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プロローグ 発端





「敵襲ーー!!」


 深い木々生茂る森に、声が上がった。

 山道の両端から弓兵が姿を現し、眼下の帝国兵に狙いを定める。


「伏兵だ!」

 また声が上がる。

 しかし、高所を取られた帝国軍が体制を整える間もなく、弓矢は次々と放たれ命を奪っていく。


 だが、帝国軍とてやられたままでいるわけではない。

 すぐに防御と反撃に打ってでる。が、すぐに相手は深い森の中に姿を消してしまっていた。


「ちっ!」

 ピルエモ将軍はすぐに追撃を諦め、損害の確認と隊列の建て直しを命じる。


 王国討伐軍、先兵1万を率いているのがピルエモ将軍である。

 現在ピルエモ将軍達は王国への道である大山脈北西部の山間部街道を進んでいた。


 位置的にはちょうど大山脈の真ん中、帝国王国間の中間に位置する。

 王国側の抵抗が激しくなってきたのもこの辺りからだ。


「将軍、我が軍への被害は歩兵数十人程度、極めて軽微であります」

「分かった。すぐに隊列を立て直して出発する。後は斥候達に報告の頻度を上げさせろ」

「ハッ」

 部下が騎馬を駆って後方にいく姿を見ながら、ピルエモは苦々しく唇を噛んでいた。


 部下は軽微な被害だと言った。

 確かに、王国山岳部隊の弓は、帝国騎士団の分厚い鎧の前にはそれほどの脅威ではない。

 しかしそんなことは王国側とて百も承知である。


 ピルエモは数年前まで続いていた内乱を経て、将軍職まで上り詰め、一万の軍を預かる地位に上り詰めた。経た年月の分、戦と言うものについてそれなりに知っているつもりだ。

 彼らが狙っていたのは、しつこく奇襲をかけることでこちらの士気の低下を図っているのが一点。

 もう一つの狙いはこちらの軽歩兵戦力を殺ぐ事だ。


 思うように動けない山間部の戦闘において、軽歩兵は有用な兵科の一つである。

 王国軍はその軽歩兵を減らすために、真直ぐに伸び、間延びした行軍となる今を好機として奇襲をかけてきているのだ。一度の奇襲で数十人しか討ち取れないなら、それを何度も繰り返せばいい。焦らずとも王国までの道は長く厳しい。王国側は自陣の戦力消耗さえ気をつけていればいいのだ。


 そして帝国軍の主戦力は騎馬隊であるが、山間部においてはほとんど機能することはない。

 ではなぜ、今回の、いや、いままで何度も興された討伐軍が多数の騎馬隊を編制していたのかと言うと、この地形にある。


 この大山脈において、帝国と王国を結ぶ唯一の行軍ルートが、ピルエモ達が行軍している山道であるが、ここは細く伸びた道と、時々現れる平野部で成り立っていた。

 おそらく、この先にある平野部には王国側の騎士団が待ち構えているだろう。

 だから帝国も騎士団を編制から外すということはできないのだ。




 十数年前。

 帝国で起きた権天事件を切欠に内乱が勃発した。

 帝室と太陽神教団との権威争いであったそれは、時間を経て帝室派対有力地方貴族。大地母神教団対太陽神教団の国家を二分する戦いへと発展した。


 帝国国内での戦いは、数年を費やしたが帝室と大地母神教団がこの争いに勝ち、この十年あまりで国内の鎮圧平定は終わったといっていい。


 だが、帝国最大の失敗は、敗走した貴族や太陽神教団の一部が西の大山脈を越えて西部にあった未開地に新たな王国を建てるのを許してしまったことだ。


 それを許してしまった背景にあるのは国内平定を優先させたということもある。

 しかし、だからと言って、国内の敵勢力討伐に注力するあまり何もしなかったわけではない。

 特に大地母神教団の追撃は凄まじく、国内の太陽神教団のすべての教会を打ち壊し、夥しい数の太陽神信者の血で大地を染め上げた。


 彼らは大山脈を経由して逃げようとする勢力にも追撃した。しかしこれを取り逃がしてしまう。当時太陽神教団が雇っていた傭兵団がおり、彼らが獅子奮迅、命を賭した活躍で大山脈を越えるまで、その追撃を止めてしまったからだ。

 この傭兵団の活躍で、敗残勢力は西の未開地にたどり着き、王国建国へとつながった。


 実際に軍事行動を執行するピルエモとしては、この大山脈の向こう側に逃げられてしまったというのは、戦略上かなり大きいことを実感していた。


 さきほども述べたとおり、この大山脈は守るに易く、攻めるに難い地形である。

 この数年幾度も討伐軍が派遣されたが、この大山脈を越えることさえできていない。

 業を煮やし、さらには国内の治安が沈静化した帝国はここにようやく王国攻略に本腰を入れることを決定した。

 それが将軍ピルエモ達、この数百年間戦時に身を晒してきた東夷討伐軍を討伐軍のために、西方へと動かしたことである。

 そうしてやっと、その尖兵であるピルエモ率いる軍が初めてこの中域までたどり着けた。


 この大山脈の戦略上の重要性はもう一点。

 この大山脈帝国側から帝都まで近い位置にあるということもある。

 帝国側の大山脈の麓から、帝都までは穀倉地帯が広がる平野地方をひとつ抜ければたどり着く。

 もちろん、王国側もこの攻め難い大山脈の街道を通る必要があるし、抜くことができたとしても今の王国に、帝都を攻め落とす力はあるまい。


 しかし、ピルエモが今の状況を計るに、この大山脈内での勢力図分布では王国側に分があるように思える。また、今は帝国を攻める力はなくとも、時がたてばそれもどうなるかはわからない。

 今、弱いから、未来も弱いだろうなどと侮ることは、戦場において命取りになることを将軍ピルエモは身にしみて心得ていた。討てる時に討つのは戦に限らぬ常道であろう。


「将軍!」

 側近の一人が馬を寄せてくる。


「何事か」

「は。斥候からの知らせです。この先の盆地に敵軍を発見。その数八千!」


「よし」

 ピルエモは頷いた。


 まず、戦力の孤立化を防ぐためにも、この辺りが尖兵隊を行軍させる限界だろう。

 次の平野部を制圧し、陣をひいて後続の軍を待つ。

 そして砦を築き、そこを拠点として以東を挟撃により制圧していく。それができれば上出来である。

 一気に王国までの道を開くことはできない。それがここまで行軍してきたピルエモの判断だった。


  この平野部は、帝国攻略に大きな意味を持つのは先ほど述べた。この先に、大軍を展開できる平野部があったのは、幸運だった。いや、この中間地点にある平野部こそが王国側の戦略思考の基礎になっているに違いない。


 兵を消耗する前に到達できたのも運が良かった。

 ピルエモが王国軍の将であったなら、先ほどのような奇襲を繰り返し、もっと弱ってから決戦に打って出ただろう。極端な話、王国側の麓まで引き入れても構わない。討伐軍を引き入れ、退路の狭道を断ち、孤立し、弱った軍を叩けばよい。


 しかし、王国側がそれをできなかったのは、この先にある平野部のためだ。

 軍事的重要拠点である平野部を失うわけには行かないのだ。


 そしてピルエモには平野部で王国軍を打ち破る自身もあった。

 自惚れではない。


 本来、一万対八千の兵力差は勝利の確信を持てる程のものではない。しかも敵は準備万端で待ち受けているだろう。相対するピルエモ率いる帝国軍は長い道程と度重なる奇襲で士気も落ちている。


 だがそれでもピルエモは平野部での総力戦なら勝てると踏んでいた。

 平野部において、騎馬隊を抱える帝国騎士団は最大限の力を発揮することができるし、その力は王国のそれよりも優れている。だからこそ帝国国内では彼らを駆逐することができた。そして木も岩陰もない、陽の光に照らされた場所の彼らは、所詮は敗軍の集まりでしかないのだ。


 だからこそ、王国はいままでこの中間地点の平野部まで進ませなかったのだろう。

 今までの討伐軍は、この中間地点にたどり着く前に敗走した。全滅し、行方が途絶えた討伐軍の中には、もしかしたらここまでたどり着けた軍もいたかもしれない。しかし恐らくは著しくその数を減らしていたのだろう。そしてこの先の平野部で待ち構えていた王国軍に壊滅させられたに違いない。

 しかし、帝国の国力回復の速度も、持てる富とそれ故の軍事力の絶対値は新興国のそれなど比較にならず、戦は結局数の暴力であった。帝国が本気に慣れば、王国が歴史から姿を消すのも時間の問題だろう。


「よし」

 ピルエモはもう一度、大きく頷いた。

 思考の流れ、戦場に流れるそれをピルエモは掴んだと確信した。

 ピルエモは顔を上げると、側近に伝令の手配をさせる。


「よいか、旗軍のジュリアス皇子に我が軍の状況と、先の平地にて王国軍との戦闘を開始するとの旨を伝えてくれ。皇子には我らはそこで軍を止め、砦を築くつもりであることもな」


 負けるなどとは微塵にも思っていない。

 それでもピルエモが後軍に伝令を走らせたのは、この将軍生来の慎重さと幾多の戦場における経験によるものだ。

 そして行軍を取止め、砦を築くという決定。これは先兵隊の将軍と言えども、越権行為とは言えないが、後続の将軍とすくなくとも打ち合わせなければならないことではある。


 何しろ、後続の討伐軍主力を率いているのは、高位継承権を持つ皇子なのだ。

 だが、そのことについて慎重なはずのピルエモは少しも心配はしていなかった。


 あの方なら心配あるまい。

 

 あの非凡な若き軍略家ならば、ピルエモの意図することを理解するだろうし、独断で決定したことについてもそれに気分を害することなく、高所に立って任せるところは任すということができる人物である。


「今回の出兵、ジュリアス皇子にとってはとんだ試練だと思ったが……」

 ピルエモは元々東夷征伐のため、東軍の騎士団を指揮していた人間である。


 それでも真反対である王国討伐軍に駆り出されたのは理解できる。

 帝国での内乱、そして今回の王国討伐は帝国700年の平安で、初めて起こった大きな戦と言っていい。その経験不足の帝国軍において、建国以来戦を続けていたのが、異民族の支配する東方に置かれた東方軍なのである。

 つまり大規模戦闘において、東方軍は帝国最強の軍だと、ピエルモは自覚していた。


 しかし、今回の王国討伐軍総大将に任じられたジュリアスは、この次は無理だったとしても、その次の皇帝の座が現実として狙える位置にいる人間である。

 そしてその才覚や器から言えば、ピルエモなどはジュリアス以外に皇帝を継ぐ者はありえないと考えているほどだ。


 そんな高位継承権を持ったジュリアス皇子が、この数年間誰も成し得なかった王国討伐の任を任じられるなどということは、本来ありえない。下手をすれば有望な後継者を失うことになってしまうからだ。


 そのジュリアス皇子が今回の王国討伐軍の総大将に任命されたのは、完全に政治的な理由である。

 ジュリアス皇子は、人柄や能力では問題ない(とピルエモは思っている)。しかし生まれた血筋のせいで今や帝国最大勢力となった大地母神教団から疎ましく思われている。


 元々、ジュリアス皇子は東夷討伐で名を馳せた英傑である。

 大きな内乱の後、そして王国と言う新たな脅威が出現した時代である。戦時における将としての才能は、他の後継候補よりも輝いて見えるのは当然のことだ。そのジュリアス皇子をよく思わない教団派の連中がなんとか彼を追い落とすために仕組んだのが今回の王国討伐軍を率い、大山脈を越えるという任である。


 彼らはジュリアス皇子がこの討伐軍派遣で亡き者にできるとは思っていないだろう。しかし、もし失敗して敗走することとなればジュリアス皇子はその魅力と信用を大きく失うことになる。


 しかし誰も成し得なかった大山脈踏破を皇子が達成することができれば、逆にそれは皇帝の座への決定打となるだろう。

 今回の中間地点での軍事拠点の確保はその重要な一歩になるはずである。

 いや、砦さえ作ることができれば、もうジュリアス皇子が危険を冒して、大山脈に留まる必要もなくなるかもしれない。


「いかんな」

 思わず顔に浮かんだ笑みをすぐに消し去る。

 戦場において、先のことを妄執するなどと。


 とにかく、この先の決戦で勝ち、拠点にジュリアス皇子を迎えることができなければ夢想に終わるのだ。


 油断は禁物。

 それさえなければ、負けることなどありえない。

 ピルエモは高ぶる気持ちを押さえ、道の先へと目を向けた。


 しかし、この後、ピルエモの考えは、まさに夢となる。


 数日後、後続するジュリアス皇子の下に届いたのは、ピルエモ将軍率いる先兵隊が全滅したという一報だった。






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