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5話目

 気がつくと、夜中になっていた。

 床で気絶してしまっていたらしい。


 窓から外を覗くと、蒼い月が2つ見える。起きたのにまだ夢を見ているみたいだ。


「ホントに異世界に来ちゃったんだなぁ」


 ……この時間ではできることもあまりないだろう。今度はベッドで朝まで眠ることにした。

 目を覚ましたら元の世界に戻っていればいいのにな……。




 朝だ。普段は夜型なので正直朝は苦手だ。

 とはいえ、昨日は気絶していた時間でも含めて結構な睡眠時間を確保できたからか、割とスッキリと目覚めることができた。

 起き上がるとなんだかよい香りが漂ってくる。


 くぅぅぅーー……。


 そういえばこちらに来てから飲み物しか飲んでいなかった。

 軽めに身支度を整えてから香りの出処を探すと、どうやら1階から漂ってきているようだ。

 吸い寄せられるように1階に降りると、エプロン姿のナユさんが迎えてくれた。


「おはようございます! ゆっくりお休みできましたか?」

「はい! 久しぶりにゆっくりと眠れた気がします」


 まあそのうちの半分は気絶だったけど。


 と、考えていると、またお腹がなってしまった。


「あはは……。ええと、いい匂いですね」

「ええ。今パンが焼きあがったところなんです。今日のは自信作なんですよ」


 どうやら、朝食を作るのはナユさんの仕事のようだ。


「じゃあ貰ってもいいですか?」


 そういうとナユさんはパァーっと笑顔になる。うん、いい笑顔だ。


「はい、朝食は銅貨3枚になりますね」


 ですよね。有料ですよね。でもその笑顔が見れただけで満足です。笑顔はプライスレスだ。

 残っている手持ちの赤銅貨1枚を渡すと、銅貨が7枚返ってきた。残りの財産は朝食2回分か。……ほんとうにヤバイ。

 イベントの売り上げが鞄に入っているので、500円玉と100円玉はまだかなりの数があるけど、門番さんみたいに銀貨と交換してくれるとは限らない。

 早めに金策しないとだね。


 ナユさんに案内され、空いてる机に座る。

 宿の1階は宿泊客だけでなく、一般の人も利用できる食堂になっているらしい。たくさんある窓から太陽の光が入り込み、爽やかな気分になる。

 まだ早い時間だと思うのだが、食堂には人が結構な人数いた。20人くらいだろうか。なんだか妙に男の人が多いが気のせいだろう……。


 考えても仕方ないので、ノートを見ながら昨日の反省をすることにする。

 小鳥を呼んで魔法の検証が進んだのはよかったが、まさか人を召喚することがあんなに大変だとは思わなかった。強い生物を召喚しようとすると、やはり同じように魔力を消費するのだろうか。この辺りはまだまだしっかりと調査する必要があるな、とノートに書き込んでおく。


「はい、お待たせしました。朝食のパンとスープになります」


 ファンタジーといえば固そうなパン、と想像したが、フワフワの柔らかそうなパンが出てきた。見た目だけでも美味しそうである。

 そんなことを考えていると、じーっとこちらを見つめるナユさんと目が合った。


「その絵、シロスバメですね! お客様が描かれたのですか?」


 どうやらノートに描かれた絵を見ていたようだ。シロスバメというのは昨日のたくさん召喚してしまった小鳥のことだろうか。

 そうですよ、と返事をすると、ナユさんは顔を輝かせる。


「す、凄い! お客様は画家さんなのですか?」

「えーと、そんな感じですね。」


 こっちの世界にも画家という職業があるみたいだ。絵で生計を立てられるのならば、ギルドのクエストというのよりも安全にお金稼ぎできる気がする。ただし、生き物を描くと召喚してしまうが。


「あ、自己紹介がまだでしたね。私はナユといいます。少し前までは冒険者をしてたのですが、今はこの宿の女将見習いです」


 そういえばまだ自己紹介とかしていなかった。ナユさんの名前だけは一方的に知っていたけど。

 そんなことを考えながら私も自己紹介をする。

 

「私は白瀬ゆきって言います。あ、ここだとユキ・シラセの順の方がいいのかな? 

よろしくね、ナユさん」

「はい、ユキさんですね。よろしくお願いします」


 って、あああー。間違えてペンネームで名乗ってしまった。この仕事を始めてから、あんまり人前で本名を言うことなくなっちゃったから……!

 ちなみに本名は白河有希だ。漢字はちょっと違うが、ほぼ本名のままだ。

 ……まあ、普段ゲームするときとかもペンネームをもじったりしてるし、もうこちらではこのままいきますか。


「ユキさん、よければ私も描いてもらえたりしませんか?」


 理由を聞いてみると、なんでも画家というのは大体が貴族のお抱えであり、一般の人は気軽に依頼できないらしい。絵のモデルというのがどのような感じなのか一度体験してみたい、ということだろうか。

 画家が貴族のお抱えということは、貴族がパトロンってやつなのかな。そうすると何かコネでもできない限り、画家としてお金を稼ぐのは難しそうである。


 描いてあげたいが、今の私がナユさんを描くとナユさんを召喚してしまうに違いない。また倒れることになりそうだし断るか。


「私、あんまり人は描き慣れていませんので……」

「宿代をもう一泊分サービスしちゃいますよ!」

「ぐっ」


 それはかなり魅力的だ。

 あと今まで無視していたが、どうも周りの客、というより男連中から妙に見られている気がする。ナユちゃんの頼みだぞ、とか、その位やってやれよ、みたいな声が聞こえてくる。そうか、この男の人たちはそういう集まりか……。

 周りの様子に気を取られていると、それを考え込んでいると勘違いしたのか、ナユさんが追撃をかけてくる。


「今日の晩ごはんもつけます!」

「……今度でよければ」

「ホントですか! ありがとうございます」


 ガタッと身を乗り出し、めちゃくちゃ良い笑顔でお礼を言ってくる。うわ可愛、って顔近い顔近い。


「それじゃあ今夜とかは大丈夫ですか?」


 うん、素敵な誘い文句だね。周りの視線がちょっと怖いくらいだ。私が女じゃなかったらもっと酷い視線を浴びていたに違いない。

 搾り出すように、大丈夫です……と告げると、ナユさんは嬉しそうに厨房へ戻っていった。


 まあ召喚してしまっても自分が気絶するだけだし、それで明日の宿も確保できたと思えば儲けものか。

 それにナユさんは冒険者だった、と言っていた。強いのだろうか。一度召喚すれば、危険なときに呼び寄せて助けてもらえるかもしれないな……と、無理矢理自分を納得させることにした。



 朝食は美味しかったが、食べている間ずっと視線が痛かった。


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