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03 チャラ皇子






 ここは帝国から王国への唯一の道。

 大山脈大陸北西部街道。


 大山脈以西は未開地であり、十年ほど前に新たな国ができるまで訪れる者も殆どなかった。

 だがこの数年王国ができて以来ポツポツと往来が見られるようになっている。


 研究者、冒険者、商人、亡命者などなど。


 以前は生態調査のために訪れた学者くらいしか来なかった場所であるが、やはり王国ができて以来、商機有とみた商人達の姿や帝国を追い出され王国へ逃げようとする者なども出始めてきた。

 とはいえ大山脈自体が魔獣魔物の巣窟であり、一筋縄ではいかない過酷な道のりであるし、今は帝国王国間で戦争行為が過熱している時期であるから、この道を旅するというのは相当危険であることは間違いない。


 だが、そんな危険な旅をのほほんと散歩でもするかのように進む一行の姿があった。


「いーい天気だよねー」


 その中の一人、セドリック・アルベルトの言うとおり、見上げれば木々の間から青々とした空が見える。


「そう思わない?」

 青年は周りを歩く、仲間達に同意を求めたが、生返事が返ってくるのみ。


 だが、そんな煮え切らない態度にもセドリックはニコニコと笑顔を浮かべている。

 透明度の高い金髪を肩にかからない程度に伸ばし、同様に透明度の高い碧眼。

 整った顔立ちで、青年と呼べる年齢だが、どこか悪戯小僧のような幼稚さも見える。


 苦労知らずの貴族にも見えるが、練達の冒険者にも見える。

 それは彼が身につけている装備品にも同じことが言えた。


 格好自体はどこからどう見ても冒険者。しかも防具は部分鎧を麻服の上から見に纏い、片手盾を背中に吊り下げている。これは長距離を旅する冒険者や傭兵に良く見られるスタイルだ。

 どれも良く使い込まれており、それだけ見ると旅なれた冒険者だが、剣だけは違った。


 腰には両刃片手剣ブロードソードを下げている。その革製の鞘はこれまた使い込まれ汚れたものだが、その鞘から伸びている柄の部分は見るものが見れば、かなり質の高い高価な魔法金属が使われているのがわかる。だが、見るものが見てもそれが何の金属か正確に答えられるものは殆どいないだろう。


「トリス、君もそう思うだろ?」

 相手をしてくれない仲間達になんとしても答えて欲しいのか、彼は一番後ろで杖を付きながら歩く仲間に声をかけた。


「はぇ?」

 トリスと呼ばれた、女魔術師が息も絶え絶えといった風で持っている杖に体を預けながら虚ろな瞳を向けてきた。


 赤い短髪に、紺色のローブ。手には宝珠を埋め込んだ杖。どこからどうみても黒魔術師である。

 この一行の中では一番軽装だが、フラフラなのはトリスだけ。他の五人はまったく息も荒くなっていない。


「だから、いい天気だと思わない?」

 セドリックはクイクイっと空を指差しながら、また笑顔を浮かべる。


 好みは別として、十人いれば十人が美形と答えるだろう青年の笑顔である。これが宮廷のダンスパーティ辺りならトリスも頬を赤らめただろうが、今はまったくそんな余裕はなかった。


「……ああ、今日は特異日シンギュラリティで、晴れですから。大山脈は気象変化が複雑ですが、特異日シンギュラリティでは一日天気が変わることはないと……」

「ブハっ!」

 トリスが脊髄反射でボソボソと答えていると、先頭を歩く女性が噴き出した。


「マジ反応、チョー受けるんですけどぉー」

 歩きながら腹を抱えているその女性は、人間ではない。腰まで流れる綺麗な金髪から突き出た細長い耳は、後姿からでも森人エルフだと分かる。

 背中には矢筒と短弓ショートボウ、腰にはナイフを下げている。鎧は身に着けていない。麻の服とズボンで素肌を隠しているが、トリスよりも更に細いのが分かる。これは彼女の種族的特長で、決してトリスが太っているわけではない。それに胸なら勝っている……たぶん。


 そして、彼女、ガヴリエルと出会って、今までトリスが抱いていたエルフ像は木っ端微塵に砕け散った。良い意味では裏表のない、悪く言えばあばず……まぁ仲間なので良い様に言おう。

 姿形だけ見れば女性としては嫉妬と羨望の的のような華奢なガヴリエルだが、彼女はトリスと違って、疲れた様子も見せず軽やかな足取りで前へ前へと進んでいく。


「魔術師といえどもっと食べて、太らんといかんな」

 バンと、トリスの背中を叩いてきたのはそれほど背の高くないトリスから見ても、更に背の低い老人だ。

 ドワーフ族のトールキンである。

 彼は全身金属鎧プレートメールに身を包み、身の丈の倍はある斧槍ハルバードを担いでいる。どちらも超重量のもので、同じ体格の人間なら絶対に扱うことなどできない。いや、人間が彼の倍の身長があったとしても、この重装備を満足に扱える者が何人いるだろうか。しかし四肢の持つ力が人間とは根本的に違うドワーフ族にとってはこの重量もまったく問題にしない。


「……私、魔道士で魔術師では……」

 むせ返りながら、トリスが声を上げるたが、ドワーフの戦士はまったく取り合ってはくれなかった。

「戦場ではなんであろうと最後は体力が物を言う。そして体力をつけるにはたらふく食べることだ」


「いくら食べたって、トリスがドワーフみたいにはなれねぇよ」

 そう答えたのは、ガブリエルと共に先頭を歩く、大柄な男、キャップだった。

 スキンヘッドの頭にいかつい顔。一行の中でも飛びぬけて背が高い。鎖帷子を素肌の上から身に着けているが、そこから露出している体は隆々とした筋肉に覆われている。

 キャップは外見だけ見れば野盗の頭にしか見えないが、彼もセドリックと同じく、その装備している物を見れば只者でないことが分かる。


 着けている鎖帷子は魔法銀ミスリル製の精巧な一品であったし、腰から下げている四角玄能金槌スミスハンマーは戦闘用の物ではないが、そのヘッドの大きさはトリスの頭くらいありそうだ。柄の長さから見て片手用の物だが、トリスでは両手を使っても持ち上げることはできないだろう。


「ワシは魔術師の嬢ちゃんのためを思って言っておるのだ。沢山食べて逞しい体を作らねばエルフの様に少子化の挙句滅びるのみじゃぞ」

 後半の言葉をトールキンが吐き捨てるように口にしたとたん、前方からナイフが飛んできた。


「ひっ!」

 トリスは短い悲鳴を上げたが、投げつけられたナイフはトールキンの甲冑の胸板に当たって跳ね返った。


「ジジィ、チョーむかつくー」

 投げつけた本人は悪態をついているが、一切後ろを振り向いていない。ナイフを投げつけた後の右手の中指を頭越しに立てていた。

「ワシが爺ならお前は婆じゃろが、エルフめが」

 ナイフを投げつけられた当の本人はまるで気にしないようにのしのしと歩き続けている。


「エルフは永遠の乙女なんですぅ。ねーセドリックぅ」

 ガヴリエルが青年に媚びる様な声色で同意を求める。セドリックと言えばまた軽い笑い声をあげた。

「まあ、エルフは千年種ミレニアンズと言われてるしな」


 セドリックの言うとおり、エルフは亜人の中でも最も長寿として知られている。

 ただ、その名前の通り千年生きられるのかは分かっていない。しかし上級種であるハイエルフは神と同じく永遠の命の持ち主だと言うから同族であるエルフも千年くらいは生きるかもしれない。とはいえハイエルフを見たことがある人間自体、トリスは聞いたことがないから、いるかどうかもわからないが。


「戦士の振る舞いとして感心せんな、ガヴリエル」

 跳ね返ったナイフを空中で掴んだ男がいる。

 最後の一人、戦神ウォーレンの司祭セクメトだ。


 トリスはナイフを掴んだセクメトの方をギョッとして顔を向けた。


 なぜなら彼はキャップと同じく髪を剃り上げているのだが、その頭。目にあたる部分に黒い布を巻いている。つまり盲目だった。

 その盲目の司祭がナイフの刃の部分を指で挟んで掴んでいる。

 もう一方の左手には神文字が無数に刻み込まれたメイス。黒の法衣の上から鎖帷子。白杖になるようなものは一切持っておらず、歩みも迷いがないが、彼は確かに盲目だった。



 セドリックをリーダーとして、ア○ズレエルフのガヴリエル、全身甲冑ドワーフのトールキン、野盗にしか見えない巨漢キャップ、盲目の司祭セクメト、そして赤毛の黒魔術師トリス。


 この風変わりな六人が向かっているのはこの先にある王国軍の陣である。


 トリスというのは偽名だ。


 本当の名前はメシェファ。帝国宮廷魔術師第四席、戦略情報政策官というのが彼女の肩書きだ。

 元々はその肩書きからも分かるとおり彼女は現場の人間ではない。宮廷魔術師とは言われているが、専門は戦場における魔術研究をしている魔道士で、内勤の経験しかない。

 まったく世間的には無名だと思うが、一応、帝国政府の人間であるメシェファが実名だと不味いだろうということで、トリスを名乗っている。


 ちなみにトリスという偽名を考えたのはセドリックだ。

 初対面の時にガヴリエルがトリスのカーリィな髪の毛を見て、

「チョーうけるぅ! 鳥の巣みてぇ!!」

 と腹を抱えて笑っていたのをセドリックが、

「ちょうどいいから、トリスにしよう」

 と言ったおかげで、メシェファの偽名はトリスになった。

「嫌ですよ! なにがちょうどいいんですか!」

 と、メシェファは反対した。しかし、それ以降誰もがトリスとしか呼んでくれず、そのまま定着してしまった。


 そんな彼女がセドリック・アルベルト率いるこの一行と旅している理由……。


「それにこのナイフは持っておいたほうがよさそうだ」

 メシェファ、今はトリスがなぜこんな状況になってしまったのかを思い出していたが、セクメトの言葉に意識を戻す。


「んー、そうみたーい」

 ガヴリエルが盲目の司祭からナイフを受け取りながら、前方を目を細めて見る。

 ガヴリエルの細長い耳がピクピクと小刻みに動いていた。


 深き森の民にして生粋の狩人であるエルフは優れた視力と聴力を持っている。

 その彼女には遠方を見通すことができ、人では捉えられない音を聞くことができる。


「この先の茂みに隠れてる奴はっけーん」

「人数は?」

 というセドリックの問いには「100歩ほど先、道の両側、左に二人、右に三人」と答える。

「魔術師らしき力の持ち主はおりませんな。魔道具の類もありません。おそらく王国側の斥候部隊か、山岳警備隊でしょうな」

 セクメトが補足する。目が見えないはずのセクメトだが、どうやら光以外の何かがその目には映っているらしい。

「いい感じじゃないですか」

 セドリックがニッコリと頷く。


「よーし、それじゃあみんな、打ち合わせのとおりいきますよー」

 セドリックが気軽な様子で言ったが、トリスは体を強張らせた。何せ生まれて二十数年戦闘行為は愚か、ケンカもしたことがないのだ。


 そんな様子を見て、ガヴリエルがまたゲラゲラと笑い声を上げた。

「処女かよ! きんちょーしすぎだっつーの」

 失礼な! と思ったが、「処女じゃありません!」と反論するのもおかしいので、深呼吸して気分を落ち着かせる。


「そうそう、緊張してもしょうがないから気楽にいこう」

 セドリックはトリスの背中をポンポンと叩くと、そのまま一行の先頭へと歩いていく。

 そして、腰から鞘ごと両刃の片手剣ブロードソードを外すとキャップに渡した。

 さらに数歩分一行より先に出る。


 残りの一行は歩調をゆっくりとしたものに変えて、セドリックと距離をとった。

 やがて、そのまま歩みを止める。

 セドリックもそこから数歩進んで立ち止まる。


 彼はぱんぱん、と手を叩いた。

「もしもーし、そこに隠れてる兵隊さんたち出てきてもらっていいですかー!」

 まるで知人を呼ぶような気軽な声色。


 やがて、街道を挟む木々の間から、兵士達が姿を現す。

 左から長槍を持った兵士が二人、右からは長剣を抜いている兵士。三人とも部分鎧で身を固めているが、若干長剣を下げている兵士の身なりがいいから彼が責任者だろう。


 だが、出てきたのはガヴリエルの言った五人ではなかった。

「いっとけど、右の茂みにまだ二人隠れてるから。弓兵が」

 トリスの考えを読んだのか、ガヴリエルが声を抑えて警告してきた。

 いつの間にかガヴリエルがトリスの左前に移動している。逆に全身甲冑のトールキンが右前に移動していた。


「どうもー」

 道の先では殺気だっている兵士たちとは対照的に、セドリックが気軽に声をかけている。

「何者だ!?」

 長剣の兵士が怒気を孕んだ声で問いただしてくる。だがセドリックは笑みを浮かべたまま両手を挙げた。

「護衛の傭兵ですよ」

「ご、護衛!?」

「司祭ー! ちょっときてもらえる?」

 セドリックが振り返ってセクメトを呼んだ。その声に盲目の司祭がやってくる。


「俺たちは彼の護衛役で、王国に向かってるんだ」

 セドリックの言葉に兵士がセクメトに目を向ける。そして、セクメトの胸から下げられている教印に目を剥いた。

戦神ウォーレンの印……」

「いかにも、私は戦神ウォーレンの司祭であるな」


「あ、えー、戦神ウォーレンの司祭様がこんなところで何を?」

 先ほどの殺気だった様子が嘘のようだ。警戒感はありありと見えるが、口調は丁寧なものに変わっている。後ろに控えている二人の槍兵も困惑した様子でお互いの顔を見合していた。


「我が求めるのは勇者と戦場。西方に新しき国ができた。君達の国だ。そして新しきモノに神は試練と言う戦場を与えてくださる。成長するためにな。それが命であれ、物であれ、制度であれだ。そして、そこに戦場と挑戦する者があるなら私は内心の命ずるままに赴くのみ」

「は、はぁ」

 困惑している兵士にセドリックが口を挟む。

「つまり、修行と布教の旅の途中と言うわけ」


 ヘラヘラとしているセドリックに兵士が胡散臭げな目を向ける。

「で、その護衛がコレですか?」

「うむ。まだまだ己に甘いところが抜けないが、勇者の素質は十分だよ」

「……コレがですか?」

「アハハ。コレってひどいなぁ」


「それで……」

「あ、ああ。私はニーグランドのジョンです」

 セクメトの言葉の先を読んで、長剣の兵士、ジョンが答えた。ニーグランドというのが王国の国名である。

 名前と国名以外答えないところを見ると、困惑はしているが、兵士としての立場を忘れてはいないということだろう。


「では、ジョン君。疑いが晴れたならな、王国までの道を教えて貰っても?」

 しかし、セクメトは疑いが晴れたと断言して、ジョンに問い返す。決して通ってもいいかとは聞かない。

「あー、いえ、それは……」

 ジョンも他の兵士達もどうしたものか困り果てている。


 ジョンたち兵士が強い態度に出られないのも、セクメトが戦神ウォーレン教団の司祭だからだ。


 戦神教団。

 光の陣営に所属する神。戦と独立。勇気と名誉を司る神ウォーレンを崇める教団である。


 帝国でも大地母神教団や太陽神教団と同じくらい名の知れた教団だが、戦神教団は他の教団と著しく違っている点がある。


 それは政治との距離と教団との距離。


 先の内乱は権天事件。つまり皇帝と神のどちらを上と見るかという権威争いが発端だった。

 結果として、内乱以降帝国では政教分離が一気に進むこととなり、皇帝の権威は強化される形で落ち着いた。

 戦神教団はその権天事件の以前から、政治とは距離を取っていた。

 彼らにとっては信じる神さえも主人ではない。彼らにとって神は助言者でしかなく、自身を信じ、向上させることのみを考える。


 神は助言者である。これが彼らの教団との距離感だ。


 彼らは自己も厳しく鍛錬するが、勇者を見出し、その勇者を導くことも教義の一つにある。

 そして己が勇者と認め、その者が敵対するならば、同じ教団の人間であろうと関係はない。実際、内乱の時も、己の勇者のために戦神ウォーレンの信者同士が闘うことも珍しくなかった。

 彼らは皇帝であろうが怠惰で臆病な者を認めないが、それは逆の場合でも同じである。


 己を高い次元に昇華した者は、勇者として認める者にもより高い資格を求める。

 戦士や騎士や冒険者や王。闘う者にとって、高位の戦神教徒から勇者として認められることは英雄としての証と言える。


 しかも西の未開地に新たな国を建て、帝国から独立した新王国ニーグランドである。戦神ウォーレンの司るものを考えれば、王国の兵士がその司祭に敬意を払うのは当然だった。


「何か問題でも?」

 もう一度、セクメトが問い直す。

「疑っているわけではありませんが、今は戦時中ですので……はいそうですかというわけには」

 幾分か申し訳そうに答えたが、そこには引き下がれないと言う意思は見えた。

 さすがにいくらセクメトが戦神ウォーレンの司祭であろうと、兵士である限りその職務は絶対であるから当然だろう。


「ふむ。己の職務に誠実であることは美徳であるな。ではジョン君、君達の詰所に案内してくれないか? そこで私は君の疑いを解くために全力をつくそう。そうすれば君達の王国に足を踏み入れることができるのだろうから」

「い、いえ。私では入国の許可は出せません」

 ジョンの言葉にのほほんとセドリックが口を挟んできた。

「あれ? 国境警備隊じゃないの? もっと上の人がいるとか? この先に関所があるならそこにいるんスか?」


「我々は国境警備隊じゃない。私は斥候班の班長で、国境の砦はもっと先だ」

 ジョンは言った後に、すぐにしまったという表情を浮かべた。詳細を明かさぬように気をつけていたのだろうが、いきなり口を挟んできたセドリックの問いに思わず答えてしまったのだ。


「斥候? ああ、もしかしてこの先にいた帝国軍を偵察に?」

「貴様っ」

 セドリックの言葉に兵士達が再び殺気立つ。

 二人の槍兵が、その矛先をセドリックに向ける。


 あわててセドリックは両手を挙げて無抵抗であることの意思行事をとった。

「うぉう! 落ち着いてくれよ。俺たちも帝国軍を避けてきたから、ちょっと聞いただけだよ」


「……」

 ジョンはしばらく険しい目をセドリックに向けていたが、やがて顔をセクメトの方へ移した。


「わかりました、司祭様。とりあえず駐屯先にお越しください。そこで上役とお話いただければ入国もできるかもしれません。保障はいたしかねますが」

「ありがとう。もちろん保障などは必要ない。それは私自身の戦いなのだから」


「それでは、武装の解除をお願いします」

「それはできない。ここは戦場なのだろう。私は戦場の戦士に武器を手放せなどとは言えない」

「しかし、そういうわけには……」

「ふむ。ではこうしよう。私の手を縛りたまえ。そして私の護衛たちは少し先を歩かせよう。もちろん彼らには君達が武器を抜かない限り、先に武器に手をかけないように言うし、手を縛った私が君達と一緒に行く。もしもの時はためらうことなく私に刃を向けたまえ」


「い、いえ! 司祭様を拘束するなどとは……」

「しかし、それでは君達も安心はできまい」

「ああ、それならこういうことならどうです?」

 セドリックが手を上げた。

「俺もジョンさんたちと一緒にいきましょう。ちょうど今剣を持っていませんから俺のほうを縛り上げてもらえばいいんじゃないですか?」


 しばらくジョンは考えていたが、

「いいだろう。お前のほうを縛り上げて、司祭様と一緒に我々と進んで貰う。お前の部下は前方10歩先を進め。先頭はドワーフとあの人相の悪い大男。後方は女二人だ。武器には一切手をかけるな。妙なマネをすればお前の命はない」

 そして、セドリックからセクメトに顔を向ける。

「それでよろしいですね、司祭様。そして駐屯地の前まで来た場合は所持品の検査と装備を一時預からせていただきます」


「うむ、賢明な判断をありがとう、ジョン。それでは茂みに隠れている君の部下二名を呼び出したまえ。そして早速出発するとしよう」

 セクメトの言葉にジョンが眉間を歪ませる。

「やはり気が付いてらっしゃったのですね」

 ジョンからすれば、最初に彼らが隠れていたのをセドリックたちが見破っていたことから、まだ隠している兵に気が付いているかもしれないとは思っていた。まさか人数まで当てられるとは思っていなかったが。


「ほいほーい! それじゃあ皆さんこっちにきてくださーい」

 セドリックが兵士に両手を縛られながら、顔だけを向けてキャップたちを呼んでいる。


 キャップが後ろの仲間達を振り返る。


「ジーさん、トリス。長物は背中に背負え。トリス、歩く時は両手は見える位置に出してろ。くれぐれもローブのポケットに手ぇ突っ込むんじゃねぇぞ。もしもの時はジーさんの背中に飛び込め、俺が指示するまで魔法も使うな。それからガヴリエル、兵士にちょっかいかけるなよ。よし、行くぜ」

 素早くキャップが指示を出してから歩き出す。トールキンとガヴリエルも黙って、しかし特に緊張した様子もない。


 しかし、トリスはセドリックが縛られているのを見て、キャップを呼び止めた。

「あ、あのキャップさん。あれはいいんですか?」

「あれ?」

「あれですよっ」

 トリスは目をむいて、視線で縛られているセドリックを指した。指を使えば、ばれそうなので顔の表情筋の動きでその代わりをする。


「ブハッ! ゲスい顔ぉ。トリスちょー最高じゃん! 顔芸できんだねぇ」

 ガヴリエルが噴き出しているが、トリスに彼女まで気にする余裕はない。


「ああ、セドリックか。いいんじゃねぇの、どうみても本人が楽しそうにやってんだし」

「いや、いいんじゃねぇのって……」

 投げやりなキャップの言葉にトリスが絶句する。


 トリスが本名をメシェファというように、

 セドリック・アルベルトという名も偽名であった。


 その正体を知っているトリスとしては、敵国の兵士に縛られているセドリックの姿に青ざめているが、逆に他の仲間の平然とした態度のほうが理解できなかった。


「おい、トリス」

 さすがに顔色を失くしたトリスの様子に一抹の不安を抱いたのか、キャップが念押しをしてきた。

「くれぐれもテンパって本名とか身分とか口に出すなよ」


「アハ、トリスならチョーありそうじゃん。思わず言っちゃいましたぁって」

「たしかに、ありそうだの」

「そんな恐ろしいこと言わないでくださいっ」

 まさかエルフとドワーフの意見が一致するとは!


 いくらなんでもそこまで間抜けじゃ……。


 トリスはセドリックのほうを見た。

 セドリックがなぜか心から楽しそうに、縛り上げられた両腕を掲げてこっちに手を振っているのが見える。はしゃぎ過ぎて、後ろから兵士に殴られていた。


 ジュリアス皇子ぃ!


 トリスはかろうじて、心の中で叫んでいた。

 しかし、それをこの先も口に出さない自信はまったくなかったのである。






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