17 詰将棋
まずはドワーフの戦士の命を奪う。
キルボの神経に確信が走る。
しかし、キルボ自身の視界にジュリアスと『天秤』の姿が映った。
奴らが突っ込んでくる。
ジュリアスの持つ魔法の長剣が稲妻を纏っている。
あの橋板を切断した雷の『付与』魔法だ。
『白羊』の視界を使って反対側から盲目の司祭が走ってくるのも見えた。
「馬鹿が!」
『白羊』の視線を戦神の司祭に向けた。ドワーフは距離が離れたので今はいい。
今度は爆発ではなく燃焼の効果を発現させる。
ジュリアス皇子と『天秤』が走りこんでくるが、こちらには予め発現させておいた二本の炎を向ける。炎の柱は大蛇のように首をもたげると、先を走るジュリアス皇子に向かって襲いかかった。
発火の能力は着火地点を『白羊』自身の視界に収める必要があるが、起こした炎を操作するのは見えていなくともできる。そしてそれはキルボ自身の目で補足すれば事足りた。
『天秤』を殺すわけには行かないので、今は放っておく。ジュリアスの方が早いので皇子を始末してからでも対処は十分間に合う。
が、ここでキルボの予想を超えることが起こった。
戦神の司祭が発火が発現をする前に、着火点から逃れたのだ。
これはまだ、理解できた。
あの盲目の司祭は、光以外の何かを探知して、健常者以上の感覚を持っていた。
そして司祭は軽装備である。発火点に生まれる力を察知して咄嗟に交わすことは可能だろう。
だから、こちらには手盾と長剣を構えた部下が対処していた。
しかし、だ。
キルボは目の前で起こったことが信じられなかった。
突っ込んできたジュリアス皇子が、襲いかかってきた二本の炎を避けたのだ。
その動きがあまりにも素早かった。いや、動き自体が素早いのではない。あまりにも滑らかになぎ払う炎の内側に飛び込んでいた。
「!」
炎による防衛可能圏内の内側に入られる。
咄嗟にキルボは大盾の囲いのなかから飛び出し、ジュリアスを迎え撃った。
ジュリアス皇子が雷を帯びた魔法剣を振るう。
雷帝剣だ。
キルボは盾を掲げて、その一撃を受け止める。剣撃自体の衝撃の後に、体の中を焼かれるような激痛が襲った。
だが、キルボは耐えた。
これは予想通りだ。一度、ジュリアスの雷帝剣をその目で見ていた事が大きい。あの時見ていなければ、こうやってキルボ自身が迎撃にでようとはしなかっただろう。部下の大盾で防ごうとしたはずだ。そうしていたなら、盾の囲いを破られていたかもしれない。雷属性の魔術はその性質の通り、金属製の盾では防げない。魔力耐性のある盾と鎧であっても、具現化された雷を直接打ち込んでくる雷帝剣による感電は防げなかっただろう。
しかし、キルボの装備しているものは違う。
この盾と鎧は太陽神の祝福、つまり雷を操る神の加護を受けた装備品。
当然物理現象としての雷にも高い耐性がある。
この装備がなかったら、ジュリアスの必殺の一撃を防ぎきることはできなかっただろう。
ジュリアスの顔にも驚きの表情が浮かんでいた。
キルボは予想外の事態に上手く対処できたと、直感で理解していた。
しかし、予想外の出来事がなぜ起こったのかということまで、考える暇はなかった。
まず違和感の一つとして、この時ジュリアスの体を薄い膜が覆っていることに気がつく。
水の膜だ。
これ自体はそれほどおかしい事ではない。
炎への対処として、水の膜で体を覆うというのは誰でも考えつく方法だ。『白羊』の炎の直撃には意味がないが、放射熱程度なら耐えることはできる。そして恐らくはこの魔法は精霊魔法であり、これをかけたのはジュリアスの配下であるエルフだろう。
だが、最初に姿を現し、言葉をかわした時には、そのような魔法はかかっていなかった筈だ。
だから、この水の精霊魔法を掛けたのはジュリアスがキルボと言葉を交した後である。
しかし、そのすぐ後にジュリアスとは別方向から矢は飛んできた。つまりジュリアスが下がった方にはエルフはいなかったことになる。
そして、どうやって『白羊』の炎を避けたのか。
だが、考える時間もなく、すぐに次の対処に追われる。
『魔力感知』による魔力の存在を感じ取る。
同時に大火によって明るく照らされていたはずの森が、影に覆われていた。
キルボは頭上に何かが浮かんでいるのを見た。
咄嗟に『白羊』の力で、大火を操作し、頭上の影を薙ぎ払った。
「お見事。だか俺の勝ちだ」
ジュリアスが不可解な、しかしはっきりとした言葉を口にした。
炎が頭上の影を払った瞬間に、蒸発音が響き渡った。
キルボ達の頭上にあったのは大量の水。ただの水である。
精霊魔法によって頭上に浮かんでいた水が炎と接触することで大量の水蒸気を発生させる。
それはキルボたちに降りかかり、一瞬視界が失われた。
だが、キルボはジュリアスの言葉が理解できていない。
視界が失われたのはジュリアスたちとしても同じであるはずだ。
この中で唯一、あの盲目の司祭ならこの状態でも、こちらの動きを把握しているかもしれない。
しかし、司祭は『白羊』の発火を避けるので精一杯だったし、さらに手盾と長剣を構えた部下の神殿騎士と、大盾を構えた神殿騎士の囲いを破って『白羊』に近づくにはあまりにも一瞬の時間だ。
では、キルボが狙いなのだろうか。
たしかに、視界が効かなくなることが最初からわかっていれば、戦いにおいては有利だろう。
しかし、それに対処できないキルボではない。
まだ視界の生きている足元の動きで、ジュリアスを捕らえていた。重装備で固めているキルボを一撃で倒せると思っているほど、この剣士は甘くはないだろう。
だが、ジュリアスは勝利を口にした。
その意味を理解した時には、全てが遅かったのである。