第二節 最初の客 その5
乗務初日も後半に入り、タクシー乗務の難しさをひしひしと感じるギンレイ。うらはらに「不穏な動き」がギンレイを追っている。
*このお話しは連載中の「しあわせのたぬき」
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シリーズもの別編です。
第二節 最初の客
その5 わかりにくい客
「やっぱり歩いて行こうかと思うの」
「そうですか・・・」
精霊達が「大王」と敬愛し絶えず見守っている人間の子供が小学一年生になる。
その母親はるかに「タクシーをご利用になっては?」と勧めたのは近隣の山に住む鳥達だった。
いつものようにベランダの手すりで辺りの警護をしていたハヤブサのピョンと、伝令役でカモメの姿をしたカッちゃんを右左と交互に見て、はるかが申し訳なさそうに、
「滅多に使わないタクシーに乗って初日から学校へ登校って、なんだか違うなあって気がしてきたの」
カモメとハヤブサが目をパチクリしながら息を止めてはるかを見る。
「一生の思い出になる日だから『みんなで』タクシーって思ったんだけど、でも、一生の思い出になる日だからこそ、自分の足でしっかり歩いて行ったほうがいいかなって・・・」
はるかが申し訳なさそうに言う。
「ほら、タヌキ達が手稲山へ修行に行った最初の日も早起きして歩いて行ったでしょう?そのあとも手稲山へ行くときは朝起きて、歯磨きして、顔を洗って歩いて出かけていたでしょ?」
カモメとハヤブサはそれぞれまばたきを一回だけして、ごくりとつばをのみこんでじっとはるかを見る」
「ごめんなさい、せっかく手配してくれていたのに・・・」
済まなそうにうつむくはるかを見て、カッちゃんとピョンはハッと我に返ったように、ブルブルと顔を左右に振り、ピョンが、
「いえ、大王様のお考えになった通りで間違いございません」
カッちゃんが
「はい、歩くのは私も好きです。みんなで歩きましょう」
はるかが、
「ごめんなさい。でもありがとう、みんなが見守ってくれてとても心強いわ。タクシーの運転手さんにはよろしく伝えてください」
そう言ってはるかは深々と頭を下げる。
ピョンは急いでマンション6階ベランダから街へ飛び出してギンレイが所属している会社から駅へ、更に繁華街へ向かう。
ギンレイを仲間のハヤブサやトビが常に監視をしていた。今日のギンレイの動きは会社から出発して一本道を行ったり来たりし、更に、公園へ立ち寄ってから元の道に戻って前を走行中の車から炎を浴びせられ、また元の道に戻って今度は駅へ向かい、路上の人間を乗せて駅近くのビルで降ろし、更に同じビルから出てきた男を乗せて回り道をしながら繁華街へ向かい、次に乗せた魔物が指示したと思われる目的地を間違えて魔物に八つ当たりのような形で気絶をさせた風に見えたところまで、詳細に記録している。
大王を見守る鳥達にとって、車両にプリントされた精霊が火を吹いたり、魔物が乗車して悪ふざけするなどのことは全く関心が無く、ギンレイの乗務員としての実力がどのようなものかが関心事であった。経路を間違えて慌てる姿に関しては、
「初日にして少しパニック気味かもしれません」
と、いうトビの鳶雄からの報告に、
「そうか、もう少し様子を見るか。もしかしたら大王様には歩いて登校していただくほうがよいのかもしれない」
そうピョンはつぶやく。
鳶尾が思い出したように、
「気になることがひとつ」
「気になること?」
「はい、ずっとギンレイさんの車両を追尾しているタクシー車両があります。運転手は人間の姿をしていますが、人間ではないと思われます」
ピョンと鳶雄が近くのビル屋上へ上がり、
「あの車です」
鳶雄が羽指す車を見る。
「もう一台は同じ会社のキタキツネか?」
「はい、魔物の乗客を乗せてススキノで気絶させたところから同じ会社の車両がギンレイさんを追跡するようになりましたが、それ以前から、駅前のビル付近からここまであの車がずっとギンレイさんを追っています」
「・・・あれは、オコジョか、いや違うな、イタチでもない、何だ?」
ギンレイも3999号車も、初乗務に専念するあまり後ろから精霊が運転するタクシーにつけられていることに全く気が付いていなかった。
ギンレイはススキノ界隈での営業には自信が持てないため、一旦、市内中心部の外側を巡回して乗客を掴むことにした。3999号車からのアドバイスだった。
「繁華街は一方通行路が多いですし、ビルからビルへ移動する客が多いので少し乗務に慣れてから入った方がいいです」
ギンレイは素直に同意した。タクシーに乗り慣れた乗客は「どこどこビルまで」と、建物の名前で指示する。まだ乗務一日目の新人としては、ビルの名前も、ビルがどの向きに建っているかも、ビルの前が一方通行かどうかもよくわからない。
「繁華街の外側には、繁華街へ向かう人も、繁華街から郊外へ出る人もいます。繁華街の真ん中に比べて少し効率は悪くなりがちですが流し営業をしていれば無線を期待できます」
という。
ププー ププー ププー ププー
無線が入った。
『大通西14丁目 コンビニエンスストア前にて高橋様 男性 バス停手前にて待ちます』
大通公園は西1丁目から西12丁目まで、公園をはさんで南北にビルが立ち並び商業施設が多くありオフィス街でもある。北へ5条ほど進めば札幌駅があり、南へ5条ほど進めばさきほどの新宿通りがある。3999号車はその外側を流して乗客を掴む策をギンレイに提案し、それが当たった形だ。大通り13丁目付近を南から北へ流していたギンレイは直ちに14丁目へ向かう。
14丁目のコンビニエンスストア前に立っている男性前へ3999号車をピタリと寄せてドアを開くと、男性が乗車してきて、
「電話で注文した高橋です」
と、自分から名乗り、
「北5条西14丁目までお願いします」
と、言って自分からシートベルトを着用している。
「かしこまりました。5条14丁目ですね、それでは出発します」
大通を起点に南は南1条から30条まで、北は北1条から北49条である。今いるのが14丁目で目的地も14丁目だから、大通りから北へ5条ほど進めば目的地につく。「真っ直ぐ進んで行けばいい」そう単純に考えるが、ネズミが出したナビの地図によれば、進行方向が行き止まりのT字路になっている。14丁目の道路は真っ直ぐ南北に通っている道ではなかった。
「お客様、このまま直進しますと、北4条の敷地で行き止まりとなりますので・・・」
「ああ、どこかで右折して行ったらたらいいよ」
「はい、かしこまりました」
ギンレイは北3条まで14丁目の通りを進んで右折をし、13丁目の通りに入って左折で北5条の通りの手前に出た。次にここを左折をして再び14丁目に戻るつもりで乗客に確認する。
「お客様、左手に5条14丁目の一角が見えております。このまま左折で進んでよろしいですか」
「え、どこ行くつもりなの、東14丁目だよ」
「は?北5条の西14ではなくて」
「おいおい、北5の東15って俺、言ったよね?」
「は、はい、そうですね、このまま右に折れて東区へ向かいますね」
「えーっ、急いでいるんだ、頼みますよ、東8丁目まで行ったら斜め通りを通って15丁目へ向かってください」
「かしこまりました」
(西14丁目って言ったよな?)
ネズミが、
(はい、確かに)
3999号車が、
(お客様が西とか東とか言わないことはよくあります。それと西と東を言い間違える人もたまにいます。だから復唱して確認が必要なんです)
(そうかあ・・・)
乗客が不機嫌そうにため息をついている。
3999号車が
(やっちゃいましたね)
ネズミが
(大丈夫です、かろうじてまだ遠回りになっていませんから)
遠回りにはなっていないが、北5条通りは札幌駅の前を東西に走る道路で比較的混み合う。東へ向かうのであれば、大通りから北上する際には、北5条まで行く手前、北1条で右折して東へ向かうのが正解であった。ネズミが、
(申し訳ありません、お客様が言っていた斜めの通りがよくわかりません)
赤信号での停止が連続する。札幌駅周辺は歩行者も多く、右左折の車両も多いため時間帯によっては信号待ちが多くなる。信号待ちでイライラしているように見えるが、後部座席の乗客へ「斜めに入る道」を聞こうかと、ルームミラーを見ると、
(ん?菊次郎か?)
すぐ後ろに続いて信号待ちをしているKTタクシーの運転手が菊次郎とわかると、念を送る。
(菊次郎、さん、同じ方向ですか?)
(や、その、すみません、澤本さんからの指示で、ギンレイさんが心配だからついて行ってとの指示でして・・・)
(菊次郎、8丁目から斜めに入って北5条の東15丁目へ行く道があるのか?)
(ええ、東8目丁目から東15丁目へ行く斜め通りはありますけど、斜めに進むことによって北5条ではなく、北13条まで北上しますが・・・)
「あの、お客様」
「ん?」
「目的地は北5条東15丁目でしたか?」
「違う、北15の東15」
「かしこまりました」
札幌駅前を東に進んで東8丁目通りにさしかかり、
(ギンレイさん、そこを斜めに右折です)
(了解)
信号の少ない斜め通りで東8丁目から東15丁目へ北東へ進み、北15条の交差点へさしかかると、
「ここでいいよ」
そう言われ、料金の清算をして「ありがとうございました」と言いながら乗客を降ろす。ギンレイはフーッとため息をつき、後ろに車を停車させて降りてきた菊次郎に向かって運転席の窓を開き、
「行先の復唱が必要なんだな・・・」
「あ、はい、西と東の間違いですね。僕もたまにあります。お客様の言い間違えなら万が一トラブルになって裁判沙汰になったとしてもドライブレコーダーで運転手に非が無いということになるのですが、行先の確認と途中途中の経路確認を怠っていなかったか、ということは問われるようです。だから、僕はドライブレコーダーにもはっきり声が残るように、条丁目の復唱をしています」
結局のところ「どの道を通りますか」と「条丁目の復唱」をしっかり行っていなかったことによるミスと、ギンレイは謙虚に反省してうなだれる。
菊次郎が、
「ギンレイさん、でも、大丈夫ですよ、距離的には遠回りにはなりませんでしたから」
と、慰めながら、
「ところで・・・」
と、ちらりと目を後ろにやる。
「ああ、そうだな。菊次郎さんが後ろについてくれたおかげで周囲を見渡す余裕ができた。あの車とあの鳥だな」
「はい」
「鳥は問題ない。知り合いだ。あの車の主はいったい誰だろうな?」
「見たことがない精霊です」
「ああ、私もだ、です。初めて見る精霊です。だが心当たりはあります」
ギンレイ達の気配に気が付いたのか、100メートルほど離れたところに停車していたタクシー車両が左折をして姿を隠す。
「どうしますか」
「今日は営業に専念したいんだ。放っておこう。菊次郎さんありがとうございました。菊次郎さんも自分の営業に専念してください」
「ギンレイさん大丈夫です、・・・か・・・」
大丈夫ですかと言った「先輩乗務員で精霊界の後輩である菊次郎」をギンレイが鋭くにらみつけたわけではなかったが、菊次郎は「新米乗務員ギンレイ」の初乗務にかける意気込みのようなものを感じとり、
「わかりました。何かありましたら無線を通じて呼び出してください」
そう言ってギンレイの車を追い越して8丁目通りを進むと、前方でさっそく手あげの乗客を捕えている。
「やりますね、菊次郎さん」
3999号車がつぶやく。
日勤の営業時間終了まであと3時間。終盤にガススタンドで燃料補給をしてから会社に戻り、洗車をして現金の清算をしなくてはならない。とりあえず、会社の方へ向かいながら無線と手あげの客を掴むことに執着する。
3999号車が、
「この時間は飲食店などて働いている夜間シフトのアルバイトやパートさん、スーパーの買い物客、会社へ戻る営業マン、午後の診察を終えた病院の患者などです。この近くの商店街で流すか、ショッピングセンターの乗り場で待つのがいいと思います」
ショッピングセンターにさしかかると、タクシー乗り場に4台のタクシーが「付け待ち」をしている。
「以前のパートナーだった内藤さんはせっかちだったので、3台以上が並んでいるところには付けませんでした」
「なるほど、自分で基準を決めていたんだな」
「ただ、人間のドライバーは休憩がてら停車している人も多いようです」
付け待ち、あるいは乗り待ちと呼ばれる営業は乗客がいつ乗ってくるかわからないので時間のロスと考える運転手も多いようだ。ショッピングセンターの出入口も必ずしもタクシー乗り場に近いとは限らない。乗客としても、乗り場まで歩くより外の道でタクシーを拾った方が早いと考える人もいるのだ。せっかく乗り場で長時間お客が付くのを待っていても、目の前30メートルの車道で手を上げた客を拾う流しの車両を見て悔しい想いをするくらいなら、ショッピングセンターのまわりで流し続けて乗客を獲得した方が時間のロスが少ないと考えるドライバーが多い。
但し、労務上車両を一定時間完全停止しての「休憩」が必須であることから、その「付け待ち」を休憩時間に変える考え方もある。付け待ちを休憩時間とみなしてよいかどうかは各会社によって見解が異なるようだが。
ショッピングセンターの駐車場内に入ってタクシー乗り場で4台目の後ろに停車する。すると、前の3台に次々に乗客が付いて、前から2番目になった。
3999号車が、
「これは期待できますね」
という。
ネズミがナビに内蔵されている地図で近隣の道路を細かくチェックしている。ふと、ショッピングセンターの屋上のアンテナにとまっているトビを見る。
「あのトビ、どこかで見たことがあるような・・・」
3999号車が、
「あれは鳥に見えますが、人間ですよね」
「ああ、そうだな」
「3999号車もどちらかといえば人間なのか?」
「それは私にもよくわかりません。人間の想いのようなものが籠っているのは確かですが」
「ネズミは家族がいるんだったな?そういえば名前は?」
「名前は・・・」
ネズミには名前があった。しかしそれをあえて口に出さないようにしていた。その名前を認めることが恐かった。自分の名前に隠された運命が真実になることを恐れていた。
「名前は特にないんです。そうですね、お近づきのしるしにフレンドとでも呼んでいただけたら」
「そうか、いいな、よし今日からお前はフレンドだ」
3999も嬉しそうだ。
「よかったな、フレンド」
ギンレイが、
「3999号車も何かセカンドネームをつけたいな」
「いえ、私は3999ですから」
「まあ、そういうな。3999だから、サザンガキューでどうだ」
「勘弁してください」
ネズミが、
「じゃあ、サザンクロスは?」
「・・・」
ギンレイが、
「おっ、いいじゃないか、3999_サザンクロス号、どうだ?」
「・・・」
3999はまんざらでもなさそうだ。照れているのがわかる。ニシン達がうんうんとうなずきながら車内を泳ぎ回って、十文字の形に並んだ。それを見てフレンドが、
「サザンクロスって、南十字星ですよね。一度見てみたいなあ」
サザンクロスが、
「タクシーやっているとこの近辺しか見れなくて。たまに遠距離のお客様に当たると嬉しいんです。南十字星を見るのは夢のまた夢ですね」
ギンレイが、
「何をいう、乗務に慣れたら遠距離のお客もどんどん取るぞ。南極にだって行ってやる。みんなで南十字星を見に行こう」
「ようし」「頑張りましょう」
付け待ちをしながらテンションが上がる3999車内である。順番待ちは消化されて一番前になると、ほどなく男性客が入ってくる。
「いらっしゃいませ、お客様、どちらへ参りますか」
「うーんと、とりあえずそこまで」
「・・・」
認知症気味のお客様だ。帰り道がわからなくなるお客様。マニュアルではどうしても行先が特定できない場合は警察に届けることになっているが・・・。
3999号車から数えて3台目に付け待ちのつもりであろうか、ギンレイの後をつけてきたタクシーが並んでいる。やや悪気の混じった霊気を感じる。人間の姿を持った動物の精霊だ。
イタチのような姿、ミンクかもしれない。ただし、「あのミンク」ではない。
*
行き先未確認の乗客が続きます。そして、敵か味方か、未確認の追跡者が姿を現します。
*このお話しは連載中の「しあわせのたぬき」
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シリーズもの別編です。




