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暴走×少年×少女  作者: あしなが
一巻

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 あまりの至近距離に狼狽えていれば、ミクさんが呆れたように「冬馬さん」と名前を呼んだ。


「今、そいつがトップに相応しくなるための特訓してるんで、邪魔しないでもらえます?」

「特訓? なんだそれ」

「特訓は特訓っすよ。ちなみに冬馬さんの思うトップ像ってどんなんすか」

「あ? そんなもん強えやつ以外に、何があるんだよ」


 即答する彼は、ゆっくりと私の肩に腕を載せてくる。な、なんで肩を抱いてくるんだろう。


「やっぱり。じゃあ、やっぱ腕っぷしを鍛えて……」

「馬鹿、こいつは強えから問題ねえよ」


 ミクさんの言葉を遮り、冬馬さんは私の肩に回した腕で、ぐっと自分の体に引き寄せた。頭上に、すりっと懐くようにして頬が当たる。

 

 まるで無駄に懐いてしまった猛獣でも相手にしているかのような気分になって、私はすっかり固まってしまった。


 カチン、と石像のように硬直している私にミクさんが怪訝そうな顔をした。いや、あの、私にそんな顔をされても……。


 冬馬さんはといえば、どこ吹く風で私の三つ編みを掴むと「な、ハニーちゃん」と毛先の方を指の腹で遊びながら、軽く口づけをした。


「大体、いずれは俺の女になるんだから、弱くてどうするよ」


 当然のように言い退けて、私の身体を片腕でぎゅうぎゅうに抱き締めてくる。あまりに遠慮がないので、口から魂が抜けてしまいそうだった。


 ひ、否定したい。そして、この腕を解いて、離してほしい。


 けれど、この人に対して、否定を示すと言うことは死を意味しそうで怖かった。


 何も出来ずにふるふると震えていると、助け舟でも出してやろうと、トラくんが口を開いた。


「あ、そういえば冬馬さん、今日から見逃し配信あるんじゃないの? なんだっけアイドルアニメの」

「やべえ、そうだった!」


 はっとしたように冬馬さんは私から離れて、近くにあったソファの下からタブレットを取り出すと、そのアイドルアニメとやらを確認していた。


「俺としたことが、昨日までは覚えてたのに! クソ、これからはアラームでもかけとくしかねえな。……あ、今回から新OPか」


 「いいな、悪くない」とすでにタブレットの中のアニメに夢中になっている冬馬さんに、ふうと息を吐いて、トラくんは『こんな感じに扱ってね』とばかりに小首を傾げていた。


 い、いや、そんな……飼育員じゃあるまいし……!


 という、ことも言えずぶんぶんと首を振っていると、「まあ、なんでもいい」と今度はミクさんが話を戻した。


「とにかくサボってる暇はねえ、続きだ続き! ほらこっち来い、オサゲ!」

「え、ぁっ、は、はい!」


 思わず返事をしてしまって、しまった、と思う。そ、その特訓とやらをやりたいわけじゃないのに……!


 涙目になりながらも、仕方がないのでミクさんの元へ向かおうとすれば、この部屋の扉がまた開いた。


「あれ、スイだ。おはよー」


 リュウくんが呑気に挨拶をする。そんな彼の後から追うように「スイ?」とミクさんが顔を向けた。

 

 この学校では少し異質に見える彼。なんでだろうと思っていたけれど、こうして遠くから見ているとわかる。きっと、立ち姿がいいのだと思う。


 艶のある黒髪も、白い肌も、姿勢の良さも、全てがみんなと少し違う。……それでいうと、冬馬さんもそれに似ている気がする。


 とにかく、存在感たっぷりで、麗しく感じてしまう。


 思わずじいっと見入っていると、静かに目が合った。


 思わず会釈をして、気まずさで俯く。彼と目が合うのは、冬馬さんに見られる時並みに緊張する。少し、意味合いは違うけれど。


 怖い、恐ろしいという緊張に近い冬馬さんとはまた違うって、なんていうか……なんて、いえばいいんだろう?


 うーんと、考え込んでいる私はさておき、ミクさんは彼に向かってこう話しかけた。


「どうだった? ニシヨミのヤツらにはもう……」

「情報は筒抜けだったな。俺たちの予想通り、トップが女に代わったと知って、すぐにでも抗争を仕掛けてくるらしい」

「チッ、新島(にいじま)の野郎……」

「下手したら、明日にでも来るかもしれないな」

「明日……? まじかよ……泰司さんもいないのに」

「連絡はしてるけど返事はない。もしかしたら、俺たちだけで相手をしなきゃならないかもな」

「最悪だな……」


 一体なんの会話をしているかは不明だけれど、きっとよくないことが起きているのだと思う。


 その証拠に額を押さえるミクさんが、横目で私を見て「はあ」っと大きなため息を吐いて、再び頭を押さえたから。


「もう、どうしろってんだよ……」


 そして、その頭を押さえた手のひらで、目頭を押さえると舌打ちをして「おい」とこちらにやってきた。な、なんだろう……?


「お前……」

「は、はい……」


 じっと私の腰元へ視線を落とす。ん……? とその視線を追うと、少し腰を屈めた彼の手は。


「ちょっと、これ上げろ」

「え? ……ひょあっ!?」


 私のスカートのウエストを掴んで、ぐいっと引っ張り上げた。変な声が出てしまった私を怪訝そうに見て、そうして再び人のスカートのウエストを勝手に折ろうとお腹の上をその人の手が行き来する。


「ひっ、なっに、をするんですか……や、やめてください!」

「うるせえな、スカート上げてるだけだろうが! 何いちいち変な声出してんだよ!」

「だ、だって……!」

「即席で出来ることと言ったら、てめえの外見をどうにかするしかねえんだよ。このだっせえ髮も解け!」

「やっ、やだ、やめてくだ……っ」


 ミクさんがぐいっと三つ編みを引っ張ったので、「い、いたたっ!」と頭を傾ければ、トラくんが「あらまあ、容赦な」と何故か上品に口元を押さえて、こちらを見ていた。


 みっ、見てないで助けてほしいと目で訴える私の髪を解いたミクさんは、そのまま襟元についたリボンまで引っ張った。


「な、何をする気なんですか……!」

「あーあー、まじでうるせえ」


 逃げようとすれば、逃げられないように後ろからお腹に手を回された。


 ついにリボンがぽとりと足元に落ちる。「え、あのっ」と泣きそうになりながらその腕を外そうとすれば、「暴れんな」とリボンを落とした手で、今度はシャツのボタンも外していく。


 ま、まさか脱がされる……!?


 と、顔から血の気が引いたと同時に、「よし」と後ろからミクさんが告げた。……よし?


「こんなもんだろ」


 今度はあっさり手を離されて、私はよろりと床に膝を付けて崩れ落ちた。まるで追い剥ぎにあった気分だった。


 涙が出てきて、私は「うぅっ」と顔を覆った。


「はあ? 何泣いてんだよ? ちょっと格好を着崩させただけじゃねえか」

「いやいや、ミク。今のは泣くって」


 不思議そうな顔をしているミクさんに、手を振ってトラくんが答えてくれる。


「知るかよそんなもん。おい、いいか? まじで時間がねえんだよ。だから泣いてねえで立て! それで、さっき言った通り、しゃきっと姿勢を正せ! 堂々としろ! 見た目だけでもなんとかすんぞ」

「いっ、嫌ですよ! こんなあられのない姿にされたら、堂々となんて……できるわけないですよぉ……っ!」


 ううっ、と恥ずかしさで床に伏せるようにしてめそめそしていれば、ふと誰かが私の目の前に立った。


「小宵」

「うっ……ひ、翡翠さん……?」


 顔を上げると、彼はゆっくりと床に膝をついた。場所が場所じゃなかったら絵本から出てきた王子様のようにも見える。


「悪い。ミクもそんなに悪気はないんだ」

「で、でも……」

「怖いだろうけど、少しの間だけ堂々と振舞ってくれ」


 「お前ならできるだろ?」と、軽く私の頭を撫でてくれる翡翠さん。びっくりして、涙が引っ込んでしまう。


 あ、頭を撫でられてる。身内にしか撫でられたことのない、この頭を……!


 わ、私は一体、どう反応したら………?


 突然の頭ナデナデに、かちんと固まっていると、いつの間にか近くに立っていたリュウくんが「うーん」と私の顔を横から覗き込んできた。

 

 びくっとして隣を見れば、彼はにっこり笑ってこう告げた。


「メイクしたら、それなりにいけるかもねー」

「め、メイク……?」

「そ。化粧して髪もちゃんと整えて、そうだな。表情はなくしてもらって、ひとまずクールに、凛とした感じでいけば、このひょわひょわな感じも、なんとか誤魔化せるんじゃない?」

「ひょわひょわ……」


 ど、どういう意味だろう。意味不明過ぎて、目をぱちくりとさせてしまう。


「珍しくリュウがマトモなことを言ってる」

「トラくんよ? 俺は常に真面目ぞ?」

「でもそっか。凛とした感じか……真顔貫くついでに、喋んなければまじでいけるかもな」


 リュウくんを無視してトラくんが「なるほどな」と腕を組めば、「無口設定か」とミクさんが考えるように呟いた。


「小宵」

「はっ、はい」

「真顔は出来るか」

「ま、まがお……?」


 翡翠さんに言われて、私は俯くようにして考えた。


 そんな風に言われるとよくわからなくなる。


 だって、誰かに見られながら、真顔というものを意識してやるというのは……こう。


「誰が、変顔しろって言ったよ」


 案外、難しい。


「みっ、皆さんが見てるから……その、緊張してしまって」

「まったく、こいつは無表情も出来ねえのかよ」


 ツッコミを入れたミクさんが呆れた顔をしている。


「あ。それならサングラスとかかけて、いっそ目元を隠すのはどうよ? 不安そうな表情も隠せるし、オサゲちゃんから見ても、周りの目があんまり気にならなくなるだろうし、一石二鳥じゃね?」


 拳で手のひらを叩くトラくんに、ミクさんは「アホか」と続けた。


「想像してみろ。こんなへっぴり腰でサングラスなんてつけてみろ。それこそ、ただの変人に見られかねないだろ」

「……確かに」

「でもそれはそれでインパクト大だよね」


 あはは、と笑うリュウくんに「ま、ミクの言う通り、確実に変人認定されてナメられるだろうけど」とトラくんが首を振った。


「……ていうかさあ」


 隣にいたリュウくんが急にしゃがみ込んで、私や翡翠さんと同じ目線になった。


 な、なんだろう……?


 と思っていれば、彼は髪の毛を手に取って、無遠慮に毛先を指の腹で遊びだした。


「なんで今まで、髪の毛結んでたの? 下ろしてる方が可愛いじゃん」

「えっ、あ……」

「指通りまでいいね、さらっさらだ。女の子の髪の毛って、傷んでないとこんなんなんだ」


 へえ、と珍しそうな顔をして、楽しそうに人の髪の毛を指で梳いてくるリュウくん。そんな彼から離れるようにして、私は床の上でずりっと移動した。


 ど、どうしてこの人、いつもこんなに馴れ馴れしく触ってくるの!?


「やっぱ女の子は黒髪が一番だと思わない? ほら、スイ。超サラサラだよ?」


 一番近くにいた翡翠さんに、リュウくんは流れるようにして問いかけた。


 そんな彼に翡翠さんは何を思ったのか、私の髪をひと束掴んで、何故か手触りを確かめていた。


「っ!」

「本当だ。超サラサラだな」


 な、何この人たち……!


 二人のあまりの馴れ馴れしさに、声すら出せずにいると、「ふうん?」とトラくんがこちらの様子を確かめにやってくる。


「オサゲちゃんの髪、そんなにサラサラしてんの?」


 あまりに興味深そうに告げるので、まさか、この人にまで髪の毛を触られるんじゃないだろうか! と、びくびくと身体を強ばらせていると。


「髪の毛がサラサラとか、んなのどうっでもいいんだよ!」


 私たちの陰で苛々していたらしいミクさんが、大きく声を張り上げた。


「時間がねえって言ってるだろうが。遊んでんじゃねえぞ、オサゲこの野郎!」

「…………」


 どうやら彼には、私が遊んでいるように見えていたらしい。


 こんなに困り切っている私を見て、どこをどう見たらそう見えたのだろう。理不尽だ。


「どうでも良いからさっさと立て。じゃねえと……こいつはもう返してやんねえからな!」

「!? それは……! ちょっと待ってください!」


 ミクさんに制服のリボンを人質に取られてしまった。


「ぷっ。ミクったら、小学生?」

「黙れ、お前の脳みその方がガキだろうが。このエロ垂れ目野郎」


 口元を押さえて馬鹿にしたように笑うリュウくんに、ミクさんは言う。


 私は今日一番の焦りを感じていた。だって、前の学校で制服のネクタイやリボンは絶対着用だった。もしも外していたりしたら、それがどんな不可抗力でも、とんでもない罰則があったものだから。


 制服にリボンは絶対必須なんだ。


 だから……と思って、リボンを取り返そうと急いで立ち上がった。


 拍子に。


 髪をいじり終えたのか、ちょうど立ち上がろとしたリュウくんの顎と、私の頭がゴスッ! と鈍い音を立ててぶつかった。「あがっ」と仰け反るリュウくんは、そのままばたりと床に倒れてしまう。


「は? リュウ!?」


 トラくんが慌てて声をかける。


「またオサゲ、お前……!」

「っご、ごめんなさいい!!」


 「また隙をついてやりやがったな! この卑怯者め!」と怒り出すミクさんに、「わ、わざとじゃないんです、信じてくださいぃっ」と頭を抱える。


 倒れ込んだまま動かないリュウくんを指でつつくトラくんは、「うわ、どんな石頭だよ……」と引いた様子で呟いていた。


 そんな私たちのやり取りを見ていた翡翠さんは、「まあ、心配はいらなそうだな」と呟いて。


 珍しく静かな冬馬さんはと言えば、ソファに寝そべりながらイヤホンをつけて、アニメを優雅に視聴していたのだった。



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