03
金髪の彼を筆頭に強面集団に連行された場所は、校舎の離れだった。
煤けているのかおんぼろなだけなのか。黒色に染まった校舎は、どう見たって普通じゃない。
ま、真っ黒すぎませんか、この建物……!
衝撃の外観に絶句していると、強面の一人が「三國さん、まさかとは思うんすけど……」と控えめに口を開いた。
「この女、見せるんすか。翡翠さんに」
「あったりめえだろ」
そう言って、彼は、私の二の腕を強引に引っ張った。
「お前らも見ただろうが、泰司さんをぶっ飛ばしたときの光景を! こんな非力そうな見た目で、中身はゴリラ並みの大怪力、こいつはタダ者じゃねえ」
はい? ご、ゴリラ並みの、大怪力……?
「ビビるふりばっかしやがって……実はお前、もんのすげえ、強えだろ? 隠してんじゃねえよ」
金髪の彼が何故か得意気に言ってくるので、私は、戸惑いのまま「へ……」と顔を引き攣らせた。
「も、もんのすげえ、つ、つええと言うのは、えと……ど、どちらの方のお話で……?」
「あ? 聞こえねえよ。お前、声小せんだよ、さっきから」
苛々しているのか、彼は放り込むようにして先に私を建物内に入れた。
「ほら、スイんところ、連れて行け」
「「……っす!!」」
強面の彼らは、野太い声でそう返事をすると、私の腕をがしりと力強く掴んだ。
「ぇっ……あ、あの……」
ど、どこに連れて行く気ですか……!
と、戸惑っている暇もないまま。私は建物の外観に負けないくらいに真っ黒に塗られた扉の前に、あっさりと連れてこられてしまった。
い、伊吹は一体どこにいるんだろう……。
出来ることなら助けてほしい、と涙目になっている私を無視して、彼ら……というか金髪のあの人は、「おーい、スイはいるかー!」と勢いよく扉を開いた。
どかどかと室内へと入って行く彼の後を追うように、 私も強面の彼らにずるずると連行された。
「あれいねえの? ……スイー、スイってば。スーイスイスイ、スーイ!」
まるで泳ぐ効果音みたいに誰かの名前を呼んでいる。
「スーイ、スイ! スー、ぶふっ!!」
金髪の彼が、奥にあるソファを覗き込んだ瞬間だった。
「うるさい、ミク」
私の腕を掴む強面たちの力が、一気に強くなった気がした。
「黙んねえと、殴る」
「……って、もう殴ってるじゃねえか!」
後ろ向きになっていて、ここからじゃ死角になっているソファに向かって、鼻を押さえながら金髪の彼が怒っている。多分、顔を殴られたんだ。
「あ、あのっ……」
私は勇気を振り絞って、腕を掴んでいる人たちに声をかけた。
「い、いいっ、いつになったら帰してもらえるのでしょうか?」
伊吹ともはぐれたままだし、こんな所に長居してられない。
「…………」
「あ、の……いつになったら……」
「…………」
「…………」
無視されてる。うう、と涙を流しそうになっていたら。
「――で、なんの用だ」
ソファの向こう側。聞こえた声に、はっとする。やけに輪郭を持った声音に、いい声をしているなと素直に思った。
そんな私を金髪の彼が振り返る。びく、と思わず肩を揺らしていると、「スイ」と彼はそのまま言葉を続けた。
「あそこにいる、女のことなんだけど」
「…………女?」
訝しむような口調。その声の主は、数秒間をあけた後に、ソファから起き上がった。
すると、先に見えたのは、この建物と同じ色をした深みのある黒髪と、背もたれにかかった白い手だった。
ぼーっとその一連の動きを眺めていると、こちらを振り返りそうになったので、はっとしながら、「か……帰ります……帰らせていただきます!」と、私は踵を返すようにして、身体を反転させた。
するとすぐに、強面の彼らが「あっ、おい!」と私の肩を掴んだ。もう離してください、と今にも泣き出しそうになりながら、強面の手に目を向けようとした。
ら、目の前にしゅるしゅるとやってきた、その黒い物体。
ひょっと息が止まる。ううう、嘘でしょ……?
「おいコラ。お前、どこに行くつもりで……」
「くっ」
「く?」
「クゥゥモォォォォオッッ!!!」
ドコォォォオ!!! っと、私の拳が彼の顔にめり込んだ。
「な!?」
金髪の彼が「て、てめえ!」と声を張り上げる。
「オサゲ! さっきまでの……チッ、やっぱり演技だったんだな! 見たかスイ!」
私に向かって指を指しながら、ぎゃあぎゃあと何かを言っている。私の周りにいる強面の彼らは、じりじりと後退りをしていた。
けれども私は、そんな余裕もなく頭を抱えて、「虫はイヤ虫はイヤ虫はイヤ虫はイヤァ!」と青い顔でしゃがみ込んでいた。
「……ミク。あの女……何者だ」
「あのオサゲ女、さっき泰司さんをぶん殴ってヤっちまったんだよ」
「泰司さんを? それは、本当か」
「ああ。嘘みてえだけどマジな話」
金髪の彼は信じられないものを語るような口調で、さらにこう続けた。
「本当はあの場でシメてやろうかと思ったんだけど……今の見ただろ? あんなパンチされたら一溜りもねえしよ……泰司さんはノびてるし、とりあえずスイに見せようと思って、連れて来たんだけど」
「……泰司さんをヤった時にいた目撃者は」
「残念ながらたくさんいる」
首を振りながら、はあと溜息を吐く。
「あのオサゲ頭、ここに来るまでなぁんかビクビクしてるしよ? 泰司さんをヤっちまったのもなんかの見間違いかと思ったけど……今のを見て確信したわ。絶対演技してる」
「虫はイヤァァア!!」
「…………」
頭を掻きむしって腹の底から叫び狂う私を見ながら、黒髪の彼は金髪の彼にこう訊ねた。
「……あれも、演技か?」
「…………多分」
金髪男子の返事を最後に、暫し間が空く。それから少しして、床にしゃがんだままの私の前に誰かが立っていた。
「おい、オサゲ!」
見上げると、そこには金色の髪が特徴の彼が。
「今から聞く事には正直に答えろ!」
思わず「は、はい……」とか細い声で頷く。もしも断ったらどんな目に遭うか……。
「お前のソレは、演技なんだろ?」
「……そ、ソレと……言いますと……?」
「だぁから、そのビクビクしたわざとらしい態度だよ! 怪力ゴリラオサゲ!」
か、怪力ゴリラオサゲって……!
「な、なんのことか……っ!」
「ああ、もういい! 俺に一発食らわせてみろ!」
痺れを切らしたように彼が言う。
「く、くらわ……? って、一体何をですか!?」
「拳だよ拳! わかるだろ!」
「わかりませんよ!」
一体、どういう流れでそうなったのか全く分からない。
「いいから、ほら。殴れよ!」
「むっ、無理です!」
首を横にぶんぶんと振って断っていると、金髪は「おら!」と、私に向かって、ずずい! と体を寄せてきた。
と。
同時に、プ~ンと目の前を横切ったのは一匹の蚊だった。
「か、蚊ー!!」
「ぶふっ!!」
手のひらを思いっきり横に振れば、ぶぁっちーん!! と、肌を打つとびっきり良い音が室内に鳴り響いた。
そして、ばたり……と埃が落ちた床に横たわったのは金髪の彼だった。
そこにいた人達全員の目が点になる。
それでも私は、手のひらで潰してしまった蚊から出ている血に、ああもうだめ。と、くらりとその場に倒れたのだった。