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暴走×少年×少女  作者: あしなが
一巻

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「んま、ルールはルール。これを変えたら、ここの序列もおかしなことになっちまう。それにたくさんの人らに、きみが泰司さんを殴り倒しちゃったのが見られてる」


 と思えば、今更、ナシなんて無理なんだよ。とトラくんはさらに絶望の言葉を付け足した。


 顔から血の気を引かせていると「だけどさあ」とリュウくんが、横から口を挟んだ。


「三ヶ月経って、トップであるきみに対して挑戦者が現れたり、普通に下剋上でもされて負けたりしたら、あっさり交代なんだから、そんなに重く捉えなくて大丈夫だと思うよ」

「ほ、本当ですか!?」

「うん」


 笑顔で頷くリュウくん。手には何やらいかがわしい本が握られている。じいっとそれを凝視していれば、「あ、一緒に見る? エロ本」と平気な顔で誘われて、私はぶんぶんと首を振った。


「まあ、とにかく問題はこれから三ヶ月。どう過ごして行くかって話だな」

「こんな地味オサゲがトップなんて知ったら、冬馬さんどう思うか」


 トラくんの言葉に、ミクさんが傍にある机にどかっと座った。机の上に座るとお尻が赤くなるって、…子どもの頃に聞いたことがあるけど……大丈夫だろうか。


 もし、お猿さんみたいにお尻が真っ赤になってしまっていたら……と、じっとそれを見つめていると、ミクさんは「何、睨んでんだ」と私を見た。


 ぶんぶんと首を振って睨んでなんかいませんと、否定しているとトラくんが「冬馬さんねえ」とちょっと困ったように告げた。


「一応、三年生の先輩なんだけど……今度顔を合わせそうになったら教えてあげるよ。あの人、ちょっと危ないからさ」

「あ、危ない……?」


 それって、どういう……とよくわからずにいると、「とにかく」とすぐ隣にあの黒髪の彼がやってきたので、思わず全身が強張った。


「これからお前には、ここのトップに相応しい女になってもらう」

「……で、でも、私なんかが、皆さんの上に立つ、なんて」


 無理です。絶対に。


 途切れ途切れに、肩を震わせながら告げれば、ふと彼は私の髪の毛をそっと掴んだ。三つ編みを持ち上げられて、指の腹でそれを撫でられている。こんな近い距離……家族である伊吹とでも、あんまりないのに。


「嫌でもなってもらう」


 血色の良い唇が、はっきりと告げる。


「俺がそうする」


 信じられないほど、心臓が大きな音を立てた。きっと、今朝から立て続けに起こっている出来事についていけないからだと思う。


 あの、金色なのかどうか。形容しがたい不思議な色をした目が、私のことを真っ直ぐと見据えている。思わず、吸い込まれそうになる錯覚を覚えて私はいつの間にか。


「……は、はい」


 そう、返事をしてしまった。



――――――――――

――――――


 あれから教室に一度戻された私に、話しかけてくれる人なんて一人もいなかった。


 視線はこれでもかってくらい、道行く人々が向けてくるというのに。


 話題の中心よりも、みんなの中心で、お話だけでもしたい。これでは、友だちどころか、ちょっと話す程度のクラスメイトさえできないと思った。


 もちろん、帰ろうとしたって誰からの「さようなら」もない。


 前の学校なら、友だちでなかったとしても挨拶は礼儀でしていたのに。


「あ、見つけた。姉ちゃ……」

「い、伊吹いっ!!」

「……は。何、どうしたの」

「わ、私、もう前の学校に戻りたい……」

「なんで。何かあったの?」


 寮に一緒に行くために、校門近くで待ち合わせしていた伊吹と顔を合わせるや否や、私はめそめそと今日の出来事を簡潔に話した。


 ああだ、こうだ。本当にとんでもないことがあったのだと話す私の隣を、隣を歩きながら、学生手帳で寮の道のりを確かめている伊吹は「へー」とやる気なく返していた。


「ちゃ、ちゃんと聞いてる……?」

「聞いてるよ。この学校のなんだっけ、頭だっけ。それって、要はこの学校で一番偉いってことでしょ」

「……え」

「全校生徒を言いなりに出来る権限を持つってことじゃないの」

「い、言いなり?」

「違うの?」


 普通の顔で、とんでもないことを言われる。


 考えもしなかった発想だけれど、確かに理屈的にはそうなのかもしれない。


「そうなの!?」

「そうじゃないの?」

「確かに、う、上に立つって……そんなこと言ってたような。で、でも言いなりに出来るとか、そういうのは……」


 全く思いつかなかった。仕切るとは言っていたけど、言いなりって……!


「そういうことだと思うけど。………あ、着い、……た」


 悩みが尽きなくて、うーんと首を俯かせていた私の隣。顔を上げた伊吹が、どんどんと眉根を寄せていく。途切れた声に、「伊吹?」と顔を上げながら、私も前方を確認した。


 目の前にはお世辞にも綺麗とは言い難い、煤けたぼろぼろのアパートがあった。


「ぼっろ……」


 伊吹の言葉に「アンティーク……」と呟けば、「いやそれは違う」とすぐに否定された。


 彼は溜息を吐きつつ、「まあ、もう仕方ないか」と諦めたように受け入れてそのぼろいアパートに歩を進めた。


 私はその後ろを追いながら、信じられないなという面持ちで今一度、その建物を見た。雨や日光により大分、変色し腐食した木で建てられているように見える。


 まるでお化けでも住んでいそうな、こんなに廃れた建物、私は生きてきて初めて目にした。


 驚きで口が開きっぱなしの私とは違って、伊吹は端の方にある階段をたんたんと上がっていく。階段はギシギシと音を立てていて、今にも抜け落ちてしまうんじゃないかと思った。


「大丈夫、これ」


 同じことを思ったのか、伊吹は階段の強度を足で強く踏みつけながら確認する。


「お、落ちたらどうするの……!」

「その時はその時じゃない? まあ、この高さなら打撲くらいでしょ」


 さらりとそんなことを言って伊吹は先に進んでいく。二階に上がると、くすんだコンクリート調の床が見えて、私はまた違う恐怖が頭の中を過った。


「む、虫……出そう……」

「そんなの、こんだけ古かったら出るんじゃないの?」

「そ、そんなっ、私もうだめだ……!」

「大丈夫だって、虫の方が逃げていくから」

「……」


 虫が逃げる?


「そ、それってどういう……」

「姉ちゃんの周りにいたら、命の危険を感じて、すぐに逃げていくって意味」

「えっ、どうして?」

「…………」


 伊吹は一度、足を止めて私を見た。首を傾げると、伊吹は頭を掻きながら「なんでそんな自覚ないんだろう」と呆れ顔で私を見ていた。


「姉ちゃんってさ、虫相手になると、なんていうか……わかりやすく言うと、すっごく強いんだよ」

「……え」

「現に今日一日でたくさんの人たち殴り倒してきたんでしょ?」


 それで自覚ないなんておかしいから。と伊吹は言う。


 ――度々、伊吹は私に、虫に関わらせると危ないと言う。


 どう危ないのかと聞いたら、「下手したら人一人病院送り」とか言っていて、その時はなんだかよく意味のわからない答えだと思っていたけど……。


 思えば、虫を見た後の記憶ははっきりとしない。


 それを追い払うことだけに集中してしまって、気づけば、近くにあった物とかをよく破壊してたりしていたけど……。


 父もあたしにはよく、「虫を見たら、追い払うんじゃなくて逃げなさい。絶対だよわかった? わかったね?」としつこいくらい約束させてきた気がする。


「な、殴り倒しただなんて……そんな……だって、ほら。私、その、臆病だし、虫を追い払うだけで精一杯だっただけっていうか……その」


 はっきりしない口調で、ぼそぼそ言う私に、伊吹は何を言っても無駄だろうと気づいたのか、「まあ、いいや」と話を終えた。


「俺、203号室だから」

「え……」

「じゃあまた明日ね」


 気づけば、部屋の扉の前に来ている。いつの間に……!


「ちょ、ちょっと待って、伊吹!」

「? 何」


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