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「そりゃないっすよ、翡翠さん!!」
「俺達は反対っす!!」
女が頭なんて有り得ない! と一斉に大声を上げるの強面さんたちは私と、その翡翠という黒髪の人を取り囲んだ。
「ルールはルールだ。文句があるなら、三ヶ月後、この女に喧嘩でも挑めばいい」
「で、でも、翡翠さっ……」
口を開きかけた強面さんを、まだ反論あるのか、と言わんばかりに彼は見る。たったそれだけで、周囲は黙り込んでしまった。
体格だけで言えば、明らかにその強面さんの方が強そうなのに。気迫からして、彼の方が断然勝っていた。
「オサゲちゃん、ごめんねえ。何かわからないことばっかでしょー?」
三つ編みを掴まれて、少しだけ後ろから引っ張られる。振り向くと、そこにはリュウと呼ばれている彼がいた。
「なんか、マツキタの解釈の時点からおかしかったから、何だか心配なんだよね。質問があったら答えてあげるよ?」
「え……?」
「まずね『マツキタ』って人じゃないからね。マツキタさんって言ってたけど、マツキタってのはウチの学校の略名。有松北高校、それでマツキタ」
「……ああ!」
なるほど、と軽く手を合わせる。そういうことだったのか。
納得していると、彼はふふっと笑って、「ねー」と私の肩に腕を回してきた。
「わからないことがあったら何でも教えてあげるよー? 勿論知識だけじゃなくて、カラダの方も……」
「リュウ。お前が絡むと訳がわからなくなるから退けろ。ほんっと見境ねえ、エロがっぱだな」
「あ、ちょっとー」
私からその人を引き剥がしたのはトラと呼ばれる彼だ。こちらに向かって「で」と首を傾げる。
「何がわかんない?」
「え、と……」
そう聞かれてしまえば。
「何から何までわからないのです、が……」
「まあ、転校生だしな」
当たり前か、と言う彼は「じゃあ、ちょっと説明してやるか」と先ほどの黒髪の彼へ顔を向けた。
「スイ、いいよな?」
「ああ」
「よくねえよ。何勝手に話進めようとしてんだトラ!」
「ミク。ルールはルールだろ? 大人しくスイの決めたことに従えって」
「ルールつったってな……!」
「ミク、お前もちゃんと見たんだろ。オサゲちゃんは、強い」
言い切ったトラという人に、金髪の彼はぐっと黙り込む。私も瞬きをしながら、「へ?」と頭の上で疑問符を飛ばしていた。つ、強い……?
「でも、俺どうしてもこんなヤツが頭なんて……」
どこか悔しそうにしている金髪の彼。私は見事に、話題から置いていかれている。
「あの、トラさん……」
「トラでいい」
「え、で……でも……」
「さん付けは嫌なんだよ」
「わ、わかりました。では、と、トラくん……あの」
そう言いかけたところで「え、ずるーい」とクリーム頭の彼が声を上げた。
「俺もリュウって呼んでよ」
私の近くまでやって来て「ねね、ほら」と促してくる。
「呼んで呼んで」
「……は、はい、りゅ、リュウ……くん?」
「あー、いい! なんかよくわからないけど、すっごくいい! 何か新鮮! 三つ編みの女の子からリュウくん呼びされんの、なんだか超グッとくるね」
ぺらぺらと口が止まらない彼に、「うるせえ!」と声を張ったのはやっぱり金髪の彼だった。
「ちったあ黙れよ、オヤジかてめえは」
「あー、ミクたん。ちょっとそれは傷つくなー」
「お前ら、二人とも黙れ。っていうかミク、まだお前名前言ってなかったろ」
トラくんに顔を向けられた金髪の彼は、「あ?」と眉根を寄せた。
「なんで、名前なんか……」
「あいつ、八依三國って名前。ミクって呼ばれたりしてるから、呼びたい時はそう呼んだらいいよ」
「トラ! 何勝手に言ってんだよ!」
「ミクたんって呼んでね」
「てめえも何付け足してんだボケ!」
盛大に怒鳴られたリュウくんはヘラヘラと笑ってそのまま部屋の端の方にあるテーブルに向かって歩いて行った。
「み、ミクたん、さん……」
「お前もその名前で呼ぶんじゃねえ! 殺すぞ!」
「ごっ、ごめんなさいい!」
即座に謝って肩を震わせていれば、ミクたんさん……いや、ミクさんは舌打ちをして、そのまま顔を逸らした。その様子を眺めていたトラくんが「で」と話の続きを始めた。
「まずこの高校は、見りゃあわかるだろうけど、俺らみたいなヤツらがたくさんいる学校なんだよ」
〝俺ら〟とは。見た目だけみると、あまり素行が良くなさそうな、所謂……。
「ふ、不良……?」
と、いうものでしょうか。
「そ。んで、ここの統制ってところなんだけど、まず学年ごとに頭――所謂〝学年のトップ〟ってのを決める。そして、それを仕切る〝学校全体のトップ〟ってものを決めて、その座にいる人が基本的に俺たちを仕切って、この学校を統べてるんだ。全体のトップの決まり方は力の強さとか、下の奴らにどれだけ慕われているかとか、統率力とか。……んまあ、あまりないけど話合いとか。そういう総合判断で決まることも稀にあるな」
「………」
「ちなみに全体トップってのは年度交代が基本だけど、短い場合は三ヶ月で交代する時もある。その場合、全体トップに立候補が出た場合か、下の奴らで意見が割れて推薦者が出た場合か。色々あるけど、最近は自らがやりてえつった志願者がいて、頭に相応しいって賛同した数が多ければ決まるかな」
「………」
「まあ、ごちゃごちゃ言ったけど、基本的には力の強いヤツがトップになるから。考え方は単純だよ」
つ、つまり多数決か、力でねじ伏せるかで……一番上が決まるってこと……?
「ちなみにマツキタは、今じゃここら辺ではトップを背負う実力があるから、ヒエラルキーにすれば一番上。大抵の高校を牛耳る権利を持ってるから、ちょっと一目置かれてるかも。それから抗争相手との……と。まあ、これは今度で良いか」
わけわかんなくなりそうだしな、と言うトラくんに、目を見開いて、追いつくために頭をフル回転させていれば、「顔が怖え」と、引き気味にミクさんが私を見ていた。
「それで問題はここから。高校にもよるだろうけど、うちにはこういうルールがある」
『ルール』
それは彼らが何度か、口にしていた単語だった。
「一に、マツキタのトップはその時のトップを倒した人が次の頭になる。二に、それから三ヶ月間はどんなことがあろうとトップ交代はしない。三に、トップの命令は絶対」
「…………」
「これが絶対ルール。このマツキタの生徒なら守らないといけないんだ」
「…………」
「あのさ」
「…………」
「きみが、今朝、なんか思いがけずだろうけど、倒しちゃった人いるでしょ?」
「…………」
「三年の藤山泰司。それがうちの現トップ……だった人」
黙って話を聞いていた私は、トラくんの言葉と共に今朝のことを思い出す。
この学校に来た時に、纏わりつく虫を追い払うことに必死で、鞄を振り回しまくっていれば。
いつの間にか、足元に赤頭の男の人が倒れていた。
その光景に慌てていれば、あの金髪の……ミクさんがそれはもう怒っていて。
「…………」
段々と。
いや、するすると。もう嘘みたいにすんなりと状況が掴めてきて、顔から血の気が引いた。
いくら、この〝世界〟の常識がよくわからなくとも。
「これで現状わかった?」
さすがにわかってしまった。
「何かの間違いであろうと。泰司さんを倒しちゃったきみは、俺たちのルール上、マツキタのトップになっちゃったわけ」
「そうそう。つまり、俺らの上に立って俺らのことを仕切れちゃうってわけ」
トラくんを真似るようにリュウくんはふざけた口調で横から入ってくる。
「さらに言えば、この辺のこういう不良高校を仕切ってるトップになっちゃったってわけ」
そしてそんなリュウくんを、さらに真似るトラくんは、最後に「ふうっ」と息をついた。そりゃ、こんなに話せば疲れるかも知れない。
「そそ、それ、って……無しに出来ないんですか……」
顔を真っ青にしながら訊ねれば、「それは無理だ」と。
それまで黙っていた、あの黒髪の……翡翠と呼ばれていた彼が言葉を発した。




