13 レナとハルさん
私は普通の十五歳。普通の女子中学生だった。
地元の公立中学校に通って、来年の受験にむけて塾の講習にも参加している。
別に毎日新しいことがあるわけじゃなくて、人と違った体験をすることなんてなかった。
髪はみんなと同じように軽く染めていて、化粧も最近慣れてきたくらい。
それでも毎日髪型が『今日はうまくいかない」って大騒ぎしていた。
みんながやっていることをやって、みんながやっていないことはやらない。
なのに私はどうしてここにいるんだろう?
気が付くと私は冷たい石の台の上に寝ていた。
部屋の中は篝火が二つ焚かれているだけで、真っ暗だ。
ピラミッドの中みたいなところだ。
ピラミッドなんて実際には入ったことがないから知らないけど、きっとこんな感じでカビ臭いんじゃないかと思う。
少し頭痛がする。
こんな冷たい石の上に寝ていたから風を引いたんだろうか?
「ナヲナノレ」
「ひっ!」
突然声を掛けられて、悲鳴を上げる。
いつの間に立っていたのだろうか。ずいぶん時代がかったゆったりとしたガウンを羽織っている。
外人の男だ。多分三十か四十歳くらいの白人のおっさんだった。
「名を名乗れ」
私の悲鳴を無視してもう一度外人の男が口を開く。あまりにも不可解な状況に混乱したが、菅野玲奈だと叫ぶように答える。
私が名乗ると、男が部屋を出て行った。
追いかけるべきだろうか?
だが、その前に今度は別の男たちが入ってきた。
「な、なに!?」
私は何が起こったのかわからなかった。男たちは私の側までくると服を乱暴に掴んだ。
「ちょっ! なにすんのよ!?」
私は身の危険を感じて、大声を出して暴れまわる。
私を取り押さえている二人の男とは別の男が私の目の前に立った。
そしておもむろに鉄の棒が振るわれると、私の目の前が真っ黒になった。
目が覚めた私は、今度は馬車の中にいた。
馬車の荷台には金属製の檻が取り付けられていて、私はその中に入れられてる。
馬車の中には私以外に十一人の人たちがいた。
人、と言えるのかわからない人もいた。宇宙人みたいな人もいた。
同じ檻に入れられていた私達は、周りを囲む兵士たちの目を盗んで話をした。
主に話をするのは見張りが少なくなる、真夜中と馬車の音で話し声が聞こえなくなる時を狙って話をする。
みんなで情報を交換しあってわかったこと。
それはここが私達のいた世界ではないということだ。
星に詳しい人が何人かいて、彼らが言うにはまったく自分たちの知っている夜空と違っているということ。そして、それぞれの星の配置も、それぞれに違っていた。
蛇みたいな鱗と頭の人がいた。目が三つある人もいた。
でも大体が地球で見たことのある人種の人達で、白人や、黒人だった。赤ちゃんもいたし、老人もいた。
メンツに統一感はないし、持っている知識はまったく違っていた。
なのに何故かみんな日本語を喋っていた。あとで聞いたところ、みんなにはそれぞれの母国語が聞こえているらしい。どういう理屈かわからないけれど、きっと誘拐犯たちが何かをしたんだろうということだった。
そんな私達が出した結論は、ここは別の星か、別の世界だということ。
今のところ別の世界だという可能性のほうが強いらしい。
天体のこともそうだったが、物理法則がどうとか、難しい話をしていたので私にはわからなかった。
私達を誘拐したのは誰か分からない。
格好だけを見ると、中世ヨーロッパの兵士のようにも見える。
文明レベルは相当低くて、出された食事も残飯みたいな味がした。
でも、魔法みたいな不思議な力を持っているから、見た目通りじゃないのかもしれない。
言葉が通じるのも不思議な力のせいだと思った。
悪い冗談みたいに見える。
でも、何一つ笑える要素はなかった。
彼らに殴られた私の顔は、まだ腫れ上がったままだった。
怒りではなく、淡々と暴力が振るわれる。
私達の命なんて、彼らにとって一グラムの重さもないんだってわかった。
私達はそれぞれ別々の世界、別の時代から来たらしいが、誘拐された時のことは、皆同じだった。
金色の光に包まれて、気がついたら石の台の上に乗っていた。
私は気絶していたからわからなかったけれど、あの部屋のあった場所は荒野の中の神殿のような造りの洞窟の中だったらしい。
私は一人の男の人と仲良くなった。
彼のことは、ハルさんと呼んでいる。
年は私より十コくらいは上で、スゴくカッコよくて、優しくて、大人の男の人。
でも仲良くなった理由はもっと単純な理由だった。
ハルさんは私と同じ日本人だったからだ。
ハルさんは私のいた時代より、千年昔の日本に住んでいた。
千年前の日本人であるハルさんと、二十一世紀の中学生の私。
共通の話題なんて一つしか無い。
故郷ニッポンの話を暇があればしていた。
ハルさんは千年後に生まれた私よりずっと賢い人だった。
ハルさんは難しいけれど、大切そうな話をいっぱいしてくれた。
その話はほとんどわからなかったし、私からハルさんに教えてあげることはほとんどなかった。
こんなことならもっとしっかり勉強しておくんだったと思う。
でも、ハルさんは私の話を聞きたがった。
何の変哲もない、いつもどんなことをして生活しているのかを。
友達との話を。学校の話を。お父さんとお母さんの話を。ケータイの話を。
千年後の日本の話しを。
夜はいつも星を見上げながら話をする。
ハルさんは見たこともない星だと言ったけれど、私には日本の星空と変わらないと思った。
そんな星の光を眺めながら、日本での生活を話すと、時々我慢できなくて泣いた。
そんな時、ハルさんはいつも太ももをかしてくれて、私の頭を撫でてくれた。
「君の話をもっと聞きたい」
いつも寝る前にハルさんは言ってくれた。
私も、もっと話をしたいよ、ハルさん。