12 ニホンの魔術師
夜の大山脈。
木々に遮られ星明りも届かない。
深い闇に沈んでいる木々の間を一行は進む。
先頭を行くキャップと、真ん中のメシェファが松明を持っているが、それだけでは一行の全体を照らすには不十分だ。
しかしそもそもこの中で明かりを必要としているのはキャップ、ジュリアス皇子、メシェファの三人で、他の三人は暗闇だろうと日中と変わらない暗視能力を持っている。
そして王国軍から『天秤』、ジュリアス皇子からセドリック・アルベルトの名前をつけられた自称異世界人。彼は捕虜扱いであり、上半身を拘束させられたままだから、キャップの背中を追うのみだ。
「私達はそれぞれ異なる世界、ことなる時代からこの世界に喚び出された」
セドリックが歩きながら自分がこの世界にやってきた時のことを話しだした。
彼は『ニホン』という異世界にある国の宮廷で働く役人だったらしい。しかも官位を持っており、家も何代も宮廷に仕えていたというから、それなりの地位にある貴族だということだ。
仕事は呪いとか、占いや算術を用いて魔術的な防衛や皇帝に助言などを行う役職だったらしい。
ということは、彼も異世界の魔術師、しかも宮廷魔術師のような存在だったわけだ。
おなじ魔術師としてメシェファは、異世界の魔術師がどういうものなのか、興味が尽きない。
そんな彼がいきなり不可解な黄金色の光に包まれて、気がつけばこの王国の太陽神教団の神殿にいたのだという。
「どうやって異世界人を呼び出したのかは分からないわけだ」
「正確なところはね」
ジュリアス皇子が鼻で笑ったが、セドリックは気にした様子もない。後ろを歩いているのでメシェファからは彼の表情が見えないので分からないが、声の感じではそうだ。
学術興味から彼に興味津々のメシェファと違い、ジュリアス皇子はあまりいい印象をセドリックに抱いていないのはわかる。
彼からすれば『天秤』のセドリックは自分の部下を一万人殺した輩の一人なのだ。感情的によく思っていなかったとしてもしょうがないだろう。ただ、いつもはそういった感情を表に出さないだけの腹芸ができる人物だけに、メシェファは少し気になっていた。
「そこの紅い髪の姫君」
いきなりセドリックがこちらに話を振ってきたのでびっくりした。
「ひ、姫? 私ですか? 私は姫などではなくて……」
「コイツの名前はメシェファだ」
吃っていたメシェファの言葉を遮って、名を教えたのはジュリアス皇子だ。
「ではメシェファ殿。貴女は異世界人だと私が言った時、ありえないと言っていたね」
「え、ええ。召喚術というのは異なる霊的階層にいる者しかこちらの世界に呼び出せません。似た因果律を持つ世界の強制力はとても強くて、それこそどうにか出来るのは創造神だけだと言われています。
大まかに言うと、人間も、ドワーフも、エルフ、果ては魔人も別の世界にも存在すると言われていますが、彼らを呼び出すことはできません。逆に悪魔や精霊、そしてどんなに超常の存在であろうが神や邪神の類も理論的には喚びだすことができます。
この大山脈にすむ古竜は力だけ見れば超越者ではありますが、彼らを異世界に送ったり、異世界から同じ古竜を呼び出すことはできません。
しかしそれよりも強大な力を持つと言う『神龍』は霊的に違う階層の存在ですから呼び出すことはできます。もちろん実際には呼び出せた者など存在しないんですけど。
ですから、霊的に同じ階層に存在するものは召喚できません。召喚術というのは違う階層の存在をいかに喚びだし、それをこの世界に定着させておくかという技術なんです。
例外としては、精霊は二つの世界を移動することが出来るらしいですし、不死王と呼ばれるような高位のアンデッド、しかも肉体を持たないようなリッチなんかの一部の魔人や魔獣は同時に二つの世界に存在できるといいます。
あ、同じ不死の王でも肉体を持っている始祖吸血鬼は因果に縛られていますから無理ですよ」
一気に説明して、メシェファは息をついた。その言葉にセドリックが頷いている。
「細かい名前の話はわからないが、どうやらこの世界の理もそう私の『世界』とやらとかわらないようだ」
ちなみに、セドリックはニホンという国からやってきたが、この世界に喚び出された時には『世界』、『異世界』という概念をわからなかったらしい。
言葉は王国の魔術によって『刷り込まれた』そうだが、『世界』という概念を短期間で理解しているあたり、相当頭も良さそうだ。
「私がこちらの世界に喚び出される直前、『天覧図』に誰かが手を加えたような感触があった」
「テンランズ?」
「天が記した運命の設計図みたいな概念だよ。君が言った因果を記した表のようなものかな」
「星命の書みたいなものかしら、王国はそれを改変する儀式魔法を開発したってこと? でも……」
「おい」
メシェファは魔導師としての知的好奇心に興奮していた。異世界の魔術師にさらなる質問をしようとしたところを、ジュリアス皇子の冷たい声がかかって、一気に興奮が覚める。
「そういうことは後回しにしろ」
ジュリアス皇子はこれ以上、魔導師に任せていては埒が明かないと思ったのだろう。
「今聞きたいのは、お前たち異世界人の力だ。どうやって八千の軍で一万の軍を一方的に全滅させたんだ」
セドリックが、チラリとジュリアス皇子の方を振り返る。すぐに顔を戻して歩き出した。
「……私達異世界人は、元の世界とこの世界との境を超えた時に力を得た」
「力?」
「身体の強化や魔力とかいうものを操る能力もそうだ。身体強化は幾分か力や体力がついたという体感を得られる程度だが、魔力に関してはかなり強いらしい。
わたしは元の世界で呪師でもあったからわかるが、この世界での呪術を操る力、君らの言う魔力とやらは以前とは比べ物にならないくらい強くなっている」
「では、その強くなった力で、帝国軍を破ったのか?」
「いや、あくまでもそれは以前に比べればというもので、人の範疇だよ。それに元から呪い、魔術を使えたのは私だけだったし、喚び出された中には女性や、まだ幼い子供の姿もあった。君らを打ち破ったのは他の力。彼奴らは『天恵』と呼んでいた」
「『天恵』?」