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先生みたいになれるなら

 聖天馬騎士候補生、二十四人。

 調教士候補生、二十四人。

 締めて四十八人。


 帝国の未来を担う選ばれし若者たち。真っ黒な制服に身を包み、背筋を伸ばして起立している。その頭にかぶるのは制服とは真逆に純白の軍帽。

 敬礼。壇上に大きく掲げられた軍旗に向かって。『盾』と『雷』。帝国軍の軍旗であり、帝国の国章でもあるその二つのシンボル。右手を掌を下にして額に当てる。


「ここに、第四十期航空騎兵学部の開講を宣言する」


 入学式が執り行われているのは航空騎兵学部の学舎。その教室区画の真ん中に大きくそびえる大聖堂。


「真に尊き《普遍の女神》にお誓い申し上げ奉る。清き四十八の若き乙女たちは帝国に永久の繁栄と平和をもたらす者であります。どうか、その恩寵をもって彼女たちを末永く守護し給え」


 壇上には学長ケルテル・ヨシヤ・シュトレーン。齢七十歳。

 かつて帝国一の魔法騎士と呼ばれたほどの男だ。彼の壮絶な戦いの物語は、いまでは一般庶民が読む娯楽小説のモデルにもなっている。『悪魔憑きのケルテル』といえば知らない者はいないほどの猛将だ。


 しかし、それも昔の話。


 十五年ほど前に航空騎兵学部の学長に就任してからは、人当たりの良い好々爺として候補生たちにも教師たちにも愛されている人物。

 枯れ木のような身体は現役の頃と比べると随分と萎んで、女子候補生たちよりも一回り小さく見える。たんまりと蓄えられた白髭だけが元気に揺れている。


「いやぁ、それにしても。今年も可愛い女の子たちがいっぱいで儂はもう嬉しくって嬉しくって。年甲斐もなく興奮が止まらないのよ。ああ、手取り足取り腰取り、乗馬の指導をしてあげたいのぉ。ほら、儂ってば昔はその手綱さばきで帝国一のじゃじゃ馬慣らしと言われたくらいで――」


 と、同時に超ド級の女好きとしても有名な人物だ。


 本当の話かどうかは定かではないが、彼をモデルにして書かれた絵本『悪魔憑きのケルテル』シリーズの中では彼は戦の旅に他国の美女に惚れられ連れ帰ってくる様子が何度も描かれている。


「ふふん、可愛い女の子というのはわたくしのことに間違いありませんわね。流石は学長先生、見る目がありますわよね」


 ジェーンの隣でセシリアが呟いている間にも、ケルテル学長はウルゥに壇上から引きずり下ろされていく。

 かつて若かりし頃のウルゥが聖天馬騎士として所属していた兵団を率いていたのが将軍時代のケルテルだった。


「ちょ、ちょっと待った!! 儂はまだ挨拶をし終えてないぞ!! ウルゥ!!」

「学内の規律を乱す行為は許しませんと申していたはずです!!」

「嫌じゃ、嫌じゃ!! まだ壇上から女の子たちを眺めていたいのじゃ!!」


 ばたばたと暴れるケルテルはウルゥと共に聖堂の外へ消えていく。

 困惑したような会場の空気。はっとした進行役の女教師が慌てたように手元の原稿を読み上げる。


「え、えーっと。続いて新任の教師を紹介します。イエレナ・リーサ・オランジェット先生、前へどうぞ」


 はい、と強い声。壇上へのぼったのは真っ赤な髪の騎士だった。

 ジェーンはもちろん、その顔を忘れていない。聖天馬を巧みに操り、ジェーンの目の前で飛龍を墜とした騎士。

 その時の光景を思い出す度、ジェーンの胸は勇気で溢れる。


「イエレナ・リーサ・オランジェットです。昨年度までは北軍の航空騎兵部隊に所属していました。この度、士官学校着任の命を受け、愛すべき母校の教壇にこのように立つことになりました。若輩者ですが、偉大な先生方と一緒に私も教師として、皆さんの先輩として、貴女たちと接していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします」


 拍手が響く。もちろん、ジェーンも手を打ち鳴らす。


「イエレナ郷って……」「まさか、あの……?」「わたくし知ってますわ。一人で同時に十騎の竜騎兵を討ち落としたってお話」「凄い、英雄ですわよ」「どうして、そんなお方が士官学校で教師に……?」


 北軍における聖天馬騎士の活躍と言えば、帝国で知らない者などいないだろう。

 反帝国連合との断続的に行われている百年戦争。騎兵と騎兵がにらみ合い、魔砲兵と魔砲兵が超遠距離で撃ち合う北部戦線。帝国軍も反帝国軍も互いに長い間、決め手が見つからないままでいた


 膠着状態が続けば続くほど、航空騎兵による空からの偵察行動は、次第にその重要性を増していった。敵の数、陣形、装備等の情報。空から見た作戦地域の地理情報。一進一退の攻防が続くに従い、それらの情報収集は何より重要な任務となっていったのだった。


 弓矢や魔砲弾が飛び交う戦場の空。白い翼を広げて駆ける聖天馬。時にはその長槍で敵の航空騎兵とも戦う。勇敢で美しいその姿は、まさに戦場の華だった。


「私は北部で地獄を見てきました」イエレナが言葉を続ける。「隣で味方が無残にも敵の砲弾に打ち抜かれ、遺体さえも残さずに消えるを目撃したこともあります」


 ざわめきが急速に静まる。

 イエレナが胸を押さえながら話す光景にみなが目を離せない。


「ここは士官学校です。みなさんを戦う者へと育て上げるための場です。槍を握り、空を駆ける聖天馬騎士にみなさんはならなくてはいけません」


 航空騎兵は花形部隊。中でも身分の高い清らかな乙女しかなることのできない聖天馬騎士は皆の憧れであった。

 北方戦線における聖天馬騎士の英雄譚は、貴族社会だけではなく町人達の酒飲み話にまで上がるほど。

 華やかな話は何度も耳にした。

 けれど、壇上で話すイエレナの言葉にはそのような色は少しも無かった。


「私は貴女たちの内の誰一人たりとも死んで欲しくはありません。私の使命は、貴女たちを死なない騎士へと育て上げること。そのためにどうかみなさん、死ぬ気で私についてきてください」


 ああ、美しい。

 ジェーンはそう思った。


 自分とは違う。死の色を帯びた聖天馬騎士のその姿。

 私もいつか、イエレナ先生みたいになれるかしら。

 ジェーンはそう思わずにはいられなかった。


「これをもって本入学式を閉会いたします。この後は大食堂での歓迎会が催されます。各自移動をお願いします」


 そのアナウンスで式典の堅苦しい空気が一気に解される。式典中もこそこそと喋っていたのは怖い物なしのセシリアぐらいのものだった。真新しい制服に身を包んだ少女たちがぴしりと背筋を伸ばして立っていたのだ。張り詰めていた空気が急速に和らいでいく。


「あ、あのイエレナ先生!!」


 移動を始める候補生たちの中、ジェーンは壇上から降りてくるイエレナに駆け寄った。


「あら、ジェーンさん?」


 イエレナは壇上で見せていた新人教師の顔から、まるで親しい年上のお姉さんといったような風に笑顔を見せる。


「わ、私も先生のような聖天馬騎士になれるでしょうか?」


 と、イエレナはその手でジェーンの頬をそっと撫でた。


「そうするのが私の仕事よ。あとは貴女の思いと努力次第」

「私、先生みたいになれるなら、なんだってします」


 イエレナみたいに美しくなれるなら、なんだってする。


「そう。それなら私も全力で貴女のサポートをしなくっちゃね」


 イエレナは笑ったジェーンも少しだけ照れくさくなり、はにかみ唇を噛んだ。

 じぇあね、といいぽんぽんとジェーンの肩を叩き去るイエレナの姿を扉の外に消えるまで見つめ続けた。


「やあやあ、ジェーンくん。つまらない入学式がやっと終わりましたね。僕は危うく寝てしまうところでしたよ」


 ふぁあ、とひとつ大きなあくびをしながら後ろから声をかけてくるのはマハット。その隣には式典中もぺらぺらと話し続けていたセシリアもいた。


「あらマハット先生。先生の居眠り、ウルゥ先生がばっちり目撃していましたわよ。後でこっぴどく叱られますわね」

「ん? ああ、セシリアくん。それは困ったなあ。あの人怒らせると怖いんだよ。君たちも気をつけた方がいいですよ」

「おっほっほ。品行方正の塊みたいなわたくしにその心配はありませんわ」


 セシリアとマハットはプロフィトロール邸で何度か遭遇している。

 ジェーンとは違い二人に直接の師弟関係はないはずだが妙になじんでいる。気の強い公爵令嬢と、日の当たらないもやしのような軟弱魔法学者の組み合わせは存外相性がいいのかもしれない。


「マハット先生。どうしてイエレナ先生は教師になったんですの? 北方の英雄ですのに」

「それ、わたくしも気になりますわ」

「ああ、うーん、それですか……」


 マハット言いよどんでいる様子。


「まあ、それは軍事機密ということで。どうしても知りたければ本人にきいてください。僕の口から、ちょっと……」


 それだけ言い残してマハットはそそくさと逃げるようにいってしまった。


「あ、マハット先生!! ジェーン、わたくしたちも早く行きますわよ。聞けば、歓迎会にはたくさんのご馳走があるとか。わたくし、もう、お腹と背中がくっつきそう」


 セシリアはマハットの後を追って駆けていく。

 見れば、周りの候補生たちも次々と扉の外へと消えていく。


 と、その時。ジェーンは一人の女生徒と目が合った。

 それは黒髪の少女。

 ジェーンが学舎に到着した日。厩舎に向かう途中にぶつかった女子だ。


 彼女は周りの流れから少し離れたところに一人いた。まるで何にも興味はない、といった表情で聖堂からひと気がなくなるのを待っているようだった。


「あ、あの――」


 貴女、この前の。

 ジェーンはそう続けようとした言葉を飲み込んだ。

 黒髪少女の瞳。この前見たのと同じようにその瞳は、夜闇の黒よりもさらに黒。吸い込まれそうなほどの力。見つめられると何故だか声が出なくなってしまう。


「……何?」


 小さく、しかし、力強い声だった。

 ごくり、と思わず息を飲んでジェーンは言葉を絞り出す。


「私、ジェーン。ジェーン・マナカ・プロフィトロールですわ。この前はごめんなさい。それがいいたくって」

「……別にいいわ。気にしてないから」

「でも……」

「あの時も言ったでしょ。わたしも余所見してたって。貴女のせいじゃないって。いいのよ。別に。あの程度のこと、気にも留めてないわ」


 冷たく突き放すような言い方にジェーンは一瞬ひるんだ。それでも思い切ってジェーンは言葉を続ける。


「それでも私、お詫びをしたいの。良かったら美味しいお茶を今度、ご馳走させていただけないかしら? お菓子もあるわ。お話しましょう。貴女のこと知りたいわ」

「いいえ、それには及ばないわ」

「遠慮しないで。こう見えても、私のお茶は結構評判ですのよ」

「そう? でもいいの。そういうの、わたし、苦手だから」


 じゃあ、と言って少女は長い髪を揺らして聖堂を出て行く。

 もはやジェーンはその背中を見つめることしか出来なかった。


 あ、名前……。聞いてない。


「何かあったんですの?」

「わっ!! びっくりした!! いつの間に戻ってきてましたの!?」

「貴女がちっとも来ないから何かあったのかと思いましたのよ。それで? エリサさんともめ事ですの?」


 その表情は興味があるといった具合ではなくて、まるで何かを心配するかのような顔だった。


「『エリサ』? セシリア、あの子のこと知ってるの!?」

「もちろん、知ってますわよ。わたくしに知らないことなんてないんですから」セシリアが腰に手を当てる。「あの子の名前はエリサ・ユイ・サハトルテ。今年の新入生の中でも大変な有名人ですわよ。美の誉れ高きわたくしの次くらいに、ですけど」


 社交界の華と呼ばれたジェーンは、帝国中の貴族と交流があった。聖天馬騎士候補生はほぼ全員が貴族令嬢である。当然、こうやって入学式で同級生と顔を合わせてみると、どこかのパーティーで挨拶したことのある相手がほとんどだった。

 しかし、先ほどのエリサという少女の顔は見覚えがない。あの綺麗な黒髪なら、一度会って、忘れるということはないという確信があった。


「サハトルテ家なんて聞いたことないわ。私、お会いしたことあったかしら?」

「どうでしょうね。わたくしも彼女を社交界でお見かけしたことはありませんわ。だってサハトルテ家は商家ですもの」

「商家?」

「ええ、一応『元』が付きますけどね。金貸しの一族だと、みんな知ってますわ」

「そんな……、だって金貸しは悪行ですのよ」


 帝国の国教である『普遍教』の教典では「金を貸し、利息を得ること」を生業とするのは明確に悪行とされている。

 しかし、そこは人の営み。経済活動には借金が必要になることもある。


「必要悪だと、彼らは居直りますわ。金を食って生きている人種ですのよ」


 貧民は生活のため。町人は仕事のため。貴族は領地運営のため。国は戦争のため。あらゆる理由で金は必要になる。


「サハトルテ家は没落した貴族から借金のカタで爵位を譲り受けたと聞きましたわ」

「借金のカタ……」

「名誉ある帝国貴族が商人風情に爵位を売り払わなければならないというのは哀れなことですわ。金で手に入れた爵位で堂々と貴族風を吹かせているサハトルテ家の方々もわたくしとしては気に入りませんけど」


 没落した貴族はまずは家宝を売り払う。先祖代々の魔法具。美術品。武器。次に所領。豪農や豪商に土地を切り売りする。別荘も、屋敷も手放す。

 そして、何も売り払えるモノがなくなった貴族が最期に手放すのが爵位。家号だ。


 裕福な商家が、没落した貴族と養子縁組をする。そして家名を継ぎ、爵位を継ぎ、義務と権利を手に入れる。元の一族は山奥の屋敷にでも隠居をさせ実権を握る。

 よくある、と言っては大げさに過ぎるが決して珍しい話ではない。噂話好きの貴族たちが集まる社交界でも、よくこの手の話は耳にする。


「そういうの、ただの噂話だと思ってたわ」

「噂話なものですか。ああいう人たちはお金で何でも手に入ると思ってるのよ。信仰心のかけらもないから困りますわ」


 鼻息荒いセシリアに、ジェーンはもう何もいうことは出来なかった。


「わたくしの家を狙う、ああいう手合いの連中をわたくしは決して許せませんのよ」


 セシリアの実家、タルティア家もまた経済的に没落した家のひとつといってもいい。

 歴史も血筋も帝国貴族の中では別格のタルティア家。保守派の代表としてかつては帝国政治の中枢を担っていた。しかし、先代皇帝が帝政改革を推し進めると保守派は次第にその勢力を削がれていった。鉱山開発の権利を失い、鉄道敷設の権利も失った。

 特権という特権はすべて、政敵とも呼べるプロフィトロール伯爵家の手に移った。

 借金に借金を重ね、一時はそのすべてを失うことになるかもしれない。というところまでタルティア家もいったらしい。

 そんな彼女にとっては家号売りの話は、身につまされるものがあるのだろう。


「いいですこと? もしあの金貸し一族のエリサさんに意地悪されたのなら、わたくしに遠慮無く言うがよろしくてよ。そしたら、わたくしがあの子に渾身の正拳をお見舞いしてさしあげますわ!」

「どうして拳なのよ」

「乙女の揉め事はパンチで解決と相場が決まってますのよ。わたくしが何人の悪漢をこの拳で倒したか、語ってあげてもよろしくってよ」


 シュッ、シュッ、とジャブを打ち込む真似をするセシリアはどこかおかしく、ジェーンはくすすと笑ってしまった。


「大丈夫。セシリア、心配しないで。私、別にあの子にいじわるなんてされてないもの」

「心配なんかしてませんわ!! わたくしのライバルが、わたくし以外にやられる姿はみてられない、それだけですわ!!」


 ぷう、と頬を膨らませるセシリアの手をジェーンはそっとつかんだ。


「この話はお仕舞い。さあ、早く歓迎会に行きますわよ、セシリア」

「ジェーン様、それにセシリア様も」


 レイラの声だ。心配顔のレイラと、その後ろにはセシリアのパートナーのマニィ。周りを見回すと、もう大聖堂には他に人の姿は見えなかった。


「早く行かないと、歓迎会が始まってしまいますよ」

「うん、今行くわ」

「会場にはすっごく大きなケーキがありましたよ、ジェーン様。あたし、あんなの見たことなかったです」

「え、本当? 楽しみだわ。ねえ、セシリア」

「あーら、ジェーン。では、どっちがたくさんケーキを食べられるか大食い対決をしませんこと? マニィも一緒にどう?」

「セシリアお嬢様……、美味しいものはゆっくり味合わないと、損です……」


 二人の聖天馬騎士候補生と、二人の調教士候補生は笑い声を上げながら会場へ移動するのだった。

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