……!!
幸か不幸か、溜まり場にはミクさんと私以外いなかったりする。
ガラッ、と開いた扉に、私は息を凝らした。
「ここにいんのか……?」
掃除棚の向こう側、冬馬さんが室内を見回しているのが棚に空いた隙間からわかった。
心臓がばくばくと鳴る。ば、バレたら終わる。
恐怖と緊張で震える私は、その隙間の方へ身体を向けて、外の光景に夢中だった。
そのせいで、次の瞬間。
「……っ!?」
手のひらに感じた、何やらぬるりとした感触に、私は数秒ほど思考を停止させた。
思わず叫び声を上げそうになりながら、咄嗟にミクさんから手を離す。
すると彼は、不機嫌そうに「いつまで人の顔触ってんだ」と告げた。
な、舐めた……!
ミクさん、今、わ、私の手を……!
「っな、なななめ、なめっ……!?」
「叫びたきゃ、叫べよ。冬馬さんに見つかってもいいのならな」
愉しそうに口角を上げたミクさんの唇からはあの八重歯が見えた。
何を思っているのか、彼は小声のまま言葉を続ける。
「大体、てめえが禁煙とか変なこと言うから、こっちはストレスが溜まってんだよ」
あ、あなたもだったんですか……。
普通に考えたら当然のことだというのに。ミクさんがあまりにいつもと変わらないように見えたせいで、そこまで頭が回らなかった。
あ、えと。と口を動かそうとしたら、ミクさんは少々背を屈めて私の腰に腕を回すようにして、自分の方に引き寄せた。
急に腰を引かれたせいで、前のめりになりそうになると、そのまま腕が首の前を通って、後ろから肩を抱くようにして上半身まで引き寄せられた。
背中がぴったりと後ろのミクさんにくっついて、ひえ、と声を零しそうになる。そんな私に、彼は肩越しに「ほら、叫べよ」とかわざとらしく囁いてきた。
ミクさんも、冬馬さんとは声質は違うのに、少し掠れていて良い低音している。
けれどそんなことはどうでもよくて、私はじわじわと汗を滲ませていた。
外にいる狂った冬馬さんか、近くにいる恐怖の塊ミクさんか。
どちらも選べず、ふるふると首を振る私に、「ほー?」とわざわざ私の耳元で頷く。
な、なんで耳元にわざわざ、と肩が強張ってしまう。
いや、まさか。そんな、ミクさんに限って。
あれだけ再三、私のことを、地味だ可愛くねえだと罵倒してきたのだ。
あり得ない。そんな、そんなことは。
すっかり固まっていると、首元に吐息を感じて、身体の芯からひやりとした。
先ほどの冬馬さんの行為が蘇る。
なんとも、とんでもない展開になってくれた。
「っ、や、やめましょう、ミクさん、れ、冷静になりましょう、ね?」
せめて今だけは、という気持ちを込めて、必死に小声で叫んだ。
ここからはまだ室内を探し回っている冬馬さんが見えるのだ。
すると、何を思ったのか前に回ったミクさんの手が、私の上着のボタンをゆっくりと外していくのがわかった。
「!?」
う、嘘……!?
その手を止めようと掴めば、もう片方の手がスカートの上から私の足を撫でて、そのまま中に入り込んだ。指先が食い込むようにして太腿に触れた瞬間、「ひぇっ」と頼りない声が零れた。
そんな私に「俺さ」といつもの口調でミクさんが告げる。一体何を言う気なのかと思ったら。
「お前にだけは例え地球がひっくり返っても、ムラムラしねえと思ってたけど」
「……っ、む、むら?」
「今ならヤれるわ」
「!?」
寝ぼけているのか。意味不明なことを言って、ミクさんは手の動きを再開させた。
信じられない出来事に、もう頭がついていかない。
どうしてこんなことになっているのかもわからない。
内腿を撫でるようにして足の付け根に辿り着きそうになったので、慌ててその手を止めれば、今度は上の制服を脱がせようとしていた手の動きが再開する。
シャツのボタンまで行きついて、下から器用に外されていく。もう何回も同じことをしてきたかのように、手慣れたそれに抵抗の手が追い付かなかった。
「ミクの方が歩く18禁だから」と、リュウくんが以前言っていた。初めは意味がわからなかったあの言葉も、今ならなんとなくニュアンスを汲み取れる。
あれは、もしかして、もしかすると。
「っ」
このことを言っていたのだろうか……!?
「っや、やめて、くださ……っ」
首を振る私にミクさんは「嫌なら叫べ」と無理難題を告げてくる。
「どこだ!?」
外では、私を探す未だに冬馬さんがいる。
もはや絶体絶命だった。
お、おかしいっ、本当に本当に、今日はおかしい……!
リュウくんも冬馬さんもミクさんも……!
泣きそうになっている私の項に唇があたり、小さなリップ音が聞こえた。
「っ、ぅ」
は、肌が吸われてる……瞬間、その生々しい音に、そわ、としてしまって身体を前に倒しそうになった。
もういい。外に出て逃げよう、と思っていたら。
前に回っていた手のひらが首を掴むようにして、顔を固定してきた。そのせいで首が動かせなくなって、また肌が吸われていく感触がする。
「っ」
「……お前。冬馬さんに噛まれた?」
「……っ、へ……」
「噛み痕ついてる、ここ」
と、何故か上からさらに重ねるようにして、噛まれてしまって「っぅ」と首を掴んでいるミクさんの手を上から掴んだ。く、苦しい……喉が攣りそうだ。
「っ、み、くさ、くるし……」
そんな私の訴えにミクさんは、私の首を掴んでいたその手を離して、シャツのボタン外しを再開させていく。って、待って、ちょっと……!
そして、ある程度慣れた手つきでボタンを外したあと、その開いた隙間からミクさんは手を忍び込ませた。
うぎゃあ!? と叫びそうになる私に、「へえ」とミクさんは興味深げに頷いた。
「さすがに巨乳とはいかねえか。……でもま、意外とあるんだな。オサゲのくせに」
「!?」
失礼なことを言いつつ、勝手に人の胸を下着越しに触り出すミクさん。形や大きさを確かめていくその手に遠慮などなく、思ったよりもしっかり揉まれてしまい、下着からはみ出た膨らみに指がしっかりと食い込んだ。
狭い空間のせいで酸素が足りなくなり、浅い息が零れ涙が滲む。
嫌でも「っや、ぅ」と抵抗するように手を掴むと、「なんだよ、その声」と彼は愉悦するように笑った。
そして、さらにその下に指を忍び込ませようとして……。
「まさか、感じて……」
「やっ」
もう限界だ。これ以上は。
「やめてくださいいいっ!!」
「ぐはっ!?」
肘打ちを食らわせて、私はその棚から雪崩るように外に出る。
そして、視界の先に見えた上履きに、足に、人影に。
「……っ!?」
悲鳴が零れそうだった。
恐る恐る、見上げるとそこには、
「見つけた……ここにいたのか」
世にも恐ろしい野獣、冬馬さんが。
私に肘打ちを食らって、咳込みながら床に倒れ込んでいるセクハラミクさんはさておき。
私は乱れた服を急いで整えながら、また冬馬さんから逃げる羽目になった。
「あれ、冬馬さん? ……と、ウサギちゃん?」
そして、何故だか離れにいる紫さんが、急いで逃げる私とそれを猛スピードで追いかける冬馬さんを見かけて、首を傾げていた。
なんだ、一体。と溜まり場に歩を進めて、その場に倒れ込むミクさんを見て、紫さんは「うわ」と声を零した。
「何してんの、八依」
「……あ? んだよ、有松か。……うぜえから消えてくれ」
「久しぶりに来てみれば、キモイ男が一人倒れてるから心配してやってんだよ。ありがたく思えや」
「相変わらず口が悪いな」
「あんたに言われたくないわ。んで、何してんの?」
「……」
「八依?」
「……自分の欲求の深さにビビってるところだよ」
「は?」
「イライラしてる時って危ねえのな。狭い空間はマジやべえよ。いやあいつさ、すげえ良い匂いするから。思ったより身体も柔らけえし、危うくリュウのバカと同じようなことしちまう所だった。信じらんねえマジで」
「あり得ねえ……オサゲなのによ」とぶつぶつ反省しているミクさんを見ながら、紫さんは「なんだ」と呆れたように見下ろした。
「欲求不満か」
「うるせえ。てめえにはわかんねえだろ。試験期間中の禁煙の辛さがどれほどのもんか」
「わかりたくもない」
「ああ、俺としたことが……不覚、あんな地味ブス! 出来心って怖え……」
言いたい放題言って、真っ青になった顔を手のひらで覆うミクさんに紫さんは「ほんと馬鹿」と言いつつ、にやりと笑った。
「つうか八依さあ、そのまんまじゃ立てないでしょ。ど? 私が抜いてやろうか? 五万で」
「アホか。貧乳はお断りだ。つか、これ以上血迷いたくない。ノーセンキュー」
「冗談だわ、死ね」
「っ! ……有松、てめえ……!!」
私の肘打ちの所為で動けないミクさんを蹴飛ばして、紫さんは『やっぱり教室に戻るか』と踵を返した。




