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11 セドリック・アルベルトの誕生






「殺す? 私をかい?」


 喉元に鋭い長剣を突きつけられたまま、『天秤ズリエル』は不思議そうにジュリアス皇子に顔を向けていた。拘束具のせいで目は覆われたままだが、恐怖を感じていないのは分かる。


「理由を聞かせてもらってもいいかな?」


「お前が我軍を負かした王国の切り札だというなら生かしておく理由はない」

 ジュリアス皇子の声に感情は混じってはいない。


 喉元の長剣をあとひと押しすれば、彼の命は終る。だが『天秤ズリエル』はまるで気にした様子も見せなかった。


「君が王国ニーグランドと戦った彼の国の人であれば、私を殺すことはできないよ」


「本当にそう思うか?」

 剣を持つ手に力が篭もる。更に食い込んだ剣先から血が流れる。だが、それでも『天秤ズリエル』は動じなかった。


「その切り札というのは私の他にもたくさんいるからね。一人殺したところでどうにもならないよ。しかし私は君たちにあの国が何をしたのか、我々が何者なのか。知る限りのことを教えよう。ただし、こちらからもお願いがあるんだけれどね」


「何か要求できる立場だと?」


「それが何かによるだろう? なに、簡単な事だ。私はあの国から逃げ出して君たちの国へ逃げる前に掴まった。だから……」


「亡命か」


「私達は元々、王国ニーグランドどころか、この世界の人間でもないから亡命といえるかどうかはわからないが、まぁ、そういうことだ。欲しいのはただの自由さ。本当は元の世界に帰して欲しいが、それは君たちには無理だろうからね」


「……」


 ジュリアスは剣を突きつけたまま押し黙った。『天秤ズリエル』もそれ以上言うことはないのか黙っている。


「いいだろう」

 ジュリアス皇子が切っ先を喉元から離した。


「ズリエルと呼べばいいのか?」

「そうだな……『天秤ズリエル』というのは妖かしの名前らしいからなぁ」


 『天秤ズリエル』の言葉にジュリアスが後ろを振り向く。

 それに答えて、セクメトが口を開いた。


太陽神ソーは終末において肉体を滅ぼされたが、その屍肉から生まれたのが十二星の天使と悪魔だ。『天秤ズリエル』というのはその時生まれた一匹の悪魔の名前だよ。ちなみに太陽神教団の神殿騎士団の大幹部を十二聖印騎士ゾディアックナイトというが、彼らはそれぞれこの時生まれた天使の名を冠した印を与えられることから聖印騎士というんだそうだ」


 盲目の司祭の言葉に、大男キャップが顔を顰める。

「つまり、十二人いるってのか?」


「その通り。異世界から召喚されたのは私を含め十二人いた」

 司祭の代わりに『天秤ズリエル』が答えた。


「まぁそんなわけで、縁起の悪そうな名前だから、何かこちらの名前を与えてくれると嬉しいんだけどね」


「元の世界でも名前くらいはあったろう」


「本名は使えないんだ。私達は名前で『縛られて』いるから」

「『縛られて』いる?」


「あの……」

 赤毛の魔術師、メシェファが遠慮がちに口を挟む。


「多分『制約ギアス』の事だと思います。対象者の真名などを使って魂を縛ったりする魔法ですが、黒魔術でも特に闇魔術と呼ばれる系統の魔術です。ですが白魔術の中でも太陽神教団にはそう言った魔法が存在すると聞いたことがあります」


 メシェファの言葉にセクメトが頷いた。

「ふむ、たしかに太陽神ソーは公正と裁決を司る神だからな、『制約ギアス』系統の魔法はあるだろう」


「じゃあ、これからはセドリックと呼ぼう。セドリック・アルベルトだ」

「セドリック・アルベルトね。何か謂れでも?」

「単なる偽名だ。もう使わなくなったからな」

「そうか、分かった。セドリック・アルベルトね」

 『天秤ズリエル』が新しい名前を馴染ませるように何度も口にした。


「よし。ではそろそろこの戒めを解いてくれないかな。多分追手も近くまできているだろう」






「そやつの言うとおりじゃな」

 野太い声がして、皆が振り返る。

 全身鎧フルプレートメイルのドワーフ、トールキンとエルフの射手、ガヴリエルが立っていた。


「おかえりなさい、早かったですね」

 メシェファが声をかけると、女エルフは敬礼をして応える。


「ちょりーす、トリス。無事帰ってきたぜぃ」

「あ、もうトリスじゃないんで」

 メシェファは二人の側に歩み寄ると、これまでの経緯を話して聞かせた。


「なんだ、トリスのほうがカワイイじゃん。戻しちゃったのかよぅ」

 ガヴリエルが不満を漏らしたが、トリスの由来が鳥の巣頭から来ている限り、譲る気はない。


「それで、そっちはどうだった?」

 ジュリアス皇子は馬車から降りて、三人のそばまでやってきた。

「『犬』が近くまでやってきておったから始末しておいたぞ」


 トールキンが言った『犬』というのは、追跡者トレーサーまたはその部隊のことだ。追跡者トレーサーは小さな痕跡から対象を追跡、現在位置を割り出すのが役目で、敵軍の本陣などを割り出す時に使われる。追跡者トレーサーの素質には夜間行動の能力も求められるが所詮は人間のそれだ。どれほど訓練を積もうとも、エルフやドワーフの持つ暗視能力の足元にも及ばない。


「それから、キルボ達は少人数で追ってきてる。残りは街道の方に回したわ。そうなると街道を大人数で蓋をして、後ろから少数精鋭で追い回す。下手すると挟み撃ちになるかも」

 ガヴリエルが両手を使って身振り手振りを交えて説明する。彼女は崖の上に位置していたから、ジュリアス達が運河を流された後も、しばらく王国軍の動向に目を向けていたのだろう。


「街道に手を回される前に突っ切れないんですか?」

「いやー無理っしょ」

 メシェファにガヴリエルがヒラヒラと手を振る。

「今から森に入って街道に出る頃には手が回ってるよ」

「じゃあ、逆に川上か、南に向かいますか?」


「いや」

 ジュリアスは首を横に振った。


「それだと孤立して手詰まりになる可能性がある。このまま森に入って、そのまま街道に出ないで帝国の砦に向かう。そうなると時間もかかるだろうし、魔獣の住処を通ることにもなるから、恐らく後方からの追手に追いつかれるな。キルボが少人数で追ってるのも移動速度をあげるためだ」


「それも最悪なんじゃ……」


 メシェファの言葉に、ジュリアス皇子は親指で護送馬車の方を指さした。

「それまでにアイツから情報を手に入れて、迎え撃つ。それまでは逃げ回ろう。急いで出発だ」


 ジュリアスは再び護送馬車の荷台に飛び乗った。

 そして、セドリックと名づけた男の側に寄る。

「今から拘束具を外すが、まぁ言わなくてもわかるよな」

「もちろんさ」


 ジュリアスがキャップとセクメトに目配せする。

 キャップにはセドリックの拘束具を外すようにいっているのだが、セクメトには魔力の発動がないかを監視させるのだろう。


 キャップがセドリックの上半身以外の拘束具を外した。

 やっと彼の顔が露わになる。

 黒髪、黒目の男だった。声からも分かったが、まだ若い二十代だろうか。


「ヒュー、新セドリックもチョー男前じゃん。女みてー」

 ガヴリエルが声を口笛を吹いたが、メシェファも同意見だった。

 顔の凹凸が少ないこともあるのだろうが、優しい上品な顔立ちで女に見えないこともない。ジュリアス皇子とは違う系統だが女性受けしそうな整った顔立ちだ。


「やれやれ、やっと顔を合わすことができたね」

 新セドリックが旧セドリックことジュリアス皇子に笑顔を向けた。だがどこか嫌味を含んだ笑みに見える。おそらくなかなか拘束具を外してもらえなかったことに対するものだろう。そしてまだ拘束具のついたまま合わせられている両腕を前に突き出す。

「これも外して貰えないのかな?」


「歩くのに両腕が必要か?」

「手が使えれば、私もなにかの役に立つと思うよ?」

「帝国兵を殺した技を使ってか?」

 ジュリアス皇子は無愛想に答えると仲間の方を振り向く。


「トールキン、ガブリエル。怪我はしてないよな? ガヴリエル、セクメト、メシェファは魔力の余力を教えてくれ。それからセクメトはセドリックの魔力探知。コイツに追跡魔法がかけてないか調べてくれ、キャップは皆の装備品を調べろ」

 矢継ぎ早にジュリアス皇子が支持を出していく。


「ガヴリエルが先行、できるだけ魔物をさける進路をとってくれ。その後から、先頭をキャップ、その後ろにセドリック、次に俺とメシェファ。斜め後ろ、右後方にセクメト、左にトールキンだ。セドリックへの尋問は森を進みながら行う。隊列の間隔はガヴリエル以外いつもの三分の二に縮めていく」


「準備ができ次第出発だ」





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