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「アルっ! アルっ! アルっ!」アニスに揺さぶられて、僕は目を覚ます。
何で死んでないのかねぇ。
ふと横を見ると、なんかアンナ様の首らしきものが神々しいまでに光ってた。
えーっ……。僕がげんなりしていると、心の内に声が鳴り響く。
――死んじゃ駄目ですアル様。アル様は私の分も生きて、人生を楽しんでください。アル様には特別に「女神の祝福」も差し上げますね――
アンナ様の声だった。アンナ様死んでなかった。首だけで生きてた。しかも普通に奇跡も使えた。さすがは現人神。神様の領域に片足突っ込んでいるだけはある。
でもちょっと自分は先にいなくなる感じの不穏なセリフだね。
あ、アンナ様の首がなんか砂みたいにさらさらと崩れて、風に舞って消えてしまいました。多分これで死んだってことなんですかね?
『鑑定』さんなくなっちゃったので、ちょっとよくわかりません。
それにしてもアンナ様、最後の最後まで酷い人だった。だってあれでしょ? あの人アマンダ様があんなことになっている間も生きてたってことでしょ? でも彼女の事はどうでもいいから見殺しにして、僕の事だけ助けたってことでしょ?
僕も相当なクズだけど、あの人もかなり酷い外道だったね。
そんなことをつらつらと考えていると、なんだかいろいろ馬鹿らしくなったので、僕は諦めて身体を起こした。
「さーて。なんかいろいろあって疲れたから、村に帰ろうか?」
「えっ?」アニスがびっくりとした顔になる。
「なにぽけっとした面してるのさ。すること全部やったんだから、後は村に帰るだけでしょ? それともアニスは王都がいいの? だったらここでお別れだね。」
「やだっ! あたしも村に帰るっ!」
それからアニスは僕に抱き着いてきた。抱き着きながら、わんわん泣き出した。
「なんで死んじゃおうなんてしたのっ! なんで毒なんで飲むのっ! あたしが悪いのっ? あたしのせいっ? あたしがっ。あたしがっ。」
ちょっとなに言ってるんだかわからない。『鑑定』さんがいないから、何考えているかもわかんない。うわーこれから残りの一生ずっとこれなのか。
状況をテキスト化してくれる便利ツールがないせいで、なんでアニスがこんなになっちゃったのかわからない。
前はあれっ?て思ったら片っ端から鑑定かけてざっと結果眺めてたらだいたい状況が察せられて便利だったのに。ないとマジ辛い。ぐぐる病? みたいな。
ああ『鑑定』さん、あなた抜きの人生は出だしからしょっぱいです。
僕はともかくアニスを抱きしめ返して、背中をぽんぽん叩いてやる。
「とにかくここから離れよう? 国軍の皆さんが来ると、いろいろ面倒だよ。僕は早くおうちに帰りたいよ。」
「もう死のうとしたりしない?」
「しないよ。っていうかさっきアンナ様がいまわの際に「女神の祝福」をくれたから、老衰以外で死ねなくなっちゃったよ。だから諦めて、僕は生きるよ。」
「ほんとう?」えー、まだなに疑われているんですかね。
「ほんとう。僕は死なない。もう死のうとも思わない。約束する。」
「わかったわ。」
それですっかり元気になったアニスは、いそいそと帰り支度を始めた。
僕は戦闘中もすることなかったから先に準備は済んでおり、ぼーっと勇者様の背中を眺めていた。
いや、さっきからずっといたんですよ勇者様。ただなんか僕らに背中を向けて微動だにしないんで、なんかめんどくさいんでずっとそのまま放置していました。
なんか勇者様の背中を見ているとどこか切ない。
例えるなら、そう。
お父さんは家族が新しく買ってきたペットの犬のため、一生懸命犬小屋を作りました。慣れない日曜大工でとんてんかんてん。でも家族はだれも見向きもしません。
「やった! 出来たぞ!」でも誰も褒めてくれません。
一週間後、お父さんの不格好な犬小屋は粗大ごみに出されました。代わりにお店で買ってきたおしゃれな犬小屋がそこにありました。犬も喜んでいました。
みたいな。
お父さんも若いころは浮気症で数々の女性と浮名を流してたみたいだけど、最近は心を入れ替えて、頑張ってお父さんしようとしてたんだ。
でもゴメン。なんか勇者様、マジゴメン。
僕は勇者様とどう接すればいいかわからないから関わらないようにしてたらこんなことになっちゃった。
本当にゴメン。
そうこうしているうちにアニスの支度が終わり、僕たちは国軍の皆さんが来る前にそそくさとその場を離れた。
少し歩いて丘の上にたどり着き、振り返ると勇者様を国軍の皆さんが囲んでいた。
豆粒みたいなサイズの勇者様が右手を上げる仕草らしきものをすると、「おおおおおっ!」という地響きみたいな唸り声が上がった。
アニスも声に気付いて振り返って、僕に並んでしばらく二人でそれを見た。
鬨の声ってやつだ。みんなが勇者様を讃え、一斉に「おうおう」唸っている。
遠目だからわかんないけど、なんか勇者様も嬉しそうだ。
「なんか、ああいうの聞くと終わったって感じがするわ。」
「そうだね。僕らもやっておけばよかったね。」
そしたらアニスが「おーっ」てちっちゃく可愛い声で手を挙げた。
「えーなにそれ?」僕はおかしくなって笑ってしまった。
アニスがもう一回、可愛く「おーっ」って言うから、僕も合わせて「おーっ」って言ってみた。
なんか本当に終わった感じがした。
それから僕たちは鳴りやまない鬨の声を背中に、あらためて帰路についた。
この二人は本来こんな感じのずーっと仲のいい幼馴染の村人カップルだったんでしょうね。




