18.百椀巨人
うそっ! 私の腕多すぎ……?!
「「――ッ!!」」
降り注ぐ無数の巨腕、人間など蟻のように容易く潰せる質量攻撃を前にヴィルヘルム共に剣を振り抜いていく。
背後では攻撃手段の乏しいコーデリアが俺達の為に防護と破魔の聖術を行使してくれている。
我ら人間に聖神の加護があるように、奴ら魔族にも魔王の加護がある……それが存在する限り、奴らは加護を突破する手段である破魔の聖術か遺失物がないと傷も付けられない。
「ふっ、破魔の聖術ですか……」
そして相手は原初の魔族――コーデリアの聖術であろうと意に介していない。
「いいえ、まだです! まだやれます!」
聖気を限界まで振り絞り、破魔の出力を限界まで上げるコーデリアに、魔力で己を強化しながら限界まで剣を振るい続ける俺とヴィルヘルム……が、まだ足りない。
降り注ぐ巨腕に多少の傷が付けられたところで、それらを捌けるようになったところで奴の本体には刃が届かない。
「――ではスピードを1.2倍にしましょう」
「……っ!!」
ウーゴがこんな、こんな力を隠し持っていたなんて知らなかった……俺の目は本当に節穴らしいな! 反吐が出る!
「――さらに1.5倍です」
高速で振るわれる刃が欠け、コーデリアの防護が音を立てて割れていく。
激しい連続運動に肺は圧迫され、喉も焼ける様に痛みを訴える。
過去最速で剣を、蜂の羽根の様にブレる程の速度で刃を奮っているというのに流星の様に降り注ぐ巨腕を捌ききれない。
あぁ、ダメだ。ダメじゃない。横腹が痛い。呼吸が出来ない。思考も纏まらない。集中しろ。
「――ではここで一気に2倍でどうでしょう」
視界で火花がパパっと散った気がする……あまりにも早く動く物体を目で無理に追おうとして、常に瞼を開き続けた代償なのか。
「――ジィィイ!!」
段々と狭まり、赤く薄いカーテンが掛かった様な視界の端でヴィルヘルムが吹き飛ばされるのが見える。
「――ァァアア!!」
自身の掠れるよな叫び声に混ざって、背後でコーデリアが力尽きて倒れる音が聞こえてくる。
「――ガァァアア!!」
俺はずっと、ずっと不器用なままで何も成し遂げられていない。
王族の癖に政治的な駆け引きの才能は全くなく、自分の母や妹すら守る事が出来ない。
血が繋がっているハズの父も信用できず、唯一恵まれた加護と剣の才能だけを頼りに夢物語の様な遺失物探索に全てを掛けた愚か者。
乳母を信頼して暗殺されかけ、護衛騎士を信頼して妹を殺され掛け、貴族子弟の友人を信頼して嵌められ……そして平民の友を信頼できず追放した馬鹿王子。
唯一親身になってくれた叔父上を信用し、そしてその叔父上の紹介した魔族に仲間共々殺され掛ける、全てが裏目に出る運のなさ。
「……まだ粘りますか」
ただ、ただ家族を……無償の愛情をくれる母上を、無償の信頼を寄せてくれる妹のミーアを……属国としての地位が低く、いつもやつれた顔をしている祖父を救いたかっただけなのに!
「……っ」
なぁ、アレン……無愛想でいて、対人関係以外は何でもこなせたお前ならどうしていた?
お前はいつも何を考えて、何をして過ごしていたんだ? 思えば俺はまだ、信用や信頼をするとかしないとか以前にお前の事を何も知らなかった気がするんだ。
そうだ、俺は何も知らない癖に友人達を信頼して裏切られて、そして何も知らない癖に友であるお前を信頼できずに裏切ったんだ。
「――もの、か!」
「? なんです?」
だったらせめて、その失敗の責任は果たさなきゃならない。
救いたかったモノを何も救えず、それどころか魔族に利用されて終わってしまっては母上とミーアの立場はますます悪くなってしまう。
「利用、されるくらいなら――」
「っ! 待ちなさい!」
どうやらウーゴは俺を生きたまま連れ去りたいらしいからな、あの巨腕に掴まれてしまえば終わりだ。
だから今のままずっと、紙一重で捌きつつ舌を噛み切る――これしかない。
「させると思いますか!」
「……っ!」
剣が鈍い音を立てて折れる――そうか、ウーゴはまだ本気ではなかったか。
「終わりです!」
一応この相棒は最硬鉱石で出来た業物だったんだけどな……仕方ないか。
死の直前、あるいはもう終わりだと思った 瞬間は世界の時間が遅く流れるとはいうが、なるほど……確かに遅い。
もはや舌を噛み切る時間すらないというのに、凄まじい速度であるハズの巨腕がゆっくりとコチラへと迫って来ている。
そうか、俺はもう何も成し遂げられなかったゼロのまま終わる事すら出来ないのか……不器用な王子が世間に飛び出した結果がマイナス査定とはな。
あまりにも最悪な結果すぎて視界の端に雷光が見えるくらいだ――
「――ぎゃああああ????!!!!」
「――っ?!」
手足くらいは握り潰される、いやあるいは上半身だけの状態で攫われる事を覚悟していた俺の意識をウーゴの悲痛な叫び声が現実に戻す。
「な、にが……?」
目と鼻の先まで迫って来ていた巨腕は砂の様に崩れ、俺とヴィルヘルムの二人がかりでも届かなかった奴の本体はと言えば――全ての光を吸収するかの様な漆黒の雷に焼かれていた。
「――間に合ったか」
その声に、ずっと昔から聞き慣れた声に反射的に振り返る。
「……アレ、ン?」
「あぁ」
「アレンなのか?」
「あぁ」
「……何故ここに?」
相変わらず本当に口数が少ない彼に懐かしさを覚えながらも、そういえばここに落とされる直前で見かけた事を思い出す。
だがもうウーゴの裏切りでそれどころではなかったし、こうして思い出したとしても何故彼がここに居るのかが分からない。
「お前を助けに」
「……なぜ?」
それこそ分からない……俺はお前を信頼できず、一方的に断罪して追放して、その上敵の罠に嵌る様な間抜けだ。
こんな奴を助けるような理由が分からない。
「ミレーユ様と、ミーア様に」
「頼まれたのか?」
「あぁ」
「そう、か……そうだよ、な……」
まぁ、そうだよな……誰かにお願いされでもしなきゃこんな奴を助けようだなんて――
「――あと、友人だからな」
「……そっ、か」
何故だか、二の句が継げない。
「クソがァ! クソがクソがクソがァ!! 何故お前がッ!! 半端物の裏切り者がここに居るゥ?!」
「待っていろ――」
全身が焼け爛れ、憤怒の形相を浮かべるウーゴを前にしてもアレンはいつもと変わらない態度でそこに居る。
「――すぐ終わる」
そう短く言ったアレンは袖を破り、二の腕から先が樹木の様な義手を露出させる。
「――〝發〟」
その一言で、アレンの周囲に遺失物特有の黒と白の蛍火が漂い、この地下空間に雷鳴を轟く――
友人達から「もう王子がメインヒロインじゃん」とか言われたけど私は知らない()




