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◇
全ての経緯は、今朝の話まで遡る。
「誰だ、お前」
「え……」
クリーム色のような。
はたまた、はちみつ色のような。
とにかく甘そうな髪色をしたその男の子は、私を見て物凄く不可解そうな顔をしていた。
「コノエー、どした。今日は、早いのなー」
一緒に来た、というよりも、私を強制的に連行してきたトラくんが、彼を見て口を開く。トラくんの長身のせいか、〝コノエ〟と呼ばれた彼が凄く小さく見えた。身体の作りが華奢だから余計に。
「トラ、この女誰だよ」
「あれ? 知らない? この子が、泰司さん倒して次のトップになったオサゲちゃん」
「ハァ? おさげ?」
じろりと睨まれて、私はびくっと肩を揺らした。この信用のない目つき、どこかミクさんみたい。
こう、雰囲気が刺々しいところとか、不快そうな表情全開なところとか。
「……近衛?」
「ん? あれ、伊吹じゃん。なんでここに?」
すると、私とトラくんの後ろの方。遅れて歩いてきた伊吹に気付いた彼はそう声を上げる。
一瞬で顔から刺々しいものがなくなって、私は伊吹と彼を交互に見た。顔見知り……?
「……伊吹、もしかしてお前が言ってた姉貴って……」
「ああ、うん。その人」
「なっ! マジで!?」
私と伊吹を見比べるように見ている彼は、「全然似てないじゃん!」と心底驚いた顔をしていた。
「弟くん、コノエと知り合いだったの?」
「はい、同じクラスなんで」
「へえ、そうなんだ」
トラくんはそう言って、いつもの〝溜まり場〟と呼ばれる場所へ入っていく。
実は今朝、学校へ行こうとしたところで、隣の部屋から出てきたトラくんと鉢合わせをして。
「オサゲちゃん! ちょうど良いところに」
とか言われて、ずるずると引き摺られてこられたのだ。良いところもあったもんじゃない。
一緒に学校へ行く予定だった伊吹も、トラくんに「きみも。スイに一度見せたいから、一緒に来てよ」とか言われて、連れて来られてしまった。
一度は「遠慮しておきます」と断っていたけれど、トラくんは人の良さそうな笑みを浮かべて、「一緒に来ないと、きみのお姉ちゃんにナニするかわからないよ。いいのね?」とか言って脅していた。ナニって、何をするつもりなんだろう……。
あの瞬間から、私たちの中で、トラくんは要注意人物に分類された。彼はまだ、常識のある人だと思っていたのに……。
なんだか心を裏切られたような気分になって俯いていれば、肩にするりと腕を載せられた。はっとして横を見ると、にっこりと微笑む顔が近くにあった。
「おはよー、オサゲちゃん」
「……」
「今日も可愛いね。三つ編み」
今日も女性に人気がありそうな甘いマスクと、お洒落にセットした髪の毛が目立つ。
「……あれ、どったの。固まってる」
大丈夫? とその首に回した手で、つんつんと頬を突かれた。ひええ、と心の中で悲鳴を上げながら血の気を引かせていると、「うわ、顔青」と呟きながら、目の前に立つ伊吹へと顔を向けた。
「弟くんじゃん。おはよ」
「……おはようございます」
じっと伊吹の目が、頬をつんつん、ぷにぷにと突かれている私へと向かう。み、見ていないで助けてほしい。
「っていうか、二人ともどうして中入んないのー? こんな所で立ち止まっ……あ」
間延びした声を上げつつ、リュウくんは室内へ顔を向けたと同時に、口を止めた。
そして、まるで〝オモチャ〟でも見つけたかのような、楽しげな顔をして私から離れる。
「コノエちゃんじゃん! なになに? どうしたの? なんで今日ここにいるの?」
リュウくんに気付かれた彼は、あからさまに嫌そうな顔をしていた。
「うわ、来んな! なんでもういるんだよ、今日は昼からくるって言ってたじゃんか!」
「え~? 気が変わったというか、なんというか。ほら、お兄ちゃん真面目だし?」
「きも! 何言ってんだよお前……つかっ、こっち来んなって!!」
逃げようとする彼の背中を、リュウくんは「待ってよ」とか言ってにこにこと追っている。な、なんだろうあの二人……。
「あの人、近衛のお兄さんだったんだ」
………………。
「え!? お兄さん!!?」
不意に呟いた伊吹の言葉に、私は目を丸くした。
あの男の子とリュウくんが……兄弟……?
確かに言われてみたら、目元とか似ているような気も……。
「面倒臭い兄がいるって言ってたし、あの人のことでしょ」
「め、面倒……」
一体何をしたら、そんなことを言われてしまうんだろうと思いつつ、じいっと室内の入り口から彼とリュウくんを見比べていると。
「……おい、邪魔」
「ぎゃあ!?」
「っ、るせえな! いきなり大声だすんじゃねえ!」
後ろを振り返れば、耳を塞いで怪訝そうな顔をしているその人と目が合った。
み、みみ、ミクさんだ……!
「す、すす、すみません……!」
「チッ。いいからそこ退けよ、邪魔なんだから」
ああ、うぜえと言いながら、煩わしそうに今日も輝かしい金髪を掻くミクさん。
七分辺りまで折り曲げた制服の袖から覗く手首には、アクセサリーやら何やらが色々ついていた。
それを見ながら、ミクさんはお洒落だと思う。リュウくんは存在自体がどこかお洒落だけれど
それにしたって、ここ最近で私の中で最も苦手な人になっている彼がそんな不機嫌なオーラ全開で、いきなり真後ろに立っていたら驚くに決まっている。
恐る恐るミクさんを見上げれば、まるで虫けらを見るような目つきで私を睨んだ。
「なに見てんだ、さっさと退けよ!」
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
急いでその場から退いた私を見て、ミクさんは再度舌打ちをする。そして、室内に歩を進めようとしたその時。
すぐ近くにいた伊吹に気づいて、眉根を寄せた。
「誰だお前」
「ミクたんー、どしたのー? 今日早いじゃん」
「リュウ。こいつ誰? 見ないやつだけど」




