02
◇
そうして父と別れて、新しい学校にやってきた私と伊吹。これからきっと、素敵な新生活が待ち受けてるに違いないと、そう思っていたのに……。
「お、っまえ……見ねえ顔だが、何者だ!」
「な、な、何者って……」
辿り着いて早々、どうしてこんな事になってるのでしょうか……。
足元をちらりと見れば、赤色の派手な頭をした男の人が完全に伸びている。まるでころりと転がるリンゴのような赤をびくびくと見下ろし、そうして「え、ええっと」と私は戸惑いながら顔を上げた。
そんな私をまるで警戒をするようにして、強面の男の人たちが距離をとりながら周囲を取り囲んでいる。
「この女、泰司さんをヤるなんて、タダ者じゃねえ……」
そんな中、倒れてる赤頭の前にしゃがみ込んで、ぼそりとそう呟くのは強面集団の中でも目立つ金髪の男子生徒だった。じろりと見てくる猫のように吊り上がった目が印象的で、私はびくっと肩を揺らしながら、荷物の入った大きな鞄を腕に抱え直した。
「お前、どこの誰だよ。俺たちの頭をぶん殴って、倒すだなんて……不意打ちとはいえ、相当の力が必要なはずだ。名を名乗れ!」
「ぶ、ぶん殴るだなんて……私にそんな力はありません! 人違いです……!」
「人違い、だぁ!? こっちはな、てめえがその持ってる無駄にでっけえ鞄で、泰司さんを何度も殴ってんのを見てんだよ!! ボケが!」
「ぼ……!」
ボケ、だなんて初めて言われた……。
驚きと関心と感動のせいで、目をぱちくりとさせながら、私はなんとか言い訳するべく「で、ですがっ」と口を開いた。けれどもすぐに言葉が出てこない。
そんな私に、金髪男子は立ち上がって「あ?」と不機嫌そうに私に近づいた。思ったよりも身長があったので、私は後退りをしながら、「す、すみません……」とか細い声で反射的に謝ってしまう。
「ほうら、合ってんだろうが。いいからさっさと、罪を認めて名を名乗れ!」
「だ、だからその、あれはその、わざとではなく……たからで……」
「はあ? なんだって? もっと口を動かして喋ろよ」
掠れた声で、彼が私の顔を覗き込んでくる。不機嫌そうに眉根を寄せ、舌打ちをする口からはちらちらと八重歯が覗く。
ピアスもアクセサリーもぎらぎらしているし、初めて会うジャンルの人だ。
私は真っ青になりながらも、このまま黙っていては、殴られてしまうかもしれないと今一度「あ、あれはっ」と目一杯口を開いた。
「……れは……し、がいたからで……っ」
「ああ? 聞こえねえって」
彼の言葉に、私は空気を大きく吸ってお腹に力を入れた。
「あれは、むっ、虫がいたからなんですっ!!」
「…………」
私なりに大きな声で言ったつもりなのに、彼は目をぱちくりとさせて、そうして空を見て、周りを見て、指で耳をかっぽっじって、足元を見た後、私のことをもう一度見た。
「はあ?」
あ、圧が凄い。こんなにドスの利いた『はあ?』を私は初めて聞いた。泣きたい……。
「なあに、さっきから訳わかんねえこと言ってんだよ。殺すぞ、お前」
本気でそうしかねない眼光で睨みつけてくるものだから、びくびくと肩を揺らすしかできない。ばきぼきと鳴らしている指の骨やその一層低くなった声が恐ろしい。
「虫とかわけわかんないこと言って……。三國さんどうしますか、こいつ」
周囲にいた男の人がそう言って、顎先ですっかり真っ青になっている私のことを指した。
「あ? どうってそりゃまず……落とし前つけてもらうしかねえだろ」
三國さん、と呼ばれた金髪の彼は、私の胸倉を掴もうと手を伸ばしてくる。
ああ、もうだめだ、おしまいだ! まだ新生活の『し』の字もろくに始まってもいないのに、このままボコボコのけちょんけちょんにされてしまうんだ!
か、神様! 助けて! と思って、目を閉じようとしたら、ふいに彼が手の動きをピタリと止めた。
「……待てよ、お前ら」
そして、はっとしたように口を開いた彼に、誰もが注目して、私も涙を滲ませながら、鞄から顔を覗かせるようにして彼を見た。
「よく考えろ。……こいつ、無傷で泰司さんヤっちまった、ってことだよな」
「は、はい! それは、俺らもちゃんと見てましたから……」
近くにいた男の子たちが、頷きながら周囲と顔を合わせている。
「お前らの中に、泰司さんを無傷で殴ることのできるやつ」
「いやいや無理っすね」
「ぶっ飛ばすことのできるやつ」
「そんな命知らずいませんって」
手を振って、首まで振って、みんなが大否定する。そんな彼らを見回しながら、「だろうな」と一言告げ、そうして「俺だって」と金髪の彼は今一度、私を見下ろした。
「無傷は無理だ」
すると彼は、私の胸倉に伸ばしかけていた手を下ろすと、今度は品定めするかように頭の天辺から足のつま先まで、じろじろと見てきた。
こ、今度は一体……。
ふと周りを見ると、結構な人だかりが……しかも、どの人も厳つくて、派手で、怖い顔つきの人ばっかりで、私はさらに顔から血の気を引かせた。
こ、ここから逃げ出すには、どうしたら……と、思った次の瞬間、腕を力強く握られる。
ので、私は驚きのあまり「ひえっ」と持っていた鞄を放り投げた。するとその鞄が都合よく、周囲の強面の一人にドカリとぶつかった。し、しまった……!
「あ、っ、すみませっ……!」
「おい、オサゲ!」
「へっ!?」
わ、私の……こと? 確かに、三つ編みをしているけれど……。
「あ、は、はい……なんでしょう……?」
もう『オサゲ』でもなんでもいいから、早く解放してほしい。
「ちょっとついて来い」
「…………え」
「お前とお前とお前も、俺について来い。他のやつらは泰司さんを頼む」
指示された男の人たちも「っす」とか、厳つい返事をして頷く。
い、いや、あの! な、なんで、どうして?
という困惑を、この空気で口に出せるほどの勇気が私にはない。じろっと睨まれたその顔には『逃げたらタダじゃおかねえからな』と書かれているようで、私はごくりと生唾を呑み込むしかできなかった。