18 致命
『天秤』、セドリック・アルベルトは全力で前に走りだした。
タイミングはジュリアスの雷帝剣の一撃をキルボが受けた瞬間である。
この時、キルボ側の注意はすべて、セドリックから外れていた。
キルボはジュリアスの一撃を防ぎきるのに全力であたっていたし、配下の神殿騎士達は飛んでくる矢や、ドワーフの戦士、そして盲目の司祭の動きに目をやっていた。『白羊』も同様だ。
だから、セドリックはジュリアスに遅れて、『白羊』の炎の内側に容易く侵入することができた。
ここで、懐から短剣を取り出す。
まっすぐに『白羊』、同郷の少女、レナに向かう。
水蒸気が発生して、視界が失われた。
だが、セドリックはそれを苦にせずに進む。
神殿兵士達はセドリックの侵入を防げない。
セドリックはあっという間にうつろな表情をした少女の前に飛び込んだ。
その動きは、先ほどジュリアスが炎の大蛇を避けた時と酷似している。
セドリックは体当りするように『白羊』にぶつかった。
十代の少女の体が揺れる。
勢い良くぶつかったが、飛ばされなかった。
レナとセドリックを一本の短剣がつないでいた。
「……ハルさん?」
少女の虚ろな瞳に、生気が戻った。
だが少女の胸には短剣が深々と刺さって、あっと言う間に薄い胸を血で染め上げていく。
セドリックはその血と瞳を見ないように、少女を抱きしめた。
セドリックは激痛を感じているかのように顔を歪め、目を閉じる。そして胸に刺さる短剣に力を込めた。刃が少女の肉に滑りこむ感触に叫びを上げそうになって、セドリックはきつく彼女を抱きしめた。
「……」
少女が何かを呟いたが、喉から溢れだす血の塊のせいでわからない。
少女の体から力が抜け、抱きしめたセドリックに体をあずけるように、だらんと手がたれる。
セドリックは少女の名を呼びそうになってぐっと堪えた。
もう少女が返事をすることがなく、自分にその名を呼ぶ資格がないことを知っているから。
水蒸気の霧は一瞬ではれた。
『白羊』の死によって、大蛇のようにのたくっていた炎も掻き消える。
地面と木々を燃やす残火だけになり、あたりがぐっと暗くなった。
「なん……だと!?」
キルボは霧が晴れた後の光景に絶句した。
目の前の光景が信じられない。
しかし、キルボが『白羊』と直結していた意識は途切れ、彼女の視界も失われていた。
体勢を立て直したドワーフの戦士が突っ込んでくる。
反対側からは大男が走ってくるのが見えた。
エルフの女も姿を現す。
『白羊』という最大戦力を失って、形勢は完全にジュリアス皇子たちに傾いたのをキルボは認めざるを得なかった。
数は6対6。姿の見えない女魔術師が加わったとしても七人。数だけで言えば互角である
しかしキルボ側の四人は大盾と短剣という装備で、まともに攻撃できるのは二人だけだ。
おまけに、キルボはジュリアスという剣の達人が相手だった。
「一体どうやって」
キルボは呻くように敵に尋ねるしかなかった。
「諦めて投降しろ」
ジュリアスはその質問には答えず、キルボに武器を捨てるように促す。
キルボは何が間違っていたのだろうか?
敵の配置を読み間違えたことか?
キルボは弓が放たれたのを見て、その方向にエルフがいると思っていたが、実際に弓を放っていたのはガヴリエルでなく、キャップだった。女エルフの弓を借りた大男が隠れて弓を放っていたに過ぎない。
この場所に誘い込まれたことだろうか?
最初に斥候班が見破ったとおり、ジュリアス達はこの場所にキルボ達を誘導していた。
ジュリアスはガブリエルに水場を探すように指示し、この近くに池を発見したのである。
理由は当然、水の精霊魔法を使うためだ。
全てが囮だったことを見抜けなかったことだろうか?
弓による威嚇も、トールキンによる特攻も、セクメトが後方から攻撃したのも、ジュリアスが雷帝剣を放ったのも、ガヴリエルが頭上に水を浮かばせたのも。すべてはセドリックを『白羊』の元まで辿り着かせるためのものだった。
だが、その全ての間違いも、たったひとつのことに理由が収束される。
キルボが『天秤』の『天恵』を読み間違えたことだ。
セドリックの持つ『天恵』。それは本人が言ったような龍脈、魔素の前段階のエネルギーが見えることではない。そして当然キルボが予想していたような『魔力消去』や、『魔力操作』でもない。
セドリックの『天恵』。
それは――。