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しあわせのたくしー  作者: 月美てる猫
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第一節 乗務員デビュー前 第二種免許の取得 その3

精霊であり人間の姿を持つギンレイが自動車学校へ入学し免許取得のための講習を受けている。カリキュラムにはシュミレーター受講が必須科目となっていた。


第一節 乗務員デビュー前



第二種免許の取得 その3 シュミレーターの魔物



 精霊は食事をしなくても生きていれる。人間のような休息の仕方をしなくても疲れを癒すことができる。眠れないときは無理をして人間でいることはやめて精霊であるキツネの姿になり霊力を回復させる。「眠る」のも精霊にとっての霊力を回復させる方法のひとつだが、休むということ以外「心に栄養を与える」ことで回復をはかる。生身の動物達の元気な姿を見ることが一番のカンフル剤だがその他に、瞑想にふける、風にあたる、月や太陽の光を浴びる、森林浴をする、など様々な方法がある。生身の動物は嫌がるが、滝に打たれたり、降り注ぐ雨や雪を身体に通したりするのも鋭気を補うのに効果的である。


 ギンレイは人間の姿で暮らしているアパートから出て、近くの公園へ行き、芝生に座って夜半から降り始めた雨に打たれる。まだ身体に残っているカフェインを洗い流し、大地から海から空に舞った水蒸気の一粒一粒を感じとり、大地と海と空からのパワーを吸収する。雨に濡れた芝生に漂う草のにおいをかぎ、深呼吸して、


ケーン


 とひと吠えする。一斉に近隣の飼い犬が吠える。

「おっと、近所迷惑だったな」


 霊力を蓄えたギンレイはアパートに戻り葉っぱを頭に乗せると人間の姿に戻る。もう夜が明ける頃だが雨脚がますます強くなり外は薄暗い。しばらくアパートの一室で正座をして瞑想にふける。今日は午前中から自動車学校で座学の講習とシュミレーターを使った疑似体験講習が予定されている。人間の姿で少し雨にあたったので衣服が濡れていたが霊力で乾かし、立ち上がって洗面所へ向かう。昨日は寝不足でひどい顔つきだったがあの事務員の女性に心配をかけコーヒーまでごちそうになつていたこともあり、きりりとした顔に整えようと鏡に向かうと、


「ときにギンレイよ」


「うおおおおおおっ!」


 いきなり鏡一面に見覚えのある白いキタキツネの顔があり、のけぞるギンレイ。

「お、お父さん、どうしましたか・・・?」


「調子はどうだ、少し霊気に乱れを感じるが」

「い、いえ、そんなこと、順調です。お父さんのお陰でタクシー会社にも就職できそうです」

「免許は首尾よく取れそうか」

「は、はい、順調です」

「それならばよいが」

 背後に父ハクレイが経営するホテルのロビーが見える。ホテルのフロント横にある縦鏡で話をしているようだ。通りがかる従業員がちらちらこちらを見ている。

「タクシー会社社長の権左衛門にはもう会ったのか」

「いえ、まだですが」

「そうか、ギンレイすまぬが奴のチカラになってやってくれ。魔物を退治する組織を作ったようだが、まだぜい弱だ」

「はい、私もそう思います」

「うむ。・・・今日はそちらは雨だな」

「え、は、はい」

 窓の外を見るとまだ雨が強く降り続いている。

「そこから西の方で何か不穏な動きがないか?列車が見えるが駅の近くか。出かける前に立ち寄ってみてくれ。権左衛門の気配もある」

「はい、わかりました」

「陰ながらな、少しずつでいい、彼らがチカラをつけてくれたら我々としても心強い」

 鏡が元の鏡になった。ひきつった顔の若者が見える。外で雨に打たれて疲れを癒していたことはバレていなかったようだが、

「ああ、それと」

「あ、は、はい」

 鏡にまたハクレイが映った。

「風邪をひかぬようにな。春とはいえまだ肌寒い」

 鏡が元の鏡に戻った。「見透かされていた」と、少し反省する。


 精霊は生身の動物ではないし人間のような恒温動物でもない。物理的に身体を冷やすということはないのだが、人間の姿でいるときには風邪の症状は出るし、雨に打たれると「風邪を引くかもしれない」と念じれば霊力の減退を招き精霊の姿でも風邪を引いたような感覚になる。心を磨くことこそ精霊にとっては最大の鍛錬なのだ。


 このときまだギンレイは気が付いていなかったが、ギンレイは既に敵の術にはまっていた。人間社会に馴染もうとするギンレイが疑心暗鬼になり、信じるべきものが信じられず、信じてはいけない者を信じてしまうような高度な術だった。


 雨に打たれ、更に父親からの喝が入った。気を引き締めて自動車学校へ向かう前に事件の匂いがする鉄道駅へ向かう。人間の姿でアパートを出ると周囲に誰もいない、誰にも見られていないことを確認し、葉っぱを頭に乗せて、


ドロン


 羽のあるキツネに変身する。羽ばたいて、スウッと、空へ舞いあがると、すぐにその「現場」が目についた。雨の中、煙のように灰色の魔気が漂う。魔の気を発している源は鉄道駅の前を走る車道の地下、排水管を移動しているようだ。道路の両端、数十メートル間隔に設置された雨水舛の複数個所から煙のように魔気が立ち上っている。駅からその道路を渡ったところにスーパーマーケットの広い駐車場があり、タクシーが5台ほどとまっていて、タクシー会社のロゴを背負った乗務員が時折湧いて出てくるドロドロした魔物に狐火を放っている。この魔物は水溶性なためか狐火はほとんど効果がないように見える。タクシーの乗務員は精霊であるがあたりの人間達にその姿は見えない。

 道路は冠水している。時折通る乗用車が、水しぶきを激しく巻き散らして通過する。排水管の魔物が配管を詰まらせているようだ。霊的な者でありながら人間の造作物に触れることができるようだ。通勤通学の時間、あたりの人間達が水浸しの道路を歩きにくそうに駅へ向かっている。

 ギンレイは姿を消してタクシーの陰から様子を見る。隊を指揮っている少し小太りの乗務員が葉っぱを頭に乗せてキタキツネの姿に変わると、他の隊員たちもそれに習いキツネの姿になる。それぞれ腰から銃のような者を構え、

ケーン、ケーン、ケーン

 と、超音波を発射している。口から超音波を出せるはずだが、飽くまでも地域防衛隊のスタイルで魔物達と戦いたいのだろうか、少し人間染みた様相だが隊長の趣味だろうか。口から出る超音波を銃を通じて敵へ放っている。

 超音波はこの魔物には多少の効果があるようだ。排水升からドロドロの身体をうねらせながら高さ20メートルもの全身をあらわにすると、キバのある口のようなものが現れ、

シャーーーっ

 と叫びながら、ヘドロのようなものを吐き出す。ひとりの隊員がヘドロに囚われ身動きが取れなくなった。

「菊次郎!」

 隊長らしきキツネが叫び、口から波動を放ちながら、菊次郎と逆の方向へ走りながら魔物を攻撃する。他の隊員も菊次郎から魔物を離そうと隊長と同様の方向へ走る。魔物は菊次郎に背を向けて隊長たちを攻撃する。魔物がヘドロを地面へ向けて

 シャーーーっと吐きだすと、隊員たちは足をとられ動きが鈍くなる。2名の隊員は転んで、道路上仰向けに、うつ伏せに倒れ、もがいている。魔物がその2名に照準を合わせたのか、身体から長い腕を出して叩きつけようとする。

 とっさにギンレイは倒れてもがいている菊次郎に憑りつき、タクシーの陰へ瞬間移動して隠れ、菊次郎は羽の生えた白蛇へ変身した。白蛇は高く舞い上がり、上空から、

ドン!

 波動弾を放って魔物をたたきつぶす。ドロドロの魔物は道路いっぱいに薄く広がり、複数個所の排水升へ流れこんで、逃げようとするが、白蛇は道路へ舞い降りると、

 口を道路につけて、

ズィーーーっと、

 魔物を吸い込む。魔物を吸い込んだ白蛇は腹がパンパンに膨らむが、身体を空に向かって立たせ、

ブオーーーッ

 と魔物を炎に変えて空へ吐きだす。

 道路はキレイになった。雨は小止みし東の空から朝日が差し込む。

 畏敬の念で隊員たちが白蛇を見る。白蛇は、飛び立ち、東の空のかなたへと去って行った。眩しそうに白蛇を見送る隊員たち。ギンレイは飛び去る白蛇の幻を隊員たちに見せながら、タクシーの陰で気を失っている菊次郎から離脱すると、人間の姿になり、

「おっと、遅刻しそうだ、急がねば」

 そう言ってその場を立ち去った。


「おはようございます」

 そう言いながらギンレイは自動車学校のフロントで受講証を預かる。そのギンレイに河合が、

「よかったです。お元気そうですね」

 霊力が元に戻り、父の言いつけどおり「地域防衛隊」の手助けもした。すがすがしい気持ちから明るい挨拶の言葉が出て、そんなギンレイの顔を頬を赤くしながら河合が見つめる。ただし、少し済まなそうに、

「今日はシュミレーターの講習が2回も入っているんです」

 という。シュミレーターは疑似体験のシステムであるが、見た目はゲームセンターにあるようなレーシングマシンのようなものだ。アクセルペダルもハンドルもブレーキもある。少しハンドルやブレーキペダルの操作が雑になると画面が揺れるため乗り物酔いの症状を訴える生徒が多い。

「気分が悪くなったらおっしゃってくださいね。教官が代わりに運転をして解説をしますから、無理しないでくださいね」

 心配そうにギンレイを見つめる河合だが、初日にシュミレーターに乗った時にギンレイは乗り物酔いの症状が出る以前に「かもしれない」運転で悩んでいたため、画像を前進させることができなかった。教官も河合もギンレイが気分が悪くなって画像の車を進めることができなかったと思っていたようだ。

 

 シュミレーター室に行くと2台の機械があり、一台にはミンクが先に腰を掛けていた。並んでもう一台の機械に坐る。


「朝から大変でしたね。でもさすがです。あのくらいの魔物ならば余裕ですね」


 どうやらミンクはギンレイが魔物を退治した一部始終を見ていたようだ。ミンクが見ていたとは気が付かなかった。やはりこのミンクはそれなりの霊力を備えているようだ。


「でもこのシュミレーターというやつも少し厄介ですよ。何も起きなければいいのですが」

 シュミレーターに坐りハンドルを手にする。まだスイッチがONになっていない。画面は真っ暗で、特に怪しい気配はしていない。

「人間はさすがです。仮想の世界を造作できるのですから。バーチャルリアリティの世界にも霊的なものが生まれて、リアル世界へ飛び出して活動する、なんてこともあるのかもしれませんね」


 人間から派生する精霊や魔物はいるが、人間がコンピューターの世界で作り出すものに命が宿り、悪気をまとい、生身の生き物に攻撃をしてくるとしたら、我々精霊は迎え撃つことができるのだろうか。それはそうと、ミンクはこのシュミレーターにもその類のものが居ると思っているのだろうか。そのあたりを聞こうすると、教官が入ってきて、

「準備ができたらキーを回して画面をスタートさせてくださいね」

 と言う。


「銀さんはあまり慎重になりすぎないようにね。乗客が行きたい場所へお客様から言われたコースを通って時間までに、安全に快適にお連れできる努力をしましょうね」


 二種免許講習のシュミレーションには乗客を乗せるシーンがある。シュミレーターの課題終了後には、ブレーキや急ハンドルにより乗客の身体にかかる「G」の指数が表示され「もう少し丁寧な運転をしましょう」などという批評がされる。

 前回は、急に飛びだしてくる子供やトラックの横から突っ込んでくるバイクに驚いて、そのあとは「かもしれない」「かもしれない」で一歩も前へ進むことができず、教官を呆れさせた。今日はお客様を安全に快適に、を意識して取り組もうと思う。


「実地と思って取り組んでくださいね。発進するときは後方をミラーで確認するんですよ」


 街中の歩道わきに止まったタクシーの中、運転席の画像が出る。マシンに坐っているギンレイはマシンに備え付けられているハンドルをにぎり、ウィンカーをあげる。画面にある運転席のミラーを見ると後ろからバイクが追い抜きをかけてくる。やりすごしてからハンドルを切って発信する。すぐに信号のある交差点にさしかかるが、歩行者用信号機の青が点滅しているので減速をし、無理に交差点を通過しない。道路の信号は黄色信号となり横断歩道前で停止する。シュミレーターの画面は三面鏡のようになっていて、左右の景色も流れている。信号が青になり交差点を超えると女性が前方の道路脇で手を上げているのでミラーで後方を目視で左の窓を確認する。自転車などが路側帯を走っていないか確認の上、女性が乗車しやすい場所で停止する。乗車してきた女性は運転席のルームミラーに「映って」いる。ギンレイが「どちらまで参りますか」と問いかけると、「桜木町までお願いします」と女性が応える。直進すると青看板が見え、青看板の表示に従って右折をし、桜木町を目指す。住宅街にさしかかると子供が二人、並んで路側帯を歩いているので徐行していると、反対車線の路側帯を歩いていた子に向かって二人が走り出したので車を停止する。やれやれと思って発信すると、こちらが優先道路にもかかわらず交差点の左から車が横断してきてガツンとぶつかる。


「銀さん、この道路はこちらが優先道路とは限りませんよ。交差点の道路の幅をよく見てください。こちらの道路も横の道路も、同じくらいの太さですよ。その場合は、どちらが優先ですか」

「はい、左から来る車が優先です」

 

 ピュアなギンレイはこの仮想の世界にのめりこみ猛反省をしている。

「直進しているこちらが優先道路と決めつけていたのはとんだ思い上がりだった。ぶつかった車の運転手に、どう話をしたらよいか」などと考える。ギンレイが反省して前進するのをやめ、停車していると、ぶつかった相手の車から運転手が出てきて、「一緒に交番へ行きましょう」と言っている。「交番の場所はどこかご存じでしたか」と聞くと、「では私についてきてください」と言う。


「気を付けてください、一緒に交番へ行きましょうなどと言っていませんよ」


 先に「桜木町」までお客を乗せてシュミレーションの課題をこなしたミンクが隣の運転席からこちらを見ている。ハッとして画面を見るとぶつかった車は消えていて、まっすぐな道が続いている。ななめ後ろを見ると教官がイライラした顔をしている。気を取り直してシュミレーションを続ける。桜木町まで着いて「ドアにご注意ください」と言って乗客を降ろそうとするが、乗客の女性が「首が痛い」というそぶりを見せる。


「その女性も怪しい。相手にしないことです」


 ミンクがまたそういう。振り返ると教官が「何をやっているの?」という顔をしている。教官には後部座席に座っている女性が代金の清算を終えて車を降りたように見えているが、ギンレイには後部座席に座ったまま薄ら笑いを浮かべる乗客が見えている。そのうち、さきほどの子供やバイクに乗った若者、ぶつかった車の運転手などが集まってくる。画面の中で雨が降り出してきた。道路わきの排水口からドロドロの魔物が沸いてでききたのを見て、ギンレイはマシンの席に座っている人間の姿をした自身から分裂して画面の中に飛び込むと白蛇の姿に変わり、口を道路につけてズィーーーっと、魔物や乗客や子供や運転手を吸い込み、果ては車も道路も信号も街並みも全てを吸い込む。白蛇は腹がパンパンに膨らむが、身体を空に向かって立たせながら、

ブオーーーッ

 と画像の全てを炎に変えて空へ吐きだす。道路はキレイになった。画面も真っ白になった。


 画面の向こうから白蛇が「どんなもんだ」と得意気にミンクを見ている。


 分裂して画面に入っていたギンレイは画面からはい出てきて人間の姿をした自分へ融合する。


「さすがですが、プログラムが全部ディレイトしてしまいましたね」


「えーっ、どうなっているの」

 教官の目にはギンレイが画面の中で活躍している姿は映らない。ただ画面が乱れて真っ白になっただけである。教官があれこれシュミレーターを再起動させたり、主電源を切ったりとしていたが、画面は復活しなかった。その日、シュミレーターの使用は中止となり、教本を見ての座学となる。


 ギンレイの目にもミンクの目にも、人間がつくる仮想現実の世界は荒っぽくてお粗末なものに見えた。客観的に見て精霊と仮想現実の世界に生きる者は似て非なる者、といったところだろうか。仮想の生き物には心がない。そして100ボルトの電気や蓄電池など、外付けのエネルギーを必要とする。プログラムの理屈も人工知能のつくりも理解はできないが、存在を消そうとするならば根こそぎ、媒体ごと消すだけのことである。

 ただ、将来的に人間が作る仮想の生き物も画面や半導体から飛びだし三次元的な生き物になり、また、心を持つものも現れるのかもしれない。精霊は半永久的に生き続けることができる。何等かの「人生」の目標なり目的なり、生きる楽しみのようなものは必要で、それを失ったときに消滅する。生き物は肉体が滅びると死ぬ。だが誰かの記憶の中で生き続けることができる。仮想の生き物は電力の供給が滞れば活動できないし、「記憶」も端末操作で消去ができる。時に人間や魔物は悪気を持ち、精霊や生き物から生きる楽しみや記憶を奪おうとする。仮想の「生き物」に対してもそうだろう。だが、もしもその仮想の生き物が人間の手を離れ、媒体からも離れ、電力の供給も必要としなくなったとき、その生き物は精霊か魔物になるのかもしれない。

 いまこのシュミレーターに出てくる魔物達についてはそれほどの強さもエネルギーも感じない。


「人間のつくるものはあなどれませんよ。後味が悪かったら塩水をなめるといいですよ」


 ミンクはそう言ってまた外のコースをながめながら帰っていく。


 受講証をフロントに返すと河合がすまなそうに、

「さきほどはトラブルがあったようで申し訳ありませんでした」

 と言う。ギンレイは、

「いや、あれは私が悪かったんです」

 そう言うと、

「いえ、銀さんは何も悪くありませんよ。機械のことですから。でも、私のせいかもしれません」

「え?」

 河合が少し困ったように、

「あの中に出てくる女性客、私に似ているってよく言われるものですから」

 そういえばそうか、と思うと少し寒気を感じる。まさかこの事務係さんが仮想の世界から飛び出てきた魔物・・・、いや、そんなはずはないと思いながらついじろじろと河合を見つめていると、

「あの、そんなに見つめられると画面に逃げ込みたくなります」

 そう言って顔を赤くする。


 生き物には心がある。計算されて作られる仮想の生き物には持ちえない真心というものだ。


 自動車学校を出て、タクシー会社に立ち寄ると、菊次郎がソファに横になっている。事務職員の澤本がキツネの姿で葉をデスクに並べてせんじ薬を作っては飲ませているようだ。

「魔物の毒が身体に回っているのかなあ。私の作った薬じゃだめみたいなの。タヌキさんにタヌ仙人を紹介してもらおうか?」

 タヌキ達が祈祷をしてもらったという仙人が、八剣山にいるらしい。祈祷もいいが、キツネの精霊が魔力を使って作る薬草はどの動物型精霊も認める最高品質の薬なのだが。ギンレイが菊次郎に声をかけてみる。

「菊次郎さん、新人のギンレイです。大丈夫ですか?」

 と聞くと、菊次郎は驚いて起き上がろうとする。会社では立場的にギンレイは後輩だが、精霊界としては偉大な先輩だ。

「ああ、安静にしていてください」とギンレイが制すると、少しねぼけたような声で、

「・・・魔物の毒を浴びたわけではないので、少し寝たらよくなると思います。でもなんだか口の中が魔物っぽくて。ねばねばの魔物を飲み込んで吐き出した夢を見ました」

「仮想の体験をしたようですね。でも夢は夢ですから大丈夫ですよ。あ、そうだ、塩水を舐めるとよいかもしれませんよ」


 ギンレイは菊次郎に憑りついたが魔物を吸い込んだのは菊次郎であった。菊次郎には少し済まないことをしたが、ギンレイは菊次郎には思い入れがあり一人前のカムイに育てようと思っていた。そして地域防衛隊には脆弱な霊力を補う仮想現実の戦士をつけようとギンレイは考えていた。



人間社会と精霊界は、仮想と現実の裏表です。ギンレイは精霊として人間として自分を見失いかけていましたが、魔物と戦う仲間たち、客として車に乗る人間たちとの触れ合いで自分自身を見つめなおしより強いカムイへと成長していきます。次回は免許取得前の路上テストに臨みます。

 

*連載中の「しあわせのたぬき」 https://ncode.syosetu.com/n8347hk/

 第四章から第五章の間の約15年間に起きたことをシリーズとして投稿したエピソードのひとつです。 


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