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アニスが流行病で死んだ。もともと馬車馬のように働いてばかりの彼女は普段から体力がなく、流行の風邪に罹ると簡単にこじらせて、あっという間にこの世を去った。
僕はアニスの納められた棺桶に土をかけるとき、特に涙は出なかった。
『女神の祝福』のおかげで寿命以外で死ねない僕にとっては、アニスの方がまず先に死ぬであろうことは既定の事実だったのだ。
まだ存命のアニスの義母さんがわんわん泣きながら僕に語り掛けてくる。
「アニスはあなたのおかげでほんとうに幸せだったわ。最後まで幸せままあの世にいけたわ。ありがとう! ありがとうっ!」
相変わらず何を言っているのかわからない家族だ。いや、言葉の意味は分かるんだが、何の話をしているのかがわからない。
僕は久々に、『鑑定』さんの力にすがりたい気持ちでいっぱいになった。
でもそれは無理な話なので、「こちらこそいろいろ助けられました。ははは。」みたいな感じで適当に濁して返事しておいた。
1年後、そういえば異世界では一周忌とかやるんだよなって思って(うちらの世界にはそういうのないです、なにせぽろぽろ人が死ぬ世界なんで)、アニスの部屋にある荷物をいろいろ整理してみた。
小さな鍵付きの木箱があって、鍵はなぜだか戸棚の奥にあって、両方見つかったので合わせてみたら空いたので中を見てみたら、僕が子供のころにあげたものとかが入っていた。
山奥で見つけた蛇の抜け殻とか、借りパクされた紫水晶とか、だいたいどれもそんなんだ。
ガラクタの奥に、スミレを押し花にしたしおりが入っていた。
僕がゴミ箱に捨てたはずのやつだった。
僕は一瞬、息をするのも忘れた。
どうしてこれがここに?
あの時確かに捨てたはず?
それをどうやってアニスが手にする?
そもそもアニスは次の日にはこれに興味を失っていたはず?
それがどうして今さらこんなところから?
無数の疑問が頭の中を渦巻いた。
……駄目だ分からない。
『鑑定』さん! 『鑑定』さん! 『鑑定』さん!
どうしてあのあと、僕はしおりの事を『鑑定』しなかった?
捨てた後のものを鑑定しようと思うわけがない。
どうして僕は、アニスがしおりについてどう思っているか『鑑定』しなかった?
そもそもアニスがしおりについて知っていると思うはずもない。
どうして僕は、あのころアニスが僕の事をどう思っているか『鑑定』しなかった?
駄目だあの時僕はアニスの勇者様への想いしか鑑定してこなかった。
どうして僕は、その後からでもアニスの僕への想いを、一度でも『鑑定』しなかった?
だめだ雰囲気が伝わってくるだけで気持ち悪くて、ちゃんと鑑定しなかった。
別に『鑑定』さんに頼らなくてもよかったんだ。
もともと借りパクされてた紫水晶はいつか絶対返してもらおうと心に決意していたんだから、チャンスがあれば彼女を問い詰める機会もあったはずだ。
水晶の事はアニスとの間で色々あったから、忘れずずっと覚えているんだ。
渋るアニスを無理やりにでもすれば、村に戻ってきてからの彼女なら絶対逆らえず、そしたら木箱の中のあれやこれやの話になって、そこからしおりの話にもなって。
「アニスお前、なんでこれ持っているんだよ!」訊ねる僕に真っ赤になったあいつが「うーっ。ぜったいに笑わない?」なんて感じで。
あいつ、つい1年前まで生きてたんだぜ。チャンスはいつでもあったじゃないか。
何やってんだよ僕は!
いつの間にか僕は、泣いていたようだった。
色褪せたしおりに水粒が落ちて、慌てて僕はしおりをよそへのけた。
それから僕は、ただただもう、延々と泣いた。夜の帳が下りて月明かりが窓の縁をゆっくりと移動していく中、いつまでもずっと泣いた。
死んだ人の事を想って、生まれて初めて僕は泣いた。
でも僕は人間だからいつまでも泣き続けることも出来ず、いつの間にか眠っていて、いつの間にか朝が来た。
『鑑定』さん、『鑑定』さん。
教えてください。『鑑定』さん。
僕は何かを間違えたんです。
でも、何を間違えたのか、分からないんです。
『鑑定』さん、『鑑定』さん。
教えてください。『鑑定』さん。
僕はアニスにどうすればよかったんでしょうか。
僕はアニスとどうなればよかったんでしょうか。
『鑑定』さん。『鑑定』さん。
『鑑定』さん。『鑑定』さん。
でも結局、『鑑定』さんはもういないから、すっかり重くなった身体を引きずるようにして、今日も僕は一人で生きている。
うむ。あと一話。




