14 秘密兵器
キルボは『白羊』を見た。
『白羊』を支配するための宝珠『紅縞瑪瑙』の力のせいで、少女の瞳は力を失い、虚ろに見開いている。
だが、キルボにはこの少女が何を見ているかを、この『紅縞瑪瑙』を通して知ることができる。それだけではない、この少女が望もうが拒もうが、その意志を塗りつぶして意のままに動かすことができる。
異世界人の支配。
それは試行錯誤の連続だった。
最初に呼び出した時には、随分と苦労をした。甘言を弄してみたり、暴力に訴えたりもしたが、いきなり別世界に拉致しておいて聞いたこともない国のために命がけで働けと言っても説得することは難しい。
金銀などよりも、とにかく元の世界に返せの一点張りだった。
だからすぐに、説得するのは諦めた。
では、どうしたかというと、この世界では一般的な方法を取ることにした。
奴隷にしたのである。
簡単に言ってしまえば、無理やり働かせたのだ。
働かせるために使った手段としては、拷問や脅し。
しかし、これも上手く行かなかった。
無理やり働かせたとしても、その力を最大限に発揮したりはしないし、能力の成長も見込めない。
所詮、奴隷兵などというものは肉壁程度の使い捨てくらいにしか使えないのだ。
異世界人をそのように扱うことはできない。換えなどは簡単に用意できないのだ。恐らく今の十二人以外の異世界人を呼び出すことはできないだろう。彼らはそういった意味ではかけがえのない存在なのだ。
おまけに、拷問や脅しによって貴重な異世界人兵器達が心身ともに摩耗していった。
例えば『白羊』の場合だ。
この幼い少女の口の中を開ければ、歯が一本もないのがわかる。
彼女は舌をかんで自殺しようとしたので、罰も兼ねてすべての歯を抜いてしまったのだ。
舌を噛みちぎったとしても、よほど幸運でないかぎり死ぬことはできないのだし、おまけに彼女がいたのは太陽神教団勢力の真っ只中だったのである。舌を噛んだくらいの傷なら治せたはずだが、そうしなかったのは単純に歯を抜いて苦しむところが見たかったのか、そこまでやれば彼女がいうことを聞くと思ったのか。どちらにしても頭の悪いやり方だ。
キルボが事前に知っていれば、そんなことは辞めさせただろう。当初は管理体制でさえ確立していなかったのである。
もちろん人道的な意味でやめさせるということではない。キルボも教団の大幹部としてこれまで何度も拷問を利用してきた。その効果も知っている。
だが先程も述べたとおり異世界人は貴重なのだ。戦場に立たせる前に壊してどうするというのだ。
そうやって、試行錯誤を繰り返して、やっと落ち着いてきた方法が洗脳である。
薬物的な洗脳も考えられたが、彼らはもっと確実な方法を知っていた。
神聖魔術による洗脳。偉大なる太陽神の御力によって、彼らの魂から洗脳したのだ。
その洗脳した異世界人を拘束し、意のままに操作するためにあるのがこの宝珠だ。
十二人の異世界人を操るために、十二個の宝珠が用意され、十二聖印騎士に一つずつ渡された。
キルボが『白羊』を支配するために持っているのが『紅縞瑪瑙』。
殺されたフリエアが『天秤』を操るために持っていたのが『緑玉髄』だ。
この宝珠を使って、聖印騎士達が異世界人の意識から支配することで、ようやく実戦投入する段階まで持ってこれた。
しかし、この方法にも問題が無いわけではない。
確かに、自殺や謀反の心配はなくなった。
そして、練達の将である聖印騎士達が意のままに動かすことで、戦果も上がっている。
しかし、異世界人達は別にドラゴンや精霊ではない。
それどころか兵士でもなければ、異世界人の中には老人や赤ん坊までいた。
元は非戦闘員なのである。
異世界に転移した際に、肉体の強化や魔力の増強はあったようだが、『天恵』を扱うにはその器が脆すぎるのだ。
聖印騎士が使役するようになって、それが顕著になってきた。
『白羊』にしても、自身の炎で身を焼くなどということもないが、力を使った後には鼻血と頭痛の症状が見られた。おまけに日に日に自我がなくなって、人形のようになっていく。最初はいきなり何百人もの人間を殺させたことで、精神に異常がきたしたのだと思っていたがそれだけではないようだ。
それに『天秤』のこともある。
あれを支配していたはずのフリエアが殺された。
何か宝珠にはまだキルボ達が気がついていない欠点があるのかもしれない。
『天秤』は逃げ出すまで、不審な点はなかったという報告はあがっている。しかし能力の解明も進んでいなかったし、成長も遅れていた。もしかしたら、最初から宝珠による支配から逃れていたのかもしれない。
ただ、彼女はどちらかと言えば、異世界人達に同情的だったから、フリエアが『緑玉髄』を適切に使わなかった可能性はある。
何にせよまだまだ、異世界人の能力と支配は実験段階にある。
本当なら今回の戦にも参加させるべきではなかったのかもしれない。
結果論だが。
当初からまだ早いという意見は出ていた。
それにもかかわらず投入したのは帝国軍が攻めてきたからだ。
しかも、いままでと違い、重要な山間部の軍事拠点まで万を超える軍勢を運ぶことに成功していた。しかも先兵隊だけで一万。その後ろには本隊三万が控えていたのだ。
対する王国軍は八千。
結果、異世界人の初めての実戦投入が行われ、『天秤』には逃げられた。
しかし、一万の帝国軍を八千の王国軍で一方的に壊滅させた。これは大きな意味がある。
時間が経てば、王国の国力も回復するだろうし、異世界人たちの運用もさらに効率よくなるだろう。
再び、太陽神教団が大陸を支配する時がくるかもしれない。もちろんキルボはそのつもりだ。
そして、『天秤』には逃げられたが、逃げたのなら捕まえればいいだけの話だ。
おまけに一緒にいるのは帝位継承順位高位に位置し、武名を誇る帝国の英雄である。彼を捉えるだけでこの戦いに決着がつく可能性さえあるのだ。それにきっと『天秤』から異世界人の情報も得ているだろう。なんとしても逃すわけにはいかない。
キルボは隣に『白羊』を従えて森に入っていた。
周りを直属の部下である神殿騎士五名と斥候の兵で固めている。
『白羊』の起動はすでに行なっている。
あまり長時間『紅縞瑪瑙』による支配をしたくはなかったが、連れて行くには仕方がなかった。
『天秤』を捕らえていた護送馬車は運河の先で発見したが、当然そこにジュリアス達の姿はなかった。
斥候班の兵士は連れてきているが、放っておいた追跡兵達は、ジュリアス皇子たちによって狩られている。おまけに彼らにはエルフやドワーフといった人間など比較にならないほど夜目が効く配下を連れていた。少しでも速く移動するために少人数で追ってきたが、普通に考えればこのまま森の中に入っても、追いつくことはできないだろう。
だが、ジュリアス皇子が帝国軍の砦まで到達するには、街道に配置している王国兵達を突破しなければならない。ジュリアス皇子たちとしては当然できるだけ人員の薄い場所を狙ってくるはずだ。
キルボの使える駒は、ここに連れてきている兵を除いた六十名ほど。それを絶対に通過しなければならない場所に十人単位で見張らせていた。
ジュリアス皇子たちは六人。それにもしかしたら『天秤』も加勢するかもしれない。
そうなると十人単位では、太刀打ち出来ない可能性は大きい。それを見越してジュリアス皇子たちは最終的に強行突破を選択するだろう。
キルボは街道の兵士たちに時間稼ぎを厳命している。
ジュリアス達がどこかの拠点に現れれば、すぐに他の拠点の兵士たちが駆けつけ包囲する。
形的には衡軛の陣に近い。
後はキルボ達が後ろから止めをさす。
この作戦の弱点は、ジュリアス皇子たちが分散、囮を使うことだ。
この点に関しては、誰を追うか優先順位をつけて対応するしか無い。
だが、『变化』系統の魔術などを使われるかもしれないし、七人以外に伏兵がいるかもしれない。そういった意味では万全の策ではないが、最善の手を打つしか無いのだ。
街道の関を突破される前にキルボ達が追いつくかどうか。これはそういう戦いだ。
「キルボ様、どうやら追いついたようです」
しかし、斥候班の兵からは予想外の答えがやってきた。