04
「――――ってえ、許さねえからな。その女!」
「とか言ってー、ミクたんが弱いからいけないんでしょー?」
「うっぜえよリュウ! お前はちったあ、黙ってろ!」
「女の子に無抵抗で殴られた上に倒れるなんて、ダサすぎて笑えるー。俺だったら恥ずかしくて、顔なんて出せないよ」
「お前、それ泰司さんの前でも同じこと言えよな。あ?」
「あはは、無理。俺、命惜しいもん」
「惜しいもん、じゃねえよ。気持ち悪いな」
ぎゃあぎゃあと言い合う騒がしい声が聞こえて、私は薄っすらと瞼を開いた。
埃っぽい匂いと、硬い感触に気が付いて、私ははっとして起き上がった。ゆ、床に寝転がってたの私……!
っていうか、ここどこ! と真っ青な顔で辺りを見回そうとしたら、私のすぐ近くを歩いていた誰かが、「あらー」と立ち止まった。
「起きたのー?」
「ひっ!」
「どしたの、なんで怯えてんの?」
急に私に目線を合わせてくるその人。ふわりとした甘い香りに、後退りをすると背中が壁に当たった。そんな私を頬杖を突きながら「んー?」と見つめてくる。
目尻の下がった色気のある目と、口角の上がった血色のいい唇。ゆるーくウェーブのかかった、クリーム色の髪の毛に目がいく。少し緩く空いたボタンの空いたシャツからは、きらきらしたネックレスが見えて、やけにお洒落な人だなと思った。
は、は、派手……!!
「あー? 起きたのかてめえ!」
そんな彼の後ろから、見覚えのある金髪の彼が拳を握り締めて、こちらに向かってやって来ていた。
「こーらミク。女の子にそんな言葉使ったらダメだって。もう少し穏やかに行かないとモテないよー」
「別に、お前みたいに女子ウケしようとしなくても、俺はモテるからいーんだよ。……つうか、さっさとそこ退け!」
「えー。どうしよっかなー」
「鬱陶しい! 子供みたいな嫌がらせしてんじゃねえよ。さっさと退け」
「だってこの子怯えてるじゃん、子鹿みたいにずーっと震えてるよ?」
「可哀そうに、ねえ?」と緩い声を上げながら、その人は私を覆うようにして壁に手を当てていた。必然的に胸元が近づいて私はごくりと唾を呑み込んだ。な、ななんで、こんなに近いの、この人!
「あ、ああ、あの……!」
唇を震わせれば、クリーム頭のその人は「あれー?」と首を傾げた。
「顔青いけど、どうかしたの? というかこういう時、普通、顔赤くしない?」
「ち、ちか……近……」
「っていうかさー、このおさげって地毛? なんかすっごい綺麗なんだけど、髪とか染めたことないの?」
「っ、ひえ!」
結っている髪を自然な動作で掴まれて、びたん! と背中を壁に擦り付ける。と、彼はきょとんと目を丸くして、「あっはは!」と笑っていた。
「何それ、カエルみたーい」
「こんの垂れ目! 退けろって……言ってんだろーが!」
すると、後ろから金髪の彼が思いっきり足を振り上げたのが見えて、私は「きゃっ……」と小さく悲鳴を上げそうになった。
ところで。
「おらミク、何しようとしてんだお前」
「おわっ!」
「おー、トーラ!」
「なーんだ、リュウか。何、お前らまた喧嘩してんの? いい加減、飽き……って、誰それ」
眉間を寄せるその人。色を抜いたような茶色の中に、金色のメッシュが入り混じっているのが印象的な髪色をしている。細身だけれど、たぶんかなりの高身長だ。
そんな彼の斜め後ろの方では、尻餅を付いている金髪の彼が「痛え……」と唸っていた。見えた限りでは、片手で金髪の彼の襟元を引っ張って、後ろに払ったように見えた。……んだけど……気のせい、だろうか。
というか、今そこで尻餅をついている金髪の人といい、すぐ傍にいるこのクリーム頭の人といい、すっごい派手な髪の毛の色だ。
今まで生きてきた中で、こんな奇抜な髪色の人と出会う機会なんてなかったから、驚きを通り越して……なんていうか、感銘を受けるような、感動してしまうというか。
「ん? 誰ってこの子?」
「なんだよ、リュウ。また女たらし込んでたのか。そりゃあ、ミクも怒るわ」
悪い悪い、と謝りながら、金髪の彼を引くその人に、クリーム頭の彼は「えー」と笑いながら一度私を見た。な、なんで私を見るんだろう……?
「いきなり襟引くんじゃねえ、いちいち力強いんだよお前は!」
「だから悪いって言ってんじゃん。つーか、リュウ。女の趣味変わったのな。なんつーの? いつもより地味じゃね?」
「えー」
「『えー』じゃねえよ、リュウ。なんで、てめえはさっきから否定しねえんだよ。わざとだろ」
舌打ち混じりに金髪の彼が言う。それを見ながら、リュウと呼ばれている彼は、私から離れるようにして立ち上がった。
やっと呼吸ができる気がする。よく知りもしない……なんだかちょっと怖そうな人とあんな至近距離なんて……あと少し長かったら、また失神していたかもしれない。
「え、リュウが連れ込んだんじゃないの?」
「違うよ。連れ込んだのはミーク」
「あー、なんだミクか。………お前、女の趣味変わったなぁ」
「ばっか、違えよ! そういう目的でこんなだっせー女、連れてくるわけねえだろ、勘違いしてんな!」
だ、だっせーって、面と向かって言われたのは初めてだ。悲しいような、でも嬉しいような気持ちになって、彼を見ていると、クリーム頭のリュウ、という人が私を見て「あれ、なんで感動してるの?」と不思議そうだった。
「あのな、よく聞けよトラ。信じられねぇかも知んねえけどこの女。さっき泰司さんを、ヤッちまったんだよ」
「…………は?」
彼は少しだけ止まると、「冗談だろ」と笑いながら手を振った。
「いや、冗談じゃねえから」
「は? じゃあ、どうやって」
「このバカでかい鞄で、何度も殴ったんだよ」
「何人で?」
「一人で」
「ひとりぃ?」
メッシュの人は「いやいや嘘だろ?」と今までで一番大きな声を出して、「マジなんだって」と金髪の彼が真面目な口調で続けた。
途端、信じられないというような目を向けられる。どこを見たらいいのかわらかず、私はひとまず俯いた。
「それでね、トラ。なんかさっき、ミクがこの子の実力試そうとしたんだけど、一発ビンタでKOだったみたい。だからさっきまでそこで倒れてたんだよー。ダッサいよねえ」
「うるせー、一言多いんだよてめえは」
「だって事実じゃん」
「ねえ?」と何故か私に話を振るようにして、ケタケタと笑うクリーム頭の彼は、近くにあった椅子に座って、傍にあった机の上に肘を載せていた。
「あ、これ誰のー? 一本ちょーだい」
「冬馬さんの」
「げ。……まあでも、バレないっしょ」
「殺されても知らねーよ」
「だいじょーぶ。冬馬さん、俺には優しいから」
メッシュ頭の彼ににっこり微笑むと、彼は机の上に置いてあった白い箱を手にした。
そして、そこから白色の、何か細いものを取ると……って、あれは……。
「……ばこっ」
普通に出したつもりだった声は、小さくてあまり通らなかった。
たばこ、と言ったつもりだったのに……。
「つうかさ、泰司さんがこのー……えっと、なんだっけ」
「オサゲ」
「この、オサゲちゃんに本当にヤられたとして、それってスイとか、冬馬さんとか、知ってんの?」
「スイにはさっき言った。今、泰司さんの様子見に行ってる。冬馬さんはまだ。つかあの人、今日来てすぐ帰ってったし」
「まー、冬馬さんにはまだ言わない方がいいなー。つかさ、泰司さんをオサゲちゃんが倒した時って、周りに人は?」
「たくさんいた」
「あっちゃー、マズイなそれ」
メッシュ頭の彼が呟くと、「ああ。だから俺はこうやってひとまず連れて来たんだよ」とうんざりと金髪の彼が私を睨んだ。それに私はびくっと肩を揺らしながらも、「あ、あの」となんとか口を開いた。
「なんだよ」
「わ、私、その今日、この学校に来たばかり、でして……」
「あー、噂の転校生かー」
煙草を口にくわえていたクリーム頭の彼が「なるほどねえ」と呟いた。