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何本かイッちゃうって、何がですか……なんて怖くて聞けない。
「マジどんまいだよな、オサゲさん」
「俺たち、シラフの冬馬さんを相手するだけでも怖えのに、キレた冬馬さんを相手にするなんて信じらんねえよ……」
こそこそと、強面さんたちの声が聞こえる。
ど、どうしよう。胃が痛くなってきた。
「冬馬さんが学校に来たら、俺たちも注意しておく。死にたくなかったら、極力出会さないように気をつけろ」
お喋りな上に、意外と優しいらしい翡翠さん。さっきまでド偉そうな王様に見えていたのに、急に神様に見えた。なんて素敵な人なんだろう。
そんな彼の隣にいるミクさんは「俺はぜってえ嫌」とか言ってスマホをいじっていた。なんて薄情な人なんだろう。
同じく。寝転びながらエロ本を読んでいるリュウくんは「俺もやだなー」とか言っていた。この人に関してはもう何も言うことはあるまい。
「今日はもうここには来るな。極力目立たないように過ごせよ」
翡翠さんにそう言われて、私はその溜まり場とやらからようやく解放された。
目立たないように過ごすのが得意な私にとって、それはお安い御用な話だ……。
と。言いたいところだけど。
「ほらあれが……」
「ああ、例の……」
「昨日、泰司さんをさ……」
「まじかよ。嘘だろ」
「そんな風には全然見えないのにな……まさか、あの地味な姿は仮の姿なのか?」
ジロジロと。昨日の今日で、学校中の注目の的になってしまっていた私は、たくさんの視線を浴びていた。め、目立たないようにって、一体どうやってするんだっけ……?
青い顔で教室に向かっていると。
「あ、オサゲちゃん」
後ろから声をかけられた。
振り返るとそこに見えたのは、誰よりも長身で、だらしなく制服を着た……。
「と、トラくん……おはようございます」
「おはよー、どこいくの?」
「えと、教室に……」
「ふーん? リュウは? 一緒じゃないんだ?」
「え? あ、はい……」
小さく返事をすれば、彼はそれにまた「ふーん」と言って、周りを見回した。
すれ違う人や、立ち止まって話をしている人。
その人たちのあらゆる視線を体中に受け止めながら、私は俯いていた。トラくんは、よく顔を上げてみんなのことを見回せるな。私には無理だ。
「ねえ、オサゲちゃん」
「はい」
「このくらいの身長でさ、髪の毛がブルーシルバーっぽい感じの、そんでちょっとつり目みたいな……なんかこの人危ないなーって感じの人に会った?」
「い、いえ……そんな人には……」
ブルーシルバーってことは、青の混ざった銀色ってこと、かな。そんな派手な頭をした人に会っていればすぐにわかるはずだけど……。
首を振った私に、トラくんは「そっか」とメッシュの入ったその髪をくしゃくしゃと掻いていた。
「もしもさ、そんな人見かけたら、すぐに逃げてね」
「え……」
「じゃないと、明日から病院行きかも」
「え、びょっ!?」
衝撃の言葉に固まっていると、トラくんが「あのね」と口を開いた。
と、同時に。
「お前ら、邪魔だ! そこ退け、殺すぞ!」
ドカァッ、とまるで何かを思いっきり廊下に叩きつけたような音がして、私はびくっと肩を揺らした。な、なんだろう……?
一気にざわめきの増した廊下では、その音の先を確かめるように、みんなが視線を向けていた。
「あれ、神山さんじゃね……?」
「うわ、やべえだろ! なんで今日あんな機嫌が悪いんだよ!?」
焦った様子の生徒たちの言葉に固まってしまう。
かみ、や、ま……ってもしかして……。
「わー、冬馬さん。今日は学校来んの早すぎでしょ」
「俺だって今来たところだってのに」と、抜けたことを言いつつも、少し焦りを見せるトラくん。
「早く出てこい、オサゲ頭の地味女あああ!」
大きく声を張り上げるその人は、廊下に置いてあるあらゆる物を蹴り飛ばしては、様々な人の制止を振り払って暴れていた。
『オサゲ頭の地味女』ってきっと、私のことだ。
「オサゲちゃん、ちょっと早くここから逃げた方がいいかも」
「に、逃げるって……」
一体どこへ!?
「ほら、とりあえずこっち」
「え、で、でも、あの……!」
トラくんに腕を引かれたと同時に、学校中に響き渡る予鈴。
もつれそうになる足を踏ん張らせながら、「じゅ、授業がっ」と口にすれば。
「オサゲちゃんさ、自分の命と授業、どっちが大切?」
「え……」
「ほら行こう」
普段なら絶対に並べることのないそれを、天秤にかけられてしまい固まるしかなかった。
トラくんが、「わり、退いて」と周りで固まっていた生徒たちの間をすり抜けていく。その場にいる生徒たちの視線が私とトラくん、そして向こうで「どこだ!」と暴れている……恐らく〝神山冬馬〟という人、それぞれに向けられていた。
ああ、どうして次から次へと、問題が起きるんだろう。
この学校に来たのは、もしかして間違いだった……?
ぐいぐいと引っ張られて、私はあっという間にその場から離れた。一階まで階段で降りて、すれ違う先生達に、「走ったら危ないぞー」とだけ注意された。
すると、ふと腕を引いていたトラくんが急に立ち止まった。お蔭でその背中に顔ごとぶつかる。い、痛いです。
「オサゲちゃん……あんた、このままもう帰った方が良いかも」
振り返ったトラくんがそう言って、玄関口のある方を指した。
「え、でもまだ……」
授業が残っているし、とぶつけた顔を摩っていると、「今はそれどころじゃねえだろ」と彼は呆れたように溜息を吐いた。
そ、そんなことを言われても……今まで人生で授業なんて、サボったことなんてないし、何も言わずに帰っていいのかもわからないし、荷物は全て教室にある。寮の鍵だって、教室だ。
どうしたらいいんだろう、と困っていれば、「トラー」と聞き覚えのある抜けた声が聞こえて、私たちは揃ってそちらへ顔を向けた。
「なーにしてんの? あ、オサゲちゃん、さっきぶりー」
「リュウ、良いところに!」
あの〝溜まり場〟とやらから戻ってきたらしいリュウくんが、こっちに向かって歩いて来ていた。
「今、冬馬さんが、二年の教室んところで暴れてるんだよ」
「げ、マジ?」
「今からオサゲちゃんには帰ってもらうから、面倒だけど俺らで行って、一旦足止めしよう」
「えー、無理だよ。暴れてる冬馬さん、何度殴っても倒れないんだもん。ゾンビを相手にすんの、俺怖いよ」
「仕方ないだろ。泰司さんも来てないんだったら誰にも止められないんだし……行くぞ」
「ええー」
トラくんに引っ張られて、無理やり連れて行かれるリュウくん。
「オサゲちゃん、助けてえ~」
助けを求めるように、私の方へと腕を伸ばしてくるリュウくん。
ずるずると連行されていく彼に何も言えずにいると、先ほどリュウくんが歩いてきた方向から……。
「何、んな所でつっ立ってんだよ」
「あ、み、ミク……さん!」
ど、どど、どうしよう。
まさかリュウくんたちが行ってしまった傍から、ミクさんに会うなんて……!
気まずい空気が漂う。冷汗が止まらない気がした。
だって私は確実にこの人から嫌われている。
それがわかっていながら、私はこの人とどう接すれば良いのだろう。普通の人と接することさえ苦手なのに、この人といきなり二人きりで話すのはハードルが高すぎる。
なんて運が悪いんだろう!
「へえ、俺と話すのはハードルが高いんだ」
「………へ?」
「しかも、この俺と出会して運悪いなんて、そこらへんの女なら大喜びだってのに」
随分なこと言うんだな? と片眉を上げる彼に、私はひっ、と息を呑んだ。




