7.
女性に対する直接的な暴力表現があります。苦手な人はごめんなさい。
7
「えーっと? アマンダ様? 聞いてます?」
「ぎいで、ぎいでいるわ……」
「アマンダ様? そしたらほら、ちゃんと言わなきゃダメですって。ほら、自分がどれほどクズな女か。」
「わだじは……」アマンダ様が何か言いかけて、止まってしまう。しばらくしてまためそめそ泣きだした。
「アニス。」僕がアニスに声をかけると、アニスはアマンダ様の後頭部を鷲づかみしてそのまま机の上に顔面を叩きつけた。
「ぷげっ!」アマンダ様の口から変な声が漏れる。今ので前歯がもう一本欠けたらしく、白いかけらが僕の方に飛んできた。
すでに何度もアマンダ様は同じように机に顔をぶつけさせられておりますので、そのご自慢の美しい鼻は潰れ、歯は何本も折れ、額はこすれて血が滲み、あちこち大変に腫れあがっておられる。
えー。何をしているかというと、魔女アマンダ様への拷問です。
これから僕が救世の旅に加わるにあたって、いくつか早めに打たなければならない手がありまして、その一つが、アマンダ様の無駄に高いプライドをへし折る事です。
えーえー。すごく邪魔ですあなたのそのプライド。
何でこんなことをしているのかというと、アマンダ様は危険なのです。
アマンダ様の超強力な攻撃魔法は、はっきり言って天災レベルの凶悪なもので、本来国を挙げて厳重に管理しなければならない大量破壊兵器なわけなんだけど、何が恐ろしいってそれをアマンダ・ゴールドバッハという、ついこの間まで一介の魔術学園の女学生だった人間が、何の制約も受けずに自由に個人で行使できる現状にある。
だって考えてもみてよ、アマンダ様がちょっと気に食わないって王都に爆裂魔法を数発ぶち込んだら、100万人の王都民はあっという間にがれきの山に飲み込まれて死んでしまうんだよ。
なんでそんな恐ろしい存在を、勇者様も国王様も教皇様も、なんの首輪もつけずに野放しで放置しているの!?
だから不肖この僕が、こんな損な憎まれ役を買って出ているわけなんだ。えっへん!
それで僕とアニスは、宿の二階で鼻歌交じりに爪のお手入れしていたアマンダ様を張り倒して髪を掴んで引きずって、村はずれの猟師小屋まで連れ込んだ。
ちなみに猟師はとっくに避難しているよ。闇のザカーがそこまで迫っているのに、のんきに狩猟なんて出来るわけない。すでに村人の半数はどこかに移動していて、どこにもいけない年寄連中だけがしがみつくようにして残っている、この村はそんな村だからね。
勇者様はここには来れないよ。僕は聖女様にお願いして、わざと傷を治さないようにしてもらっているからね。アニスの重い腹パンに、当分起き上がれないんじゃないかな。
アマンダ様は打たれ弱い女性で、ちょっとつつけばすぐにその心を折ることが出来るのは『鑑定』さんのおかげで最初からわかってた。
まあ、『鑑定』さんは暴力が嫌いなので、最初は答えるのを出し渋っておりましたが、何度もしつこく聞いていると、最後はしぶしぶ色々教えてくれる。
なんやかんやで自ら手塩にかけて育てた子供(僕)が可愛いのかね? そんな親のスネ齧って今日も元気に生きてます。
で、アマンダ様の事は本当は時間をかけて精神的に追い詰めるのが一番いいんだけど、今まさに魔王軍が暴れまわっているこのご時世にあんまり無駄はかけられないからね。
妙齢の女性に対し肉体的な暴力をするのはいかがなものかと僕も思うけど、アマンダ様は痛いの大嫌いだからね。ちょっといたぶればすぐにいろいろへし折れるって『鑑定』さんがしぶしぶゲロしたからね。
「ほら、アマンダ様! いくら泣きわめいてもいいですから、自分がいかにクズかをちゃんと自分の口で語ってください! そうじゃないとあなたの大好きな自分の顔がもっとぐちゃぐちゃにゆがんじゃいますよ!」
「うううっ!」アマンダ様は何やらうめき声をあげつつも、「わだじは……クズでず……わだじは……。」
それからまた黙ってしまう。
アニスがまたアマンダ様の後頭部を鷲づかみにしようとして、「アニス。」僕がそれを押しとどめる。アマンダ様はびくっとなって、すがるような目で僕の方を見てくる。
はあっ。思わずため息が出ちゃうね。
アマンダ様は自分がクズだとは思っていないんだよね。今まで自分がしてきた事は全部正しくて、世の中は全部自分のためにあると思っていて、そんなアマンダ様がいきなり「お前はクズ」とか言われても、全然ピンとこないんだよね。
まあ、それをわかっててわざとこういう質問をしているわけなんだけど。
「仕方がないから僕がアマンダ様に教えてあげますからね。アマンダ様は僕に感謝してくださいね。」
「ううっ……。ありがどうございまず……。」クズの自覚はなくとも、卑屈な感情はうまく育ちつつありますね。自分からありがとうって言えたの、ポイント高いですよアマンダ様。褒めると調子に乗るので何も言いませんけど。
「ところでアマンダ様。あなたはアニスが妊娠してたの、知ってましたよね?」アニスの頬がピクリと動いた。
天然少女の聖女アンナ様や、自分の事しか考えていない勇者ロイド様は全然気づいていなかったけど、アマンダ様は全部知ってたの、僕も知ってる。つま鑑定。
「知ってましたよね?」
「ううっ……。じっでまじだ……。」
「知ってて思いっきり、バカにしてましたよね?」
「ううっ……。」まただんまりかよ。この人、自分にちょっとでも都合が悪いことがあると、すぐになかったことにしようとするからね。
「バカにしてましたよね?」
「ううぅ……。ごめんなざい……。」
「いや別に謝ってほしいわけじゃないんですよ。ただ僕はアマンダ様に「自分はクズだなぁーっ」て自覚を持ってほしいだけなんです。だから、「アニスをバカにしてた自分は世間から見ればクズなんだなあー」って、そんなふうにちょっと考えてみてもらえます?」
「ううっ……。わかっだわ。」
「アマンダ様は自分はちゃんと毎日避妊薬を飲んでいるのに、アニスにも聖女様にも、そのことを一切教えませんでしたよね。それでむしろ、「こんなの王都では常識よ」とかって考えて、「知らないあなたたちがバカなのよ」とかって、思いっきり鼻で笑ってましたよね。」
「うううっ……。笑ってまじだ。」
「それでアニスが妊娠したって気付いた時、あなた一晩笑い転げてましたよね。アニスがいつまでたっても生理がこなくて真っ青な顔になってあわあわしているとき、「大丈夫?」なんて優しく声かけつつ、堪えきれずにそのあとすぐトイレに駆け込んで爆笑してましたよね?」
「ううう……。爆笑しでまじだ。」
「あの時トイレの中で、アマンダ様なんて思ったか、覚えています?」
「ううっ……。覚えて、いまぜん……。」
「アニス。」僕がアニスに声をかけると、心得たとばかりにアニスはアマンダ様の顔をガンッと机に打ち付ける。
「痛いの、痛いのい゛やーっ!」アマンダ様が軽い恐慌状態になって、がたがたと身体をゆすり始める。まだちょっと余裕が残っていたみたいだね。
「アニス?」僕がアニスに向かって人差し指を一本、上に向けてやると、こくんとうなずいたアニスがアマンダ様の頭蓋を鷲づかみにしたままググっと持ち上げ、宙づりに近づくような格好にさせる。
「いだいっ、いだいっ、いだいっ!」アマンダ様がギャーギャーわめく。
「アマンダ様? 覚えていないのが悪いんですよ、アマンダ様。僕がちゃんと思い出させてあげますから、これから死ぬまで絶対忘れないって約束してくれます?」
「やくそくずるっ! やくぞくずるからっ! やめでっ! これやめでっ!!」
僕がアニスに頷いて見せると、アニスが彼女をもとの状態に戻す。この辺は阿吽の呼吸だね。
腐っても僕とアニスは物心ついた時からの幼馴染で、こういうのは昔っからお互い慣れているからね。
「さてアマンダ様。げらげらトイレで爆笑したあなたは、アニスに対し、こう思いました。
「ざまあ。」」
アマンダ様が、キョトンとした顔になる。全然思い出せていない感じだね。
「アマンダ様はこう思いました。
後先考えず盛って孕んで「ざまあ」。
まともに避妊一つ出来ないお猿さんが今さら泡食って真っ青になって、いい気味だわ「ざまあ」。
この先どうするのかしら? 産むのかしら? 堕ろすのかしら? どのみちろくなことにはならないわね「ざまあ」。
勇者様は認知しないでしょうね。一人でどうするつもりなのかしらね「ざまあ」。
おやアマンダ様。どうやら色々と思い出してきたようですね。」
アマンダ様の腫れあがった顔が、みるみる真っ青な顔になってくる。
「ごめんなざい。ごめんなざい。ごめんなざい。」何やらぶつぶつ言いだした。
「ちょっと静かにしてもらえませんか?」って僕が言っても聞かないから、
「アニス。」ガンッ! 安定の顔グシャ攻撃を一つ入れてあげると、ようやっとアマンダ様は静かになった。
「別に謝ってほしいわけじゃないんですよ。あなたはあの時アニスに『ざまあ』って思った。そのことを生涯死ぬまで忘れないでほしい、それだけなんです。」
「わがりまじだ。生涯じぬまでわずれまぜん。」
僕はそんなアマンダ様の頭を、いい子いい子と撫でてやる。
「それじゃあアマンダ様。話を少し、戻しましょう。アマンダ様はクズですよね?」
「はい。わだじはクズでず……。」
「どんな風にクズですか?」
「わだじはアニズのごどをバカにじてだわ。妊娠しちゃって『ざまあ』っておもっでいだわ。助けようなんてこれっぽっちも思わながったわ。むしろライバルが減って『ざまあ』っでおもっでだわ。」
「よろしい。」僕はさらに、アマンダ様の頭をいい子いい子と撫でてやる。
アマンダ様は嬉しそうにへらへら笑った。
「アニス。」ガンッ! アマンダ様はへらへら笑いながら、机に顔を思いっきりぶつけた。
「ごめんなざい! ごめんなざい!」アマンダ様がまた何かブツブツ言い出しました。
アニスが無言のまま、どうする? って顔になって聞いてくる。
僕はアニスに待ったをする。
「僕は謝ってほしいわけじゃないんです。そんなことをされてもかえってイライラしてしまいます。」
アマンダ様が黙りました。これはかなり、優秀な感じに育ってきてませんでしょうか?
「僕はただ、アマンダ様にクズの自覚を持ってほしいんです。分かります?」
「うううっ……。わがりまじだ。」
僕はもう一度、アマンダ様の頭を撫でた。
今度はアマンダ様はへらへら笑わなかった。
おおおっ! これはどうやら成功したっぽいぞ!
「アマンダ様はクズですよね?」
「はい゛。わだじはクズでず。」
アマンダ様は僕に撫でられながら、表情をピクリとも変えずに、平坦な声で言ってのけた。
ところでアニスはここまで、これっぽっちもアマンダ様の事に腹を立てていない。もともとアニスは都会的でおしゃれなアマンダ様に引け目を感じていて、どこか自分を下に見ていた。
だからアマンダ様が彼女を内心バカにしていることをアニスはもともと知っていたし、そのことで特に嫌な気持ちになるようなことはなかった。
なにせ僕もアニスもド田舎のカーター村からやってきたお上りさんだからね。都会の人に見下されても、ですよねーって気持ちにしかならないんだよね。
だから今この瞬間も、アニスは別にアマンダ様の事をなんとも思っていない。
僕の言いつけを正確に守り、少しづつ顔がゆがむ絶妙な力加減で、さっきっから何度もアマンダ様の顔面を机に打ち付けている。
対するアマンダ様は、実にいい感じにアニスに怯えてくれている。すごい恨まれてるって、勝手にどんどん妄想を膨らませている。
おかげで僕がちょっと優しくするだけで、びっくりするくらい素直にいろいろいう事を聞いてくれる。
これは思いのほか、うまくいきそうだね。
優しい刑事さんと怖い刑事さん。被告に対し飴と鞭で交互に対応してやると、コロッと簡単にいう事を聞くようになるね。
『鑑定』さんは紙の上の知識としていろんなことを教えてくれるけど、それをしたら具体的にどうなるかは、一つ一つ自分で確かめてみないとわかんないんだよね。
だから僕は、どうすれば魔王を倒せるかの知識は山のようにあっても、本当にうまくいくかはいっこずつ試してみないとわかんないんだよね。
ほんと、責任重大だよね。はあ。
ねえもうこれざまあじゃないですよね。ざまあじゃない気がする。ざまあじゃねぇよな?
やっべーわかんねぇ。
この数日間ざまあについて考えすぎて、なにがなんだかわかんなくなってきてる気がする。
まあそんなことは置いておいて、とりあずこんな感じでしばらく続けたいと思います。