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アンナ様の仕上がり具合は『鑑定』さんを通じて逐一チェックしていたから、中身についてはそんなに心配していなかったけど、改めてこう一か月たって直接対面すると、その衝撃はちょっと言葉では言い表せない。
アンナ様は干からびて即身仏とお成りになりました。
あれれ? ミイラってたった一か月で作れるものだっけ? そもそも湿気の多いこんな洞窟で、なにしたらこんな見事に蝋化するの?
1か月前、何の物資も渡さずに、山奥の洞窟にアンナ様一人を押し込んで入口を完全にふさぎ、今日まで放置しておいた。
ノリとしては漬物野菜の入ったカメを地面に埋める感じに近い。
もちろん相手は野菜ではなく人間なので、そんなことをすれば普通は1週間も生きられない。
だがそこが今回の作戦の要だった。
僕は最初、アンナ様も含め4人でしっぽり合宿して、せいぜい勇者様をうらやましがらせてやろうって考えてた。
けれどもそれではアンナ様が本気にならないってすぐに気づいてしまった。。
とかくアンナ様は現状に少しでも安心材料があると、そこにすがって満足してしまう。
どうにもならない、それこそ生死をかけた状況に追い詰められて初めて打破しようとあがきだす。
だから、心を鬼にして徹底的に追い詰める必要があると思った。
どうすれば覚醒するのかなんて分からない。
ただただ、そこまでしなければ決して彼女は本気にならない、その一点だけが僕の分かっている全てだった。
そして僕は彼女を洞窟の奥に閉じ込めた。
結果、アンナ様はアクロバティックな方法で女神との交信を果たした。なんとアンナ様、延々と僕の事を考え始めたのだ。女神様との最後の交信が僕こと「アル様」についての内容だったので、動物的嗅覚でそこに飛びついたのだ。
「私の好きなアル様は」とか「こんなアル様が素敵です」とか。はたで盗み見している僕からすると裸足で逃げ出したいくらいの赤面物の状況なのだが、これが女神様にはてきめんだった。
「アマ・ノイワド」作戦っていうの? ブツブツ考え出したアンナ様についつい女神様も気になるようで、気が付くと二人は四六時中僕の話で盛り上がっていた。
やめて! 彼女未満の女の子が僕の実家に遊びにきて、僕のいないうちに嫉妬半分の母親に根掘り葉掘り聞かれてる感じがするの、なんかやめて!
それでしぶしぶアンナ様を受け入れることにした女神様は、なんか現実のアンナ様が死にかけているの見て、つい気の毒になり自分の力を分け与えた。
女神の神力を受けたアンナ様がごにょごにょなって出来上がったのが、あの即身仏という事のようだ。
僕は『鑑定』さんを通じてアンナ様と女神様のおしゃべりらしき謎の交信を盗み見しているだけだったから(正直恥ずかしくて詳しくは聞いていない)、まあ元気にやっているんだなと鷹揚に構えていたのだが、まさかこんなことになっているとは。
これ、どうみてもセックスできる身体じゃないよね?
《あっ!》
え? なに今しまったみたいな感じの事考えたの? 僕とのセックスより女神様とのおしゃべりの方が楽しかったの? それですっかり忘れてたってっていうの?
《どうしてもというなら、出来ないこともないのですが……》
なにやら歯切れの悪い返事のアンナ様。
なんかアンナ様の心を『鑑定』して察してしまった。どうもアンナ様、女神様と深く交信するなかで、新しい遊びを見つけてしまったようだ。
セックスなんか目じゃないくらい気持ちいい遊びらしくて、なんかそれに夢中らしいんだ。
なおその遊び、女神様にとっては普通な事らしく、特に何も言われないらしい。
うんこれ、多分人類に早すぎるやつだ。僕が理解しようとすると目と耳と鼻から血が出て死ぬような奴だ。
自分の欲求に恐ろしいほど忠実なアンナ様は、「気持ちいい」というそれだけの理由で平然とその向こう側に足を踏み入れ、人ならざる者へと変容してしまった結果がこのご神体のようだ。
アンナ様は人類の未来の開拓者の一人だったのだ。わりとダメな方向で。
「アンナ様は未知の世界に旅立たれてしまったのですね……。」感無量の僕がそう呟くと、
「どういうごどよ! ある・がーだー!」アマンダ様が僕に詰め寄り、胸倉をつかんできた。
え? 何でアマンダ様が怒っているの? 怒りたいのは僕の方だよ。
「どうみでも死んでいるじゃないの! どうぜぎにんをどってくれるの!」
あーそういう誤解ですか。
「大丈夫ですよ、アマンダ様。こんななりですがちゃんと生きてます。なんか一か月間食事も睡眠もとらずに延々瞑想を続けたらこんなふうになっちゃったみたいですけど、女神様の力が宿りましたので、これでちゃんと生命活動はあるんです。
むしろ以前よりぴんぴんしてます。」
「どごがよ!」さらに剣幕を上げて胸倉をぶんぶん振り回そうとする。ちょっとアニスさんこれ止めてくれませんかねえ。
「……。」隣に立つアニスは真っ青な顔で口をパクパクさせている。
アニスもアンナ様が死んでしまったと勘違いしているようで、あまりのことに声もないようだ。
その時、何やら天井あたりから差すはずのない一筋の光が降りてきた。暴れるアマンダ様を包み、僕を包み、隣にいたアニスも包み。
「パーフェクト・ヒール。」
『鑑定』結果に思わず僕はつぶやいた。
それは神の奇跡を超えた、神の発現。アンナ様は女神様と完全に心を一つにし、世界を創造するという、神そのものの力が僕たちに降り注いでいるのだ。
どうやらアンナ様は、『聖女』を超えたとんでもない力を手にされてしまったようだ。
醜くゆがんでいたはずのアマンダ様の顔がみるみる内に戻っていき、潰れた鼻はすらりと伸び、欠けて失われた前歯は生えてきた。しかもなんだか、以前より歯並びが良いように見える。
アマンダ様が僕の胸倉を掴んでいた手を離し、自分の顔の方へと近づける。ペタペタと触り、感触を確かめ。
「アマンダ様? 元通りどころか、前より美しくなっていますよ。パーフェクト・ヒールは天地創造と同じ力がありますから、アマンダ様の遺伝子が成長して得うるうちの最も美しい顔を計算して自動成形してくださったようです。
後で鏡を用意しますから、ご覧になったらびっくりされると思いますよ。本当に美しいです。」
「あああああっ!」アマンダ様が感極まった様子で、ぽろぽろと涙を流されました。
神の発現によりすっかり身も心もきれいになったアマンダ様。どうやらここ数日のすさんだ心も洗い流されたようです。すげーなパーフェクト・ヒール。
あ。悪魔の子種も流されてる……。
「ちょっとアンナ様! 何てことしてくれたんですか! せっかく騙して脅して無理やり植え付けた悪魔が浄化されちゃってるじゃないですか! これじゃあ攻撃の要がなくなっちゃいますよ! 今すぐ戻してください!」
《えーめんどくさいです。あれなんだか気持ち悪いです》
「そんなこと言ったって、これじゃあ勝てないんですよ!」
干からびたミイラに詰め寄る僕の肩に手をかける人物がいた。
「よしなさい、アル・カーター。浄化されてしまったものは仕方がないでしょう?」
「でもっ!」
「もう一度、私が受け入れればいいでしょう? それで勝てるというのなら、私がもう一度アレを宿せばいいだけでしょう?」
えっ? この菩薩みたいな顔で殊勝な申し出をしてくる優しいお姉さんは誰だ?
まさかのアマンダ様だった。
「アマンダ様がそんなことを言うなんて。なんか気持ち悪いです。」
「こらっ!」めって顔でアマンダ様に怒られました。あれ? きれいなアマンダ様、ちょっと可愛い?
「悪魔なんか宿したら半年で死ぬってさんざん怯えていたけれど、いつでもアンナが浄化してくれるって分かったから色々馬鹿らしくなったのよ。」
アマンダ様はそれからにっこり微笑んで。
「でも私はクズで小心者だから、自分で決断するのはやっぱり怖いわ。だからアル・カーター。あなたが私に命じなさい。何度でも悪魔を孕めって命令しなさい。私はあなたに絶対服従するわ。」
めっちゃ可愛い顔で上目遣いに見つめてくる。
あーこれ吊り橋効果とかで僕に発情してるっぽくないですか? 吊り橋作ったのも無理やり渡らせたのも僕ですが、ここでまさかのアマンダ様ルートですか?
でもこれ次の日にはアマンダ様が我に返って、僕がひどい目に合うやつですよね。
「分かりました。ではアマンダ様は僕のメス奴隷になってください。
あ、間違えた。もう一度悪魔を孕んでください。」
アマンダ様は嬉しそうにほほを染めつつ、こっくりと頷いた。
それでとりあえずすっかり干物になったアンナ様を背負子に縛りつけて僕が担ぐことになったんだけど、何か加減を間違えたのか、持ち上げた瞬間ポロっと右腕が取れちゃった。
僕たちは大変慌てたんだけど、
《大丈夫です、アル様。腕なんて飾りみたいなものですから。》
ってアンナ様があっけらかんというので、とりあえず取れた手は横木に括りつけておいたんだが、本当にこれ大丈夫なんだろうか。なんか悪魔の右手っぽいんだが。
何やら不吉な未来を暗示している気がしないでもなかったが、僕は考えても無駄だと忘れることにした。
こうしてより強力な悪魔を宿したアマンダ様と、剣神になったアニス、なんかすごいものになったアンナ様が出そろい、いよいよ魔王討伐への第一歩を踏み出す日が近づいてきた。
アンナ :即身仏・あらびとがみ
アニス :剣神・狂信者
アマンダ:魔女・悪魔憑き(物理)
たったひと月ですごいレベルアップをしたぞ!
 




