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しあわせのたくしー  作者: 月美てる猫
10/26

第一節 乗務員デビュー前 新人乗務社員研修 その3

自動車学校での受講、免許取得の試験、タクシー協会での講習と、乗務員デビューに向けて最短で行程をクリアするギンレイ。休日を利用して採用された会社を訪問する。ミンクから言われた「経済学」が気になっていた。


*このお話しは連載中の「しあわせのたぬき」  

 https://ncode.syosetu.com/n8347hk/

 シリーズもの別編です。

 


第一節 乗務員デビュー前



新人乗務社員研修 その3 そこに潜むもの



 試験や慣れない講習に魔物退治もあって少し疲れていたギンレイ。週末はひとりでゆっくり過ごそうと土曜日は昼近くまで寝ていたギンレイだが、ふと、

「そうだ、会社へ合格の報告をしたほうがいいかな」

 そう思いたち起き上がってシャワーを浴びる。タオルを収納している多段収納ボックスの引き戸を目の高さで開き、ふと、実家のホテルにいるバントウと念を合わせる。収納ボックスのタオルを引っ張り出すと、収納ボックスの向こう側がホテルのリネン室になり、リネン室のタオル収納庫からホテルの「番頭」でキツネの精霊のバントウがこちらを見る。


「ギンレイぼっちゃん、どうされました?何か私めに御用ですか」

「ああ、バントウ、忙しいところ済まない。父さんにナイショで教えて欲しいことがあるんだ」

 バントウは周囲を見渡し小声で、

「どのようなことですか?」

 ギンレイも小声で、

「うん、タクシー会社は儲からないと思うか?」

「はあ、そうですね、どんな業種でもいえることですが、サービス業ですから固定費と借入金の状況次第でしょうか」

「うん、それそれ、固定費が膨らむと経営は厳しいのかな?」

「タクシー業界のお給料は確か歩合制だと思いましたので人件費はさておき、物件費ですね。設備投資をどのタイミングで行っているか、だと思います。土地や建物が自前物件であればあとは車両の入替時期につきると思います。車の耐用年数は6年ですから、6年を過ぎた車両を大事に長く乗るように考えて、あとは景気変動を予想して、景気が上向くときに車両の入替をする。ぼっちゃんが入社する権左衛門さんの会社は確か自前の整備工場を持っていたと思いますから、効率よく所有している車をまわしていると思いますよ。車両を一気に新車へ取り換えるような無茶な投資をしなければ安心でしょう」


 バントウはギンレイが「就職する会社の経営状態」を心配しているのだと思ったようだ、と、ギンレイは思った。


「ただし・・・」

「ん、ただし?」

「ええ、歩合制の人件費をどう考えるかでタクシー会社の経営資質が変わると思います」

「それは、つまり?」

「自分の稼ぎは今日はここまででいいと、のらりくらりと働く社員ばかりだと困りますから、どうやってやる気を引き出すか、ですね。個々の乗務員さんが頑張れば頑張るほど給料が上がります。その分、人件費がかさむことになりますが、会社の収益は向上します。乗務員さんのやる気を引き出すためには、車両を新しくすることも必要でしょうし、無線機などへの設備投資も必要です。年金が入るから乗務の稼ぎは少しでいい、という60代後半の高齢ドライバーが多い会社は全体のモラルやモチベーションの向上に苦労しているのではないでしょうか。おそらく日々の営業収益目標は与えているのでしょうけれども」


 ミンクはこのことを言っていたのか、と気が付きひとりうなずく。車両の走行距離を見たら車を大事に使っているかがわかる。ただし、中古車のような車ばかり運用していては客も従業員の心も会社から離れていく、ということか。乗務員の意識レベルが低いと会社の収益は上がらない。だが、乗務員はチームで動いているのではなく個人プレイヤーで歩合制であるがゆえに営業収益が上がっても上がらなくてもよいという考えの乗務員がどのくらいの割合を占めているかは経営的に大問題であろう。


「そんな単純な算数を聞くためにわざわざ私を呼び出したのですか?もう昼近いというのに今ごろまでお休みとはよろしゅうございますな」

「うっ・・・」


 いつの間にか、バントウの顔が父ハクレイの顔に変わっている。のけぞるハクレイ。

「お前、確か大学は経済学部だったな?」

「は、はい・・・」

「いったい何を学んできたのか・・・。一度ホテルに帰って番頭の小僧になって働くか?」

「あ、はい、将来はそれでも結構です。でもやっと免許も取れましたし、こちらで仕事をしっかりやり遂げてからと思います」

「ふうん、まあいい。権左衛門の経営手腕にはいささか疑問を感じている。何か気になることがあったら、こっちに帰ってきてバントウから学ぶがいい。今度いつ帰る?」

「はい、落ち着いたころに」

 うんうん、とうなずいてしばらくギンレイの顔を見つめ、

「少し人間生活で疲れがたまっているのではないか?たまにはゆっくり休むといい」

 そう言いながらハクレイはリネン室から出て行った。 

 バントウが、入れ替わりにリネン室に入ってきた。


「あ、これはギンレイぼっちゃん、そんなところで何を」

「ん?バントウはいまきたのか?」

「ええ、ここでタオルの保管状況をチェックしていたのは支配人ですよ」

「なんだ、バントウのフリをしてずっと父さんが話をしていたのか・・・」

 バントウはあたりをきょろきょろ見渡し、小声で、

「ぼっちゃん、お父様は寂しいんですよ。たまに帰ってきてくださいね」

「ああ、まあ、でも、まだこっちにきて半月だから。お盆には帰るよ。ねえバントウ、サービス業で一番かさむ経費はやはり人件費なのか?」

「そうですね、顧客満足を得るためには、従業員のやる気を引き出す必要があります。そのうえでは教育費はじめ人への投資は重要です。何事も経営者の経営理念次第ですね。ちなみにこのホテルで一番の経費圧迫要因はお父様が子煩悩だということにつきます」

「そうか・・・。あまり親の仕送りに頼ってはいけないな」

「いえ、そのレベルではありません。ギンレイぼっちゃんが生まれたときはぼっちゃんが幼稚園へ通う鉄道を建設すると言い出しましたし、キッティちゃん、ネッティちゃんが生まれたときにはホテルの横におふたり専用の遊園地を作ると言って海外から遊具を輸入しようとしました」

「なに、そんなことが?」

「ええ、いずれも私が猛反対して激しいエネルギー弾の撃ちあいになりました。いずれも私が勝ちましたが」

 実家のホテルはバントウあってのホテルなのだとつくづく思う。

「本当にお身体にはお気をつけて。たまにお父様にお声掛けをしてくださいね」


 バントウのまわりに従業員の顔が多数入れ替わり立ち代わりこちら側の自分を見ている。ふと故郷が懐かしく思えた。「それではこれで」とバントウや従業員ががリネン室から出て行き、こちら側は収納ボックスの背板のみになった。


 外へ出ると初春の日差しがまぶしい。道路のわきに積もった除雪の融け残りもだいぶ小さくなった。乗務員デビューの4月初旬には道路の雪はすっかり消えているだろう。故郷の山々はまだ雪深いんだろうな、などと思いながら遠い目をする。


 会社まで歩き社屋に入る前に駐車場に停まっている車両を見る。週末はタクシーの需要が少ないのだろうか、それとも、従業員が不足しているのだろうか。全車両がフル稼働というわけではないようだ。市郊外のこの広い敷地には稼働中の車両を停めるスペースがおよそ200台分ある。また、ナンバープレートが無い退役した車両が100台はあるだろうか、隙間なく置かれているスペースがある。この会社には整備工場が併設されていて、おそらく、現役で動いている車両がトラブルを起こした際に、使えるパーツを転用するために退役した車のスクラップをしていないのだろう。敷地にはその整備工場と、営業から帰ってきた車両が一時待機する大きな車庫がある。そして業務部の建物、営業部の建物、そして研修棟がある。業務部は事故や顧客からのクレームに対応する部署である。営業部の建物は二階建てだが二階は無線室、1階は乗務員が当日の売上を清算し、点呼をとるための受付カウンターがあり、カウンターの奥は事務職員がいる。採用後に自動車学校入学の手続きやタクシー協会での受講手続きなど事務処理をしてくれた事務職員、澤本がいる。

 

「無事、免許を取得してタクシー協会の受講も済みました」


 そう報告をする。

「ああ、わざわざ報告に来てくれたんだね。月曜日からの研修はあっちの建物ね」

 と、窓から駐車場の向こうに見える「研修棟」を指さす。

「来てくれたついでに書類にサインしてもらおうかな」

 タクシー会社は「入社祝金」のような形で研修費用を助成してくれる会社が多いようだ。この会社では30万円を一旦貸付けし、免許取得までにかかった費用を抜いた額が「お祝金」とされる。

「そうそこにサイン。自動車学校は補講もなかったし、免許も一回で合格したからいまのところは最短最速の優秀な成績で乗務員デビュー、ってところね。自動車学校の費用も20万円未満で収まった。よかったね。ちょっと、肉球出してどうするの、そこは印鑑よ、印鑑持ってる?」

 書類にサインして印鑑で押印し、「どうもありがとうございます」と言って「お祝金」を受け取る。ワイシャツを購入したり、乗務にあたって必要な「釣銭」に使うなどしようと思う。

「ちなみに、月曜日からの研修、コーチ役は普通の人間だからね。ギンレイさんも普通に人間として接してね。あたりまえだけど」

「はいわかりました」

「初日の服装はとりあえず、協会に通っていたときと同じ、スーツ姿で。研修棟で制服のサイズをはかって、合うサイズの在庫があればそれに着替えてもらうから。ワイシャツの色は白だからね」

「はいわかりました」


 そんなところかなあ、と澤本は事務所を見渡す。受付カウンターにひとり、澤本の横にひとり、事務仕事をしているスタッフがいる。日勤者は朝の5時から7時の間にこの事務所前にあるカウンターに立ち寄り乗務スタートして夕方の3時から5時には「帰庫」する。夜勤者は夕方の3時から5時にスタートして翌日の3時から6時に帰庫するという。だからいまの時間は事務所もカウンター前も人がいなくて静かだが、その乗務員が立ち寄る3時から5時は賑やかなのだろう。


 何か言うことあったかな、と思案していた澤本が思い出して、

「ああ、それと今日あたりヒマだったら自動車学校にも顔出しておいて欲しいな、教官になる研修の日程を聞いておいて欲しい」

「はい、わかりました」


 ギンレイは「失礼します」と頭を下げてタクシー会社をあとにして、自動車学校へと向かう。


 表通り沿いに東西長方形の敷地である自動車学校の表通りの歩道をゆっくりと東から西へと歩く。練習コースの東から西への直線はサードギアに入れて時速30キロ以上で走行した。そこからウインカーを左に坂道へと向かった。いまとなってはすでに過去のことだが、滅多に得難い貴重な経験をしたものだと思う。教官になったら、いろいろな人間に対して、自分がその貴重なこと、安全運転の基本を教えるのだ。

 ギンレイは表通りから中通りへまがり、敷地の外側を南から北へ進む。右手、坂道が勾配を付け始めるあたりのその向こうに「見通しの悪い交差点」があり、見通しを悪くしている小屋のわきに立つマネキンを見る。マネキンの精霊二体はじっとこちらを見ていたが、ギンレイに気が付いてふっと視線を下げる。


「?」

 この教習所に通っているときは教習所の敷地内にだけ意識をしていたので気が付かなかったが、

「もしかしたら・・・」


 ギンレイは、中通をはさんで教習所から西の敷地を見る。手前は草が生えた空き地、

 その向こうに「自動車整備工場」の建物がある。建物の向こうに、整備待ちと思われる車両を預かる広いスペースがあるようだ。大型のトラックが何台か見えている。

「マネキン達は見通しの悪い交差点を通る教習所構内の車両を見ていたのではなく、その向こうを見ているのか・・・」

 自動車整備工場の方から邪気を感じる。

「この自動車学校とあの整備工場には何かがある」

 ギンレイはじっとマネキンを見つめる。二体のマネキンはじっとうつむいたままだ。


 自動車学校の建物へ入ろうとすると村上が出てきて、いきなり土下座をする。

「申し訳ありませんでした!」

 ギンレイはあわてて周囲を見ながら、

「村上さん、頭を上げてください。さあ、立って」

 村上は立ち上がり、腰は低く頭を下げながら、

「数々の無礼をお許しください。この学校を守るためだったんです。許してください」


 村上からは邪気も悪気も消えていて、心底詫びているのがわかる。ではなぜあのような「意地悪」をしたのか。ギンレイは試験中に出てきたヒヒヒと笑うおばあさんも、虚無僧も、稚拙な「イタズラ」くらいにしか思っていなかった。単なる警告であろうと。


 村上とギンレイは誰もいない教室に入り、机のイスに腰を掛けると、

「ギンレイさん、心からお詫びします。あなたの高い霊力を感じとって胸騒ぎがしました。何か騒ぎが起きてこの学校の存続が危うくなるのではないかと心配していたのです」


 確かにそれはそうなのかもしれない。実際、シュミレーターの中に居た魔物を見つけて殲滅したときには、シュミレーターが故障してしばらくの間、他の受講生が使えなかった。あの心肺蘇生の人形も壊してしまった。よかれと思ってやったことなのだが、自分が何もしなければこの学校は平穏、といわれたらそのとおりなのかもしれない。


「あなたのお父様のことを存じておりました。とても立派な方で私はホテルの支配人としても精霊としても尊敬しておりました。あなたがその息子様とは、本当に恥ずかしい、申し訳ありません」

 また深々と頭を下げる。ただ、どうにも合点がいかない。こんなに魔物がコースや教室に居て、営業的には大丈夫なのか。実際に「試験に通りにくい学校」とつぶやいていた生徒もいる。ギンレイが問う。


「村上さんこの学校には何が」

 村上が「ごもっとも」という表情でうなずぎ、事情の説明を始める。

「この地下に何万もの魔物が埋まっています。そのことに気が付いた輩がその魔物を動員してこの地域を支配しようとたくらんでいるのです」


 魔物は眠っているかまたは仮死状態なのだろう。ギンレイは地下の魔物の存在には気が付いていなかった。地面に念を込めて見つめると確かに多数の魔物がいる。自然界に存在する許容レベルを超えている。ただどの魔物も魔力はそれほど強くないようだ。霊力の弱い魔物同士の喧嘩であれば自動車学校にも生徒にも危害が及ばないのでそっとしておいてほしかった、ということなのだろう。


「その輩とは?ご存じなのですか?」

 言おうとして、村上は扉の向こうに意識を向ける、

「私はこれで、続きはまた後日」


 そう言って教室の扉をあけて足早に去っていくと、すぐに廊下から歩いてきた二人の人物が教室へ入ってきた。


「銀さん、いよいよ来週から入社だそうですね。KTの社長さんから聞きましたよ。10日おきに月3回、ここへ来て教官育成のメニューをこなしていただけるよう調整しています。さしあたって、4月11日からと思っていますので、どうぞよろしくお願いします」


「銀さん、段取りは私のほうで手配しておきます。どうぞよろしくお願いします」


 校長と河合が入口付近でこちらに頭を下げている。村上の言う「輩」とはまさかこの二人なのか?ニコニコしながらこちらを見ている二人に対して、ギンレイはなんとなく硬直しながら、会釈をしてみせた。




タクシー乗務員として人間社会に潜入し、人間についての理解を深めようとして悩みが多いギンレイですが、精霊として高い能力を持つギンレイとしては魔性のモノたちが起こすトラブル解決も忙しくなりそうです。


*このお話しは連載中の「しあわせのたぬき」  

 https://ncode.syosetu.com/n8347hk/

 シリーズもの別編です。

 

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