ギルド受付嬢は今日も仕事を辞めたいけど辞めたくない
冒険者ギルド。
ありとあらゆる依頼を受け付け、冒険者が請け負う巨大組織だ。
その中でも有数の規模を持つ、シードハイン支所。
初心者向けの危険度が低い森から、アーティファクトや高級魔石のドロップが期待される高額賞金稼ぎ狙い向けののダンジョンまでが依頼受諾範囲となる、ありとあらゆる冒険者たちに人気の支所だ。
その入り口かつ象徴でもある受付で、今日も私は声を張って訪れる人を迎える。
「はい次の人どうぞ!」
「依頼の手続きよろしくー」
「……申込書確認しました。1番で台帳記入してから気をつけていってらっしゃい! 次どうぞ!」
「冒険行ったら剣が折れたんだが、補償ってそっちで出してくれんの?」
「武器の損傷は保険に入ってるなら保険会社から申請書類もらって必要事項記入してうちに提出、保険入ってないなら自己負担です」
「はあっうっそだろ大赤字じゃねえか!? ギルド不親切すぎんだろ!?」
「知るか、自分の商売道具くらい自分で金出せ! はい次!」
「依頼の達成率で忠告書来たんすけどこれどうすればいいの?」
「実際の依頼の達成数を確認したいなら受付5番で照会して、その後7番でペナルティ有無について確認! はい次!」
「最近依頼費用高くない? もう少し安くならない?」
「相場通りで出してます、依頼内容の危険度見直しについて相談したいなら9番へどうぞ! 次!」
「ねえねえお姉さん、今日お仕事何時に終わる?」
「んなもんそっちが知りてえわ! 次!!」
「私が出した依頼、まだ達成されないんですか?」
「急ぎなら7番で依頼番号を言って、時期に応じた優先料を支払ってください。次!」
「ヒャッハー!!!」
「帰れ!!!!!」
……迎えるというか、迎え撃つという方が正しいかもしれない。
確かに冒険者たちにとっては、登竜門かつ中級のスキルアップもベテランの指導も腕試しもできる理想のギルド支所だ。この街のほとんどがギルド関係者と言っていいし、定住を持たずに滞在するものも多くいる。
だけどそれは、ものすごい数の冒険者がひと所のギルドに集まるという意味で、その受付ともなれば毎日が戦場である。
しかもこの戦場、毎日毎日くっだらないあるいはその辺の案内をちゃんと読んでくれさえすればわかるようなことの寄せ集めというのがまたストレスなのだ。冒険者とかやってるだけあって、一応文字は読めても基本は脳筋、てめえの頭で考えるより聞いた方が早いというやつばっかり。おかげで1日に何度も何度も何度も何度も同じ質問に答える羽目になる。ここでイラつかない人は聖人通りこえてもうどこかおかしいと思う。
あと、たまに頭の湧いたやつも出てくる。特に春。
例えばさっきのやたらトロピカルなシャツを着た、薬をキメたようなハイテンション野郎。あれはその中でも指折りのヤバさだ。思わず手元にあった文鎮ぶん投げてうちの筋肉だるまたちにつまみ出してもらったけど、あの後正気に戻ったのか、それとも文鎮が当たった頭がさらにヤバくなったのか、ちょっと気になってる。もし頭がヤバくなってたらごめん。
ま、そっちは置いといて。とにかく、そんなストレスフルかつ超多忙なのが受付嬢だ。花形とかお気軽な案内役と言って募集をかけてるの、正直言ってブラック人事あるあるな詐欺募集でしかない。
え? なんでそんな職場さっさと辞めないのかって? ……それは、まあ、うん。
「はぁー……」
そして受付を閉じた後に対応しろとかいうバカを蹴散らした後、依頼書の処理やランク分けや掲示板への張り出しをするわけだけど、これもまたストレス。
「記入漏れがいちまーい、にまーい……依頼日程無茶振りがさんまーい……ちょっとぉ!! どこの誰よ、この依頼通したの!?」
死んだ目で書類をやっつけていた私は、目に飛び込んできた馬鹿げた一文に思わず顔を上げて怒鳴った。
「『洞穴でイヤリングが片方なくなっていたから探して欲しい』ってバカなの!? 中級者向けの魔物が湧く洞穴でイヤリング探し!? イヤリングなんて落ちてなくなるものなんだから諦めさせなさいよ!!」
「すまん! つい!」
「ついじゃないでしょおおおお!?」
……当たり前だけど、通しちゃった依頼はギルドが責任を持って誰かに引き受けて達成してもらわなきゃならない。だから依頼の大まかな内容は受付でチェックして、無茶振りが過ぎたら突っ返すようになってるんだけど。
忙しすぎるせいなのか、危険度ばっかり高くて利益のない依頼を引き受けちゃう馬鹿野郎がたまに出る。前から上にはもうちょっと引っ掛けやすい仕組みづくりをしてくれと申請してるんだけど、今のところ「それぞれチェック段階で気をつけてね」という「面倒だからパス」の意訳的コメントしか返ってこない。あのクソハゲ給料ドロ……なんでもない。
頭を抱えて叫んだ私に、うっかり通しちゃったお馬鹿……もとい同僚のデニスが慌てたように駆け寄ってきて依頼票を覗き込む。そして、ぱあっと表情を明るくした。
「あっこれか、ほら見てメイ! ここ「魔道具」って書いてあるじゃん、だから通したんだよ」
「だから通したんだよ、じゃない!? どっちにせよ落としたら自己責任、冒険中の魔道具紛失は自己負担が基本でしょーが!!」
だめだ、コイツ忙しさのあまりバカになってる。そう悟った私は、バンっとデニスの顔に依頼書を叩きつけた。
「受けたんだったらあんたがどーにかしろ! 私に回すな!」
「ええっそんな!? 俺、メイの人脈ならいけると思って受けたのに!」
「人任せにすんなばか!?」
もうやだ、この同僚。心底そう思ったところで、ギルド入り口のドアに備え付けているカウベルが鳴った。
「時間外に悪いが、ちょっといいか?」
バリトンの腹底に響く声。耳に心地よく、けれどどこか穏やかならぬ猛々しさも内包するその声に、私はパッと顔を上げた。
「あれ、トールさん? 珍しいですね、こんな時間に」
ハシバミ色の瞳に、赤茶の髪は短くツンツンに立てている。右頬に走る3本の傷跡がまた渋い、若手を抜けて貫禄を漂わせ始めた男。
彼らは若手を抜け出したばかりで既にここのギルドでも真ん中より上の扱いを受けている、有望なパーティだ。それでいて驕るところのない兄貴肌で、若手には尊敬され、ベテランには気に入られている如才なさである。あと私視点で言えば、期限厳守・ルール違反なし・ギルドからの要請に協力的、という三拍子揃った特級のお得意様でもある。
そんな彼らが受付を閉じる時間からだいぶん遅れてきた場合、まず何かあったと考える。日頃の行いってほんと大事。
「ああ、ちょっと気になることがあって……これから洞穴に潜ろうと思って」
「こんな時間に? 緊急事態ですか?」
「まーそんな感じだ。怪しげな人影が侵入したっつー情報が衛兵からきてな。ほら、この時期ヒカリゴケの採掘に行く奴らがいるだろ? その家族が心配してるらしい」
「採掘には必ず護衛が出るはずですが……あぁ、対魔物装備だと少し不安ということですか」
「そんな感じ。護衛出してるのに様子見をギルドに頼むのはちょっと、ってんで俺に直接相談が来たんだ。気持ちはわからなくはないが、俺もギルドの一員だし、黙って受けるわけにもなぁ?」
そう言って困ったようにほおをかくトールさんに、私は自然と笑顔になった。ギルドの規則だけでなく暗黙の了解まで踏まえてくれる気遣い、プライスレス。
「わかりました。それじゃ、事後申請の形で受け付けておきますね。何かいた時は報告してもらえれば、適切な評価で費用計算しますので」
「助かる。それじゃ」
「あー! 待ってください!!」
良い感じで片手を上げて去りかけたトールさんを、時間帯も場の空気も読まずに素っ頓狂な声で引き留めるデニスのアホ声にイラっとする。様子見が必要なんだから早めに行かなきゃならんだろう、急ぎ以外の案件は後にしろポンコツ。
きろっと睨みつけた私に構わず──多分私のイラつきにも気付いてないなこいつ──、デニスは私に能天気な笑顔を向けてきた。
「ほら、さっきの件! せっかく洞穴に行くなら頼めば良いだろ!」
「はぁっ!? 何アホなことを言って──」
「ん? 何かあったのか?」
「いえいえなんでも!」
図々しいの代名詞のような後輩の提案は無謀過ぎる。緊急事態に遭遇する可能性もあるチームにイヤリング探しを頼むなんてあり得ない。そう思って慌てて誤魔化そうとしたのだが、すでにトールさんはデニスが持ってきていた依頼書を覗き込んでしまっていた。
「洞穴で落としたイヤリング型魔道具探し? そりゃまた誰も引き受けなさそうなもんを……」
「ほら最近、トールさんのチーム、この手の探し物依頼を冒険のついでに引き受けてくれるじゃないですか! だからメイから頼んでもらおうと思ってたんすよ!!」
「デニス、今日仕事終わったらゆっくり話するわよ」
こいつの職務倫理については本気で一から見直す必要がある。そんな思いが滲み出た声が出たせいか、トールさんは宥めるような苦笑を浮かべた。依頼書を取り上げ、ひらりと振る。
「じゃ、ご期待に応えて。今日中に絶対見つけられる保証はないけどな」
「やったー! ありがとうございます!」
「えっ、ちょ……無理に引き受けていただかなくても大丈夫ですよ?」
慌てて止めようとするが、トールさんは笑ったまま首を横に振った。
「いや、それがな。うちに1人、もの探しが異様に上手い奴がいるんだよ。そいつが索敵ついでに拾ってくれると思うぜ」
「……イヤリングサイズの魔道具にも気づくって……すごいですね」
「だろ? あくまで索敵担当で、戦闘は基本加わらないんだけどな。身のこなしは良いし、鍛えりゃかなりのもんになるだろうって思うんだが、本人がいまいちやる気なさそうなんだよなあ」
「へえ……」
「というわけで、心配はいらないぞ。程々に期待しつつ、手続きの準備だけよろしくな」
そう言って私の頭をポンと撫で、トールさんはギルドを後にした。
「……」
「いやー、よかったよかった! これで問題解決だな!」
「……」
「それにしても、トールさんのチームでもの探し上手な人って、誰なんだろう? いつも見かける顔は戦闘メインの人しか見たことなかったし」
「……」
「……おーい、メイ?」
「はっ!?」
「おぶっ!?」
いけない、疲れで意識が飛んでたらしい。気合を入れ直した私は、頼まれていた手続きの準備と他の残り仕事をやっつけようと勢いよくペンを引っ掴んだ。気合を入れ直した時に何か鈍い音と聞くに堪えない悲鳴が聞こえた気がするけど、頬の熱に気を取られまいとしていた私の意識にはほぼのぼらなかった。
……このクソみたいなブラック職場で私が辞めずに頑張れるのは、すごく私的な理由。
だってそうじゃないと、受付嬢の顔をして、トールさんと自然におしゃべりできないから。