13.暴虐
やだこの元ヤン怖い!
「――オラァ!」
拳を振り抜く毎に立ちはだかる敵が爆散し、飛び散る肉片が風圧によって勢いよく離れた者共を強かに打つ。
放たれる魔術による火炎や風刃の一切合切を腕の雑な一振りで払い除け、破れかぶれに突撃してくる剣士達の体勢をただ一回の地団駄で崩し、そのまま武器ごと彼ら自慢の肉体を破壊する。
「温い! この程度の根性でオレに喧嘩売ったのかぁ?!」
「だ、誰がアイツを止めろ!」
「あの手の肉体強化は消耗が激しいはずだろうが!」
「喚くな鬱陶しい!」
オレ一人が乗り込んだ程度ですぐさま瓦解する程度の奴らしか居ねぇのか? 仲間の死体すら置き去りにして逃げる奴まで居るのが情けねぇ。
こうやって報復される可能性があると分かっていたからコソコソしてたんじゃねぇのか? なに自分達が理不尽な目に遭う番になった途端に敵に背を向けてやがる?
「その腐った根性を叩き潰してやる」
「な、直さ……な、いん……です……ね……」
斜め後ろからアビゲイルが小声でボソボソと突っ込んでいるのを強化された聴力が拾ってしまうが、意図的にそれに気付かなかった振りをする。
「オラオラァ! オレを止められるもんなら止めてみろォ!」
アレンが付いてるとはいえ、リオン殿下達がいつこの拠点に辿り着くか分からねぇんだ。
もしかしたら内部に居るかも知れねぇ敵に誘導されて、今この瞬間にも来てしまうかもしれねぇんだからここで敵を減らす――いや、ここでオレがこの拠点を丸ごと潰す。
そうすりゃあリオン殿下は安全だし、アレンやミーア殿下の心配事も減るだろう。
「つーわけでオレらの都合で潰されてくれや」
「ふざけるな! ふざけるなよクソ女!」
「あ"ぁ"?!」
誰がクソ女だクソ野郎! ぶっ殺すぞ! ……いや、ぶっ殺すんだけどなぁ!
「お前なんかに、お前らなんかに……お前みたいな強い加護でイキる奴に持たざる者の気持ちが分かるかぁッ!!」
「ほう? ……モブの癖によく吠えた」
んだコイツら、役に立たない加護しか貰えなかったからとグレた口か?
まぁ、だとしても関係ねぇ……どんな理由があろうとオレの手が届く範囲で子どもに手を出した己の愚かさを呪うがいい。
「お前にも譲れないもんがあるならよォ! オレのそれとぶつけて見ようぜ!」
「こ、このイカレ悪魔がぁ!!」
半狂乱で泣き喚き、それでも怒りをその顔に滲ませた男の、その人生最後の火炎魔術に向けて拳を思いっ切り振り抜いてやる――
「――必殺、マジ殴りッ!!」
広い通路を埋め尽くす豪火球をロウソクに灯る火の如く容易く散らし、それでもなお拳圧は衰えるという事を知らず、貪欲にも驚愕に顔を彩る男の肉体を間接的に霧へと変える。
穢らわしい汚物を撒き散らす事もなく、ただ視界と匂いだけでその場に人が居たことを知らせるのみ。
「……ちょっと威力が強すぎたか?」
「……ちょ、っと……どこ……ろ、では……な、いで……す……」
「ふん、軟弱な……おい、支部長とやらは何処に居る?」
「そ、そこの角を曲がった部屋です!」
何故かずっと敬礼の体勢を解かないディルクに案内され、さらに奥へと進めば突き当たりに頑丈そうな鉄の扉が見えてくる。
怯え、震えながらもオレの道を阻もうとする警備兵を雑に腕を振り抜くだけで壁の染みにしながら躊躇する事なく扉の前まで辿り着く。
「――邪魔するぞ」
足の一蹴りで轟音を響かせながら吹っ飛んでいく鉄の扉には見向きもせず、風通しのよくなった室内へと視線を巡らせる。
「クソっ! もうここまで!」
「おう、お前がここの責任者か?」
なんだこのヒョロっちぃ病的な男は……こんな男がこれだけの、政府中枢にまで食い込む犯罪組織の幹部とでも言うのか?
いや、この男にはそれだけの何かがあると見るべきだな……武力にしろ知力にしろ、何かしら人の上に立つに足るモノがある筈だ。
「おいコラもやし」
「も、もやし?!」
「オメーだよ、大人しく捕まるってんなら優しく気絶させてやるが?」
「だ、誰が! クソッ、話が違うではありませんか! なぜ急に侵入者など……あともう少しで貴重なサンプルも手に入るところだったのに!」
「ピーピー喚くな鬱陶しい……んで? 非協力的って事でいいんだな?」
神経質そうな見た目に逆らわず、何ともまぁアレな取り乱し方だな。
「ちっ! まだ調整が不十分だが仕方がない――起きろメイリン!」
「あ?」
まだ仲間が居たのか? ここに来る道中で粗方の戦闘員は肉片にしてやったと思うがな。
だが、この窮地に至って幹部クラスが頼る戦力って事は気を付けるべきで、警戒に値する。
奥にある、別室へと続くだろう扉に向かって叫ぶ男を何時でも捕えられるように一挙手一投足を注視しながら新手が現れるのを待つ。
――ガチャ
ゆっくりと奥の扉が開き、そこから姿を現したのは――
「――子ども?」
まだ成人してもいない、アビゲイルよりも幼いだろうツインテールの女の子が姿をこの場に姿を現す。
「チッ、まだ捕まってた子が居たか……」
まさかまだ子どもが残っていとは思わなかった……が、なんだ? あの子からは人間とは似て非なる気配を感じる。
この特殊な気配のせいで見落としてしまったのかも知れないが、なんだこの違和感は?
「起きた」
「いいか? アイツらを生け捕りにするんだ、わかったか?」
「わかった」
メイリンと呼ばれた女の子が、男の指示に何も分かってなさそうな顔で相槌を打ったと思ったその瞬間――
「偽神の加護――無貌の境界」
「――うおっ?!」
突然消えた、と思ったらいつの間にかすぐ目の前まで迫っていたメイリンが焼けた鉄の拳を振りかぶる。
「――ちぃ!」
手甲に仕込んでいた小さな盾を展開し、その攻撃を受けるが……驚く事に、小さなその拳を受けた盾が手甲ごと分解されてしまう。
「……妙な技を使う」
威力自体は大した事がなかった……所詮は幼子の拳でしかなく、アビゲイルが喰らえば致命傷だろうが加護で肉体強化したオレが受け切れない程ではない。
しかし、だ……オレの加護は自らの肉体だけでなく、身に付けている物質にもある程度の効果が及ぶ。
そのオレの加護の影響下にあった、王宮鍛冶師が作成した手甲をコイツは一撃で分解しやがった。
「大、丈夫……で……す、か……?」
「あぁ、オレは大丈夫だからアビゲイルは離れてろ」
おそらく純粋な攻撃力で破壊した訳じゃないんだろうと辺りを付け、あの子の手に生身で触れるのは危険だと結論付ける。
加護の中には恐ろしく理不尽で、触れた相手を無条件で爆破するなんていうモノも過去にはあったらしいからな。
しかしながら、そうだと仮定したところでオレの不利は変わらない。
「……クソッ、子どもが相手じゃやりづれぇ」
自分よりも歳下のガキをどうして殴れるよ……子どもは庇護するべき対象であって、危害を加えたり排除しなければならない敵じゃねぇのに。
「馬鹿! やめろ! 殺すな! 私は生け捕りにしろと言ったんだ!」
「わかった」
わかったと言いつつ加護を切る気はないらしく、室内にあった怪しい薬品や鉄材などを拳に纏わせながら問答無用の分解攻撃を仕掛けてくる。
連続でオレの顔を狙って放たれるそれを、何とかメイリンの手に触れないように避け、受け流しながら凌いでいくが……どうするか。
アビゲイルに頼んでオレとあの子の間に鉄を噛ませるしかないか? 間接的になら触れる事もできそうではあるが。
「もういい! 戻れ! こっちに来い!」
何となくだが、微妙に自分の指示を上手く理解し切れてない様子のメイリンに業を煮やしたのか、苛立ち混じりに男が攻撃の中止と自分の近くに戻る様に改めて指示を出す――
「わかった」
――が、その指示を聞いたメイリンはすぐさまオレに背を向けて駆け出し、男を担いで一直線に壁をぶち破りながら走り去って行く。
「……は?」
次はいったい何を仕掛けてくるかと身構えていたオレ達も、急な行動に慌てる上司の男すらも無視してどんどん小さくなる背中にアビゲイルと一緒に唖然とするしかない。
「――はっ! あ、いや、おい! 待て!」
いやいやいや、驚いてる場合じゃねぇ! 敵幹部という重要参考人を逃がしてたまるかよ!
「な、なんと……言い、ます……か……予想、外で、……す、ね……」
「全くだよ!」
まだ子どもが残っていた事も、その子どもから人の気配がしない事も、それがめちゃくちゃヤバい加護を持っていた事も、ソイツが上司ですら制御できてなさそうなくらいに予測不能な行動を取る事も全てが予想外だよ!
「せめて壁をぶち破るのはねぇだろ」
「……あは、は」
これ、大丈夫か? もしも別のルートからリオン殿下達が入って来てたらかち合わねぇか?
「……いや、そんなまさかな」
まさかまさか、そんな事がある訳……ないよな?
わかった(わかってない)




