第二節 最初の客 その4
乗務員デビュー初日の試練は続く。地元の道をよく知っている乗客にはある種の「こだわり」がある。それは乗務員が乗客からうまく聞き出すほかはない。相手が魔物のような客である場合はなおのこと、丁寧に落ち着いて聞く必要があるのだが・・・。
*このお話しは連載中の「しあわせのたぬき」
https://ncode.syosetu.com/n8347hk/
シリーズもの別編です。
第二節 最初の客
その4 一方通行路の客
直進してきた幹線道路を進むと人通りも車も多くなる。信号で停車することが多くなりメーターの金額が上がっていく。月曜日だからだろうか、
「今日は込んでいるわね」
と、乗客がいらだっている。信号待ちの最中にビルの条丁目を地図で確かめる。地元では有名なビルなのだろうか、地図に「北成ビル」とあり、駅前一区画の全部を占めているように見える。このまま真っ直ぐ進んで行けばよいのかと、単純に思ってしまう。
鉄道の高架をくぐって右手に駅の広場を見て、
「入口はその区画の向こうなんですけど」
現地に着くと地図の通り、その区画前には交差点があるのだが、右折禁止の標識がある。目的地の北成ビルは右手に見えるのだが出入口が見えない。つまり、正面玄関は右手区画の向こう側にあって、区画手前のこの交差点を右折して更に左折をしてビルの前に車をつけることができたらよかったのだが、この交差点は右折禁止のためそれができない。更に、この道路上でのUターンをすればよいかと思うのだが、転回禁止の標識があって、Uターンもできないため、
「お客様、この次の交差点で左折を繰り返して目的地へまわりこんでいきたいと思うのですが」
と言うと、
「もういいわ、ここで停めて」
「かしこまりました」
道路の左側に停車して料金1,070円をいただく。乗客はレシートを受け取りながら、
「あなた、新人さん?」
「はい、今日が初めての乗務です」
「あら、それなら仕方ないかもしれないけど、普通、線路をくぐる前に右に曲がって、それから左に曲がってビルの前につけるの。ちゃんと学習してね。私が言わなかったのがいけなかったのかもしれないけど」
そう言って不機嫌に3999号車を降り、乗客は交差点まで戻って青信号の横断歩道を渡り、更に区画の向こう側へと歩いて行くのが見える。歩いて行って角を曲がって、ビルの入口までたどり着くのにここから200メートルはあるだろうか。
「やっちゃいましたね」
3999号車がつぶやく。
「私がちゃんとしていたらこんなことには・・・」
ネズミが反省している。
直線道路上の右手に目的地がある場合、目的地の出入口がどこにあるのか、手前の交差点は右折ができるのか、更にUターンができる道路なのか、あらかじめ知識として持っていなければならない情報である。
ただ、乗客に聞いても右折、左折の都合がわからない乗客が多い。また、乗客は、自宅へ向かう場合は丁寧に道順を指示するが、公共施設が目的地であれば、ことさら丁寧な説明は不要の意識になるのだろう。タクシーに乗り慣れた乗客も、「最初から一本右の道を行った方がいいよ」と教えてくれる場合と、「当然にも知っているだろう」と、何も注意事項を口にしない場合とがある。
「駅周辺は右折左折ができない道が多いんです。ベテランドライバーでも間違えることがあります」
と、3999号車がなぐさめる。
「駅周辺の客を乗せたらあらかじめ、車をつける場所は北向きなのか南向きなのか西向きなのか東向きなのかを聞けばよかったんだな・・・」
ギンレイがそういうと、
「そうですね、それと、右折ができない場合は少し周辺を回って入口前まで参ります、と、あらかじめお断りしておくといいと思います」
「なるほど」
「でも、迂回を続けると到着してから最初から気が付いておいて欲しかったと言われることはあります」
「・・・なるほど」
様々な道がある。様々な建物がある。そのすべてを頭に叩き込んでプロと言われるのかもしれないが、その域に達するには何年もかかる。だからマニュアルには「どの道を行きますか」という一言があるのだ。結局のところ「お客様に道を聞く」というのが一番安全で安心、というのが就職したこの会社の見解である。
ププー ププー ププー ププー
無線が鳴って無線機の液晶画面に情報が入る。
「新町1条1丁目北成ビル管理室 佐藤様依頼 お客様名 川崎様 通さず待機」
了解ボタンを押すとナビが始動してルートが出てくる。3999号車のナビシステムは無線とは連動していない。ネズミが入力してルート検索をしてくれている。
「私は方向音痴ですが、北成ビルはわかります。右手に見えていますから」
メーターは「空車」から「迎車」に変える。右折禁止、転回禁止のため、直進して左折、また直進して左折、また直進して左折して、元の幹線道路を渡ってビルを左手に見ながら進み、左折をして、さきほどの乗客が入ったであろうビルの入口前につける。
「通さず待機」というのは車両から降りて迎えに行かなくてもよい、という意味だ。
間もなく乗客であろうスーツ姿の男性がやってくる。扉を開いて座席についたのを確認し、ドアを閉めて
「どちらへいらっしゃいますか」
「中島公園東の西1丁目までだけど、途中で人を乗せるから旭丘6条5丁目に寄って」
「かしこまりました。どの道を通りますか?」
「うん、そうだね、ここ真っ直ぐ行って、北一条通りから宮の森に入って宮ヶ丘から円山動物園の裏を進んでもらおうか。旭丘からは南20条の通りに入って屯田西通りを左折して行啓通りに入ったら、あとは道なり、豊平川の手前で左折って感じかな」
「かしこまりました・・・」
地元の人ならよく理解できるポピュラーなルートなのだろうか。旭丘までは左折して右折して、山道を進んで自然に旭丘に入るはず。あとは信号機の条丁目看板を頼りに行けばいい。問題はそのあとの「なんとか通り」だ。昨日まで市内の地図はくまなく見て道路の名前は暗記したつもりだったが、「行啓通」と「屯田西通」というのはあっただろうか、と思いながら、
「それでは出発します」
と言い、メーターを「賃走」に変えて3999号車を動かす。間もなく左折をして北1条通りを進む。北1条通りは北海道神宮前を通る片道3車線の太い通りでわかりやすい。宮の森へ入る道も左手に教会がある大きな交差点でわかりやすい。あとはカーブの多い山道を進んで、円山動物園の裏手を通り、信号機の看板に「旭丘6条」の文字を見たら、目的地の5丁目手前あたりから、さきほどの教訓を生かし、
「お客様、5丁目に近づいて参りましたがこのまま進んでよろしいですか」
「おっと、そうだね、次の信号で右に曲がって、それからすぐに左だね」
「かしこまりました」
その通りに進んでいくと、
「すぐそこに建っているマンションだから、そこで停めて」
「かしこまりました」
と、そのマンション前に停める。すぐに男性が入口から歩いてくるので、ドアを開き、乗客が2名になって、
「それでは出発します」
と言いつつ、
「あの、お客様」
「ん?」
「ここはまっすぐ行って大丈夫でしょうか」
山の中の閑静な住宅地。どう行けば行啓通に出ることができるのか自信がない。そう聞くと、いま入ってきた乗客が、
「ここをまっすぐいくと崖から落ちるよ。バックして、もとの道、動物園からきた道に入って」
「かしこまりました」
動物園から来た道にさしかかり、交差点で、
「お客様、ここは真っ直ぐでしょうか、右でしょうか」
さきほど入ってきた乗客が、
「ああ、ここは左だね。動物園の方へ戻って」
すると、最初の客が、
「右から行啓通に入ったほうがよくありませんか、ルート的に近道ですよ」
すると、二人目の客が、
「いやあ、そこへ行くまでの道が細いから。左からピュンと南9条を走ってもらった方がいいだろ」
「うーん、そうですね、どうしたらいいかな、運転手さん決めてよ」
「・・・」
(あとの客の言うことを聞いたほうがいいと思いますよ)
3999号がささやく。依頼者は北成ビルからの客かもしれないが、郊外のマンションまで迎えに来ていることや言葉遣いから言って、後に乗せた客の方が上位者だ。
「月曜日で道が混雑しているかもしれません。南9条の通りを通って中島公園付近まで参ります」
「・・・」
無言の二人だったが、とりあえず動物園の方へ戻って「南9条」の道を進む。市内中心部は道路が碁盤の目になっている。中島公園は南9条が北端なのでこのまま何も考えずに真っ直ぐ西1丁目まで進めばいいはず。と、思っていると、
「運転手さん、やっぱり西屯田から行啓に入ろう。行先は中島公園の南側だから」
と、後から入った客が言う。
「あのう、お客様、西屯田通りとはどの通りでしょうか」
「え、西屯田知らないの?」
「はい、このあたりには私生活でもあまり来ないものですから」
「ふうん、次の次の信号を右」
「かしこまりました」
次の次の信号を右に曲がると片道1車線の細い道に入る。
「このあたりはね、屯田兵の官舎が並んでいたんだよ」
北海道開拓時代に入居した開拓民の住む町並みを記憶にとどめているような道だ。小さな商店が軒を連ねる。細い道なのでスピードは出せない。ただし、信号機が少ないので市内中心部近くにしてはスムーズな走行ができる。
「ああ、運転手さん行啓通り通りこしたよ」
スムーズな走行に任せて、その「行啓通」を通り越してしまい、あわてて左折して戻ろうとする。
「ああ、いいよ、このまま左に行って東屯田から行啓通に戻って」
「あの、東屯田とは」
「ああ、近くなったら教えるから」
西屯田通りから数丁離れたところに、西屯田通りと並行して東屯田通りが走っている。
「そこを左、そして、すぐに右」
後部座席の乗客からの指示通りに左折すると、さきほどの西屯田と似たような道路に入る。そして右折をすると、やはり片道一車線の商店街に入る。
行啓通りとは、大正天皇が札幌へ来て通った道、としてそのような名前がつき、今に至っている。この道をまっすぐに道なりに進むと、中島公園の南端をかすめて、西一丁目の通りに着く。
「そこの信号を右、そしてすぐ左、つきあたりまで行って」
豊平川と中島公園に挟まれた細長い区画の中にある会社事務所前へ着いた。
「料金は4370円です」
「まあ、道に迷ったわりには普通の料金だな」
後から乗ってきた乗客がタクシーチケットに金額を書き込んで、
「領収書はいらないから、ドア開けて」
「ありがとうございました」
二人の乗客を見送り、「ふーっ」とため息をついて車を中島公園の横に停め、しばらく今の走行を振り返る。
ネズミが
「申し訳ありません、道路の名前を検索したのですが出てきませんでした。でも南9条の太い道を走った方が計算場は早く着いたはずですが」
3999号が
「道路の名前にはこだわりを持っている人が多いんですよ。地元愛ですね。それと、人間達は道路の名前を使う機会って人に案内するときか、タクシーに乗るときくらいなんです。タクシーの運転手なら『ああ、あそこですね』とわかってくれると思っていますから。意思の疎通を楽しむような心理があると思います」
「地元愛か」
全国的にも古くからある地名を残そうという運動はたびたび報道されている。よその人はわかってくれない、でもタクシー運転手はわかってくれる。わかってくれている運転手には親しみが湧く。
「そういうものなんだな」
またひとつ失敗をした。名前のついている道は「太い」と思い込んでいた。だから行啓通りを通り越して遠回りをしてしまった。わからないときは素直に多少、しつこいと思われても聞くべきだと、反省する。そして、走る道路には好みがあるということもわかった。「サクラの花が咲いているところを通って喜ばれた」などという事例もあると聞く。
「長い距離を走ってたくさん賃料をもらえた。ありがたいことだ。これで合計7500円か」
ビビビビビビビビ
「ん?何だこの音?」
3999号が、
「地域防衛隊の無線ですよ」
「何、そんなのあったのか」
澤本の声だ。
『中島公園付近で魔物の気配があり。現場付近の乗務員は西1丁目通りを運行せよ』
ネズミが、
「西1丁目ってこの道路ですよね」
ウインカーを入れて発進する。制限速度で前進していると、左手の歩道で手を上げているのは、
「あれは人間か?」
人間の姿をしているが魔物だ。禍々しい霊気を放っている。
(どうするか、乗せなければ乗車拒否になる。あたりの人間が見ている。ドライブレコーダーにも証拠が残ってしまう)
3999号車が
(どうしますか、乗せますか。乗せるなら非常警報ランプを)
(3999、それを点灯すると警察が来るのではないのか?)
タクシー車両には行燈を点滅させるスイッチが運転席付近に備え付けてある。行燈の異常に気が付いた他のタクシー車両が警察へ通報することとされている。
(スイッチを素早く二回押してください。地域防衛隊の警報ランプが点灯します)
3999号車を歩道に寄せて停車し、後部座席のドアを開く。すぐにその魔物の人間が入ってくる。ネズミやニシン達は姿を隠す。乗客を乗せてギンレイは警報のスイッチを素早く二回押し、振り向いて通常の挨拶をする。
「いらっしゃいませ、ドアが閉まります」
扉を閉め、
「どちらへいらっしゃいますか」
魔物はニヤニヤしながら、
「ああ、そうだね、ススキノの方へ向かって」
ギンレイは顔が引きつらないよう気を付けながらの笑顔で、
「かしこまりました」
すれ違ったKTタクシーの運転手が3999号車の異変に気が付いたようだ。精霊にしか見えない文字で行燈に「危険」と表示されている。タクシーが危険な乗り物になっている。
「大変だ、ギンレイさんが」
菊次郎だった。菊次郎は無線で、
「菊次郎より防衛隊本部へ、3999号車車内に魔物が潜入しています。南11条西1丁目からススキノ方面へ走行中。追跡します」
そう発信すると、Uターンして3999号車を追尾する。
「ギンレイさん、簡単に後ろを取られたね。知床のカムイがこうもあっさりと」
後部座席の人間もどきが声をかけてきた。
「はい、お客様、ご乗車ありがとうございます。ススキノ駅の方へ向かっていますが、目的地はどのあたりになりますか」
「はっはっは、とぼけるねえ、それとも覚悟でも決めたのかい」
交差点の信号待ち、ルームミラーで乗客を見る。人間の姿だが精霊の目で見ると作りが粗い。不鮮明なビデオ画像のようだ。
「現地は一方通行路もございます。過分な料金にならないよう、お早目にご指示お願いします」
「ふうん、魔物相手にマニュアル通りの話法とはね。まあいい、新宿通りまで行ってもらおうか」
「お客様、新宿通りは東京ですか?」
「おいおい、新宿通り知らないの?」
「お客様、ここは札幌ですが?」
ギンレイは本当に「新宿通り」を知らなかった。繁華街の真ん中辺りを走る道路で、ジンギスカンなど人気の料理店があって観光客に人気のスポットとなっている。
「お客様、住所がわかりましたら教えていただけないでしょうか?」
「住所なんか知らねえよ、地図でも見て調べれよ」
と、呆れたように苦言する。
交差点赤信号で地図を取り出し、ギンレイは真剣に見ている。後部座席にいるのは魔物であり、まともな客ではないのはわかっているのだが、さきほど来の失敗から、今度こそきちんと乗客を目的地に届けて、そこで成敗しようと思っている。
無線が入った。
『ギンレイさん、無事ですか?』
「菊次郎か?」
「そうです」
「よかった、菊次郎、困っている」
後部座席の魔物が笑う。
「ふふふ、困っている?そうだろう、こいつは愉快だ。仲間を呼んでもムダだがな」
ギンレイが、
「菊次郎、新宿通りってどこだ!」
魔物が唖然としている。
『えっ、えっ、確か、5条5丁目の中通りですよ』
「5条5丁目だな」
ギンレイは信号の看板を頼りに5条5丁目まで進む。
「目的地まで着いたら許されるとでも思っているんじゃないよな。仲間にも霊波を送って知らせた。あんたの命もこれまでだ、覚悟はいいか!」
自分に、または地域防衛隊に恨みでもあるのだろうか。ススキノに魔物の事務所でもあるのだろうか。そんなことを考えたり「当人」に問い詰めたりする余裕もなく、ギンレイは必死でキョロキョロと、住所の確認をしながら進んでいる。
乗客は「キメの荒い画像」のような人間の姿から本来の姿なのであろう、角を生やした赤黒さが色濃い魔物の姿へと変わる。道行く人達からその様子が見えるとすれば繁華街へ遊びに来たコスプレをした奇異な乗客くらいに映るだろうか。しかし雑踏の中、タクシー車両の異変に気付く人はいない。
無防備な運転手へ後部座席から攻撃がしかけられる。
キーン、ドシュン!
耳まで裂けた口から超音波が発せられた。
「しまった何ということだ」
ギンレイには超音波が届いていなかった。運転席と乗客席の間には白く透き通った「盾」が張られている。3999号車は新宿通り近くまで到着している。
「とんでもないこと・・・」
魔物が叫ぶ、
「次は逃げられないぞ!」
第二波が放たれる。
ギンレイが叫ぶ、
「右折できない、一方通行だった!」
魔物が放った超音波はギンレイの手前で止まりその場にとどまっている。ゆっくりと目を血走らせたギンレイが後部座席へ振り向く、その形相に魔物が身震いする。ゆっくりと低い声でギンレイが話す。
「申し訳ありません、今日3回目です。また間違えました・・・。ここは一方通行で、新宿通りへ入るには迂回しなければなりません。ここで料金を払って降りていただけますか?」
「ば、ばかをいえ、料金など払うか」
魔物は車両から降りようとするが身体が動かない。
「お客様、間違ってしまいました。深く反省しております。でも一方通行でここからは新宿通りまで入れません。ここで料金を払って降りていただけますか?」
「か、身体が動かない、どうしたんだ」
「お客様、今日3回目で・・・、申し訳ありません。ここで料金を払って降りていただけませんか?」
話が一方通行になっている。
ジジジジジジ
魔物は背後からの気配で首をひねって後ろを向くと、さきほど自ら放った超音波が一方通行路を示す看板に似た「矢印状」になって頭に刺さろうとしている。
「ひひゃあ、どういうことだ!?」
ギンレイは本当に謙虚に反省し、目を血走らせ、魔物に謝っている。
「お客様、今日3回目です。また間違えました、本当に申し訳ありません。ここで料金を払って・・・」
「もういい、わかった!」
魔物は人間の姿に戻り、手を震わせ小銭入れから現金を取り出してトレーに乗せてギンレイに渡す。
「お客様・・・。10円足りません」
魔物はあわてて財布から10円玉を1枚取り出しトレーに出す。
「お客様、ありがとうございます。新宿通り、覚えました。本当に申し訳ございませんでした。お仲間がそこにいらっしゃるようですね。お待たせさせたようで重ね重ね申し訳ありません。私からお仲間にお詫びしますね」
目が血走ったギンレイが乗客の魔物と、その魔物を出迎えに来て立ち止まってこちらの様子を見ている同じ姿の魔物を鋭く見る。
「たすけてくれー」
外に飛び出した魔物が新宿通りに駆け込もうとするが、身体が動かない。仲間の魔物も身動きが取れなくなっている。
ジジジジジ
超音波の矢印、一波と二波が乗客の魔物についていき、二体の魔物に照準を合わせるようそれぞれが数メートル前で止まっている。
「どうして身体が前へ進まないのか教えてやろうか」
葉っぱを頭に乗せ、キタキツネの姿に変わったギンレイが、
「ここは一方通行だったんだあ!」
ドシュン
矢印の超音波は熱を帯び増幅しながら魔物二体の前でピタリと止まる。魔物は人間の姿で気絶をして電柱にもたれて座り込んだ。
「ギンレイさん、恐い」
かけつけた菊次郎が身震いをする。
「昼間から酔っ払いかしら?」
道行く人達が気に留めては通り過ぎてゆく。魔物は小銭入れを持っていた。人間としてあたりの生活に溶け込んでいる者なのだろう。たまに立ち寄って悪さをしていないか気をつけなくてはならないと思う。
ギンレイは道を間違ったことを猛反省し、我を忘れ、少し興奮もしていた。人間界に溶け込んだその魔物達を消し去るまでせず、怒りを鎮め「気絶」にとどめたのは幸いだったが、「大人げ」なく興奮したのは精霊としてあるまじき失態であると、深呼吸をし、気を取り直して乗務に戻ることにする。
精霊としては後輩だが、乗務員としては先輩の菊次郎を見つけ、
「菊次郎、さん。ありがとう。また道がわかならくなったら教えてください。」
「ギンレイさん、お役に立てて光栄です」
「こっちのトラブルに巻き込んで仕事の邪魔をしてしまいましたね。済みませんでした」
「あ、いえ、今日はもう収益目標の半分以上あげていましたから」
「何?菊次郎、さん、は、いまのところ営業収入はいくらくらいだ、・・・ですか」
「はい、まだ15000円くらいでしたが」
「・・・そうか」
魔物から料金を回収できた。魔物とはいえ料金を支払うお客様であるからには道を間違えたことについては謙虚に申し訳ないと思うギンレイである。苦言に対しては魔物だからまだ返り討ちにできたが、普通の人間からの苦言に対してはそんな態度は許されるはずもない。気を引き締めて収益目標達成に向けて次のお客様を探しに進むのであった。
*
行啓通りも屯田西も新宿通りも実際に存在する道で、タクシー運転手さん達にとっては「悩ましい道」のようです。道路が細いので、急いでいるお客様は敬遠するし、目印にしているお客様やその道に慣れ親しんでいるお客様はその道を使うのが当然と思っていて、やっぱり「ちゃんと確認」が基本とのこと。初日の営業は終盤にさしかかりますが、営業終了間近には「困ったお客」がギンレイを待ち構えています。




