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「今日はとてもくたびれました」


誕生パーティが終わり、二人はサチの自室へと引き上げていた。ソファに座ったサチは言葉の通りぐったりと背もたれに体重を預けている。応接間では相変わらずサチの父と娘婿であるカズヒロと呑んでいる。普段ならばコウタロウもつきあうのだが、今日の主役はサチだ。その程度に呑兵衛の彼も理解している。口が裂けても言えないが、酒があまり好きではないコウタロウはこの状況に安堵していた。


「来年の良い練習になったのではないですか?」

「そうですね」


今日のパーティは身内だけのものだったが、成人の祝いとなるともう少し盛大なものとなるのだ。そういう意味でも彼女の選んだドレスは正解だった。

それに何より


「今日のサチさんは大人っぽかったですね」

「本当ですか!」

「ええ、いつもは可愛らしいですが、今日はそうですね……とても綺麗でした」


紺色のドレスとサチの笑顔を見比べてコウタロウは言う。その言葉だけでもお気に入りのドレスをやめて、こちらを選んだ甲斐があった。それどころか今日から、このドレスがサチのお気に入りとなったのだ。隣に座るコウタロウの節くれだった指がサチの頭を撫でたところで「とはいえ……」と区切る。


「まだ大人になるまで一年あります。今日はもう休憩しましょうか」


サチは不満げな顔を見せることもなくコウタロウの手の平を頭で受け止める。そして靴を脱ぎ捨ててベッドに座ると足をプラプラと投げ出した。


「とても疲れました」

「そうですね」


隣に座るコウタロウの微笑を浮かべたままネクタイを緩めた。


「私もいささか疲れました」

「コウタロウ様もですか?」

「ええ、大人でもこういう恰好は疲れるんです」


さらにシャツのボタンをひとつ外すコウタロウを見て、サチも安心してゴロリと横になる。


「あの……コウタロウ様」

「何ですか?」

「サチは今日とても頑張りました」

「はい」

「それに今日はサチの誕生日です」

「はい」

「だから……」

「はい」

「だから……ご褒美をください」


ソファに寝そべったままサチは言う。その顔を左側から見下ろしながらコウタロウは答える。


「先ほどブローチを差し上げたと思いますが?」

「それは誕生日プレゼントです。今言っているのは、サチが頑張ったことへのご褒美です」


コウタロウ横顔を見上げながらサチはねだる。その表情は家族の前でも見せない、コウタロウだけが知っている貌だった。それを見てコウタロウの右の口の端が片方だけ僅かに吊り上がった。


「仕方がありませんね」


コウタロウは薄く笑みを浮かべてミサキを一瞥(いちべつ)すると、彼女は首肯して部屋の外へと向かう。


「失礼いたします」


ミサキは深々と一礼して頭を上げる。そして部屋から出た一瞬。閉まりかけたドアの隙間から窓を見た。

ミサキがサチの家で奉公するようになったのは2年前からだ。名家であるサチの家の面々の中でも幼さの抜けきらない少女につくことになったのは、そのままミサキの使用人の中での立場を表していた。

とはいえ、彼女は現状に不満はない。この小さな主が無事に結婚するまで仕えれば、コウタロウとサチが新たに興す家で筆頭使用人になることも可能だ。ミサキが知る限り、名家の出であり、若くして将校の地位に就いているコウタロウの前途は明るい。このままサチについていくことは、中層市民出身のミサキにとって考えうる限りの最高のゴール地点だった。

ミサキの知るコウタロウは無骨な男ではあるが好青年だ。性質に全く問題がないわけではないが、それを踏まえても自分がいずれ仕えることになる家の主として申し分ない。そのためにもサチには機嫌よくコウタロウと付き合ってもらわなければならないのだ。

この家には窓がある。

それはかつてこの国の首都と呼ばれていた都市の全域に根を下ろし、上層を見れば雲さえも貫く超々高層建造体(メガストラクチャー)と呼ばれる、今やこの国の人間の1割が住まうという巨大建造物。その中でも特別な一門だけに許された特権だった。

外の世界は汚染されて久しい。無理をすれば人間が住めない訳ではないが、あまり好ましい環境ではない。

また窓のある家で働いて見せる。

それを強く心に誓い、彼女は二人のいる部屋のドアを閉めた。





「どうぞ」

「はい」


最初は膝の上に頭を乗せるのも恥ずかしがっていたが、今は楽しみなことを隠すことなくちょこんと膝枕に身をゆだねる。

コウタロウは薄い笑みを浮かべたままサチの小さな耳に触れた。コウタロウの骨ばった指先がサチの耳を摘まむ。


「…………っ」


耳の痛点を緩く刺激されると耳介全体に薄い痛みが広がる。だがそこにあるのは痛みだけではない。その裏にある心地よさにサチは小さく息を漏らした。

耳たぶを緩く引っ張ると、サチはさらにもう一度小さな息を漏らす。コウタロウはそれを見て「ふむ」と鼻を鳴らす。以前コウタロウが年甲斐もなく悪戯して以来、この娘は耳にこよりを入れられるのをいたく気に入ってしまったのだ。


ついで彼は小指の先でサチの耳介の溝をゆっくりとなぞっていく。外から内へとゆっくりと指の腹がサチの耳の上を蛇のように這う。その執拗な動きにサチは震える。もちろん嫌悪感のためではない。

それが解っているコウタロウの指がサチの耳の穴に差し入れられる。蛇が巣穴に潜るような動きだった。もちろんサチの小さな耳の穴にコウタロウの指が奥まで入るようなことはないのだが、穴の淵を舐められるような動きにサチはゾクゾクとしたものを感じていた。


「…………ぅ」

「どうですか?」


優し気な声なのに、サチの頭の中では何故か蛇がチロチロと舌を出しているような気がした。サチは蛇が嫌いな筈なのに、何故だか今は嫌いになれなかった。


「き……気持ちいいです」

「それは重畳(ちょうじょう)です」


コウタロウは薄く微笑んだまま、部屋にあったティッシュペーパーを一枚手に取ると、端を持ったままゆっくりと千切る。短冊(たんざく)になった薄紙を指で(よじ)ると出来上がったのは一本のこよりだ。

それを見たサチの口元が僅かに緩む。コウタロウはそれに気づきながらも声をかけることもなく、スッとこよりを耳の中へと導いていく。


ズズズッ……ズズ……ッ


薄紙がサチの耳の穴を掻く。指が入らない奥の部分を刺激され、緩んでいたサチの口元がだらしなく半開きになっていく。その恍惚としたサチの姿を見て、コウタロウはやはり「ふむ」と小さく呟く。

こよりはやわやわとした感触でゆっくりとサチの身体の奥へと進んでいく。これ以上進んではいけない。そういう所でコウタロウの手は必ず止まる。それが何度も繰り返される。サチの躰がピクリと動いた。


「…………ん」


細い体が切なげに震える。サチの身の内では熱いものがじわじわと湧き上がっていた。

コウタロウはやはり「ふむ」と鼻を鳴らし、執拗な動きで手首を(ひるがえ)す。こよりを通じてザラザラとした感触がコウタロウの指に伝わってくる。

慣れた手つきだ。


「…………ッ」


何度目かになるか小さく息を漏らす。こよりはサチの弱い部分を何度も擽る。時おり声が出そうになっていたが、結局彼女は一言も言葉を漏らすことなく躰を震わせた。

そうして最後にサチの耳の穴からゆっくりとこよりが抜き出された。


そのときだ。


風音が聞こえると同時に、サチの耳朶を感じたことのない感覚が襲った。ゾゾォ……と低い音が耳洞に響く。同時に形のない何かがサチの耳孔を舐め上げた。

コウタロウの吐息だ。

サチの全身が総毛立った。


「ひゃぅ!?」


今度は声が出る。


「いかがでしたか?」


コウタロウは楽し気に笑っていた。


「もう、コウタロウ様は意地悪ですね」


髪を撫でた後、サチを膝の上から解放する。


「お嫌でしたか?」

「いえ……そんなことは」

「それは重畳です」


(ひざまず)き、ベッドの脇に転がっていたサチの靴を拾う。サチは淑女然とした仕草でスカートの裾を正した後、そっと足を差し出した。紺色のドレスから見える足は白く細い。コウタロウはそんな彼女の小さな足にそっと靴を履かせた。



〈完〉


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