15 推測
「追いついた? 位置は?」
部下の以外な言葉に、キルボは立ち止まった。
「少し前に通過した後を発見しました。当初の予想通り、北東に向かっています。しかし、これは……」
「罠だな」
キルボに向かって、斥候班の兵士が頷く。
キルボからすれば追いつく位置でない場所で追いついたこと、斥候班の兵士からすればあからさますぎる痕跡からそう判断を下した。
「と、なるとやはり『天秤』から情報を得ているな」
そうでなければ、街道の兵を強行突破するに違いない。『天秤』と出会う前にジュリアス達が持っていた情報は、一万の帝国兵を殲滅した秘密兵器ということくらいのものだ。
しかし、『天秤』から『白羊』の能力について情報を得ていたのなら話は変わってくる。
お互いに、持っている情報量にそれほど変わりはなくなった。
違いがあるとすればお互いに『天秤』と『白羊』の詳細な『天恵』についての情報量の違いだ。
ならば私が奴でもこの森の中で迎え撃つな。
キルボがジュリアス皇子の立場なら、この森の中で伏兵による策を仕掛けるのは当然の選択だ。
キルボ側の立場にしても、違いはない。七十名の兵で包囲できれば完璧だったが、それは高望みだったということだ。逆に囲みを突破される心配はなくなった。
「となると、『天秤』の『天恵』が問題になってくるな」
『天秤』の『天恵』については、殺されたフリエアが管理していた。しかし実験に関する報告は受けていたから概要は知っている。
魔素よりさらに原始の物質を視認して、操る能力。フリエアは『天秤』の『天恵』をそう報告していた。
『天秤』は能力開発が遅れていたから、実戦投入は見送られた。
しかし、『緑玉髄』の支配を逃れていたということから、『天秤』は能力を隠していたと考えるべきだろう。
だが、それも今得ている情報からいくつか予想することはできた。
魔素より以前の物質から操作するということは、魔力探知、生命探知などの超広範囲探知能力の場合。
この能力を使えば待ち伏せの精度はあがる。しかしこの場合はあまり気にすることはない。
最初からキルボたち十五名と、ジュリアス達六名の探知能力を比べれば、『天秤』がいてもいなくても、エルフとドワーフ、それにあの戦神の盲目司祭がいるかぎり、かなり劣っていたのだ。だから、最初からキルボ達が追いついた場合は『白羊』の火力で力押しするつもりだった。
もう一つの可能性は『天秤』の『天恵』が『魔力消去』や、『魔力操作』系統の『天恵』を持っている場合だ。
おそらくは、この系統の能力ではないかと、キルボは予想していた。それならばジュリアス皇子が迎撃策をとる理がでてくる。
『天秤』が魔力を操る能力を持っていたなら、無尽蔵広範囲に炎を生み出す能力を持つ『白羊』と相性がいいと考えたとしても不思議ではない。
だが、ジュリアスがそう考えて、勝てると思っているなら致命的な読み間違えだ。
『白羊』の『天恵』は炎を生み出し、操る能力。
おそらくそれを先の帝国軍との戦いで『天秤』は目にしたのだろう。それ以外の時に『天秤』が『白羊』の力を目にした時はない。
だが、それだけでは予想できないのが『白羊』の『天恵』だ。
魔力による具現化が黒魔術である。
しかし、具現化された炎や水や風をどうやって指向性をもたせているのかというと、これも魔力をつかっているのだ。炎による爆発や風による切断の効果も魔力の付加によって行う。
炎系統の魔術はその魔力消費対効果の高い魔術である。
しかし、具現化された現象がこの世の理に依存し、それに逆らうために魔力を利用している以上炎属性の黒魔術は『魔力消去』に非常に弱い。
これが氷や雷の様に惰性や超速度を誇る魔術であったならば、操作している魔力を打ち消されたとしても敵にダメージを与えることは出来る。だが炎は操作している魔力を失った場合にはその場で『ただの炎』になってしまうのだ。空中を飛んでいたならその場で掻き消えるだけなのである。
だから、『天秤』の『天恵』が『魔力消去』や、『魔力操作』を『無条件』に行えるなら確かに炎属性の黒魔術に対して相性はいいだろう。
だが、『白羊』は『理由なく』炎を操ることができる。
彼女の授かった能力の真実は『無条件に炎を操る』能力。魔術ではなく、操作に魔力を一切利用しない。
この『無条件』ということこそが真髄だ。
『白羊』は能力の開放に鼻血や頭痛を起こしているから、正確には『無条件』ではないのだろうが、彼女の『天恵』が『理由なく』炎を扱えるのは間違いなく『魔力消去』や、『魔力操作』の類は一切効かない。
おまけに『白羊』の発火能力は術者に始点を置く必要がなく、目に映った場所であればそこから大火を起こすことが出来た。
では、『天秤』が攻撃系の『天恵』を持っている可能性は無いのだろうか?
これはフリエアが殺された時の状況。つまり『天秤』が逃げ出した時のことから可能性は低いと考えられる。フリエアは短剣で刺殺されていたことと、王国軍の砦を逃げ出した際にも破壊活動は確認されていないからだ。さらに『天秤』を再び捕らえた時にも、そのような能力の発現は認めたれていない。捕まえた斥候班達は全員魔術は使えなかったことからも、先の推測が補強されたといえる。
「私を中心にして、前後を騎士で固める。斥候班は茂みに隠れているだろう伏兵を炙り出せ」
キルボの指示で部下が隊形を整える。
しかし、実際のところ策というほどの物はない。ここは『白羊』の火力に頼る力押しこそ最上。信頼のおける直属の部下である神殿騎士達に防御を任せ、『白羊』の大火で全てをなぎ払う気でいた。周囲に散った十人の斥候兵達も犠牲になるが、駒としてはもう必要がない。少しでも敵の足を止めれば儲けものだ。
後は、できるなら『天秤』とジュリアスの位置を把握しておきたいところではある。
そうすれば生け捕ることも可能かもしれないが、あくまでも優先順位の問題だ。
キルボは懐から『紅縞瑪瑙』を取り出す。
宝珠に意志を送り込んで、『白羊』の意識と直結する。
すぐに頭のなかに今の『白羊』の見ているものが映った。
『白羊』の起動を確認すると、キルボは『紅縞瑪瑙』を再び懐に入れる。
自身も闘いながら、『白羊』の視界と動作を受け持って操作するのはなかなか難易度の高い作業だ。だからこそ先の戦いでも今のように周りを重装備の神殿騎士で固め、キルボ自身も『白羊』の警護にまわる。
耳を澄ませる。
二つの視界を持つことで逆に複雑すぎて、目に頼ると動きに支障が出る。
視覚は見るとなしに見るに留めるのがコツだ。
兵達に松明を消させる。
虚ろな表情の少女が、ゆっくりと両腕を前に突き出した。
両側に人型大の白い炎が姿を現す。
「行くぞ」
指示したとおり、斥候班の十名がまずは前方に走りだした。
神殿騎士達はキルボと『白羊』を守るように盾を構えている。
手盾を装備しているキルボと違い、神殿騎士のうち四人は大盾を構えている。帯剣しているのは短剣でしかも腰にさしたまま、キルボ達を守ることだけに専念していた。残りの一人は手盾で、腰の剣も抜いているがこちらも防御に専念させている。
斥候班とは違いキルボ達はゆっくりと歩を進める。
それに付き従うように、発現した二本の炎も前に進み始めた。
前方で叫び声が上がる。
断末魔だ。