(ホクイの作業場で その₍2₎
ガラガラガラ。
ほどなく作業場の開き戸の音が鳴った。一人の大男が入ってくる。黒く長い髪を後ろに束ね、ビジネススーツ姿をした四十代ほどのその男は、「やあ、ヨコタ。来ましたよ」と変わったイントネーションでショウイチロウに声をかけた。
「待っていましたよ。チャン。どうですかな、下駄の具合は?」
眩しそうに薄目を開けて、そろりと相手を見上げるショウイチロウ。
「相変わらず調子がいい。真面目な話これ、もっとたくさん作ってはもらえないですかね?」
「そういわれてもな。わし一人の力じゃ、いくつも作るのは無理だわい。ただ二‐三足ならこの木の余ったあたりで作ることができるな。もっといいのができそうだが、それでどうだね?」
「そんなんじゃ商売にならないけど、ま、俺の分だけでもこいつはいくつあってもいい。頼みますよ」
「約束するわい。それで今日は、少しばかり頼まれごとをしてほしいんだが」
ショウイチロウは、滑らかな木肌を掌でさすりながら「この中に入っている物を、風の神社まで届けてほしい」と続けた。風の神社とは要山の麓にある風をつかさどる神が宿されている。このホクイの国では、風のシステムを支える司として、最も大切にされている。
「お安い御用だ。それでトラックか。いったい何が入っているんです?」
「かなりいい出来だと思うわい。中をのぞいてごらんなさい」
チャンは、大きな玉に顔を突っ込むようにして、「これか?」と声を反響させた。頭と手を筒の中に突っ込み、その中にある物を抱えるために踏ん張るような声を出し、またゴロと音をたてて静かになった。
「やはり重いかな? こいつは最低でも十年、いや二十年は北の海で漂流し続けたものに違いないから、いい微生物だってたくさん宿ってますわい」
大男が額の汗を腕で拭いながら、ショウイチロウの言葉を気に留めもせず「重いな。車に運ぶのに台車がいるな」と言った。
「いや、大丈夫」と、今度はショウイチロウが掘られた穴に入り、ノミの音を何度か響かせたかと思うと、それを軽々と取り出して男に渡した。
「ん? どうしてこんなに軽くなったんだ? それになんだ、この光っているような感じは?」
「“印”を入れたので、呼吸を始めたんです」
取り出されたそれは、大きな皿のような形をしている。ショウイチロウが用意した風呂敷に包んで、また、大きな玉となった流木本体はチャンが乗ってきたトラックの荷台へと運ばれた。
「お大事に。こんな木はめったに手に入ることがありませんので。お大事に…」