01
一巻はほぼギャグです。
黒色の学生鞄を握り締めて、長い黒髪をしっかりと結った三つ編みを揺らしながら、「行ってらっしゃいませ。お嬢様」と黒塗りのベンツから降り立った私は、二週間前まで良いところのお嬢様だった。
父が大きな会社の社長をしていて、お金には不自由なかったから、高校は有名私立の名の知れた学校に通っていたし、登校して早々『ごきげんよう』で始まるその学校は、内気な私に合うわけでもなく、合わないわけでもなく普通だったように思う。
たぶん、悪くなかったはずだ。
二週間前のあの日の夜に、「ごめんな小宵、伊吹。父さん、倒産しちゃったんだ」と父にくだらないダジャレを聞かされるまでは。
「だ、ダジャレを言っている場合ですか!」
久しぶりにこんなに大きな声が出たと思った。普段は隣の席の子に、「ノミの鳴く声みたいだね」と言われてしまうような、小さな声しか出ていなかったのに。自分的にもすごい成長だと思う。
「父さんが倒産、上手いだろ? だけどなあ、ダジャレじゃないんだなこれが」
あはは、と溌剌と笑う父につい、つられて笑ってしまいそうになる。全く笑うところじゃないのに。
「それで、どうすんの。生活とか学校とか」
そんな父を無視して、弟の伊吹は冷めた様子で続けた。ソファの上で腕を組み、首を傾げるその仕草でさえ大人っぽい。私の一つ下のはずなのに、どこで差がついたんだろう。
「そ、それなんだが……」
伊吹の圧に押されたのか、ちょっとだけ唇を尖らせた父が控えめに話を続ける。
「小宵と伊吹には、高校を卒業するまで通っては欲しいんだ……」
「でも 洸瞑に通うお金は、もうないでしょ。学校に行かずに働けって言うなら、素直に従うけど」
洸瞑とは私たちが現在通っている学院の名前で、わかりやすくお金持ちの……いわゆる上流階級の人たちが通っている中高一貫校だ。
「な、何を言う! 確かに、二人には申し訳ないが洸瞑ほどの学校に通わせるお金はない。だけどな、二人を公立の高校に行かせるツテはある!」
伊吹の言葉に「それに……」と父は言いづらそうに、言葉を続ける。
「これは親のエゴだが……どんな事があっても小宵と伊吹には、高校までは無事に卒業してほしい願っているんだ。これは、飾利さんとも約束してることで……」
飾利さんとは、幼い頃に亡くなってしまった、私と伊吹の母だ。
とても優しくて、陽だまりのような人だったことを思い出す。そんな母との約束、だなんて……。
「だから、二人にはどうしても学校には通ってほしいんだが……もし、学校を変更してまで通いたくないと言うのなら……」
「通います!」
私は自分の胸を叩くようにしながら、前のめりに頷いた。
「私は洸瞑でなくても構いません! どんな学校でも、必ず卒業してみせますよ!」
「こ、小宵……本当にいいのか?」
うるうると涙ぐむ父に、「もちろんです! お父さんとお母さんの約束、私がこの命に代えても守ってみせます!」と答えると、「大袈裟な」と伊吹は呆れた様子で溜め息を吐いていた。
「二人がこれから行く学校は、安さだけを重視した、洸瞑とは正反対のような学校だ。それでも、本当の本当にいいのか?」
「はい、構いません!」
「もう嫌だ! やっぱり行かない! なんて途中放棄はしないな?」
「はい、しません!」
「楽しく、笑顔で通ってくれるな?」
「はい、笑顔で通います!」
「約束してくれるか?」
「もちろんです! 任せてください!」
「よし! なんていい子なんだ!」
ぐっ! と親指を立てる父。きらきらと潔く煌いた父の完璧な笑顔。今思えば、この時にもう少し詳細を聞いておくべきだったのかもしれない。
「伊吹も構わないか?」
「まあ、俺は別に。……寧ろ、洸瞑じゃなければどこでも」
吐き捨てるように告げる伊吹は、今の学校は性に合わないらしい。
女の子たちにはよく黄色い声で騒がれているのをよく見かけるし、私としてはとても羨ましいけれど、伊吹は騒がしいのが嫌いだから。
でも友達のいない私にとって、女の子に囲まれるなんて羨ましい限りなので、以前「いいな……」と伊吹に羨望の眼差しを送ったら、「どこが」と冷たく返された。贅沢な子だと思う。
「そうか、伊吹も大丈夫なら決まりだな」
にっこりと、父が安心したように微笑む。
「寮生活は大変だと思うけど、頑張るんだぞ」
父のその言葉に、私も伊吹も数秒ほど固まって「はい?」「は?」と声を重ねた。
「ああ、父さんのことは心配するな。父さんはこの家を出て……友達の家から仕事を探すから」
「父さんのことは心配してない、寮ってなんだよ!」
珍しく伊吹が声を張って、ソファから立ち上がる。私も続けて「寮に入れるお金なんてないんじゃ……」と口を開けば。
「それなら大丈夫。次の高校は父さんの昔ながらの友達が経営してる学校でね? 倒産の話をした時に、小宵たちを高校行かせたいと相談したんだ。そしたら、『自分の学校に通わせるのはどうか』って提案されて、それで安い所はないかと聞いたら自分の経営してる学校でとびっきり安いのがあると教えてくれたから……」
「だから、寮の話だって!」
長話を語り出した父に伊吹が少しだけむ、とした口調で遮った。父は目を丸くしながら、「ああ」と言葉を続けた。
「そこの学校は学費もさることながら、寮費も激安でな! ほぼ無料! 父さんは迷わずそこに、小宵たちを入れてくれるように頼んじゃったよー」
頭をかきながらへらりと笑う父に、私たちは一度、顔を合わせた。正直のところ、ちっとも面白くない。
伊吹は呆れ果てたらしく、もう何も言うまいと再びソファに座った。
「それじゃあ、小宵、伊吹。新しい学校楽しんでくるんだぞ!」
無駄に煌めいた笑顔を見せて、そう告げる父。様々な不安はあれど、まるで嘘、偽りなく見える笑顔の父に、私は「わかりました!」と何の疑いもなく頷き返した。
このあと、とんでもないことが待ち受けているなんて全く知らずに。
暴走なろう版をついに始めました!元が膨大な量なのでちまちま載せていくかと思いますが、より読みやすく、各キャラクターのシーンをより深く書いていけたらと思います。何卒よろしくお願いいたします。