20 The beginning of something
「お初にお目にかかります、閣下。」
「私は太陽神教団神殿騎士団に所属しております、キャメロン・ミシェル・パルトロウと申します。非才ながら聖印騎士の称号を授かっております」
「で、わざわざ異世界から赤ん坊を拐かして、戦に利用している極悪人ってわけだ」
ジュリアスが唇を歪めて嫌味を放つ。もちろんキャメロンの反応を引き出すためだ。
「ウフフ。私もそう思います。本当はこんなことしたくないんですけれど、私達も生きるためには致し方ないんですの」
微笑みながら、困ったわとばかりに首を傾げてみせる。
ジュリアスとしてもこんな安い挑発に引っかかって本音を見せるとは思わない。このキャメロンという聖印騎士の器を見極めるために、その縁を指でなぞっているようなものだ。時が時だけに些か雑な接触であるが。
「キャメロン! なにをしているんだ、さっさと全員殺せ!」
キルボが苛立った大声で、二人の話を遮る。
キルボはこの同輩が加勢に現れたことを、心の底からは信じていなかった。だから、キャメロンがおかしな動きをすれば、切って捨てるつもりでいた。
普通に考えればありえないことだが、この女騎士にはそう言った常識は通用しない。
「そうねぇ、時間もないし本題に入りましょう」
時間がないと言いながら殊更のんびりとしたしゃべり方でキルボに応える。
「では、閣下。そういう訳ですので単刀直入に申し上げます」
キャメロンが紡いだ次の言葉に、場の時間が止まった。
「ジュリアス皇子、どうぞ我等の王となってください」
原因は誰も、キャメロン以外の誰もがその言葉の意味が分からなかったからだ。
「何を言っているんだ!?」
キルボがその場の全員の思いを代弁するような声をあげる。
キャメロンはその叫びにはまったく反応せずに、顔から笑みを消して、今度は恭しく頭を下げた。
「あなたこそ、我等の王に相応しい」
頭をゆっくりと上げる。キャメロンはジュリアス皇子が微かに困惑した色を浮かべているのを見て取った。そしてまたニッコリと笑顔を浮かべる。
「ちょっと唐突すぎましたね。御返事はこの場では結構です。ですが私の言葉を御心の片隅にでもとめおいてください」
そしてキャメロンは踵を返す。あまりにも無防備だが、何故かジュリアスもセドリックも動けなかった。
「何を言っている! それにあれをみすみす見逃すつもりか!?」
キルボの言葉に笑みを浮かべたまま、しかし少しだけ眉間に皺を寄せる。
「困った人ね。これ以上戦闘は続けられない。ここが引き際よ」
「何を言っている。『処女』の力を使えば奴らを殺せる。しかも私の兵もこちらに向かっていのだ。貴様、謀反でも起こす気か!」
「あらあら、あなたが街道に配置した兵ならここにはやってこないわよ」
そう言ってキャメロンは背後の森を指さした。
「帝国軍の本隊が動き出したわ。騎馬の足音が聞こえない? きっともうすぐ姿を現すわよ」
あまりに予想外なキャメロンの離間の策に、頭に血が上っていたが、すぐに彼女の言葉を理解した。いま自分たちのいる位置、ジュリアスの配下である女魔術師が姿を見せなかったこと。それらをすぐに結びつけてその可能性の現実味を理解した。
「女魔術師が『念話』で助けを呼んだか。だが、なぜあんなことを言った」
「あんなこと? もしかして皇子を王国へ誘ったこと?」
「当たり前だ!」
「そんなにおかしい事かしら、元々私達と彼は同じ民。私達の国はまだ若く、脆弱。異世界人の『天恵』だけでは、侵攻を遅らせることはできても、きっと負けるわ。必要なのはひとりでも多くの英雄、才能のある者。そして彼は『太陽神』の寵愛をうけている」
そこまで言って、キャメロンは言葉を切った。そして苦笑して首を横に振った。
「とりあえず、私がここに来たのはあなたを助けるためじゃないのよ。あなたがその懐に収めている『紅縞瑪瑙』と『緑玉髄』を回収しに来ただけだから、宝珠を渡してくれれば、別にこの場に残って戦っても止はしないわよ?」
「……わかった」
キルボは言葉を絞り出して、キャメロンの言葉に同意した。いくら頭に血が昇っていても戦況を見誤るほどキルボは無能ではなかった。
その言葉をしかと耳に収めてから、キャメロンはジュリアスの方を振り返る。
「そんな訳ですので、私達を見逃していただけるかしら?」
ジュリアスはというと、キャメロン達が話している間に決断を下していた。
「キャップ! セクメト! 後ろをあけろ!」
キルボ達の背後を抑えていた仲間に道を開けさせる。自身も後ろに下がった。
キャメロンの言葉では、帝国の本隊がここに向かっているとのことだが、それを当てにするつもりはない。恐らく本当のことだ。援軍を呼び寄せたのは他のだれでもないジュリアス自身である。だがそれがいつ来るかはわからなかった。いま確定しているのは、キルボ達に新たに異世界人の『天恵』を操る騎士が現れたということだけだ。あの女騎士の言うとおり、ここらが引き際だろう。
キャメロンは場所が開けたのを見て、『天恵』を発動させる。
三体の黒馬が、なんの魔力の発動もなく、痕跡もない、その場に最初から隠されていたように姿を現した。
「力持ちだから、あなた達六人くらいなら問題なく運んでくれるわ」
そう言って、キャメロンはキルボに向かって開いている方の手を差し出した。
キルボから『紅縞瑪瑙』と『緑玉髄』を受け取る。
キルボは何も言わず、三体の黒馬に部下と相乗りするとあっという間に森の闇に消えていった。
キャメロンはキルボが森の中に逃れるのをまったく興味もないのか、再びジュリアスと、それから、ずっと自分に鋭い視線を向けている異世界人の若者に目を向けた。
セドリックが憎悪の篭った目を向けているのと対照的に、キャメロンは加虐じみた笑みを浮かべた。この女騎士が初めて、そして僅かに内面を見せた瞬間だった。
キャメロンが飛竜の背に飛び乗る。
それを合図に飛竜が羽ばたきを始めた。ゆっくりと飛竜の巨体が浮かんでいく。
「ジュリアス皇子!」
キャメロンは飛竜の羽ばたきの音に負けないように声を張り上げた。
「覚えておいてください! あなたがその『証』を持つ限り、帝国はあなたを受け入れることはない! 私だけがあなたの居場所を用意できることを!」
その言葉だけを残し、キャメロンを載せた飛竜は夜の空に消えていった。
「……」
ジュリアスは何も答えずに、ただ静かに王国の騎士が消えた空を眺めていた。
セドリックも黙っていたが、こちらは憎しみと怒りの眼差しを自分の足元に向けていた。
メシェファが、騎士団を引き連れた魔術師マーリンとともにやってきたのは、闇の森に朝の白が混じり始めた頃だった。