19 新たな敵か、新たな仲間か
セドリック・アルベルトの『天恵』、それは『予知』である。
セドリックは未来に起こることを、見ることができた。
セドリックは元々、日本という異世界に住んでいた時から卦による未来予知は得意としていた。
しかし、この世界に来た時に身につけた『天恵』としての『予知』はそういったあやふやで漠然とした未来を占うものではない。
セドリックははっきりと映像として未来が見えた。
ただし、見えるのは数瞬先の未来まで。
そして、未来は確定しておらず、絶えず動く。しかしセドリックがジュリアスに話したところでは、ほぼ『予知』したとおりのことが起こるらしい。それは時空の引力とかそういった話ではなく、単純に他に未来予知ができる者がいないために、逆らう術が無いからだ。林檎は地面にまっすぐ落ちる。誰かが手を加えない限り。
そのほんの少し先の未来を『予知』する力を使って、ジュリアスに炎を避けさせ、自身を『白羊』の元まで運んだのである。
ジュリアス達に必要だったのは、セドリックが『予知』を使って『白羊』に辿り着けるまでの間合いに入るための隙だったのだ。
キルボが『天秤』の能力を読み間違えたことは無理からぬ所がある。
異世界人達のうち、元から魔術が使えたのはセドリックのみだった。だからまさか自分の真名を誤魔化し『緑玉髄』の支配を逃れていたなど思いもしなかったし、龍脈を見るというこの世界の常識ではありえないどころか概念そのものがないような能力をもとから持っていたなどとは予想できなかった。
だが、どんな理由であろうと、目の前に突きつけられたジュリアスの剣と敗北という事実が変わるわけではない。
ここでキルボ自身がジュリアスを討ち取ればまた状況は変わるだろう。一対一なら負けるとは思わない。が、それでも均衡した実力同士でこの状況ではそれも難しそうだ。
残されたのは街道からこちらに向かっているはずの兵士たちが来るまで時間を稼ぐしか無い。
しかし、それが可能かどうかも微妙なところだ。とはいえ、それ以外に方法はない。
「私が皇子を始末するまで、お前たちは邪魔をいれさせるな」
五人の部下に指示を出す。
結局やれることは『白羊』がいた時と変わらない。
『白羊』の代わりをキルボがするだけのことだ。
そう自分を無理やり納得させて、キルボは剣と盾を構える。
帝国に降伏、などという選択肢は端から無い。そんなことをするくらいなら自分で首を掻っ切ったほうがましだ。
キルボの様子を見て、ジュリアスが剣をダラリと下げて、間合いを測る。
片手で剣を垂らす姿は無防備に見えるが、キルボは皇子が戦闘態勢にあることを理解していた。
力が抜けている、が、隙はない。
ジュリアスにとっては盾を持っていない一対一の状況なら、攻めと受けを速度重視にするのは当然だ。逆にキルボは盾を使って防御重視の戦法、隙を見つけて確実に相手の生命を削いでいくことになる。
ジリジリと二人の間合いが縮まる。
キルボにも、ジュリアスの目にも、目の前の相手しか写っていない。
どの場面で、どの情報を取捨選択するかもすぐれた戦士の条件だ。
お互いが目の前の相手こそ最大の脅威であると認める。
ジュリアスの持つ黒い刀身の魔法剣。
キルボの持つ白い刀身の聖剣。
この薄暗い明かりの中でも、強い光を放つ。
あと少しでお互いの間合いに入る。
ジュリアスは間合いの外から、軽装備の利を活かして、一気に飛び込もうと、僅かに体を沈み込ませた。
キルボそれを察知して、構えた盾を惑わすようにゆらゆらと動かす。
ジュリアスはキルボが気がついたことを知っていたが、構わず飛び込もうとした。
「皇子、上だ!」
セドリックの鋭い声が前方に集中していた耳に届く。咄嗟に後ろに飛んでキルボから距離をとった。
キルボの方も『天秤』の声は届いていた。しかし、キルボ自身はなにか策を仕掛けていたわけではないので、なんのことか分からない。しかし、キルボに掛けられている『魔力感知』に反応が入る。キルボも同じように後ろに飛んだ。
二人の間に、何かが落ちてきた。
巨大な黒い塊が、キルボとジュリアスの間に鎮座している。
降りて来た衝撃で舞い上がった土煙がおさまる。
黒い塊、飛竜が首を擡げてジュリアスを見下ろしていた。
体長は大人三人分ほど。竜種としては最軽量の部類に入るが、その凶暴性と強さはドラゴンの名に恥じない。
ジュリアスは大山脈に生息する魔獣が、戦闘の音に惹かれてやってきたのだと思った。
しかし、その背に人の姿を確認して、理解する。
敵の援軍だ。
「キャメロン!」
キルボがその人物を見て声を上げている。やはり王国側の人間だ。
飛竜に乗った女がジュリアスを見下ろしていた。
豪奢な金の髪に、碧眼。
大きな口を真横に大きく開け、歯を見せて微笑んでいる。
華奢に見えるが黒のローブの上から真紅の騎士鎧を着込んでいた。
「皇子、気をつけろ。彼女は聖印騎士の一人だ」
セドリックがジュリアスの後ろまでやってきて囁いた。
キャメロンと呼ばれた女の耳には届いていないだろうが、セドリックが囁いているのを見ても相変わらず微笑んでいる。いや逃げた異世界人を楽しそうに眺めているといった風だ。
キャメロンが飛竜から降りる。
飛竜の背は金属甲冑をつけて飛び降りるには高さがあるが、彼女は気にすることなく飛び降りた。
不自然にゆっくりとキャメロンの体が落下する。恐らく『重力操作』系統の魔術に違いない。
「?」
ジュリアスは、彼女が腕の中に毛布に包まれたものを抱えているのが見えて眉間に皺を寄せる。
セドリックがその正体をジュリアスに囁く。
「彼女が支配している異世界人があの赤ん坊だ。『天恵』は魔物を作り出し、操る能力」
「まさか、あの飛竜も造ったってのか?」
「恐らくは」
「マジかよ」
ジュリアスが流石に呻く。『天恵』の出鱈目さ加減もそうだが、ここに来て新たな異世界人が加勢してきた不味さに対してもだ。
「何をしに来た?」
しかし、仲間であるはずのキルボの口調には明らかな警戒心がある。
理由は、このキャメロンという、一見人当たりの良さそうな笑顔を浮かべる女騎士の底が伺えないことだ。
この女がなにか裏でこそこそと動き回っているのをキルボは知っている。それはキルボとて同じだが、その不可解さは警戒する必要があった。
神聖魔術の使い手であり、魔導師であり、神殿騎士の最高位である十二聖印騎士の一人。
異世界人の支配のための宝珠を生み出したのも彼女だ。
同じ聖印騎士でありながら、あまりにも異質な存在。
それがこのキャメロンという神殿騎士だ。
キャメロンはキルボの言葉を無視して、ジュリアスとセドリックの方に近づく。
ジュリアスが剣を突き出して、それ以上近づくのを拒否する。キャメロンはニコニコとした笑顔を浮かべたまま、それに素直に従って立ち止まった。
そして、ゆるやかに腰をおって、手をつけて頭を下げる。芝居かかった動作にも嫌味がなく、こんな状況でなければ好感が持てただろう。
頭を上げて、笑顔をジュリアスに向ける。華やかな顔立ちにもかかわらず、他人が気軽に話しかけることができる空気感。しかしその空気感こそがこの緊迫した状況では異常に見える。
しかも、その朗らかな笑顔を浮かべる彼女の目だけに注視すれば、その蒼い瞳の奥が底の見えぬ湖のように理知的で落ち着いているのがわかった。
面倒くさそうなヤツ。
それが、ジュリアスの評価だった。