第一節 乗務員デビュー前 第二種免許の取得 その7
試験開始と同時に魔物達との戦いが始まる。精霊として魔物と戦いながら、人間として受験の本番に臨むが、掛け持ちはうまくこなせるだろうか。
第一節 乗務員デビュー前
第二種免許の取得 その7 運転免許取得 (最終回)
「まだ問題用紙は開かないでくださいね。時間になったら合図をしますので、それまでお待ちください」
試験官が会場内の受験生に呼びかける。
窓からスズメの精霊が入ってきた。一瞬、前に坐っている5人の「霊気」がこちらを気にする。
スズメは声に出さず、念を発してギンレイに呼びかける。
(ぴーよぴーよぴーよぴーよ)はじめまして私はスズリンです
(ぴーよぴーよぴーよぴーよ)はじめまして私はスズタンです
ギンレイも声を出さず、念を発して応える。
(スズリン、スズタン、はじめまして。私はギンレイです)
突然の来訪で試験の問題用紙の上に立ってではあるが丁寧におじぎをして挨拶をするので人間の姿では試験に臨む姿勢、精霊の姿ではスズメの二匹に丁寧にお辞儀する。
「それでははじめてください」
試験官が宣言し、黒板横の大きな時計が時を刻み始めた。秒針、短針、長針が12時を示していたが、秒針が静かに回り始めた。
(ぴーよぴよーよぴよぴーよ)ギンレイさんが無事に試験に合格するようみんなで様子を見にきています。
(ぴーよぴーよぴよぴーよぴよ)この建物の外に魔物の気配がしていますので事件が起きないように見張っているんです。
人間の姿のギンレイは問題用紙をめくって解答をはじめている。黒板横の大きな時計は1分経過すると長針がカチッと音を立てて動く。精霊のギンレイは思う。大王様を守る手稲山の精霊達はかなりの戦力だ。
頼もしいことだが試験に臨んでタクシードライバーになろうという自分がちゃんと試験を受けてちゃんと試験に合格するかどうか、様子を見に来なければならないほど彼らは不安なのだろうか、と思う。
(え?何か?)
くんくんくん
スズメ2匹が問題用紙の匂いを嗅いでいる。あのミンクからも注意を促されたがギンレイ自身もこの問題用紙には違和感をもっている。よもや国家資格試験の問題用紙に細工などされているはずもあるまいが。
(ぴーよぴーよ)
コンコンコン
問題用紙の4問目あたりをスズリンが突っ突くと文字が変形して問題の中身が変わった。
(はっ?何だ?)
違和感をもっていた問題のひとつだ。
「信号機のある交差点を右折する際、二輪車の飛び出しに説教をする杖をついた老人には感謝をするべきだ」
スズリンが問題用紙を突っ突くと、
「信号機のある交差点を右折する際には二輪車の飛び出しや歩行者の動きに注意するべきだ」
に変わり、杖をついたおばあさんが「ひひひ」と言って消しゴム大のサイズで問題用紙上に浮かび上がる。
(ぴーよぴーよ)緊急事態発生!
窓から数羽のハヤブサが入ってきてギンレイの机を取り囲むように受験生の机やら試験官の立っている教台などにとまる。普通の人間にそれらは見えないが、二種免許の試験に取り組む6名には何等かの形で感じ、見えている。はっきりとした姿として見えているかどうか、前に坐っている5名の実力がわからないが、何かうごめくものが教室内に居ると感じとっているのは間違いない。うごめく者達を気にしながら、人間の姿をしたギンレイを含め6名とも試験に集中している。精霊のギンレイが、
(応援ありがとうございます。ですが心配には及びません。試験中なので教室から出て・・・)
そう言いかけていると、ハヤブサの一羽が
(カカカカカ)
と超音波を放って「ヒヒヒ」と笑っていたおばあさんを攻撃して煙にした。キツツキのアカゲラが飛んできてギンレイの前に立つ。問題用紙をじっと見ていたかと思うと、
(コンコンコンコン)
次々に怪しげな問題を突っ突いては魔物達をあぶりだす。
「速度標識のない道路での最高速度は60キロだが、野生のチーターはそれよりも遅い」
野生のチーターはそれよりも早いのでそのまま解答すると✕だが、キツツキの突っ突きで魔物のチーターが現れ、横からハヤブサが攻撃して殲滅する。
(ぴーよぴーよ)(ぴーよぴーよ)
ここも怪しいよ、そこも怪しくない?とスズリン、スズタンが問題用紙を歩き回って怪しいところをキツツキに伝え、キツツキが突っ突いてハヤブサが攻撃する。
とてもありがたいことだが何となくギンレイは落ち着かない。人間の姿のギンレイは試験問題に集中しているが、精霊の姿のギンレイはあたりの受験生や試験官に変に思われないかハラハラしている。時計の長針がカチッ、と動くとビクッと鳥達が反応してそちらを向き、またギンレイの問題用紙を舐め回すように見る。
ふと気が付くと目の前、5番目の受験生に憑りついているモノが、その5番目の背中に現れ、スズメやキツツキをじっと見ている。憑りついているのはネコの精霊だ。ネコの手が出てきた。
バシッ
スズタンに向けてネコパンチを放ったがとっさにスズタンはよけて、スズリン、スズタンはネコに向かって、
(しーしーしーしー)
と、木の棒とうんちを両手というか、両羽に構えて威嚇をはじめた。次々にネコパンチが繰り出される。スズリンとスズタン、キツツキはその攻撃をかわしながら逆にネコに飛びかかり頭を突っ突く。
ネコは怒り5番目から「のそり」と出てきてギンレイの机の上で激しい攻防となった。横でハヤブサが、鳥達やギンレイを傷つけないよう超音波を放とうとしているのか、狙いを定めようと頭を左右上下に動かしている。
(仕方ないなあ)
ギンレイの目が光り、光るリングが発射されるとネコをとらえ、ネコと視線を合わせるとギンレイの目から渦巻の眩惑光線が放たれネコは眠気を催し、元の「5番目の背中」に戻っていった。
スズリン、スズタン、キツツキは、その様子を見届け、ギンレイに対してうなづき、再び問題用紙を点検する。
「タクシーに乗る乗客が火薬を持ちこむが50発以内の実包だったので乗車を拒まなかったが、拳銃を構えたので手を挙げた」
火薬類も発火する危険が無いものは例外的にタクシーへの持ち込みを許可できるし、拳銃を構えられたら手を挙げても差し支えないだろうから、これは〇でも正解であろうが、キツツキが問題用紙を突っ突くと拳銃を構えた魔物の男が出てきた。
(銀さん警告したでしょう?あの自動車学校には近づいてほしくないんです)
(村上さんですね?なぜこのようなことを。あの自動車学校には、何があるんですか?)
そう問答し始めたときに、ハヤブサが超音波を放って拳銃を持った魔物を煙にしてしまった。
ハヤブサとキツツキは顔を見合わせ、ギンレイを見てうなずき、問題用紙の点検を続ける。時計の針がカチッと鳴る。もう制限時間の半分を過ぎた。人間の姿をしたギンレイが焦り始める。スズリンがまた魔物の潜む問題を見つけてくれた。イラスト問題で、雨の日の通勤通学時間の路上。
「子供が水たまりをさけて道路に飛び出してくるかもしれないので減速する」
「傘をさした通行人が自動車に気が付いていないかもしれないので減速する」
「笠をかぶった虚無僧が尺八を吹いているので止まって聞き入る」
「対向車線で通行人を避けて中央線をはみ出してくる車を避けるため加速した」
ギンレイが得意とする「かもしれない」運転の問題だ。危機回避のためには減速はあっても加速はない。回答は〇〇〇✕でよいと思うが、三番目の問題をキツツキが突っつくと、
「傘をさした通行人が自動車に気が付いていたので水たまりはあったが加速した」
に変わったので〇〇✕✕にした。
鉛筆大の虚無僧が出てきて、しばらくギンレイに向かって尺八を吹いている。スズリン、スズタン、キツツキが、うとうとと眠り始めた。尺八の音色に催眠効果がある。虚無僧が尺八を吹くのをやめて、
(銀さん、警告したはずです、あの・・・)
虚無僧が語り始めたかと思うと、ハヤブサが攻撃して虚無僧は煙になる。
カチッと時計がまた針を進める。鳥達の協力はありがたかったが、違和感のある問題に対して第三者がこっそり指摘をする行為はある意味カンニング行為のような気がする。それに前にいたネコには迷惑をかけたし、他の受験生も迷惑しているかもしれない。
ギンレイは問題用紙に魔力をこめて、
(ケーン)
と念じると問題用紙は白い光に包まれに隠れていた魔物達は一掃された。
ハヤブサ達が教室から外へ出ていく。横にいたハヤブサに促され、うたた寝をしていたスズメとキツツキも外へと出て行った。
制限時間はあと20分。精霊であるギンレイは人間の姿のギンレイと一体となって試験問題に集中する。
前の5人が一斉に窓の方を向く。ギンレイも外の異変に気が付いて窓を見るとこの試験会場の2階と同じくらいの高さで、透き通ったうごめくものが外の実技試験コースの真ん中に立っている。だんだんと姿形がはっきりとしてきた。「安全地帯の標識」の魔物だ。青地に白いVの字。支柱から手足が出ていて指先に鋭い爪がある。Vの字からキバと真っ赤な舌が出てきて、「ヒャーッハッハッハッハ」と笑っている。
タクシーが走ってきて魔物を取り囲み、中から乗務員が飛び出してきてタクシーの扉を盾に例の超音波を発する銃で攻撃を始めた。魔物は口から熱線を放ち、走り回る隊員に腕を振り下ろして叩き潰そうとする。
試験コースには誰もいない。いまの時間、実技試験は行われていないようだ。トビやハヤブサなど鳥達は周囲に散って様子を見ている。窓際の受験生たちは答案用紙に向かって解答に集中しているが、2番目の受験生がどうにも試験に集中できないようだ。
カチッと針が動き、制限時間15分前になる。解答を終えた受験生たちが席を立って廊下に出始めている。2番目の受験生が席を立って外へ走り出して行った。
ギンレイは一通りの回答はすませて、最後の点検に入っている。間違ってよいのは10問。90点はなんとしても確保しなければならない。魔物退治は外のタクシー乗務員や鳥達に任せようと思った。
どうしても迷って解答の〇✕をつけられない「1問」がある。他は大丈夫と思われるが、合格を決めて早く乗務員の仕事に就きたいギンレイは念入りに解答を点検していた。ただ、外の様子が気になる。チラチラと外を見ていると、地域防衛隊は苦戦をしているようだ。なにせ相手は「安全地帯」だ。攻撃が届いていない。地域防衛隊の攻撃に対して「安全」に見える。
さっき走っていった2番目の受験生が窓の外に見えた。タクシーの横を超えて魔物に近づいて行く。
「どうしてこんなところで騒ぎを起こすのですか?」
魔物に向かって叫んでいる。
「真面目に免許をとって生活の糧にしようとしている僕達の邪魔をなぜするのですか?」
魔物に向かって叫んでいる。タクシー乗務員たちは攻撃をやめてその男を見つめる。魔物も口から熱線を放つのをやめてその男を見ている。
「いまは試験中です。ここから立ち去ってください」
しばらく黙っていた魔物だが、2番目の男へ二歩、三歩、近づいて行ったと思うと、
「あ、危ない!」
菊次郎が叫び、キタキツネの姿に変わると2番目の男に駆け寄りタックルして魔物が放った熱塊弾を避けようとした。熱弾を間一髪かわしたものの、爆発がおきてあたりは煙に包まれた。
「菊次郎!」
隊員達が叫ぶ。煙が薄れ、煙の中から白蛇が現れた。見るに見かねたギンレイが人間の姿であるギンレイから分裂して外へ飛び出し、2番目の男と菊次郎を、熱を帯びたその場から救いだして物陰に隠した。二人に意識はあったが催眠リングで眠らせ、ギンレイは菊次郎に憑りついて白蛇へ変身し、魔物と対峙したのだ。
試験の制限時間が迫っている。一気に片づけなければならない。安全地帯のマークを危険地帯のマークに変えようと思ったが、
「・・・?、危険地帯はどんなマークだったか?」
考えていると魔物が口から波動を放ってきた。
とっさに避ける。波動弾は運転免許試験場の建物に当った。魔物の放った攻撃は人間の造作物には直接影響ないが、建物が一瞬、ぐらりと揺れて、建物の中の人達が、
「地震か?」
ときょろきょろしている。
「・・・いかん、危険地帯のマークがわからない」
魔物が第二波の攻撃をしようと構えている。
ギンレイはタンクローリー等に設置が義務付けられている「危」というマークを念じて魔物の顔に貼りつける。そして、
「安全地帯に人がいるとき、その横を通るときは徐行しなくてもよい。〇か✕か」
そう叫んで、両腕をクロスさせ、
「答えは✕だあっ!」
✕の形でエネルギー弾を放つと魔物に直撃し、魔物は煙となって消えた。
菊次郎の白蛇が空へ飛んで去っていく幻影を乗務員達に見せつつ元の身体へ、菊次郎に戻る。菊次郎に憑りついていた精霊のギンレイは試験会場に戻った。
最後まで迷っていた問題の答えがわかった。路面電車の安全地帯そばを車で通過する際、人がいなければ徐行の必要はないが、人がいる場合は徐行をしなくてはならない。
回答を全て終わってちょうどカチッと長針が一回りしたところでブザーが鳴り試験は終わった。解答用紙と問題用紙が回収され、
「結果は電光掲示板で1時間後に表示されます。それまで解散とします。なお、二種免許受験の方については本日中に免許証を交付しますので、合格の方は電光掲示板の前で待機を、不合格の方はこちらの会場までお戻りください」
窓を見ると鳥達のほとんどはいなくなった。タクシーの乗務員達は気絶している菊次郎をタクシーまで運び、介抱をしている。2番目の男はコース外周の芝生の上で目が覚めて起き上がり、辺りをキョロキョロと見ている。2番目の男からは試験場建物から出た後の記憶がギンレイにより消されていた。
電光掲示板の前にある待合室へ行ってギンレイは何となくポーッとしている。2番目の男がやってきて、ギンレイの近くに坐っていたミンクに話しかける。
「ここで待機ですか?」
「ええ、そうみたいですよ」
ああ、そうですか、と言って2番目の男はため息をつきながら腰をおろし、
「何だかわからないけど試験会場から飛び出して外で寝ていましたよ」
と、言って「ハクション」と、ひとつクシャミをし、
「僕はねえ、長年板前をしていましてね、ずっと魚をさばいて人に食わせる仕事でした。でもね、なんかタクシーの仕事にあこがれて、定年退職を機会にタクシー会社へ応募したんですよ」
「・・・」
ミンクは聞いているのか聞いていないのか、だまって窓の外を眺めている。
「タクシーの仕事っていろいろなお客の相手ができて面白そうですよね」
3番目の男だ。ミンクの斜め後ろに坐っていた。
「僕はトラックの運転手やっていて少し疲れちゃって、物ではなく人と接したいとおもったんですよ。きっと色々なドラマがあるかなあって思って」
4番目の男がうなづいた。3番目の男の隣に座っていた。
「ああ、私もトラック乗っていたんですよ。毎日同じところをぐるぐるとね。荷物は愚痴も不満も言わないから精神的には楽でしたがね。タクシーはどうなのかな」
2番目の男が応える。
「社会貢献ですよね。タクシーって。身体の不自由なお年寄りとか、酒に酔った夜の客とか、奉仕の精神がないと続かないって聞きますよ」
5番目の男は3番目の男の隣に座っていたが、だまって前を見ている。憑りついているネコはよほどこの男に懐いているのか、試験会場から解放されて男にゴロゴロ、すりすりとしているところだ。
「そういえばさっきの騒ぎは何だったんでしょうね」
4番目の男がじっとギンレイを見て、そのあと2番目の男を見て、
「なんとなく会場内にざわついた感じを受けましたが」
4番目の男には霊力が備わっているようだがそれほど強い魔力ではない。おそらく一部始終を見てはいない。ギンレイのまわりと外の実技試験場に何かうごめくものを感じた程度であろう。ただし、この男からは悪気と邪気を感じる。
「魔物でもいたんでしょう。早くここから出て外の空気を吸いたいな。いろんな人が出入りしている。何がいてもおかしくないでしょう」
ミンクが前を見ながら後ろにいる4番目の男に聞こえる声で話す。
5番目の男が口を開いた。
「そうだね、これから免許を取る人の他にも免許の更新に来たとか免許の停止処分で来たとかたくさんいますね。人身事故を起こした人もいるでしょう。実際、私は人を撥ねちゃったことがありましてね。反省と自戒の日々でした。でも車の運転が好きでね。あえて2種とって、人を乗せて走る仕事に就こうと思ったんですよ」
4番目の男がうなずく。
「ほう、そうですか」
そのあとは5人とも無言になりときどき天井近くにある電光掲示板を見上げながら窓から外で始まった実技試験の様子を眺めている。
電光掲示板に合格者の番号が点灯した。第二種免許のワクには6つの数字が並んだ。受験した6名全員が合格していた。
6名は係員の誘導で⑮の窓口に書類を出し、写真撮影のブースを案内されて写真撮影後、しばらく待っていると名前がアナウンスされて、窓口からひとりずつ運転免許証が渡された。
ひとまずホッとした表情のそれぞれである。それぞれ翌日からタクシー協会での5日間の講習を受け、その後は就職したタクシー会社に赴いて更に5日間の研修を受けて乗務員デビューとなる。小学校の入学式までには乗務員デビューを果たせそうだ。
「よかったですね」
ミンクから声をかけられた。
「ちなみに危険地帯という道路標識は無いと思いますよ」
そういい外へ出て行くミンクの背中を見つめる。ひとまずの合格に胸をなでおろしながらもまだまだ自分は修行が足りない、と思うギンレイである。
第一節 第二種免許の取得 おわり
(第一節つづき 乗務員新入社員研修)
念願の運転免許を取得したギンレイ。タクシードライバとしてデビューする日は間近です。このあとは就職先の研修を経て自動車の運転ということ以外の「営業」ということについて学びます。魔物との戦いもこなしながら。
*このお話しは連載中の「しあわせのたぬき」
https://ncode.syosetu.com/n8347hk/
シリーズもの別編です。
*運転免許試験問題の問題文、模範回答は本節の内容と同一ではありません。
*運転免許試験場の受付方法、手順、席順等は時節や各自治体により異なります。
*野生動物の保護方法などは各自治体により異なる場合があります。
*このお話しはフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。