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「女が頭なんて、マツキタも落ちたもんだなあ?」
「はっ! 女がトップになった途端抗争をかけてくるそっちも、十分落ちてんじゃねえの? 相変わらず女々しくてだっせえ奴ら」
「お前は相変わらず口が悪いな、八依!」
「はん? 新島こそ、相変わらずちょっとしかねえ脳みそ回転させてご苦労なこった」
ミクさんがぺらぺらと相手を罵りながら嘲笑した。対して、舗装されたばかりの道路の向こう側にいる赤毛の男が「ああ゛っ!?」と思いっきり声を上げている。
私が転校初日に出会ったあの赤頭の人よりも、さらにぱきっとした赤で、本当に人毛か疑いたくなる色をしていた。
「こっちはてめえみたいな小物に用事はねえんだよ、早く噂のトップ出せや! マツキタちゃんよお?」
「……馬鹿にしてんだったら、殺すぞ」
「あらあ? なにー? 怒っちゃったのー?」
挑発し返した赤毛の彼は、うぷぷと笑っている。ぴきっとこめかみを揺らしながら、ミクさんは「はあ?」と口元で引き攣った笑みを浮かべながら、言葉を返した。
「生憎だがな、俺様は器が広いんだよ。一緒にすんなボケ」
「と言いつつ、ピキってんだろ? 素直になれよ、この口だけチビ」
「何がチビだ、てめえがデケえだけだろうが猿頭!」
「はあ!? 何が器広い~、だよ! 立派に怒ってんじゃねえか! つか猿頭ってなんだよ、こっちこい! その減らず口を黙らせてやるから!」
ぎゃあぎゃあと声を張り上げて、何やら騒いでいる彼へ「どっちが減らず口だよ、赤ピーマンがよぉ」と物騒な様子でミクさんが怒っていた。赤ピーマン……確かに! そんな頭の色だ。
感心しながら、はっとする。二人の会話を呑気に聞いている場合ではない。
ど、どうしよう……緊張してきた。
私はトラくんの後ろに隠れながら深呼吸を繰り返し、〝その時〟を待っていた。
「オサゲちゃん……じゃねーか〝今〟は」
背中越しにいる私に向かって声をかけてくれるトラくんは、「大丈夫か?」と付け足した。
「リラックスしなよ。ほら、魔法のサングラスもかけてあげたでしょ?」
にこにこと告げるのはリュウくんだった。ぽんぽんと、肩を叩いて落ち着かせようとでもしてくれてるみたいだけれど、大して意味はない。
「……やっぱり姉には無理ですよ。帰らせてください」
溜息混じりに告げるのは今日も涼しい顔をした我が弟、伊吹だったりする。伊吹が何故ここにいるのかは、今日の朝まで話を遡らなければならない。
けれど、その前にこの状況について、もう少し説明を加えておこうと思う。
「伊吹の言う通りだ。そいつにトップは務まらねえ! リュウだってわかってんだろ!」
からっとした少しだけ高い声が、不満そうにすぐ近くで聞こえた。そんな声の主に向かってリュウくんは「こーら」と顔を向けた。
「コノエちゃん、リュウじゃなくてお兄ちゃんでしょ? はい、呼んでごらん?」
「うわ、きも。マジできもすぎる。絶対やだね、鳥肌立つっての!」
伊吹の隣に立ち、けっと言い捨てるクリーミーなはちみつ色の頭をした彼。目が大きくて、唇も小ぶりで、一見、美形の天使か、もしくは愛らしい人形が話しているのかと疑ってしまう。
「そんなお口の聞き方していいのかな? コノエちゃん、知ってるんだよ? きみの部屋のベッドの下に、最近買ったばかりとみられる、水着もののエロ本が……」
「あ、あれは違う! あれは! クラスのやつが勝手に……!」
そんな可愛い顔を、かあっとすぐに赤くした彼は、リュウくんの弟でもある。
彼と出会った経緯に関しても、本日の朝に遡らなければならなかったりする。
けれども、まだまだこの状況にもう少し説明を加えておきたい。
――舗装された道路の向こう側。
そこにいる見慣れない制服を着ている人たちを、対峙するように睨んでいるのは、私の学校の人たちだ。両者合わせて、ざっと数十人。二クラスくらい余裕で作れそうだと思った。
「つうかよお、藤山泰司は今日はいねえのか? ああ、まあ仕方ねえよなあ? 女に負けたとありゃあ、恥ずかしくて顔も出せやしねえだろうよ」
あっはっはっ! と盛大に笑い、向かいにいる生徒たちの先頭で、馬鹿にしたように顔をにやにやさせながら、そう声を発するのは赤ピーマンカラーのあの人だ。
「……てめえ、泰司さんを馬鹿にするとはいい度胸だな」
「別に馬鹿にしちゃいねえよ? ただ、蔵木翡翠と神山冬馬もいねえこの状況で、お前達に何が出来んだって話」
そう、ここには翡翠さんも冬馬さんもいない。なんとも最悪なタイミングで、最悪なことが起きているのだ。
「あ? ナメんじゃねえ、お前なんか俺一人で十分だ馬鹿野郎!」
「まあまあ、落ち着けって八依。別に抗争しに来たってわけじゃねえんだからよ? 用があんのは、お前らのトップだけ」
両の手のひらを天に向けて、肩を竦めてみせるその人。その嘲笑う感じを見ても、やっぱりこちらを馬鹿にしているようだった。
瞬間、ピリ、とこちら側の空気が一気に変わる。私はみんなの顔を見回して手のひらを握った。い、胃が痛い……帰りたい……。
「抗争しに来たわけじゃねえんだったら、そんな人数はいらねえだろーが」
舌打ち混じりにそれを呟くトラくん。リュウくんは、「ほんとにね」と私に目を向けた。
「ほら、オサゲちゃん。そろそろ出番だよ」
「わ、わたしっ……」
「大丈夫。練習通り堂々と歩くだけでいいから。出来るだけ喋らない。クールに。黙ること」
いいね? と、リュウくんは私の肩を優しく叩いて、ミクさんのいる方に押した。
「ほんっと知らねーかんな!」
「はいはい、コノエちゃんは黙ってるー」
「な、おい。服を掴むな! ……おい、伊吹! いいのか、お前も!」
兄に首根っこを摑まれたリュウくんの弟は、隣に立つ伊吹に顔を向けた。
そんな彼に、伊吹は少し考えるように視線を落とした後、私を見て。
「もう何言っても無駄そうだし、いい」
さらりとそう告げて、簡単に私を見捨てた。な、なんてこと……。
逃げることも出来ずに、とぼとぼとミクさんの近くまで行くと「おい、オサゲ」と声をかけられた。
「余計なことは言うなよ。妙な行動もとるな。馬鹿にもされんな。とにかく練習通りにしろ。スイたちが来るまで持たせるんだ」
「わかったな?」と不機嫌マックスで告げられて、私は泣きそうになりながら、ぶんぶんと何度も頷いた。ああ、もう。神様……! もしもいるなら、私がここから逃げ出せる術をお教えください……!
「……やっと、トップのお出ましかな?」
すると、こちらの様子を見ていた赤ピーマンが肩の骨を鳴らしてそれを言った。私は『練習通り……練習通り……』と心の中で何度も呟いて、意を決して向こう側に足を向けた。




