第一節 乗務員デビュー前 新人乗務社員研修 その2
運転免許試験場やタクシー協会での研修で知り合った仲間達。お互いに共感するものを感じとっていたが、教習所での学友ミンクはこのタクシー乗務員という仕事をどうとらえているのだろうか。
第一節 乗務員デビュー前
新入乗務社員研修 その2 ライバルと同志
「いかがでしたか、協会の講習は」
「ええ、教習所の講義と重複するところが多かったですが、改めて交通ルールを守ることが最優先なんだと理解できましたよ」
ミンクはうなづき、ギンレイを見つめ、
「あなたらしいコメントですね。それを聞きたかった」
「なにごとにおいてもルールを守ることが大切だと改めて思いました。応急救護の講習もありましたよ。タクシードライバーは地域の安全安心を見守る地域のパートナーになるべきだと思います」
「なるほど」
ミンクはにっこり笑ってギンレイを見つめ、真剣なまなざしになり、
「メーターの仕組みも習いましたよね?」
「ええ」
「会社で損益計算書とバランスシートを見せてもらいましたよ。タクシーはけっして儲かる商売ではないと思いました。水物で、労働集約型。それでいて国で定められたメーター基準の縛りに従い自由度がない。固定費が膨らむと会社にとっては命取りだ。だからいまだにマニュアル車でガス燃料なんだとわかりました」
経済学はちょっと苦手なギンレイである。あとで父に内緒でバントウに教えてもらおうと思う。
「メーターの縛りもガス燃料も、悪いことではなくよいことだと思いますけどね。メーターの統一はダンピング防止のためでしょうし、ガス燃料は環境にも優しい。ただ、純利益が乏しい会社はなかなか設備投資に費用をまわせず、国のペースで自由度もないとなるとドライバーのモチベーションも上がらないのかもしれないと思いましたよ」
なんのことかよくわからず、どう返答してよいか少し口ごもっていると、
「まあ、会社で車に乗ったらまず走行距離を見てみたらいいですよ。それと車の日常点検の様子がどのくらい徹底されているか、ですかね」
「なるほど、そうですね」と調子を合わせながら、ギンレイが、
「モチベーションなら地域からありがとうと言ってもらうことで上がると思いますよ」
というと、ミンクは笑い、
「さすがです、あなたのいる会社の近くに住むみなさんは幸せですね」
ミンクはひとつうなずき、それでは、と言い背中を見せる。
ミンクの背中に迷いが見える。
おそらく会社での研修も安全運転を心掛けることは重点課題として取り上げていただろう。だが、ミンクは協会での講習に参加できず、知りたがっていた「事の本質」をギンレイに確認にきたのだ。人間社会全体がそのこと、つまり「安全運転」を本当に最重点課題ととらえているかどうかを。会社での研修は営業的なことに多くの時間が割かれていたのだろう。そして、会社の経済学、乗務員の生活、安全安心、その三角関係をどう受けとめて自身のモチベーションを高めるべきなのかの答えが知りたかったのだ。
協会の講習中、6人が議論した中身と同じ、ミンクも6人と同様の疑問をもったのだ。きれいごとでは済まされない業務ではあるかもしれないが、三角関係の中心に立つ一本の柱は「交通安全」なのだ。
ふと、ミンクが振り返り、
「私の就職した会社はこの協会にも地域防衛隊にも加盟していないんですよ。なんだかつまらなくて。陰ながら応援していますよ、あなたの社会貢献活動」
「ありがとうございます。なんならうちの会社に転職して入隊しませんか」
「ええ、そのときはよろしくお願いします。でも私にはやらなくてはならないことがあって、それが済んでからですね」
「やらなくてはならないこと、ですか?それは?」
ミンクはちょっと顔をふせ、上げた顔の目が少し赤黒く光った。
「人間への復讐」
しばらく見つめ合い、
「いえ、冗談ですよ、冗談、それでは」
出会ったときから邪気を感じていた。動物から派生した精霊は人間に恨みを抱えている者は魔物に変わることも多い。理性ある精霊と思っていたが、いずれ戦うときが来るのかもしれないと思う。
「いまの人、一番前に坐っていた人ですよね」
協会の建物から出てきた川岸が声をかけてきた。
「ええ、安全運転に心がけましょう、って話しをしましたよ」
「そうですか、ねえ、銀さん、同じ会社のよしみでぜひ今度、ヒーローに変身する方法、教えてくださいよ」
いつの間にか、宮西、倉見、田中、内藤がそばに来て、宮西が、
「あ、川岸さん抜け駆けはだめですよ、銀さん、僕もパワーアップしたいです。ぜひいろいろと教えてください」
倉見が、
「私はだめですかねえ、少し邪なところがあるから。でも社会貢献という目的でしたら喜んで協力しますよ。ライバル会社への営業協力はしませんけどね」
田中が、
「ネコがね、あなたには協力してもいいって言ってくれましてね。魔物の退治、私にも手伝わせてください」
内藤が、
「年齢制限ってありますかね。運転免許持っているからいいでしょ?うちの会社は地域防衛隊に加盟していますからね、銀さんが出動するときには私を呼んでくださいね」
頼もしい仲間ができたと思う。個人事業主のようなタクシードライバーが目先の利益よりも地域愛を優先できるだろうか、と憂いていたが、こういう志を持った同士が増えていけば世の中はどんどん良くなる。このメンバーで強い組織を作っていけるかもしれないとギンレイは思った。
協会の敷地を出てしばらく歩く。明日土曜日と明後日日曜日は休日で、月曜日から会社の研修が始まる。安全運転第一とはいえ、営業についてのノウハウを身に着けるのはそうとうな努力が必要と思う。今日までタクシー協会で学んだことをよく理解するために、街なかの「タクシー乗り場」を観察することにした。
「ん?あれは会社の車か?」
繁華街の百貨店前にあるタクシー乗り場にKTタクシーの行燈をつけた車両が 1台と、タクシー協会パトロールという文字がプリントされた車が1台。どうやら客待ちで不正行為があったようだ。一般の通行人のフリをして話の内容を立ち聞きする。
「だから、ほんのちょっとだったからいいじゃないですか」
と乗務員がパトロール中の協会職員にヘラヘラ笑いながら文句を言っている。電光掲示を空車の状態で車両から離れて百貨店のトイレで用を足していたらしい。空車の状態で車両を離れたこと、そのタクシーに乗りたくても乗れなかった客に迷惑をかけたことでの指導だ。
「タクシー乗り場の先頭にいて客を乗せない行為は乗車拒否も同然ですよ」と、協会職員が激高している。乗車拒否は悪質な違反行為として「登録運転手」の減点対象とされる。乗務員としてはやむに已まれず車両を離れたのだろうが。
だが何か変だ。この乗務員からは邪気を感じる。車にエンジンがかかっている。いくらトイレが我慢できなかったからといえ、電光表示を「回送」にするとか、エンジンを切ってキーを持っていくとかしないものだろうか。
そしてタクシーの中に精霊の気配がする。ギンレイが手のひらから気功を放つとタクシーの中で透き通っていた本物の乗務員があらわになる。
「なんだ?菊次郎がいるのか?」
姿を消しているが、キタキツネのなりで運転席に座り目を開けたまま動かない。金縛りにあっているようだ。
パトロール員に言い訳をしている乗務員がギンレイに気が付いたようだ。乗務員から分裂しながら魔物が浮き出し、じっとギンレイを見ている。普通の人間からはこの魔物は見えない。パトロール員からは車両の運転席に座って硬直しているキタキツネの姿も見えない。
魔物は人間の形をしているが真っ黒くなめらかなのっぺらぼうでピクトグラムのようだ。1体だったピクトグラムは次々に分裂をし6体になってギンレイを取り囲む。人間のなりをした「乗務員もどき」はまだパトロール員と話しをしている。
(魔物を殲滅するのはたやすいが車両をこのまま放置できない。菊次郎や会社の名前に傷がつく)
乗務員になりすました魔物に車両を動かしてもらうのが一番よいが、お願いして魔物がそうしてくれるはずもない。魔物を殲滅したら放置された車両と菊次郎が残り、車両を放置した罪を問われる。
ヒストグラムのそれぞれが口をひらき、ギンレイに向かって真っ赤な口から何かを吐きだそうとしている。
「とにかく車を動かそう」
いつの間にか内藤がそばにきていた。
「銀さんはタクシー車両は運転したことがないでしょう?私に任せてください」
ヒストグラムが口から溶解液を発射してきた。
「おっと!」「どっこらしょ」「はいな」「それっ!」
ビルの陰から川岸、宮西、倉見、田中が飛んできて内藤とギンレイのまわりに立ち、手のひらから盾を出して魔物からの攻撃を防ぐと、
ドン!ドン!ドン!ドン!
四名が一斉に波動を放つと4体の魔物が後方にのけぞる。
川岸が人間からタコの姿に、宮西はヒグマの姿に、田中はネコの姿に変わった。
倉見は女性の姿になって指笛を吹き、
「ここは任せて、二人はここから離れて!」
そう叫ぶと女性の姿から更にハトの姿に変わる。四方から十数羽のハトが飛んできてヒストグラムに超音波を放って攻撃をする。
ギンレイは人間の姿のまま後部座席へ瞬間移動して座る。内藤は運転席の菊次郎に憑りつき「人間の菊次郎」の姿でクラクションを鳴らす、
「あのう、タクシー協会の方、お客さんが乗っているんですよ、もう出てもいいですよね」
「えっ、あれっ?どういうことだ」
「乗務員証の写真をよく見てください。その人は別の人ですよ」
助手席に掲示してある乗務員証をパトロール員が覗き込み、さきほどまで話していた男の顔を見る。
「確かに、違う人だ」
ギンレイが、
「パトロール員さん、何か勘違いされていませんか。私は乗客としてこちらの乗務員さんが開いたドアから入ってずっと座っていましたよ。早く出発してほしいんですけど」
内藤がイライラした表情と声で、
「出ていいですよね、協会の人」
「ああ、はい、すみませんでした。飛んだ勘違いでした。おかしいなあ」
そう言って詰問をしていた乗務員を見ると、乗務員は、走って逃げだす。走りながら身体は人ごみのなか、透き通って消えていく。
「逃がさないよ!」
ハトの倉見が逃げ出した乗務員を追いかける。
内藤が菊次郎に憑りついて発車したタクシーはビルの路地裏に隠れた。内藤は葉っぱを頭に乗せると、ドロンとキタキツネに変わる。
「実は私もキタキツネなんですよ、よろしく。銀さんはこの運転手さんをお願いします」
そう言いながら、内藤はキツネの姿で菊次郎から離れて川岸、宮西、田中の加勢に行く。
ヒストグラム6体に、川岸、宮西、田中、内藤が戦う。川岸はタコの姿で口から麻痺効果のあるスミを放つ。宮西はクマの姿で農具フォークを振り回す。田中を支配したネコの精霊はヒストグラムに爪を立て、噛みつく。内藤のキツネは口から波動を放って魔物を攻撃する。倉見が呼んだハトの精霊達がヒストグラムの頭を突っつく。
ビル街の中、多くの人間が通り過ぎる中で、激しい攻防となった。魔物は一体消え、もう一体消え、と数を減らしていく。あと二体、というところでその二体が合体し、倉見が後を追った乗務員の方へビルをすり抜けながら飛んで行く。ハトの姿をした倉見は口から超音波を放ちながらニセ乗務員を袋小路に追い詰めていたが、乗務員は飛んできた二体を吸収するとヒストグラムの姿で巨大化する。
ビルの三階ほどの高さになったヒストグラムは、ハトの倉見を叩き落とす。
「うああっ!」
地面にたたきつけられたハトは地面を這って立ち上がろうとする。そこへヒストグラムはもう一撃、腕を振り下ろす。
(やられる)
ハトの倉見も、駆けつけた川岸、宮西、田中、内藤が一瞬、そう思った。そのとき、
ガシッ!
白蛇が現れ魔物が振り下ろした腕を左手一本で受け止め、魔物の腕をつかむと電撃が走ってヒストグラムが痺れ、うめき声をあげる。
「車両をすぐ動かせる状態にしない違反は何違反が知っているか?」
ギンレイが魔物に問う、そして、右腕の先を鋭くとがらせ魔物に突き刺すと、
「駐車違反だあああっ!」
ギンレイの右腕が注射器のように太くなり、とがった先から電圧がかかると、真っ黒いヒストグラムは眩しく光り、
ドカン!
爆発して消えた。
白蛇は倉見に向かって手のひらを向けると白い光が放たれ、倉見は癒され、ハトの姿から女性の姿、そして元の男性の姿に戻る。
白蛇は空へ舞いあがり日没近い西の空へと飛んでいった。
「運転手さん、起きてください、まずいですよ、ここ、駐車違反になりますよ」
「えっ、あっ、ここは?」
「疲れているんですか?ちゃんと目を覚まして、そして早く出してください。メーターが上がりっぱなしですよ」
「あっ、そうですね、大変だ、すぐに出しますね。えーっと、どちらへ行かれますか?」
「アパートまで」
「・・・」
ギンレイは菊次郎のタクシーで自宅まで送ってもらった。ライバルであり仲間となった新人ドライバー達はそれぞれの自宅へと帰っていく。夕日がビルのすきまからこの仲間達を照らしていた。タクシードライバーとして、地域防衛隊員として、社会に貢献するそれぞれの決意を夕日が明るく照らしている。
次週からは就職したそれぞれの会社でそれぞれが実務研修を受ける。地域防衛隊が社内にあるタクシー会社はみなタクシー協会に加盟している会社だ。だから、このライバル達はまた共に集うことになる。
*
夕日を浴びながら魔物退治で地域への貢献を誓うたのもしい仲間達ですが、タクシー乗務員のほうは大丈夫でしょうか。ミンクが言っていた「経済学」が少し気になるところです。次回は採用された会社での実践的な実務研修スタートです。