129.
中盤から後半にかけて一部、人によっては精神的に辛いシーンがあります。苦手な方はごめんなさい。
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村に戻ってからの僕たちはまあ、色々あったけどしばらくして、僕とアニスは二人で新居に暮らすことになった。
ごたごたの経緯の中で少しだけくすりと笑ってしまったのが、なんか勇者様以外全員死んだことになってて、それが生きて二人戻ってきたので、村人たちに最初すごくびっくりされたことだ。
勇者様、自分以外はみんな死んだって伝えてたみたいなんだ。
ずっと無視して知ろうともしなかった勇者様の心の本音を聞かされた気分だった。
僕たち4人の事、そんなに嫌だったんですね。
後はそうだな、英雄の二人という事で、国から特別に年金をいただけることになった。結構な額の不労所得を手にすることが出来るようになったので、僕たち二人は一生働かなくてよくなりました。
あれこれ人間が駄目になるやつじゃね?
それでまあ、本当は僕は一人で生きていきたかったけど、狭い村で一人になれる場所もなく、今さら出ていく気力もなく、なによりアニスが四六時中僕のそばに居たがって、おまけに村の人たちもみんなそういうものだと思っていて、僕はアニスと二人で生活を始めることになった。
村の人たちは、僕と勇者様とアニスで色々あって口約束だったけど許嫁って話が婚約破棄されたって話とか全然知らないらしく、まあ普通に「結婚したんだからちゃんと式をあげなさい」みたいなことをあちこちで言われる。
その話が出るたびにアニスも、僕とアニスの両親たちもすごくヘンな顔になる。
僕とアニスの両親には、勇者様と僕たちの間で何があったかをすべて伝えたので、僕がアニスと結婚するつもりもない事を認めてくれている。
あの時アニスは珍しく大声で泣いて喚いて叫んで、「話さないで!」とか「あたしが悪かったの!」とか「そんなつもりじゃなかったの!」とかずいぶんうるさかったので、さすがに両親たちも本当にあった事なのだと納得してくれた。
ただ、とにかくその後もアニスが僕のそばから離れようとしないので、「しばらく二人で暮らしてやってほしい」とアニスの両親に深く頭を下げられた。
そう、あの日だけはアニスはやけにうるさかったが、普段のアニスはすっかり変わってしまった。
とにかく小さな声でしゃべるようになったし、いつもこっちをびくびくした目で見るようになったし、なんでも世話を焼こうとするし、家の外にあまり出たがらなくなったし。
いつも元気にぴょんぴょん野山を駆け回っていたアニスはもういなくなってしまったのだ。
少し寂しい気もするが、あれで僕は何度もひでぇ目にあったので、今のアニスの方が全然ましではあった。
けれどもそれは、ましというだけでどうにもイライラさせられることばかりだった。アマンダ様の卑屈な顔は淫靡な香りがしてぞくぞくしたものだが、アニスのその顔はただただ腹が立つのだ。
だからまあ、適度に邪険に扱いつつ、つかず離れずの距離で半年ほどが経った。
魔が差した。
その日の夜、アニスはランタンの明かりを頼りにちくちくと縫い物をしていた。
まずこのランタン明かりというのがよくなかったように思う。
3つ隣の村には、戦後復興という事で魔導ケーブルが引かれたそうで夜でも大層明るくなったと聞いているが、山二つ越えた僕らの村にはそんなものは導入される予定すらない。
だから夜の作業は薄暗いランタンのちろちろと燃える炎を頼りにいろいろしなければならない。
これが夜の女と組み合わさるとどうにもエロティックだ。
おまけに縫い物というのもどうにもよろしくない。だいたい僕たちは多すぎる年金で大金持ちだというのに、アニスはそれまで買い漁った王都の美しい衣装は全部処分して、村の安い作業着をわざわざ繕って身に付けていた。
買ったものじゃない。三軒隣のおばさんが体形が合わなくなって譲るといったものを自分で仕立て直して着たりしているのだ。
それで今、懸命にちくちくしているのだ。
これがまた、なんとも傍目にいやらしい。
僕はどうにもムラっと来てしまった。
美しい女に安い衣装に暗がりを灯すランタン。おまけに真剣な目で糸と針を動かすその胸元からチラリと白い肌が見えている。
押し倒してしまった。
アニスは一切嫌がらなかった。ただ最初のうちだけびっくりした様子で、途中から積極的に受け入れ、最後は二人してぎったんばったんしてしまった。
アニスはわんわん泣き出いていた。
さすがに付き合いが長いので理由はすぐに分かった。
「アニスは嬉しくて泣いてるの?」
「……うん。そうなの。」
「アニスは僕が好きなの?」
アニスは何も言わず、僕に強く抱きついてきた。
ああ。やっちまったなと思った。
僕は次の日、土下座してアニスに謝った。昨日の一件は間違いだった。僕はアニスとあんなことをするつもりはなかった。この先二度とするつもりもない。腹が立つなら怒っていいし、嫌になったら出て行っていい。むしろ僕が出ていく。僕がいいならそれでもいいし、このままいっしょがいいならそれでもいいが、ただし僕は君と昨日のようなことは二度としない。
それでアニスは出ていかなかったので、僕はもともと分かれていた寝室をさらに離すため、書斎の奥ににベッドを引き込み、夕食を食べ終わるとそこに籠もるになった。
アニスも夜には僕に近づかなくなった。
デキてしまった。
たった一回でも、着床するときにはする。
僕はまた土下座して、堕ろしてほしいと頼み込んだが、この時のアニスはこれには言う事を聞かなかった。
絶対産むと言って聞かなかった。
自分は出ていって一人で産んで育てるとも言った。
さすがにそこまでさせるのは男として酷いので、僕はしぶしぶ受け入れまた、三人で暮らすことを約束した。
そうだ。彼女はもともと、子供を産み育てたい女の子だったのだ。その権利を誰が奪うことが出来ようか。ただその種が僕であるという事実だけが、どうにも僕を嫌な気持ちにさせた。
「僕以外の男と浮気してたりしないよね?」これはむしろ期待を込めて言ったのだが、アニスはものすごい剣幕で怒り出した。うんこれ父親は間違いなく僕だね。
きちんと教会に届け出を出して、僕とアニスは夫婦になった。
お互いの両親と6人で簡単な結婚式をしたら、アニスの義母さんが号泣した。
号泣しながら、
「ありがとう、ごめんなさい、ごめんなさい、ありがとう、」
なんかよくわかんないことをずっと言い続けていた。
アニスの一家は全員昔からなに言っているのかわからなくて、毎回『鑑定』さん便りの暗号解読みたいな感じなんだけど、『鑑定』さんいない今ではマジなに言っているかわかんない。
「あーはいはい。」なんか適当に返事しておいた。
生まれた子供は女の子だった。
好きな名前にしなよ、スミレとか。僕は言ったのだが、アニスは首を横に振った。
どうしても僕に決めさせたいらしい。
「アンナ。」
聖女様の名前がとっさに浮かんだ。
アニスはことのほか喜んだ。
えっ? いいんですか? 僕が当初結婚する予定だった相思相愛の女の子の名前ですけど。
ある意味あなたの最大のライバルだったと思うんですけど。
むしろそれがいいらしい。
「ちなみに男の子だったらロイドって名付けようと思ったんだけど。」
「それだけは止めて!」
まあそうだよね、さすがにそれはイヤだよね。
世間的には流行っているみたいですけどね、勇者様の名前つけるの。
順調に行っていると僕が勝手に信じ込んでいた子育てに大問題が起きていたと気付いたのは、ずいぶんと後になってからだった。
アンナは僕の前ではとにかくしおらしく、うるさくはしゃぎまわることもなく、僕の膝の上で一緒になって本を読むが大好きな女の子だった。
僕は少し前から、有り余る年金の使い道として大量の本を買い漁るようになっていた。特に辞典、辞書、翻訳辞書などを率先して集め、片っ端から読み耽るのが毎日の事となっていた。
辞書はいい。これは人類が『鑑定』さんに至るための大切な一歩だ。
これが発展し、地球のぺでぃあさんやぐぐるさんみたいになり、最後にはきっと僕の大好きな『鑑定』さんになってくれるはずなんだ。
まあそんな意気込みがあったのかなかったのか、とにかく眺めているだけでも僕は幸せな気分に浸れるのだった。
どれも値段の張るものばかりで、僕が頂戴する年金だけでは足りなくなってしまい、「あたしの分も使って」などと気のいい返事をするアニスについ付け込んでしまうような格好で、二人分の手当をつぎ込むようになっていた。
建物の増築もし、奥の建物は完全に僕の書庫兼居住区といった様相を呈すようになっていた。
アンナはそんな僕の居室にちょこちょことやってきては、僕の膝の上に乗り、せっせこ書き文字の練習をしたり、一緒になって絵本を読んだり、お話の意味について二人で考えたり。
お昼になったらアニスが声をかけに来て、二人で仲良くご飯を食べて。
僕は可愛いアンナをすっかり可愛がっていた。
可愛いおべべを買い与え、素敵な飾り物もたくさん用意して。
だから僕は気付かなかった。
アニスと二人きりの時のアンナがどんな様子だったのかを。
「アニス。お父様からいただいた靴がくすんでいるわ。お手入れなさい。」
僕はそんなアンナの一声にぎょっとなった。
「わかったわ。」返事をし、その場に跪くアニス。アンナは僕の買ったきれいなドレスを着こなし、アニスはじぶんでチクチクしたぼろきれみたいな着物をかぶり、まるでお貴族様と奴隷みたいだった。
その場でアンナの靴を手入れしようとするアニスを、アンナはぽかりと叩く。
「違うわアニス! そうじゃないでしょう!? あたしは今からお父様と読書の時間なんだから、代わりの靴を用意しなさいと言っているの! この靴はあなたが後で磨いておくのよ。ほら、早くなさい!」
僕はその場でアンナに駆け寄って、思いっきりひっぱたいていた。
「実の母親に向かってなんて言い草だ!」
アンナはまるで状況を分かっていない様子で、程なくしてボロボロと涙を流して泣き出した。
「お父様がぶった! お父様があたしをぶった!」
そんなアンナにアニスが近づく。「だいじょうぶっ? アンナ!」
アンナはさらにとんでもない事を言い出す。「お前がおかしなことをするから、お父様が私をぶったのよ! お前が! お前が!」
アンナはアニスを叩き始めた。子供のお遊びとは思えない、力の籠もった打ちかただった。
アニスの顔がみるみる赤くなっていく。
対するアニスはもっとひどかった。「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」打ち据えられるままになりながらも、ただただ謝り続けた。
僕はあまりのことに言葉もなかった。
ようよう気が回るようになると、とにかくアンナとアニスを引き離す。
「お父様? あたしは何も悪くないのよ? 悪いのはみんなこの女なの。ねえそうでしょう?」
僕は頭がくらくらして何も言えなかった。この娘は何を言っているのだ。
だが、その後時間をかけてアンナから聞き出した次の一言が、僕を絶望の淵へと追いやった。
「だってお父様も、いつもアニスにそうするでしょう?」
もちろん僕は、アニスをぶったことなんて一度もない。でもそれ以外は全部そうだった。
あれをやっておけ、これを準備しろ。バカ違う。何度言えばわかるんだ。お前はどうしようもない女だ。
なんてことはない。アンナは僕の背中を見てアニスに同じことをしていただけなのだ。
わかったわ。すぐにするわ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
対するアニスも、僕に対してするのと同じようにアンナに接していただけなのだ。
僕は。
それから僕は、あまり自宅には戻らなくなった。丁度辞書好きが高じてある出版社からその編纂に携わらないかとお声がけをいただき、僕は二つ返事で引き受けた。
王都と自宅を行き来する生活が始まり、僕はずぶずぶとそれにのめりこんでいった。
もちろん初めのうちは、アンナに母親を敬うように言ったし、アニスには毅然とした態度をとるようにも言った。言うだけでなく、見はったり、時には叱りつけたりもした。
全部無駄だった。
奇妙な共依存があり、二人はすぐに元の関係に戻ってしまう。
おまけにアンナは、僕の前では可愛らしい娘のふりをして、膝の上にのっかって勉強したり、本を読んだりと、変わらず甘えてこようとした。
気持ち悪くなって、アンナを放り出した。あんなに可愛らしいと思っていた上目遣いのアンナのおねだりが、媚びた気持ち悪い女の目に見えてしまうようになっていた。
僕は自分の行いを恥じ、アニスに対して優しく接するように心を入れ替えようとした。
代わりに持つよ。なにか手伝うことはない? 今日の料理もおいしいね。今日もアニスは奇麗だね。
アニスはなぜか頑なに拒絶した。
あたしがやるからいいわ、なにもないわ、いつもとかわらないわ、いつもと同じよ。
それで結局、僕が出来ることは何もなくなってしまった。
僕は仕事に逃げ、月の半分以上を王都で過ごすようになった。
いっそこのまま王都に一人で暮らそうかと何度も思ったが、それでは僕がアニスを捨てることになるといった思いがこびり付いたように頭から離れず、意地になって萎えた足を引きずるようにして、残りの半分は自宅で過ごした。
自宅では、隙をねらって時折アンナがやってくる。
可愛いおべべを着て。上目づかいで。
僕がすげなく追い返してやると、アンナの金切り声が遠くで聞こえる。
「お前の言う通りにやったのに! 全然だめじゃないの!」
誰かのこんな声も聞こえる。「ごめんなさい。ごめんなさい。」
僕はとにかく、目の前にある原稿に意識をむけることに気を配った。
そのうちアンナは僕に近づくこともなくなり、僕らは同じ家に住む赤の他人、といった関係になっていった。
アンナが15歳になる少し前、王都に出来た知人を通じて、ある提案があった。
――王都に長らくある伝統的な学院は、いままで貴族たちだけのものだったが、今後は平民にも門戸を開いてゆこうと考えている。
もちろん充分に精査し、問題ないと判断できるものしか入学することは出来ないが、あなたのお嬢様ならむしろぴったりではないだろうか。
立場は平民であっても、救国の英雄二人のお子様であるし、聞けば幼いころよりお父君の薫陶を受け、素晴らしい知性と教養を身に付けているという。
むろん判断するのはあなた方だが、どうだろう。
決して悪いようにはしないから、少し前向きに検討してみてはもらえないだろうか――
その話を聞いて僕が最初に思ったことは、ああ、アンナももう15歳なんだなってことだった。
いつの間にかそんな年月が経っていたことが一番の驚きだった。
僕は話を持ち帰り、アンナに説明してやった。
「まあ、先方さんはすっかり乗り気な様子だったけれど、決めるのは君だ。
僕としては、自分が15歳の時に王都の活気に触れることができて、まあ僕の場合は勇者様達との救世の旅の準備があったからあまりあちこち見て回ることは出来なかったけど、世界が広がったと感じられてとても良い経験だったよ。
アンナが迷うようならばぜひともお勧めするけれど、最終的には君の好きなようにしたらいい。どうする?」
15歳の祝福の儀をまぢかに控えたアンナは、アニスの血を受け継ぎちょっとびっくりするくらいの美少女に育っていたけれど、その心はすっかりひねくれ、冷めた目つきにひねた笑いでなんだか気持ち悪い顔をしていた。
そんな彼女が鼻で笑うようにしてこう言った。
「いいわ、お父様。お父様にも付き合いがあって断りづらいでしょう。あたしがそのお貴族様の学院とやらへ行ってやるわ。」
「考える時間はまだあるよ? そんなに即断していいのかい?」
「行こうが行くまいが、どっちでも同じでしょう? だったらあたしは行ってやるわ。」
「僕は君に自分の心で考えて決断してほしかったんだけれど。」
「あたしは自分の心で決断したわ。それで、お話はほかにあるのかしら?」
「いや、ない。では先方にはそのように伝えておくよ。」
こうしてアンナは学院に通うことになった。
3年後のアンナがやらかしてくれた。
なにやらアンナは学院でとんでもない大暴れをしてくれたようで、第三王子、宰相の息子、騎士団長の息子、公爵の義理の息子、学院の教師、といった面々を次々にたらしこみ、最後には第三王子をそそのかし、卒業パーティの日に公爵令嬢との婚約破棄を言わせたそうなのだ。
あれ? どこかで聞いたことあるような話じゃね?
いったんは追い詰められたかに見えた公爵令嬢様は、機転を利かせた見事なやり口でその場を切り返し、なんやかんやでアンナの処罰が決まった。
王都からの使者が、わざわざ僕とアニスが二人そろっているタイミングを見計らって、カーター村の僕の家までやってきた。
王国の紋章を付けた、国王代理の権限がある本物の使者だ。
「本日は、アル・カーター様ならびに細君様お二方にご相談がございます。」
相談とは、アンナの処遇である。本来平民である彼女が一国の王侯貴族を扇動、侮辱、恐喝したとあっては死罪は免れない。
しかしアンナは救国の英雄二人の一粒種だ。
むろん、魔王を見事討ち果たした今の僕やアニスが、その力を失いただの人間となっていることは周知の事実だ。単純に戦力、兵力としてはなんの脅威もない。
ただし世論に目をむければその影響力は絶大だ。
勇者様が討伐後にあちこちで語ったり書籍になったり演劇になったりして広まった冒険譚のおかげで、賢者アル、剣聖アニスは絶大な人気を誇っているし、その一人娘がすんげぇ美少女だなんて話になれば、おいそれと命を絶ってもいいものかと王宮内が紛糾しているらしい。
「ですからご夫妻、あなた方のお気持ちを伺いにまいったのです。もちろん判断されるのは国王様ですが、お二方のご意見は最大限に尊重されましょう。
ご息女様について、いかが希望されますか?」
アニスがぽかんとした顔になった。
うんこれあれだ。使者様の言葉遣いが難しくて意味が分かっていない顔だ。
「アニス? アニスが望むなら、国王様がアンナの命を助けてくれるかもしれないってさ。もちろん修道院に一生幽閉とか、大変な人生が待っているだろうけど、この先恩赦が出ればいつか家族で再開できるかもしれない。アニスはどうしたい?」
「アンナは助かるの?」
「もしかしたら、だよ。」
「そう……。」アニスはずいぶんと長い事考えていた。
「あたしには決められないわ。」
「どうして? 君がお腹を痛めて産んだ子だよ。君にしか決められないよ?」
するとアニスは、えらく真剣な顔つきになって、滔々と次のような話を始めた。
「違うわ、アル。
あの子はどうしようもなくバカだったあたしに女神様がくれた特別な贈り物だったの。
あの子はアンナ様の生まれ変わりだったの。
女神様が特別に許してくださって、あたしにアルの子供を授けてくださって、それはアンナ様だったの。
あたしはそれだけで十分に幸せをいただいたのに、これ以上のことはあたしには決められないわ。」
うーん。相変わらずアニスの言っていることは半分も理解できない。アンナが女神様の許しを得たアンナ様の生まれ変わりとかって、そんなわけないでしょう。……そんなわけねぇよな?
「だからアルが決めて。バカなあたしの代わりに、アルが一番いい方法を選んで。」
そういわれてしまうと、僕が選ぶ選択肢は一つしかなかった。
「アニス。僕は今から酷いことを言うよ。
あんまりにも酷い話だから、少しでも嫌だって思ったら、君は僕を止めて。いい?」
アニスが無言でうなずく。
「使者様。アンナは処刑してください。」
「なんと!」使者様がうめき声をあげる。
アニスを横に見ると、彼女もこくりとうなずいた。
「国王様にお伝えください。勇者やその仲間の力は大変に強大で、一国いや世界をも亡ぼすほどの威力を秘めています。
このような力を個人の所有とせぬよう、本来はこれを心ある善良な権力者が治める国家の配下に置き、いっそう公正に管理せねばなりません。
国王様が自らを公正であると、いや、公正であらんと常に律する心構えがあるのなら、勇者とその一行に過ちあれば、王は努めて公正にこれを断罪せねばなりません。
世論に流され、断罪に手心を加えてはなりません。
僕やアニスが勇者の輩である以上、アンナがその娘である以上、より一層の公正さをもって事の判断をなさってください。
ただしこれを為すからには、次の魔王討伐の大事の際にも決して公正さを損なわぬと神前に誓ってください。
そして次代の王にも同じ神前に誓わせてください。
もちろん次々代の王にも、そのまた先の王にも、王家に連なる、全ての王にも。」
「しかと! しかと違わず、お申し伝えましょう!」
使者様は踵を返し、駆けるようにして王都に戻っていった。
アンナの処刑が決まったのは程なくの事だった。
王はせめてもの慈悲として、大衆の面前でのギロチンではなく牢の中で毒杯を仰ぐことを許した。
伝え聞くところによると、彼女はこのように喚いたそうだ。
「お父様! お父様! これで満足なのでしょう、お父様!」
けらけら笑い出す彼女を押さえつけ、毒を口に流し込むのは大変だったそうだ。
なおその数日後、勇者様も処刑された。理由は知らない。
僕はアニスの子供を二人もこの手で殺した。
アニスはそれでもまだ僕のそばにおり、今日もぼろきれのような衣装を身に付け、せっせと身の回りの世話をしてくれている。
僕は。
後日の話だ。
罪人の死体を墓に入れるわけにはいかないとアンナの亡骸は僕たちのもとに帰ってこなかったが、処刑に係わった警吏の担当者が気を利かせたのか、彼女の遺髪が送られてきた。
個人を偲ぶにぴったりな、奇麗なピンク色の髪だった。
この話を思いついてしまったが故、アニス復縁ルートを選びましたが、これでよかったのか、私にも分かりません。
ただし私はどういう訳だかすげー満足しています。
「ざまあ」されたピンク髪娘の両親って、多分アルとアニスみたいな二人なんだろうなーって思いついたらここまでノンストップだった。
あとゴメン。UPした直後に思いついちゃってすぐに修正かけて、勇者様も殺しちゃった。
より一層俺好みの仕上がりになった。




