私、卑怯な人には容赦しませんので! ~捨てられ少女は、秘密組織にひろわれて無自覚に愛されています~
「ねえシスター知ってる? あのねー、この国には何でも知っている秘密の組織があるってうわさがあるんだよ!」
「秘密の組織?」
「うん! 悪い貴族たちをやっつけてくれるんだって!」
平民街の協会からそんな声が聞こえてきた。
よく聞けばその噂はいたるところから聞こえ、平民街はたいそう沸いている。
そんな中を一人の女性が笑みをこぼして通り過ぎていった。
◇
「タルタリア・ヴェハート伯爵令嬢! お前との婚約を破棄することをここに宣言する!」
貴族が集まるパーティーで突如伯爵令息、パブロ・トライドがそう口にした。
その隣には愛らしいピンク色の髪を持つ令嬢の姿もある。
会場は一気に波を打ったように静かになった。
その視線は今し方された宣言で名前のあがったパブロの婚約者、タルタリアと呼ばれた女に注がれている。
「……理由をお聞きしても?」
彼女はわずかに震える口でそうつぶやいた。
「そうだな。俺はついに真実の愛を見つけたのだ! ここいるニーチェ・セリアナ子爵令嬢こそ俺の相手にふさわしい。それなのにお前は婚約者だからとニーチェに嫌がらせ行為を働いたそうじゃないか!」
怒り心頭という様子でタルタリアをにらむパブロの目がうっとうし気に細められている。
タルタリアは周りを見た。
今この会場には自分たちより身分の低いものしかいない。
当然だ。爵位の低い家格との交流を目的として開かれたパーティーなのだから。
そしてこのパーティーの主催はトライド伯爵家。
タルタリアはパブロの婚約者として出席しているが、自分たち以外に伯爵以上の家格の者は呼ばれていない。
よって今現在、伯爵家の人間同士の諍いに口を挟める者はいなかった。
「どうした? 言い訳の一つでもしてみればいいさ」
パブロは既に勝ちを確信したように笑っており隣にいるニーチェも嬉しそうに笑っている。
だがタルタリアに焦りはなかった。
わずかに震えていた口はそのままこらえきれないというように上がっていく。
「あら、ではお言葉に甘えて。……まず嫌がらせなどは覚えがありませんね」
「ふん、何を言い出すかと思えば! 俺がその現場を見ていたんだからそうに決まっているではないか!」
「自分の主観でしかものを言えない人の証言などに価値はありませんのよ。……証拠とは、証言とは、こういう物のことをいうのですよパブロ様?」
タルタリアはそう言うと袖口からガラスのような透明の石を取り出した。
「なんだそれは」
「これは映像石。音と映像を録画する為のものですわ」
タルタリアは躊躇なく石を割る。
パリーンという子気味よい音が響くとすぐに空に映し出される映像。
そこには寄り添う男女がいる。
『――君は本当に可愛らしいねミルロ……食べてしまいたいくらいだ』
『そんな……パブロ様ぁ』
一方は確かにパブロ本人。
だが隣にいるのはどう見ても今彼の隣にいるニーチェではない。
「なっ!?」
一人焦った声を出すのはもちろんパブロ。
目をかっぴらいて映像を見続けるその顔からは明らかに血の気が引いていた。
映像はそのまま二人が部屋の中に入っていくのを映し出す。
それで終わりかと思えたが、すぐに他の場面の映像へと移り変わる。
『あ、のパブロ様』
『どうしたんだい? フローラ』
『いけないわ。あなたには婚約者が居るのでしょう?』
『俺の愛は君にだけだよ』
フローラと呼ばれた女性はパブロにキスをされていた。
そしてそのまま奥の部屋へと移動していく。
そう言った映像が何度も上映され、そのたびに相手の女性が変わっていく。
それが意味するところはもちろん……。
「……パブロ様?」
「いやっこれは……」
ニーチェが低い声を出してフルフルと怒りで震えている。
会場中からはこいつやばい奴じゃないかという空気が漂ってきた。
映像で見た女達は誰も彼も貴族ではない。
平民や使用人たちだった。
要するにパブロは貴族でありながら見境なく愛を振りまいていたのだ。
先ほど婚約破棄の理由に上がった真実の愛とやらを。
「これはタルタリアが作った……そうこいつが作ったんだ! 俺は何にもしちゃいない! はやくこれを消さないか!」
「ふふ、残念ながら映像が終わるまでしばらくかかりますわ。だって貴方が手を出していた女性の数が多すぎるから。何なら何日の何時何分に女性たちの元を尋ねたかという記録も、女性たちからの証言もありましてよ? 観念した方がよろしいわ」
「なんだと!? あいつら口を割ったのか!?」
パブロは失言に気が付いたように口をふさぐが、会場中にその言葉が響いていたので何を言ってももう遅かった。
完全に自白した形である。
「ちょっとふざけないでよ! あたしはあんたが本気で好きだっていうから……お父様にも報告しちゃったじゃない!!」
「いや本当に違うんだ! 彼女たちのことは遊びで……」
「遊び!? あんたは遊びでいろんな女の子と関係を持っていたっていうの!?」
「だ、だからちが、そうじゃないって……」
これにニーチェは大激怒。
一気にヒートアップして激しい言い合いになった。
……お察しの通り、パブロは色欲魔であったのだ。
対するタルタリアは貴族らしく、婚姻前交渉はご法度のお堅い家柄だったためにパブロが不満を持つのは自然の摂理だった。
それどころか口うるさく苦言を言ってくるタルタリアに嫌気すらさしていた。
とはいえパブロの家は少し傾きかけでヴェハート伯爵家からの補助がなければ家が立ち行かなくなる。
「だからこそ我が伯爵家と同様に裕福なセリアナ子爵家に目を付けた貴方はニーチェ嬢に手を出したのでしょう? 対するニーチェ嬢はわたくしから婚約者を奪えるという優越感に浸れていた為に盲目的になっていた。違うかしら?」
カツンとヒールをふみ鳴らし怒鳴り合いをしている二人の前にタルタリアが進みでてそう言い放った。
その顔は終始変わらぬ微笑。
「おま、え……っ!」
悔しそうな顔をしたパブロは今にも噛みつきそうなほど目を血走らせている。
「残念だけれどわたくし、見境のない男は嫌いなの。頭の弱い方もね。だからもちろん婚約破棄、謹んで受け入れますわ。……あ、もちろん慰謝料は払っていただきますし、今まで融資していた支援は打ち切った上で回収させていただきますけどね」
「えっ」
声を漏らしたパブロは途端にがたがたと震えだす。
今の状況を思い出したのだろう。
婚約破棄を宣言に応じる旨の言葉ははっきりと告げられた。
証人はこの場にいる全員。
そして新しい手ごまにする予定だった相手とは絶賛険悪ムード。
セリアナ子爵家からの支援など望めるはずもない。
すがるようにタルタリアを見上げるけれど、彼女はこの日一番の笑みで応じるのみ。
その笑顔はパブロを社会的に抹殺する、死刑宣告そのものだった。
タルタリアは微笑みながらそれを一瞥した後優雅にその場を去っていったのだった。
◇
タルタリアは伯爵邸に降り立った。
自室には戻らずにそのままの足で執務室へと向かう。
中にはヴェハート伯爵家の者達が集まっている。
その中にタルタリアと全く同じ容貌の女性が一人、じっとタルタリアを見ていた。
そのことに驚くこともなくタルタリアは優雅にカーテシーをして用意されていたイスに腰をかけて口を開いた。
「お待たせいたしました。任務は全て完遂してまいりましたのでご報告いたします」
そういってタルタリアは自らに掛けてあった魔法を解く。
現れたのはマントを身にまとい目元を面で覆う謎の女。
「と言っても見てもらった方が早いですね」
女が懐から取り出したのは透明な石二つ。
パーティー会場でも使っていた映像石だった。
「一つは以前から集めていた証拠を映す映像石、もう片方が本日の一部始終です。目撃者が多いとはいえトライド伯爵側が隠蔽を図るかもしれませんからお持ちください」
「いや、ありがたい。本当に貴女が来てくれなかったらなんの備えもなく私たちの可愛いタルタリアが侮辱を浴びるところでした。……さすがはティナ殿」
ヴェハート伯爵はほっと安堵の息を吐き出し石を受け取ると、紙の束を差し出した。
ティナと呼ばれた女はぺらぺらとめくるとひとつ頷く。
「はい確かに。……私は私の仕事をしたまでです。この先どうなるかはあなた方次第ですよ」
ティナと呼ばれた女は仮面の下で微笑を作ると紙をしまいだされた紅茶に手を付けた。
紅茶を口に含む様は優雅で、彼女もしっかりとした教育を受けたことがあるのは明白だ。
恐らく貴族階級なのだろう、とヴェハート伯爵は推測する。
「……あまりこちらのことを探ろうとはなさらない方がいいですよ? お互いの為にも」
だがそれすらも読んでいたかのようにくぎを刺されてしまった。
「我らの正体はちょっとやそっとじゃ暴かれるものではないですけれど、それでも探ろうとするものを放っておくことはできませんからね」
仮面の奥で笑う金色の瞳は温度を感じさせない。
このティナと名乗る女性は1週間前、ヴェハート伯爵にとある取引を持ち掛けてきた。
“タルタリアを助けてやるから言うことをきいてほしい”
ヴェハート伯爵は突然現れそう告げた彼女を疑わなかったわけではないが、もともとパブロのことで困っていたのも事実だったし娘のためにも頷いたのだ。
ティナが要求してきたのは貴族たちの情報。
それも凄まじい権力を有する貴族派の者達のものだった。
「……わかっている。君達のことは探らぬし、口には出すまい。そして我が伯爵家は受けた恩を忘れない」
ティナを真っ直ぐに見つめるヴェハート伯爵は彼女の正体についてアタリをつけていた。
――秘密組織『ソフィア』
最近巷でウワサになっている組織だ。
どれだけ調べても詳しいことは分からなかったが、非道な行いをしている貴族たちを次々と失脚させている組織であるということだけは分かった。
……貴族派の情報を要求してきたのは、つまりそう言うことだろう。
(どうやら我が伯爵家はその対象ではないようだが……これ以上探ろうとすれば容赦されないのだろうな)
思わずごくりと唾を呑みこんだヴェハート伯爵がそう言うとティナは満足そうに頷いた。
ちょうどその時、ティナの周りを光の渦が囲んだ。
「……そのお言葉ゆめゆめお忘れなきよう。では私はこれで失礼いたします。どうぞ皆さまお元気で」
――キイイィン
やがて光が収まるとティナの姿はどこにもなくなっていた。
◇
光が収まり目を開くと見慣れた部屋の中にいた。
大きな水晶が浮かび薄い光の膜でおおわれたそこは私の所属している秘密組織”ソフィア”の部屋の一角。
ソフィアは2年前、ちょうど今日のように婚約を破棄されて家族にも捨てられボロボロになっていた私を拾ってくれた組織だ。
それ以降体が治るまで療養させてくれて、動けるようになってからは私も魔法の力を活かしてソフィアの仕事を手伝っている。
ソフィアは私にとっては何より大切な居場所なのだ。
無事に戻ってこられたことにほっと息を吐くと声が掛けられた。
「おかえりなさいティナ」
穏やかに声をかけてくれるのはソフィアのリーダーのアルター・ファン・シェラタン。
空色の長い髪に緑色に染まった優し気な目元が印象的な男性だ。
「随分遅かったじゃねーか。ついに魔法部隊トップ様もミスをしでかしたか?」
その隣に目を向けると燃えるような赤髪に黄緑色の瞳を持った男――グレイ・メイナードの姿もある。
この二人は私が仕事から戻るといつも出迎えてくれて、アルター様は優しくて尊敬するし、グレイさんもおちょくってくるのを除けばいい人だ。
それに私を拾ってくれたのが何を隠そうこの二人だった。
二人にはとても大きな恩がある。
被っていたマントと仮面を取って微笑んだ。
「ただいま戻りましたアルター様。それからグレイさん、私がミスなんてするわけないじゃない! きっちりと仕事してきたわ!」
「「そうかそうか~」」
どや顔をすれば二人に頭をわしゃわしゃとなでられる。
きれいにまとめていた薄紫の髪はあっという間にぐちゃぐちゃにされてしまった。
「もう! それやめてっていつも言っているのに!」
「すまない。つい、ね」
「そうそう。つい、な」
「いっつもそう言ってるわよね?」
文句を言いながらもそこまで怒っているわけではない。
仕事から帰ってくると大体いつもこうなるのだからもう慣れてしまった。
私は髪を整えながらヴェハート伯爵からもらった紙の束をテーブルに置き、もう一つ映像石を取り出す。
「これが今日の一部始終よ」
口で報告するより実際に見てもらった方が早いだろう。
空に向けて映像を映すとほうっと感嘆のため息が上がった。
「うん。しっかりと対処できたようだね。ありがとうティナ」
「ふふーん! これくらいお安いご用ですよ! ソフィアの為……ひいては私たちみたいな人たちの為ですからね!」
「ふふ、うん。これからも期待しているよ」
アルター様の大きな手が頭を優しくなでてくれる。
私は目を細めて受け入れた。
ソフィアの目的は腐敗しきった貴族たちを排除すること。
この国――ヨルニー王国は先代国王の崩御により王族の支配が弱まっていた。
その影響で自らの力を拡大させようとくわだてる貴族が多くなり、世の中が激しく乱れてしまっていたのだ。
民をおもんばかる立派な王家だったが、欲深い貴族たちは今までずいぶんと鬱憤を溜めていたらしい。
勢いがついた貴族たちは裏で犯罪組織と手を組んでいたり、非人道的なくらい高い税を課したり、本当に手が付けられないくらい酷いことをしていた。
その結果その割りを食うのはいつも民や力のない者たち。
虐げられた経験のある身としては他人事ではいられなかった。
(だから私はそんな人たちを少しでも助けられるソフィアで働けることが嬉しいのよね)
一人でニコニコとしていると映像を見終わったグレイさんがふいに声を上げた。
「相変わらずお前の魔法道具はすげーな。てかなんでパーティーでは映像石たたき割ったんだ? これ特定の魔力を流せば動くんじゃなかったか?」
「あれは……まあ1つは取り上げられるのを防ぐためかな。割っちゃえば回収もされないと思って」
グレイさんの言う通り映像石は魔力を通せば記録したものを映し出せられる。
なにも割る必要はなかったわけなのだけど私は躊躇なく割った。
その理由は2つある。
「もう1つは?」
「単純にむしゃくしゃしたから」
「「ぶはっ!」」
すごく真面目な顔でそう言うと二人は同時にふき出した。
「だってなんの罪もない女性を貶めようとするなんて酷いと思わない?」
「だから威嚇として大きな音を立てたってことか?」
「うん」
私は卑怯な人間には容赦しない。
大きな音はそれだけで一定時間行動を制限してくれるし、追いつめることもできる。
だから大袈裟に叩き割ったのだ。
「ほんっとお前ってクズ人間には容赦ないよな~」
グレイさんがお腹を抱えながら感心したように見つめてくる。
「そりゃあ、ねえ? やるんだったらやられる覚悟をして来いって話ですよね?」
力説していると二人はまた笑い出した。
「でもまあこれでヴェハート伯爵家を失墜させて王族派をもっと追いつめようっていう貴族派の目論見はくずせたからね。それに最近の奴らの動きも分かった」
涙をぬぐいながらアルター様は口を開く。
彼の手の中にある紙の束にはごくごく最近までの貴族たちの足どりが書かれているのだ。
今日救ったヴェハート伯爵家は現在の貴族のあり方を嘆き、王へ忠義をつくす家だった。
超が付くほど優秀な人たちの家系であるが故、彼らをじゃまに思っていた貴族派も少なくない。
「まあ昔から目をつけられていたからこそパブロのようなでくの坊を婚約者にとらされていたんだろうけど」
パブロは見事にヴェハート伯爵家の財形を食い荒らしており、ヴェハート家もそちらの対応で手一杯になっていたがそれも今日で終わり。
完璧にあちらの非を示してタルタリアとの縁を切らせたのでヴェハート伯爵たちもじきに動けるようになるだろう。
私もその言葉に満足げに頷いた。
「彼らを失うと私たちも痛手を被る。だからこそヴェハート伯爵家を助け、ついでに貴族内部でしか分からない最近の情報をもらうことが今日の目的……でしょ?」
「正解。……でもよかった。その顔を見るに大丈夫そうだね。本当はちょっと心配してたんだよ。今日の任務、昔の君と重なるところがあるし……」
アルター様は安心したような少し困ったような顔で笑った。
「ああ、それは俺も思ってたわ。でも他の奴が向かう予定だったのをお前が立候補したって聞いたが?」
グレイさんまでも話にのっかる。
「まあ確かに似てはいましたけど、今の私は昔の私じゃないですし大丈夫ですよ。それに似ているからこそ許せなくて……。だからこそ今日いけて良かったわ」
「それならいいが……無理はしてくれるなよ?」
「そうそう。僕らもいるんだし」
「いや本当に大丈夫ですって」
ポンと頭に二人の手が置かれる。
彼らは少し、というかだいぶ過保護なところがある。
(私を拾ったことに責任を感じているから余計に面倒を見てくれているのだろうけれど、私ももう18歳になり成人の仲間入りをしたのだからそこまで心配しなくても大丈夫なのに……)
二人とも20代半ばくらいって言っていたし、妹を心配している感覚なのかもしれない。
……子供扱いされたくない私としてはそれはそれで複雑だが、まあ心配してくれているのは嬉しいからいいや。
私は二人から今もなお向けられる視線にため息をこぼしてしかたがなく口を開いた。
「……わかりました。今日はもう休むことにします」
こういう視線を向けられる時はだいたい休めと言われているときだ。
私はそれをくみ取って部屋へと戻っていくのだった。
◇
ティナが部屋へと戻っていった後、アルターとグレイはそっとため息を吐き出した。
「あいつはどこまでにぶちんなのかねぇ」
「全くだよ。僕らの気持ちに気がつく素振りすらないとは」
話題は当然のごとくティナのことだ。
二人の目には深い情愛が浮かんでいた。
「それにしても僕らのこと、昔のこと、なかなか思い出してくれないね」
「……まああんだけ酷い扱いをされてちゃ昔のことなんて思い出したくもないだろうよ」
「それはそうなんだけど……ちょっと寂しいな」
アルターはそう言って目を少しだけふせた。
思い出すのは小さなころのこと。
アルターとグレイはこの国の貧民街で育った。
アルターはもともとそこで生まれ、グレイは捨てられてそこにいた。
「あの日、彼女に出会えていなかったら僕らは今頃生きてはいなかっただろう? ティナは僕らに恩を感じているみたいだけど、僕らの方が返しきれない恩を受けているのにね」
「そうだな……」
寒い冬のことだった。
その日は10年に一度あるかと言うくらいの大寒波で大雪が降っていた。
食べるものも満足になく、寒さをしのげるものももちろんない。
二人は寄り添ってただひたすら死の恐怖に震えていた。
その時だ。
ティナが現れたのは。
当時伯爵令嬢だった彼女は救済活動の一環でアルターとグレイの前にやって来たらしかった。
「あの時のティナ、まるで女神様のようだったよね」
ティナは昔から強い魔法の力を持っていて、あっという間に凍えていた貧民たちを救った。
食料もふるまわれ、優しさを、温もりを教えてくれたのだ。
「ああ、まさに奇跡だった。彼女は俺たちに希望を与えてくれた。だから俺たちももう一度頑張ってみようと思えたんだ」
「そうだね。そこからいろいろあって僕は祈りの力に目覚めて大神官まで上り詰め、グレイは武力を納めて侯爵家に返り咲いた」
すべてはティナに感謝を告げる為。
貴族である彼女に会うためには身分も必要だったから、10年以上かけて地位を築いた。
けれど……。
「彼女の生家、リバウル伯爵家はティナの大きすぎる魔法の力に目が眩んで彼女を物として扱っていた。……消耗品のようにな」
「うん。そして彼女の才能をしぼり取るために閉じ込めたんだ。彼女が自由に羽ばたけていたのは僕らと出会ったあの日が最後だった」
一段と低くなった二人の声は怒りで震えていた。
自分たちが力をつけている間にティナがどんな目に遭っていたのかを知った時、彼らはすぐに助け出そうと動いた。
けれどその時には既に貴族派の力が強くなっており、その中でもリバウル伯爵家の力は絶大だった。
ティナの才能をしぼり取って築き上げたその地位はちょっとやそっとで揺らぐことがなかったのだ。
「だから僕たちはそれを壊そうと『ソフィア』を創り上げた」
「ああ。あいつを助け出すには腐った貴族共を崩さなくちゃいけなかったからな」
それがソフィアの本当の創設理由だった。
この組織はティナの為に作られたと言ってもいい。
「っま、結局あいつが限界を迎える前には間に合わなかったんだが……」
「……でも今彼女は生きている。まあ彼女が捨てられたと知った時はさすがに焦ったけれど」
ティナの婚約者であった男はリバウル伯爵と共に甘い蜜を吸い尽くし、彼女の魔法の力が枯渇したと分かるとすぐに婚約破棄をした。
そして伯爵も彼女を捨てたのだ。
アルターとグレイが助けられたあの貧民街に……。
二人は彼女の命の灯が消えるその前にティナを見つけ出して看病し、そして彼女は持ち直した。
枯渇していた魔法の力も1年以上かかったが取り戻せた。
彼女は、幼い時と変わらずに人を助けたいと願った。
自分のような思いをする人を無くしたいと。
だからこそ今彼女はここにいる。
「俺たちはそれに応える為に存在している」
「うん。彼女の願いは僕らで叶える」
リバウル伯爵もティナの元婚約者の男も、未だに貴族社会に立っている。
ティナから吸い上げた甘い蜜がまだ残っているからだ。
だけどアルターもグレイも、奴らを許すつもりはない。
だからこそ貴族派の力を一つずつ潰して回っているのだ。
深くまで張り巡らせた奴らの根っこを千切るように念入りに。
そのかいもあって既にリバウル伯爵達の手ごまはその数を激減させていた。
もうすぐ本命の獲物を狩る時が来るだろう。
「それが全て終わった時は……」
「そうだね」
アルターとグレイはお互いを見据える。
その視線に混じるのは静かな闘志。
「あいつを娶るのは俺だ」
「いや僕も譲るつもりはないよ」
二人はふっと笑みを漏らした。
その笑みの下ではティナをめぐって激しく牽制しあっている。
二人の気持ちは幼い頃から変わっていない。
なぜ一度会ったきりのティナに会うために身分を求めたのか。
それは礼をいうためだけではなかったのだ。
――彼女に釣り合う男になりたい。
それが二人の力の源だった。
二人の静かな戦いはこれからも続いていくだろう。
すべてに決着がつくその日まで。
そしてそれをティナが知るのはそう遠くない未来だろう。
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