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「ちょ、冬馬さん!!」
ミクさんが慌てたように私と冬馬さんの間に入り込む。すると彼は、「んだよ、邪魔すんな。今プロポーズの最中だろうが」と不機嫌な顔色を見せていた。
ぷ、ぷろぽーず……?
「何言ってんすか、いきなり!」
「あ? 何が」
「結婚って、んな冗談……」
「冗談? 誰がこんな、一世一代の冗談言うんだよ!」
彼はキレながら、一度髪を掻き上げた。するとさっきまでは、暴れていたせいで髪が乱れに乱れていて、全く気付かなかったけれど。
きらきら、と無駄な効果音が聞こえそうなくらい、顔が整っていて呆気にとられそうになった。
「これはもうずっと俺が決めてたことであって、決められていたことなんだよ。言わば運命なんだから邪魔すんな」
「わかったか」と彼はミクさんの肩を押す。そして再び私の前に立った彼は、異様に整った顔で、目を輝かせながら口元を手のひらで覆った。
「こんな奇跡って存在するんだな。本当にここまで、ハニーちゃんにそっくりなやつを見たことがねえよ。マジで生まれ変わりかなんかだろ、お前」
「……は、はい?」
「俺、決めてたんだ。いつかハニーちゃん似のやつがいたら、そいつと結婚するって」
「け、結婚ですか……」
「マジで似てる。そっくりだ。瓜ふたつすぎて、俺はいま混乱してる」
胸に手を置き、ぺらぺらと口が止まらない彼。
混乱してるのは私なのですが、という突っ込みすら言う暇も与えないまま。
「だけど、そんな混乱どうだっていいな」
彼は私の両手を手に取りながら、こう告げた。
「ひとまず俺と結婚してくれ」
何がひとまずなのか。
「……え、っと」
ど、どうしよう。全くついていけない。
きっと補足されたって理解できないだろう。
だ、だってどうして私、さっきまで命狙われてた人に、プロポーズされてるの……?
青い顔をして固まっていると、「どうした、顔色悪いぞ」と彼は私の頬を指の甲で擦りながら、覗き込んでくる。顔があまりに近くて、私は「へあ!?」と肩を飛び上がらせた。
「あっ、いや、あの……!」
ち、近すぎる……!
びっくりして、後ろに下がればそのまま背中から転んでしまう。いたたた、と腰を擦っていれば……。
「なあ、お前、名前は?」
「……っ、ひえ」
私の身体の上に乗るように迫ってくる彼、もはやある意味危険人物、神山冬馬さん。
「冬馬さん」
すると、背後からとびっきり良い声が聞こえて、はっとしながら顔を上げた。
「少し落ち着いて下さい」
「あ? なんだ、翡翠じゃねえか」
「ここ、みんな見てますよ」
周囲に一瞬だけ目を配りながら、しゃがみ込む。顔を上げた私を、逆さまの視界の中で見下ろして彼は「そんなに似てるんですか」と告げた。
「アニメの主人公に」
「ああ、そっくりだ」
こくりと頷く冬馬さんは「深刻なほど激似だ」と、至って真剣な顔をしていた。
「…………」
ん? え……アニメ?
アニメ……アニメの、主人公、って。
理解が追い付かなくて、目をぐるぐると回していると、頭を掻いたトラくんが、私の左手側にしゃがみ込んだ。
「冬馬さん、アニメオタクなんだよ。多分好きなアニメの主人公にあんたが似てたんだね」
少しだけ近づき、ひっそりとした声で彼は言う。
え……?
「トラ、コラてめえ。何勝手に俺の嫁に近づいてんだ。殺すぞ」
「…………」
よ、嫁……?
全く展開についていけないまま固まっていると、彼は構うことなくを自分の方へと私を引き寄せた。
「今度ステッキを買ってやるからな」
無駄に清々しい笑顔で、本気でわけのわからないことを言っている。
「と、冬馬さん。こいつが泰司さんをヤッちまった犯人なのに。いいのかよ、こんな女がトップで……」
「あ? なんだてめえ、逆にハニーちゃんがトップだと何か不満があんのか?」
焦った様子で声をかけてきたミクさんに、冬馬さんは不愉快そうにそう返した。
最初に言っていたことと、今があまりにもハチャメチャすぎて、この瞬間はミクさん側につきたいと思った。
「不満? んなもん不満しかねえ! こんな地味で冴えない女、うちの学校のやつらはもちろん、他校のやつらにもナメられるに決まってる!」
「そん時は、相手をぶっ飛ばせば良い話だろうが。その内、俺たちにナメてかかる輩もいなくなるだろ。なあ? ハニーちゃん」
まるで飼い猫に微笑むような顔で、にっこり、笑顔を向けられて、私は肩を揺らして思わず頷いた。
「はは、はいっ……」
「ほうら。こう言ってるだろ。それでも、こいつにナメてかかってきやがったら、俺が先に殺してやるよ」
「いや、殺しはやめてください。マジでしかねないんで」
平然とした顔で告げる冬馬さんに、トラくんは苦笑気味にそう返していた。
こ、怖い、怖いよこの人……普通じゃない!
いろんな意味で危険すぎるので、すすす、とできるだけそっと、かつ自然に、冬馬さんから少し離れようとした。
ところで。
「……わかった、仕方ねえ。冬馬さんに免じて、お前がトップってのは認める。だが今後、誰かにナメられるようなマネしたら、承知しねえからな!」
上から私を指差し、そう強く言い放つミクさん。
私は動かそうとした身体を一旦止めて、「は、はい……」と消え入りそうな声で頷きながら彼を見上げた。そんな私を見て舌打ちをすると、そっぽを向いて、彼はそのまま歩いて行ってしまう。
「あれー、ミク。授業はー?」
「気分じゃねえ。サボる」
リュウくんの問いにそう答えながら、立ち止まる様子もなくさっさと立ち去ってしまった。
「あいつ、ここ最近ずっとサボってんな」
「てか、逆にミクがきちんと授業出てたらそれこそびっくり。雪降るよ雪」
「だな」とケラケラと笑っているトラくんとリュウくんを見ていると。
「そろそろ、行くか」
ほどよく低い、耳障りの良い声が聞こえたと同時に、私の腕が取られた。
ぐんっと後ろに引かれて、私はよろよろと立ち上がる。振り返ると翡翠さんがいた。
彼のお蔭で思ったよりも簡単に冬馬さんとやらの包囲網から抜け出せて、私は「あっ、ありがとうございます」と頭を下げた。
「小宵は授業に出るだろ?」
「え? あ、は、はい……」
まともに名前を呼ばれた。オサゲちゃんやらハニーちゃんやらで、一瞬、自分の本当の名前を忘れかけていた。
この人、私の名前をきちんと覚えていたんだ。
「確かリュウと、同じクラスなんだよな。4組か」
「はい……」
「なら、リュウと一緒に行くといい」
リュウくんたちのいる方へと、私の背中を軽く押す翡翠さん。そんな彼に「おいてめえ」と怒った様子で迫るのは冬馬さんだった。
立ち上がり、その胸倉にぐっと掴みかかる。
「勝手にそいつに触ってんじゃねえ……殴られたいのか」
「そういえば、冬馬さんが前にもう手に入んないって言ってたロボアニメのPC版のゲームソフト、持ってるやつ見つけましたよ」
「は、何!? 本当か!?」
「はい。なんなら、今からそいつのところに連れて行きましょうか」
「ああ、すぐにでも行こう!」
今にも乱闘でも引き起こしそうな雰囲気を醸し出していたのに、ぱっと翡翠さんから手を離す冬馬さん。翡翠さんは襟元を涼しい顔で整えながら、冬馬さんを自分のペースに丸め込んでいた。
「いやあ、毎度のことだけど」
「ああ」
「単純な冬馬さんも冬馬さんだけど、スイも凄いよね」
「本当にな」
マジで感心しちゃうよ俺、と呟くリュウくんにトラくんも頷いていた。
私は二人の会話を耳にしながらも、やっぱりついていけずに困惑したままだった。




