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10 箱の中身はなんだろう






 セドリックことジュリアス皇子は、黒い護送馬車をコンコンと叩いた。


「これも、あるしね。今のところ森に入ったトルーキンからの知らせもないけど、これが開いたらガヴリエルを待たずに先に進もう」


「待たないんですか?」

「夜の森だぜ? 心配しなくても勝手に追いついてくるよ」


 ガヴリエルを犬かなにかと勘違いしていそうな会話だが、セドリックのいうとおりだろう。

 人間にとっては夜間の森林部など危険地帯以外の何ものでもないが、精霊と交流することができるエルフ達にとっては寝室とかわりのない居心地の良い空間だ。


「ここはどの辺りなんでしょうか?」

 トリス達が最初に計画していた段階では、この川の川下は帝国領内に続いている。

 だが、どこまで流されたかは分からない。


「あー、多分あの橋と帝国軍の砦を結んだ線より南の地点だな」

 キャップが話に加わる。

「砦までは急げば明け方くらいにはいけるだろ」


「じゃあ、私もトリスからメシェファに戻してもいいですよね」

「あれ、トリスって気に入らなかった?」

「気に入るわけないじゃないですか」

 なにせチリ毛で鳥の巣みたいだからトリスである。気に入るわけがない。


「キャップさん、暗号が解けそうなので解錠の用意をしておいてください。合言葉を唱えてから一定時間内に鍵を開けないとやりなおしですから」

「分かった」

「でも、意外と簡単な呪詞ルーン暗号でした。外から開けられることにはあまり警戒してなかったみたいですね」


「とりあえず、中を見てみるか。司祭、警戒頼む。トリス、じゃなくてメシェファも暗号解読したらすぐに後ろに下がれ」

 ジュリアスが腰の長剣を抜く。

「じゃあ、キャップさん、行きますよ…………暗号入力しました」

 メシェファがすぐに後ろに引く、キャップは手元の金具を弄ると、錠が音を立てて外れた。


 それからキャップが護送馬車の扉に手をかける。

「開けるぞ」

 背後ではジュリアスとセクメトが各々の武器を構えていた。


 両開きの扉が開く。

 星明かりのある河原と違い、馬車の中はさらに暗い闇で何も見えない。

「特に禍々しい反応はないが……人らしき気配があるね。一人だ」

 セクメトが皆に聞こえる様に告げた。

 キャップが松明を掲げて、中を照らす。


 椅子に座っている人の姿が篝火に揺らめいている。

 黒い革の拘束具によって全身を覆われているので、どんな人物なのかはわからなかった。

 キャップがジュリアス皇子に松明を渡すと、慎重に一歩護送馬車の荷台に踏み入る。

 いつものハンマーではなく、ナイフを手にしている。


 慎重に、しかし無駄なく罠がないかを確認しながら椅子に近づく。

 それから、こちらを向いて頷いた。

「機械的な罠はねぇな」

「魔力の働きも感じられない。どうやらこの箱の中は一切の魔力を無効化するようだ」

 セクメトが声をかける。


 二人の言葉の後にジュリアスが荷台に登って、中に入る。

「一人で外せるか?」

「問題ねぇな」

「じゃあ、口と耳だけ拘束具を外してくれ」

 ジュリアスの言葉に、キャップはナイフをしまうと、椅子に座っている人物の頭部に手をかけた。

 そして拘束具の金具を慎重に外す。


 口枷と顎から顔の下半分があらわになる。

 口枷を取ると、ずっと締め付けられていたのか、涎が溢れた。

 肌が露わになり妙に赤い唇が見える。肌も艶めかしく白かった。


「女性?」

 メシェファは一瞬そう思った。


「ふう。助かったよ」

 しかし、その椅子に縛り付けられた人物の第一声は確かに男性の声だった。それも成人した男性の声だ。


「お前は何だ?」

 ジュリアスが剣を向けて短く問いただす。


「何、とは? とりあえずこの戒めを解いてくれないか?」


 女性のようにか細いということはないが、どこか繊細で、品のある声だった。王国の貴族だろうか? メシェファは後方から覗いているのでよくわからないが、発音やしゃべり方を聞いた感じではかなり高度な教育を受けた人間に思える。


「お前は何だ?」

 ジュリアス皇子は同じ質問を繰り返す。ただし今度は幾分かの殺気を含んで。

 だが、椅子の人物はどこか楽しそうに笑った。


「それに答えるのはやぶさかではないが、私にも君にもそれほど時間があるとは思えない。件のサブラヒの追手がやってくると思うんだが?」

「サヴラヒ?」

 メシェファが聞いたこともない名詞に疑問を口にしたのを、聞いた彼が笑みを漏らす。

「ああ、この世界では騎士というんだったかな。キルボとかいう王国ニーグランドの輩だよ」


 彼の言葉に、ジュリアスはキャップと視線を合して、眉を潜めた。

「この世界とはどういう意味だ?」

 彼はその質問をしたジュリアスの方を向いた。


「私は、ニホンという別の世界から来た人間なんだよ」


「ありえません!」

 メシェファは思わず大声を出していた。

「異世界から人間を召喚するなど不可能です!」


 メシェファの言葉に異世界人と名乗る彼は少し困ったような声色で喋る。

「そう言われても、私も王国ニーグランドとかいう国の人間にいきなり喚ばれただけだからね。彼らの説明のとおり話しているだけさ」


「でもっ……グッ」

 メシェファは言葉を切って押し黙る。ジュリアスが切っ先を彼女の方に向けて黙らせたからだ。


「お前の名は?」

「名前か……それも色々あるが、先ほど言ったとおり今は時間がない。とりあえず神殿の人間は私のことを『天秤ズリエル』と呼んでいたよ」


「そうか、ズリエル」

 ジュリアスは長剣の切っ先を『天秤ズリエル』の喉元に突きつける。

 刃が食い込み、一滴の血がプクリと玉に膨れ上がり、それから黒革の拘束具に落ちた。


「お前にはここで、死んでもらう」






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