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「――なんだよそれ!」
すると、向こうの方で翡翠さんと話を続けていたミクさんが、大きく声を張り上げた。びくっと肩を揺らしながら思わず顔を向ける。
「スイと冬馬さんがいない間に、ここに攻め入ろうってことかよ。卑怯過ぎんだろ!」
「だから、それを食い止めてもらう為にも、ミクたちには残ってもらう。万が一、予想が外れて、俺と冬馬さんがあいつらに攻められても、心配はいらない」
「けど、さすがに相手の人数が多かったら……」
深刻そうな声色で呟くミクさんを見ていると、「さーてと」と。いつの間にやら背後にいたリュウくんが、ソファに座っている私の両肩に手を置いた。
「オサゲちゃんは、トップの振る舞い方の練習をしようか」
「えっ、い、いまからですかっ……?」
「うん。なんか急を要する事態になっちゃったし、急いでそれらしくなって貰わないといけなくなったからさー」
「でも私、授業が……!」
「大丈夫大丈夫。うちの学校って、授業出なくてもテストできればオールオッケーだから。点数良ければどうにかなるよ」
ソファの背もたれに片腕をのせつつ、私に笑いかけるリュウくん。あの、私の頭を撫でている、この手は一体……?
「あ! リュウコラてめえ。お前にはハニーちゃんに近づく許可出してねえだろうが」
「あれ、そうでしたか?」
「触んな! 手え離せ!」
「ええ~? 頭撫でてただけなのに」
ちぇ、っと私の頭から手を離すリュウくんに、冬馬さんは舌打ちをして「油断も隙もねえやつだな」と悪態をついていた。
◇
「……さて、俺達が思うトップの理想像は〝これ〟なわけだけど」
若干廃れた黒板の前に立ちながら、どこから持ってきたのか銀の指し棒でその〝絵〟を差すトラくん。
描かれた輪郭にまるで合っていない、異様にデカイ目にバサバサ睫毛。外国人のような高い鼻に、分厚い唇。枝のように細い首から下はボンッキュッボンッ! な、やけにスタイルの良い身体が描かれていた。
未確認生物というか、宇宙人というか。
人間とは認識しにくいその絵は、正直な話、上手い絵ではなかった。なのに、おかしなその絵を理想像と述べるトラくん。目は大丈夫だろうか。
ぽかんとしている私の隣、「なんか、気持ち悪いですね」と正直に呟くのは伊吹だった。
「気持ち悪い? 俺たちの理想だけを足したらこうなったの! もっと上手く描こうと思えば、描けんだから!」
ほら! と、トラくんはその横にチョークで何かを描き始めた。
「トラ、なにそれ」
「何ってわかんでしょ。ドラ猫のロボットだって」
「え、嘘。潰れた饅頭かと思った」
「コノエくーん、ちょっとおいで」
チョークを乱暴に置いて、正直に述べるコノエくんに近づくトラくん。彼は壊滅的に絵が下手くそだった。
「美人、巨乳、色白、長身、いい感じの茶髪……」
私の隣では、黒板の端に箇条書きに書かれた彼らの理想のトップ像を伊吹が読み上げていた。
きょ、巨乳なんて言葉……伊吹には全く似合わない。
「なんか、すごく頭悪そう」
「…………」
そして、伊吹はシンプルな感想を述べた。
「……まあ、トラの壊滅的な絵はおいといて。俺たちの思う理想から程遠いオサゲちゃんには、やっぱクール系を目指してもらおうと思うんだよね」
「クール系……」
はあ、と頷きながらリュウくんを見れば、彼は「はい」と笑顔で何かを差し出した。
「メイク道具。女の子たちから借りてきたやつ。今、何もしてないよね? これでちゃちゃっと強気な感じにメイクすると良いよ」
「え……」
め、メイク……? メイクですって……?
渡された黒いポーチを見つめたまま固まってしまう。そんな私にリュウくんは「もしかして」と首を傾げた。
「お化粧、したことない?」
「え? あ……と……はい……」
隠すこともないのでしゅんとなりながら頷くと、「ふうん、そう」とリュウくんは腰に手を置きながらこう続けた。
「じゃあ、俺がしてあげる」
「え? わっ……」
私の肩を持って、ぐいぐいと椅子のある方に押していく。すると、それを見ていたコノエくんが。
「待てよリュウ。そんなやつ、俺はトップだって認めてねえ!」
「どうしたのコノエちゃん。ミクたんみたいなこと言って」
ほらそこ退いて、と言うリュウくんに、前に立ち塞がるように立っていた彼は、イライラと眉根を寄せつつ、私を指差した。
「なんでこんな地味ブスが、俺たちのトップなんだよ! 有り得ねえだろ!」
「じみっ……!」
ぶ、ブス!
ガーンと、青い顔をする私に、リュウくんは「あらら」という片眉を下げながら、コノエくんを咎めていた。
「コノエちゃん、お前なんてことを言うの! オサゲちゃんが傷ついてるでしょうが!!」
リュウくんは私を抱き締めるようにして、よしよしと頭を撫でている。
もちろん自覚はありました、確かに私は可愛くはないですが……面と向かってブスだと言われたのは初めてなので、なんと言いますか、衝撃だったと言いますか……。
リュウくんに頭を撫でられていることが気にもならないほどに、しょんぼりとショックを受けていると「どけ、エロ垂れ目!」と。
「あ。冬馬さ……ぐはぁっ!」
「触んなつったろ、こいつを慰めるのは俺の役目だ!」
リュウくんを蹴り飛ばした冬馬さんが、「大丈夫か?」と私の肩を抱き、顔を覗き込んできた。
「へっ」と思った時には、頬まで撫でられて「可哀そうにな、お前は可愛いのに」と憐れんだ目を向けられていて、「あ、あの」と目を瞬かせた。な、なんで、こんなことに……!
「冬馬さん痛いよぉ。酷すぎ、泣いちゃう……」
「いや今のはリュウがいけねえよ。ベタベタ触りすぎ」
蹴られた腰を摩りながら、しくしくと泣きマネをしているリュウくんに、ソファに座っていたトラくんは頬杖をつきながらそれを言った。
「おいコノエ。お前、俺様のハニーちゃんをブスっつったろ。訂正しろ、じゃなきゃ殴る」
「で、でも冬馬さん! そいつがトップなんて、そんなのっ……絶対おかしい、おかしいよ!」
「俺は絶対に認めないから!」と言う彼に、冬馬さんは「あ?」と凄みながら眉根を寄せた。
「俺はそんなくだらねえ話してねえんだよ、ブスっつったのを訂正しろっつってんだよ!」
「ど、どこがくだらないんだよ! 俺はそいつがトップってのを……」
「いいから訂正しろ!」
びり、と肌に緊張感が走るほどの怒声に、コノエくんは不服そうな顔をしながらも「わ、わかったよ」と唇を尖らせた。
「ハニーちゃんはブスじゃなくて?」
「え……」
「ブスじゃなくて?」
「え? は、はにい?」
「いいから続けろ! ハニーちゃんはブスじゃなくて?」
「じ、地味……?」
「窓から放り出されてえのかお前は」と冬馬さんの目がぎらりと光ったので「う、嘘! 違くて、ええっと」とコノエくんは口を動かした。
「可愛い、だろ?」
「へ……」
「へ、じゃねえ。可愛い、だろって言ってんだよ!」
「は、はい! か、可愛い、です……」
「そうだ。それでいいんだよ」
ぎくしゃくと答えるコノエくんに、冬馬さんは満足そうに頷いた。
間に挟まる私は、何も言いようがなくて。リュウくんとトラくんは、「なんの話してたんだっけ?」「さあ。なんだっけ」とお互いに首を傾げていた。




