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《前編》王女と従者の十年

 それは気まぐれだった。





 父王の元で宰相をしていた公爵が謀叛を企んだかどで処刑された。続いてその老いた母、妻。城の中庭に血の臭いがたちこめる。だがそんなのはよくあることだ。


 かつては

「子供の見るものじゃない」

 と私をたしなめた乳母がいたけど、彼女も私が転んでケガをするのを防がなかった罰により、その臭いの元になったのだった。


 妻の次に処刑台に引っ張られてきたのは、私と年が変わらなく見える兄妹だった。妹は顔をぐちゃぐちゃにして泣きじゃくり、兄は彼女をしっかりと抱きしめていた。


「子供だわ」

 私がそう言うと、父が振り向いた。

「子供でも罪人は処刑するものだ」


 罪人。

 だけど、なぜか兄妹が気になった。

 特に兄は妹とは違って、真っ直ぐに前を見ている。顔は蒼白だったけど目には力があった。


「お父様。あのふたりを私に下さいな。使用人にしたいわ」

「んん?しかしなあ」と父は迷いを見せた。

「お願い、新しい使用人がほしかったの!」

「アダルジーザの『お願い』ではなあ」

 父は相好を崩した。亡き母にそっくりで10歳にして絶世の美貌と褒め称えられる私に父は弱い。


 そうして私は2歳年上の従者見習いと同い年のメイドのたまごを手に入れた。




 ◇◇



 兄の名前はジュスタン、妹の名前はエミリエンヌといった。どちらも私の足元にも及ばないけれど綺麗な顔立ちで、私の周りを彩るのにちょうど良いと思った。


 一級品の使用人にしようと、勉学とマナーを私と共に学ばせ、同時にエミリエンヌには侍女教育を、ジュスタンには騎士修行をさせた。


 時には遊びに誘ってやり、使用人では縁のない果物や菓子を食べさせ、行けないような旅行に同行させ、エミリエンヌにはいらなくなった服や装身具を惜しみなくあげた。


 親が大罪人とは思えない、厚待遇だ。

 私に命を救われたうえに雇われて、幸せな兄妹だ。

 ふたりは恩返しをしようと、懸命に私に仕えてくれているし、気まぐれをおこして良かったと思うのだった。


 子供のころから絶世の美女で国王の愛娘である私には、星の数ほどの縁談がやってくる。その大半は父の目にかなわなかったが、僅かに合格するものもあった。

 だけどその合格したものもどれひとつ、私の琴線には触れないのだった。


 私が15歳になった頃、エミリエンヌは立派な侍女となっていて、城では私に次ぐ美少女として注目されるようになっていた。


 せっかくの縁談だからどれか譲るわと彼女に勧めても、興味がないと断られる。私の元で侍女を頑張りたいというのだ。


 ほらね、やっぱり私の気まぐれは素晴らしかったのだ。


 彼女は良い働きぶりで、まだ15なのに私の美貌が引き立つドレスや髪型をよく理解してくれていた。

 ちょっと愛想がないのが玉に傷だけれど、その欠点を補って余りある才能だった。


 それに愛想がないのは兄のジュスタンもだったから、そういう血筋なのだろう。


 彼もまた年齢以上に出来る騎士見習いとなっていた。もう叙任してもいいのではないかと私は思ったけれど、それはさすがに早すぎると騎士団長に断られた。


 ひどいと父に泣きついたら、騎士団長は王女を泣かせた罪により斬首刑が言い渡された。父のことは大好きだけれど、これは行き過ぎではないかと考えていたら、ジュスタンが蒼白になって私に止めてくれと懇願してきた。

 彼が私に頼み事をするのは初めてで、私は父に助命を頼み、騎士団長は一命を取り留めたのだった。


 ジュスタンはまだ17歳だったけれど私の従者として、スケジュール管理から護衛まで、なんでもこなした。ただ欠点がひとつだけあって、ちょっとばかり生意気だった。私に向かって、あれはよくない、それは違うと意見をするのだ。

 しかも悔しいことにそれが的を射ているようで、彼の意見を取り入れたほうが物事がうまくいく。


 まあ、私が勉学とマナーを学ばせたおかげだろうから、結局は私が聡かったのだけど。


 そんなジュスタンは私にやけに結婚を勧めた。

「何故どの縁談も断るのですか」

 彼は愛想がないし、表情もない。いつだって感情が見てとれない顔をしている。

「私に相応しい相手ではないからよ」

 そう答えると、

「陛下の審査を通っているのですから、十分でしょう」と生意気に言った。「のんびりしていると、良い相手がいなくなってしまいますよ。早く嫁に行って下さい」

 そう言うジュスタンの隣で、エミリエンヌもこくりとうなずくのだった。





 そうして私が18歳になったころ、ジュスタンは騎士となった。主としても誇らしい、腕も見目も素晴らしい立派な騎士だ。この機会に私は、新しい剣を贈ってあげた。国一番の剣鍛冶の打った最高級品だ。


 だけどジュスタンは喜ばなかった。税金を無駄遣いするなと怒られた。彼は剣を返品して戻ってきた代金を国庫に入れ、数年前にかつての騎士団長に譲ってもらった古びた剣を使い続けたのだった。


 この頃のエミリエンヌも私があげたお下がりの半分も身につけないようになっていた。一度着ただけで自分にくれるのは止めろなどと言うのだ。


 兄も妹も生意気すぎる。しかもやはりジュスタンは私を結婚させたいらしく、縁談相手から送られてきた姿絵を私の部屋に飾ったり、相手の評判を調べては報告したりとするのだった。


「いい加減にしないと結婚できませんよ。いくらあなたが絶世の美女だろうと、我が儘で浪費家。問題ありの王女だと自覚なさい」

 ジュスタンがそう言うと、その隣でエミリエンヌが大きくうなずく。


「従者風情でなんて失礼なの。私は我が儘ではないわ。主人にそんな無礼なことを言うあなたたちのほうが人間的に問題があるでしょう。直しなさい」

「あなたの結婚の話をしているのです。もう18だというのに婚約もしないで。立派な行き遅れだと分かっていますか。選り好みしていないで早く決めなさい」

「嫌よ。私に相応しい男でないと結婚はできないわ」

 兄妹は揃ってため息をついた。


 本当に失礼だ。私はただの主ではない。ふたりを斬首刑から救い、居場所と仕事を与えた大恩人なのだ。分かっているのだろうか。






 そうこうするうちに、私は二十歳になった。近頃はジュスタンが必死に結婚を勧めてくる。

「あなたの盛りは過ぎているのですよ」

 ただの従者のくせに失礼にもほどがある。

「『あなたに相応しい男』ではなく『あなたを許容できる男』を探さないといけない年齢ですよ。分かっていますか」

「バカなことを言わないで。私ほど美しくてみなが憧れる王女なんて他にいないわ」


「馬鹿馬鹿しい。外見なんて価値はない。損なわれれば値はつかないのです。そしてあなたの容姿はもう年とともに衰えるだけ。後に何が残りますか。世間知らずで我が儘、自分のことは何ひとつできず、知識はあってもその使い方を知らない、浪費が好きで趣味も特技もない。今を逃したら後がないのです」

 ジュスタンはそう言って、手近な絵姿を手にした。


「ほら、彼などどうですか。隣国の第二王子。国王になることはないですが広大な所領を持ち、性格も温厚との評判です。こんな好条件はありませんよ」


 その王子は10歳も年上で、後添いを探しているらしい。当然お断りだ。

 私は無視して、エミリエンヌに爪の手入れを命じた。彼女は吐息をしつつ、道具を取りに行く。


「エミリエンヌだって未婚よ」

 ジュスタンにそう言ってやると

「あいつはいいんです」と彼も吐息して「とにかく結婚を」と言ったのだった。





 ◇◇




「最近のジュスタンは、結婚の話をしなくなったわね」

 窓の外に浮かぶ満月を見ながら言うとエミリエンヌは、そうですねと小さな声で返した。

「どうしたの?元気がないわよ。最近とみに冷えたから、風邪をひいたかしら?」

 エミリエンヌはいいえと首を振る。


「そうだ。きのう商人がくれたショールをあなたにあげるわ。私の好みではないもの」

 いりません、とエミリエンヌ。やはり力がない。

「風邪をうつされたくないわ。ここはいいから下がって。はちみつ生姜でも飲んでから寝なさい。使い物にならない侍女では困るから」


 はい、と返事をして彼女は部屋を出て行った。


 一体どうしたというのだろう。

 気のせいかもしれないが、最近のジュスタンも元気がないようにみえる。

 兄妹揃って、風邪をひいたのだろうか。



 なんとはなしに胸がざわついたけれど、そのまま眠りについた。


 そうして夢を見た。



 美しい私。だけどその私は今の私ではなく、国も違うようだった。

 やはり王女である私は、隣国の若く美しく戦好きの王と結婚をした。

 私は王を気に入った。けれど王はそうではなかった。私よりも死んだ前妻を愛し、友人を重んじ、我が儘で高慢な私は彼にとってはなんの価値もない女に過ぎないようだった。


 やがて私は離縁され娼婦に身を落とし、最後は王の後妻を殺そうとして処刑をされた。


 父がやっているように首を落とされて。




 はっと目を覚ますと、ひどく汗をかいていた。やけにリアルな夢だった。どうしてこんな悪夢を見たのか分からない。

 もっと現実を見て、つまらぬ相手とでも結婚せよというお告げなのだろうか……。




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