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薙ぐ、斬る、叩く、突く

 開講式から一夜が明けた。ついに聖天馬騎士候補生としての士官学校生活が本格的に始まる。演習区画の『武術演習場』に集まる。ウルゥ先生が『乙女』と呼ぶ少女たち。皆、入学前は社交界でドレスを着ていたような貴族令嬢だ。真新しい修練着を身にまとい、手には訓練用の槍を握っている。


 ジェーンもいつもは腰まで伸ばしているストレートの髪を、動きやすいように三つ編みのお下げに結わえている。レイラに手伝って貰って結んだ。これからジェーンの愛馬になる聖天馬のパフの尻尾も、レイラによって三つ編みにされている。聖天馬騎士と愛馬、お揃いというわけだ。


「さあ、乙女たち。覚悟は出来ていますか。血を吐く覚悟です。貴女たちはひとたび槍をとれば令嬢から騎士に変わらねばなりません。貴女たちに必要なのは乙女としての品位と、騎士として血を吐く覚悟です。それ以外はすべてお捨てなさい。よいですね!?」

「「「はい!!」」」


 乙女たちは力強く返事をする。

 蒼玉のような青髪を後ろ手に縛ったウルゥは「よろしい」と頷く。彼女が身につけるのは帝国騎兵の鎧。銀色に輝き、日の光をきらりと反射している。 


「薙ぐ、斬る、叩く、突く!! この四要素こそが帝国騎兵の基本と心得なさい!! 生きるも死ぬも、すべては貴女自身の槍先が定めると知りなさい!! では、はじめ!!」


 ウルゥの掛け声に合わせて、乙女たちが一斉に槍を振る。


「やあ!!」「やあ!!」「やあ!!」


 薙いで、

 斬って、

 叩いて、

 突く。


 敵兵を模した人形に向かい、必死に槍を動かす。汗が跳ぶ。二十四人の候補生たちが声を合わせる。


『薙ぎ払う』。自分と聖天馬の身を守る防御の技術。広く槍を振るうことで相手を懐に入れないため。敵の槍を弾く、弓矢を打ち払う。

『斬る』。相手の利き腕に槍を振り下ろす攻撃の技術。敵の意識を攻めから守りへと誘導するため。相手の隙を生み出すための牽制手段。

『叩く』。敵の脳天を狙って打撃する積極的な防御の技術。重力を味方につけた一撃で、敵を怯ませ、隙を作る。

『突き』。すべてをかけた一撃必殺の攻撃の技術。敵の心臓をめがけ、鋭く刺突する。


 帝国貴族の令嬢にとって槍の習いは幼少から施される基本的な技能の一つ。剣と槍。その二つが帝国貴族に求められる武芸の双璧といってもいい。乙女たちの中にこれまで槍を握ったことのないような者は一人もいない。

 だが、彼女たちがこれまで身につけてきたのは貴族令嬢としての槍術。

 いま、彼女たちに求められているのは騎士としての槍術。


「レディ・セシリア!! 腰が引けています」


 ぴしり、と教鞭がとぶ。ひうっ、と尻を打たれたセシリアが声を漏らす。


「い、痛いですわ!!」

「それは結構。死ぬときは痛みなど感じている暇はありません。この痛みを血を吐きながら槍を振るうのです。地上で存分に槍を扱えずして、馬上でなど扱えるはずもありませんよ!!」


 ウルゥは、候補生たちの後ろをゆっくりと巡回しながら鞭を振るう。鞭の音が響くたびに、乙女たちの槍を握る手に力がこもる。叩かれるのは痛い。痛いし恥ずかしい。しかし、それ以上に屈辱だ。蝶よ花よと育てられてきた貴族令嬢にとって尻をむち打ちされることの屈辱といったらない。


「レディ・ジェーン!!」


 来た、とジェーンは思った。


 薙いで、斬って、叩いて、突く。

 薙いで、斬って、叩いて、突く。


 背中にウルゥの視線を強く感じている。


「レディ・ジェーン、貴女はいま何を考えていますか?」

「……え、えっと」


 ビシッ、という音。次いで尻に熱いものを感じた。


「ぁっ……!!」

「即答なさい! 即答できないというのは考えてない証拠。思考するのです。思考なくして成長など望めるはずもありません!!」


 ピーッ、と笛の音が響く。

 それは『注目』の合図。候補生たちは皆、穂先を天に向けて待機の姿勢をとった。


「乙女たち、いいですか。貴女たちはもはや社交界の華ではないのです。敵を殺し、味方を守る。帝国の矛であり盾なのです。槍を握ってる間、貴女たちに個人的な感情など無意味です。ただ目の前にいる敵を打ち倒すことだけを考えなさい。殺す、殺すのです!!」


 と、ウルゥは指先で宙に魔法印を描いた。瞬く間にその手に指導用の模擬槍が握られる。

 薙ぐ、斬る、叩く。目にも止まらぬ速さで槍が動く。木製の人形に雨のような槍の連撃が飛ぶ。


 そして、


 轟音が響いた。空気が揺れた。突きの一撃。人形が木っ端微塵に弾け飛んだ。


「一撃必殺。薙ぐ斬る叩くの三動作で敵の行動を抑えた後に、命懸けの一突きで敵を屠るのです。それこそが航空騎兵の真髄です!!」


 乙女たち、命を賭して槍を振るうのです。

 その言葉で乙女たちは再び訓練へと戻る。ジェーンも手の中の槍をさらに力を込めて握り直す。


「レディ・ジェーン」それは優しくも、厳しい声だった。「貴女には確かに才能があります。槍さばきも見事なものです」

「はい、先生」

「しかし、貴女のそれは槍を使ったダンスにしか過ぎません。いいですか、レディ? 考えるのです。思考を続けるのです。貴女は帝国航空騎兵としていかにして敵を殺すかのみを考えるのです。磨かぬ才能は、いつか貴女自身を殺してしまいますよ」


 ウルゥはそれだけを残して、ジェーンから離れた。ジェーンは「……はい」と息を吐いて、静かに槍を握り直した。


 槍も、剣も、弓も、

 おおよそ帝国貴族に生まれたものが手につける武芸の嗜みはジェーンにはあった。しかし、それはウルゥ先生の言う通り、人を殺める技術ではなかった。身体を美しく魅せるための動きに過ぎない。


 ステップを踏む。身体を揺らす。

 愛されるために。ダンス。

 魅了するために。ダンス。


 ジェーンのもつ武術の習いなど、その延長線に過ぎなかった。彼女の才能は愛する才能であって、戦うためのものでは決してなかったのだから。


 愛されたい。ウルゥ先生にも私を……愛して欲しい。


 自分は何でも出来ると思っていた。何でも出来るようになろうと努力してきた。

 でも違う。自分にはそんな才能はない。

 あの日、竜騎兵に襲われた時も、マハット先生やイエレナ先生に守られるだけで自分では何も出来なかった。


 ジェーンの瞳にきらりと涙が浮かんだ。


 と、

 わっ、と歓声が上がった。


 ジェーンは何事かと驚き、声の方に目をやる。

 そこにいたのはエリサだった。彼女の目の前の人形は、先ほどウルゥ先生がやったように粉々に砕けていた。


「レディ・エリサ、見事な槍さばきでした。どちらで槍術を学びましたか?」

「恐縮です、マダム・マドレーヌ。お恥ずかしながらこの槍は独学です……」

「ふむ」ウルゥはひとつ息を吐いて、それからパンパンと手を叩いた。「乙女たち、レディ・エリサは実に見事な突きを披露して下さいました。いいですか? 技術とは見て盗むものです。彼女の槍さばきを参考とし、互いに互いを高め合うのです」

「「「はい」」」


 周囲の候補生たちが大きな声で返事をする。それから駆け足で各々の持ち場へと戻り、えい、やあ、とまた槍を振り始める。当のエリサも何事もなかったように槍の素振りを始めている。


「エリサ……さん」


 ジェーンはその姿を見つめる。彼女は汗一つかいてはいなかった。それでいて身体を大きく動かして槍を振るっていた。鋭い突きだ。空気を裂くような音が聞こえる。

 彼女は何を考えて槍を振るっているんだろう。ジェーンは考えても分からない。人を殺すことを考えて槍を振るっているんだろうか。それとも別の何かを――。

 どんな想いを乗せればそれほど強く槍を操れるのだろう。


「気に入りませんわ」


 と、いつの間にかセシリアが隣にいた。

 むすりと頬を膨らませている。先ほどウルゥ先生に叩かれた尻をさすりながら。


「『独学です……』だなんて、格好をつけて。どうせ、おカネをばらまいて著名な先生に師事したに決まってますわ!!」


 金に糸目をつけずに、というのなら自分も同じだ、とジェーンはセシリアの言葉を聞いた。父プロフィトロール伯爵も自身の子供達の教育には、それこそ巨額を注ぎ込んできた。

 それでも自分はエリサのようには出来ない。

 どれだけの財を注ごうとも。それだけでは強くはなれない。それはセシリアだって知ってるはずだ。


 努力が足りない。あと、血を吐くほどの覚悟も。。エリサがどれだけの想いでここにいるのかは知らないけれど、少なくとも成り行きでここに来た自分とは何もかもが違うのだ。


「私も、血を吐かないと……」


 身につけなければならない技能はたくさんある。

 けれど、聖天馬騎士を目指す乙女たちにとって一番必要なのは価値観を百八十度変えることだ。


 守られる存在では、もう、ない。


 人を守り、人を殺す。貴族の令嬢から聖天馬騎士になるとはそういうことだと。理解し、自分の心に刻みつけなければいけない。


「全体、休め!!」


 ウルゥのかけ声に合わせて乙女たちはみな動きを止める。槍先を上に向け、足を肩幅に広げ待機の姿勢をとる。


「では、これより対人演習を行います!! 技術よりも貴女たちの特徴やセンスを見るのが目的です。一本先取。どちらかが有効打を決めるまで演習はとめません。いいですね」


 ざわざわと候補生たちは一斉にお互いの顔を見合わせる。講義演習が始まって一日目だ。まさか初日から人と打ち合うだなんて。

 ジェーンを含めてほとんどの候補生たちは当然これまでに剣や槍の模擬試合の経験がある。それでも先ほどエリサ以外の候補生はウルゥに大いに尻を打たれているのだ。みんなが及び腰になってしまうのも仕方が無い。


「静かに!! 私語を許した覚えはありませんよ。呼ばれた者から前に出なさい」ぎろり、とその緑色の目が見開かれる。「ジェーン・マナカ・プロフィトロール!!」

「……はい!!」


 思わず声が震えた。


 い、一番手だなんて!?


 胸の鼓動がドクドクと大きな音を立てているのを感じた。ジェーンは勇ましく、見える様に胸を張って前に歩み出る。こんな緊張は初めてかもしれない。初めて舞踏会に出たときよりも息苦しい。


「エリサ・ユイ・サハトルテ」


 ひっ、と声にならない声がジェーンの喉の奥でなった。

 一方のエリサは何事もないように、はいと返事し、まるで散歩でもするかのような足取りで前に出る。


 他の候補生たちは面白いものを見るような目で二人を眺めている。

 金貸し令嬢と好色令嬢の打ち合いとなれば、実に面白い対決になる、とでも言いたげな目だ。セシリアにいたっては腕を組んで「ジェーン、わたくしと交代なさい。エリサさんの鼻っ柱をへし折って差し上げますわ」などといっている。


 代われるものなら、どうぞ代わって!! とジェーンだって叫びたい。


 そうこうしている内にも、目の前に立ったエリサは鋭い眼光でジェーンの瞳を射貫いている。鷹に睨まれたネズミのようにぶるるとジェーンの身体は無意識に震える。


「双方、構え!!」


 無情にもウルゥのかけ声がかかる。

 天へ向けていた槍先を地面へと下ろす。そこからゆっくりと持ち上げ腰の所まで引き上げ、構える。訓練用の槍といえど打ち合えば当然怪我をする。木の棒の先に布をぐるぐると巻き付けただけなのだから。

 身体に魔力をまとわせることによって衝撃を和らげることは出来る。だが、魔力障壁は刺突などの一点に大きな力が加わる物理攻撃には有効ではない。打撲、下手をすれば骨折まで覚悟しなくてはいけないだろう。


 冷や汗が流れる。


 かつて、一度だけ槍の訓練で大怪我をしたことがあった。槍の先生との打ち合いであばら骨を折ってしまったのだ。御父様の慌てぶりを今でも時々思い出す。

 槍の先生はプロフィトロール令嬢に傷をつけてしまったと顔面蒼白に、父伯爵は「ジェーンが死んでしまう」と至急早馬を出しマハットに治療をさせた。

 骨折自体はたいしたことはなかった。一ヶ月安静にしていれば骨はくっついた。

 怪我それ自体よりも自分が怪我をしてしまったことによって、御父様をひどく傷つけて仕舞ったことの方が苦しかったのを覚えている。


「始め!!」


 ウルゥの声。

 と、次の瞬間、死角から羽虫がいきなり飛び上がってきたかのような錯覚。それは低い位置から放たれたエリサの突きだった。


「ひっ……!!」


 寸でのところで横からエリサの槍を弾いたジェーンは、一歩、二歩と摺り足で後ずさり距離をとる。


「ふぅん」エリサは槍を構え直す。「ちゃんと避けれるんだ。意外」


 え、何、意外ってどういう意味!? と思う暇もなく、エリサの攻撃は続く。


 薙、斬、叩、突。基本の四技。そのすべてが重く、正確。ジェーンは相手の間合いから離れ、打ち返すことで何とか有効打だけは防いでいる。


「ジェーン、そんなんじゃ全然ダメですわ!! 防戦一方じゃないの!! もっと、攻めて!! どーんって!! エリサさんなんてぶっ飛ばすんですのよ!!」


 セシリアが好き勝手にいっている。

 自分だってそうしたい。けど、攻めるに攻めれないのだ。

 ジェーンは距離をとり、チャンスを狙って、攻撃をしようとしていた。そのチャンスをエリサは与えてくれない。どれだけ後ろに退こうとも、エリサは攻撃を続けたまま前ににじり寄ってくる。


 通常、歩兵同士の槍の一騎打ちは守備側の方が圧倒的に有利だ。斬りかかられれば受け流す、突かれたら横から弾く。攻撃側に必要な動作よりも、守備側に必要な動作の方が消耗が少なくて済む。

 必然的に槍の試合はお互いが牽制をしあい、できるだけ攻撃に手番を割かないようにして、一撃で決めようとすることが多い。


「てやぁああ!!」


 しかし、エリサは違った。

 絶え間ない攻撃を繰り出し、距離をつめてくる。どれだけ離れても懐に潜り込んでこようとする。少なくともジェーンの知っている槍の定石とは違った。


 薙いで、斬って、叩く。

 エリサの攻撃を、ジェーンも同じように薙、斬、叩、の技で防いでいく。

 ジェーンに出来るのはここまで。その速度に追いつけず体勢が崩れたのを見計らって、何度も、低い所から跳ね上がるように打たれる素早い突き。


「――っつつぅ……」


 胸に向かって放たれた突きをなんとか弾くことには成功したが、軌道がそれたそれはジェーンの右腕をかすった。

 熱い。じんじんとする。

 有効打は防いだもののセシリアのいうとおりだ。防戦一方では勝つことなどできない。


「次は、私からいきますわよ!!」


 ジェーンは魔力を脚に集めた。魔力集中による部位強化。魔法未満の魔力の初歩的な使い方の一つ。

 魔力とは人間の生命力に等しい。血管を巡って酸素や栄養を運ぶ体液と同じように、魔力もまた人体の中で生成され髪の毛の先から爪の先までに行き渡っている。それを特定の部位に集中させることによって強大な力を生み出すことができるのだ。

 筋力の弱い少女であっても、一定程度の魔力と技術さえあれば、拳で鉄板を突き破ることも出来る。


「魔力集中――解放」


 たっ、と地面を力強く蹴るジェーン。まるで雨を予感したツバメのように、体勢は低く。一直線にエリサへと向かう。その速度は射られて矢の如き早さ。土埃が上がる。

 目標はエリサの脚。


「たぁ!!」


 叩。

 胸元に入り込もうとしていたエリサの不意を突き、逆に自ら彼女の胸元に跳び込んだジェーン。もはや大きく槍を振るうことなど出来ない距離。ジェーンは素早く、小さな動きでエリサの右足を叩いた。


 ――ダッ。


 と、しかし、その攻撃はエリサの槍により受け止められてしまう。


「驚いたわ」エリサが本当に驚いたような声色を出す。「まさか、自分から跳び込んでくるなんて」

「本当に、強いのね。貴女」

「いいえ、違うわ。貴女が弱いのよ」


 言うや否や、ジェーンの槍は弾き跳ばされる。

 しかし、二人の距離は息がかかるほどに近い。これでは大きく槍を振るうことはできない。斬ることも、まして突くことなど出来るはずはない――。


「――と、思うでしょ?」

「え?」


 そう、ジェーンとエリサの距離は拳一つ分も離れていなかった。

 有効打。つまりは頭部、肩などへの斬りつけ、もしくは胸部などへの刺突。そのどちらもある程度の距離をとらなければ行えないはずだ。だからこそジェーンはエリサの胸元へと跳び込んだのだ。


 突き。

 それこそが槍による最も重要な攻撃。相手の急所への鋭い刺突。一撃で敵を屠るためのスキル。槍での勝負を決定づける一番の大技。

 構え、踏み込み、刺突。その三動作が必要なそれは当然、適切な有効距離というものが存在する。外さない距離。踏み込める距離。

 踏み込みが甘くては威力が弱まり相手への有効打とはなり得ない。


 そのはずなのだ。


「ジェーン!! 危ないですわ!!」


 セシリアの甲高い声が響いた。


 何が起きたのか分からなかった。

 感じたのは衝撃。次いで熱。最後に、痛み。


 意識したときにはジェーンは地面に転がっていた。


 あれ、立てませんわ。ジェーンは自分の脚がいうことを聞かないのを感じた。


 あの距離でエリサに出来ることなど、そうはないはずだったのに。

 エリサが後ろに退いたところを突く、そのつもりだった。


 けれど、エリサは一歩も退かずに自分に攻撃を加えてきた。何をされたんだろう。ジェーンは地面に転がったままエリサを見上げた。


 魔力による防御は効いていた。横から槍で叩くくらいのことなら、あの距離でもできたろう。しかし、それでは魔力障壁を突破して自分にここまでダメージを与えることなど絶対出来ない。


 と、ジェーンは見た。エリサの右腕を。


 右腕を後ろに、左手を前に添えるのが基本的な槍の構え方だ。勢いよく前に出ている左足を踏み込んで刺突する。それが基本。それ故、踏み込めるだけの距離が必要なのだ。そうでなくては刺突など出来ない。


「先生、これは有効打として認めていただけますか?」


 エリサの言葉にウルゥは少しだけ困惑の表情を浮かべたがすぐに、

「当然でしょう。ここまで。勝者、エリサ・ユイ・サハトルテ」と試合をとめた。


 セシリアが駆け寄ってくるのが見えた。しかし、もうジェーンの意識は大分薄くなっている。セシリアが何事かを話しかけてくるが、もう、それも聞こえない。


「ごめんなさいね」けれど、エリサの声だけははっきりと聞こえた。「わたし、普段は二槍流なの」


 地面に転がったジェーンの槍を取り上げるエリサ。

 右手の槍。左手にも槍。

 くるん、くるん、とまるでオモチャを振り回すかのように軽々とそれを扱う黒髪の乙女の姿。


「片腕だけでも私は敵を突き殺せるわ」


 ジェーンはようやく理解した。

 エリサはその膂力と魔力強化によって踏み込まずにも刺突が出来たのだと。片腕での突き。そんな技術を初めてジェーンは目にした。


 ジェーンの意識はそこですっかりと闇の中へ落ちていく。

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