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1話目

よろしくお願いします。

 赤い光が視界一杯に広がる。


 余りの眩しさに目を瞑りそうになるが、目を細めながら光の出所を探す。

 どうやら私の真下、――いや、正面の机に浮かび上がった魔法陣から光は溢れているみたいだ。

 眺めていると次第に光が強くなっていき、目を開けていられなくなる。

 不意に身体から力が抜けるかのような感覚が私を襲い……。


 そこには、頭に一本の角を生やした、兎が座っていた。



---------


 半日ほど時間を戻そう。


 都内、午後11時過ぎ。

私はイベントの打ち上げを終えて家に帰宅している途中だった。


 普段はイラストレーターとして働いているが、ときどき同人誌即売会にも参加しており、今日はその当日だったのだ。


「久しぶりに家から出たから疲れた……」


 いつも家に篭って絵を描いているため、こういうイベントがないとなかなか外出しない。最近体力が落ちてきたなぁと、某筋トレのゲームも始めてみたがまだまだ効果は薄いみたいだ。


「……っと、着いた着いた」


 余計なことを考えていたら、アパートを通りすぎるところだった。

 

「ただいまー」


 誰もいないのは分かっているのに、ついつい口に出してしまう。独り言が増えるのは、一人暮らしの性だと思う。

 そんなことを考えながら玄関を開け、扉を潜った瞬間、足元から白い光が弾け――。





 目を開けると、見たこともない草原の真ん中に、ぽつんと一人で立っていた。




---------


「え、なにこれ……。うちは?」


 振り返って入ってきたはずの玄関を見るが、そこには玄関などない。先ほどまでと同じように、ただ草原が広がっている。

上を見ると太陽が高いので昼間みたいだ。雲ひとつない青空が目に沁みる。


 え、帰った瞬間に寝落ちした……? そうだとすると、起きたらタンコブできてそうで嫌だ。というか、なんだろうこの、まるでファンタジーの世界みたいな草原は。


 スマホを確認してみると、時刻は午後11時8分のままだ。ただし、しっかりと圏外と表示されている。23区内じゃないとはいえ、都内なのに・・・?

夢だと思いたい。が、持ち物のディテールがしっかりしすぎているし、意識もはっきりしているので、おそらく夢ではないのかもしれない。



「で、これからどうしろと……」


 まさにこの一言に尽きる。

 もう疲れているので寝たいんですけど。


 まるで少し前に流行っていた異世界モノみたいじゃないか。

 しかしそれでも違和感はある。召喚系なら召喚した人が近くに居るはずだし、転生系なら直前にトラックに轢かれるはずだけど、それもなかった(偏見)。

 

 どうやれば元の世界に戻れるのだろうか。イベント明けで、次の仕事の〆切まであんまり時間ないんですけど……。


 せめてもうちょっとヒントが欲しい……。


 もしかしたら、現実のどこか知らない国に転移しただけかもしれない、という想像をするくらい許して欲しい。そもそも転移すること自体おかしいんだけど。そんなことを思いながらその場でくるっと一周見渡してみる。


「うわー。ホントに木と草しかない。……ん? 今、遠くに何か見えたような」


 目を凝らしてその何かが見えた方向をジッと見つめてみる。

 100mほど先だろうか。木の陰に隠れてしまっているが、どうやら立て札のようなものが見える。


 他にヒントもないので、その立て札のところまで移動する。

 移動しながら、読めない文字だったらどうしようとか考えていたのだが、その予想通り全く見覚えのない文字が立て札には書かれていた。

 

「ダメかー……」


 ガックリとうな垂れながら、もう一度じっくり看板を眺めてみる。

 すると、ミミズのようなよく分からない文字の上に薄っすらと日本語が浮かび上がってきた。

 なんでこういうところだけイージーモードなんだろうか。いや、嬉しいけども。


 考えても仕方ないので、浮かんできた日本語に戻る。

 そこにはこう記されていた。


『スカウン市:ここから矢印の方角10km、

 サイリュウ市:ここから矢印の方角25km』


 聞き覚えのない地名だ。それぞれの矢印はほぼ真逆を向いている。

 どちらも地味に遠いが、10kmなら2時間程度か。そう考えて、スカウン市と書かれた方角へ向かうことにする。よかった、行動指針は経った。




 歩き始めて1時間半くらい経った。

 このくらいまで来ると、遠くに確かに街壁のようなものが見える。あれがスカウン市なのだろう。

 正直もうそろそろ限界。体力がないし、眠たい。

 街は目の前だが、少し休憩することにする。木の下に座り込みながら、持っていたペットボトルのお茶を飲もうと鞄を開けようとすると、ガサっと草を揺らす音がする。


 そこには、頭に一本の角を生やした兎が居た。座ったときの振動に驚いたのか、木の陰から伺うようにこちらを見ている。全長は50cmくらいある。


「んん、なにこの子、可愛い。けど、なんか大きい……?」


 そう呟きつつ、背中でも撫でてみようと立ち上がると、兎は一歩後ろに下がり、



 助走をつけて、角を突き出しながら体当たりしてきた。



「きゃっ!?」


 なんとか鞄で角をガードし、って鞄に穴が開いて貫通してる……、慌てて兎から距離を取る。この鞄、結構いい値段だったのに。


「いやいや、洒落にならないでしょ……。驚いただけ、じゃないよね。魔物、とか、そういうファンタジー的なの?」


 もちろん問いかけても答えは返ってこない。

 兎はもう一回体当たりをしようとしているのか、こちらに狙いを定めているように見える。



 ここは逃げよう。うん。



 リングなんとかくらいでしか運動していないので体力に自信はないが、鞄を振り回して兎が近寄らないようにしてから、一気に街の方へ駆け出した。


 200mほど全力で走ると、兎もそれ以上は追う気がなかったのかついて来なくなった。


「ぜー、ぜー、む、無理……」


 絶対体力つけよう。

休憩したいが、また襲われたら堪らないので、休憩もせずに街に向かうことにした。さっきのような変な生き物に会わないように周りを見渡しつつ、更に40分ほどかけて街の入り口に到着した。




 遠くから見えていたときから思っていたが、街壁がめちゃくちゃ高い。

 石を積んで作られたオーソドックスな街壁だが、10mくらいあるように見える。


「ん、なんだ? 旅人か?」


 うわーとか、うへーとかよく分からないことを言いながら街壁を眺めていたら、唐突に話しかけられた。


「え、私の事? ちが、……いや違わないか。そうです。」


 街に入りたいんですが、と付け加えながら、声をかけてきた30代半ばくらいの男に告げる。門番のようだが、髭面で槍を持っていてちょっと怖い。


「ずいぶんと珍しい格好をしているな。どこから来た?」

「ええと、サイリュウ市から……」


 異世界から、とか言いたかったが、とても信じてくれなそうなので、とりあえず立て札に書いてあった隣の都市の名前を挙げてみる。


「……まあいいか。街に入るなら、入市税が銀貨1枚だ」


 ニュウシゼイ、入市税ね。確かに異世界モノでよく見るよね。


 財布を取り出して中を見てみる。

 残金3980円。これとは別に今日のイベントの売り上げも鞄に入っているが、そちらも日本円しかない。


 迷った挙句、百円玉を渡してみる。銀貨というからには、お札より硬貨の方がたぶんいいだろう。


「見たことない硬貨だな。銀貨は持っていないのか」

「ありません」

「……分かった、珍しい硬貨に免じて、この硬貨2枚で銀貨1枚と交換してやる」


 ここは正直に言った方がいいだろうと、返答してみたが、予想外の返事が返ってきた。ここもイージーだ。レートがよく分からないが、お金がないよりマシだろう。

 財布に入っていた4枚の百円玉を銀貨2枚と交換してもらい、1枚を入市税として支払う。


「ようこそ、スカウン市へ。市中で騒ぎとか起こすなよ」

「はい、ありがとうございます」


 お礼を言って城門をくぐる。



 そこは、やはりどう見ても異世界であった。



 石畳や建物など、街のつくりは所謂西洋風であるが、そこを歩く人達が現代とは全く違う。ファンタジー物によく出てくるチュニックのような服を着たピンク髪のおばさんや、緑髪の子どもが歩いている。

 あ、あれ猫耳だ! とちょっと無駄にテンションあがってしまう。いや、オタクならしょうがないよね。その猫耳の女の子は、ただ布を紐で縛っただけのような格好だった。うわー、えっっt……、いや、よく見てみると首輪のようなものもしている。奴隷か……。

 どうして異世界モノだと大体奴隷が出てくるんだろうか。


 とりあえず入り口に突っ立っていてもしょうがないので、先ほどの門番のおじさんに宿を紹介してもらうことにする。とにかく一眠りしたい。

 おじさんの紹介では、高くていい宿は中央通り、それなりの宿は東通り、安いがあまり治安がよくないのが西通りにある、ということだ。


「まあ、さっきの銀貨1枚じゃ中央通りの宿には何泊もできんがな。早々にギルドでクエストこなすなどして、お金を稼いだ方がいいぞ」


 そんな風に茶化しながらアドバイスされた。なんだか色々と気になる台詞である。クエストとか、もう異世界確定ってことにした方がよさそうだ。

 ついでにギルドとやらの場所も聞いてから、東通りの宿へ向かうことにした。やっぱり、治安悪いって言われると怖いよね。



 宿を探して東通りを進んでいると、なんだか妙に私の方に視線が集まる気がする。見渡して聞き耳を立ててみると、どうも黒髪が珍しいようだ。確かに浮いているね。


「そこのお姉さん、宿をお探しでしたら、ウチに来ませんか?」


 と、キョロキョロしていたら女の人に話しかけられた。探していた宿の客引きのようで、ちょうどよかった、と声のした方を振り返る。


 そこには薄い青髪の女性がいた。少し自分より年下に見えるので、25歳くらいだろうか。髪の長さは肩程度で特に飾り気などないのだが、異様に美人だ。か、顔がいい。好き。


「あ、ああはい、是非案内していただきたいのですが」


 変に敬語になってしまった。美人は好きだけど接し慣れてなくて苦手だ。同じ女性なのに……。


 はい、と微笑み歩き出した女性に付いていき、雑談をしていたら東通りの宿に着いた。雑談といっても、コミュニケーション力なすぎて、ああ、とか、はい、しか言えなかったけど。

 自宅仕事という名の半引きこもり生活の弊害である。



 宿に入ると、40代半ばくらいのおばさんが迎えてくれた。

 この人も昔は美人だったんだろうな、というのが一目で分かる。今でも十分整っているが、少し皺が目立ちはじめている。どうやら、案内してくれた女性の母親のようだ。

 美人親子の宿、――おや、こう考えたらかなりお得な気がしてきた。


「いらっしゃいませ。お泊りでしたら1泊赤銅貨2枚、相部屋の雑魚寝部屋なら1枚です。

いかがなさいますか」


 新しい貨幣が出てきた。赤銅貨……?

 たぶん銀貨の方が高いんじゃないだろうか。銅と銀だし。


「ええと1人部屋を2泊分お願いしたいのですが」


 そう言いながら、銀貨を1枚渡してみる。


「はい、お釣は赤銅貨1枚ですね。ではお部屋にご案内致します。ほらナユ、お客様を201号室に案内してあげて」

「はい、お母さん」


 よかった、予想通り銀貨の方が通貨価値高いみたいだ。

 しかし、200円で交換した銀貨1枚で2泊できるのか。門番のおじさんごめん……。

 あとここまで案内してくれた女性はナユさんというらしい。


 ナユさんに部屋に案内され、簡単な説明を受ける。説明が終わり、下へ母親の手伝いに戻るというナユさんを見送ると、ようやく1人落ち着ける状態となった。




「ふぅ、いやしかしどうしようかな。目標は元の世界に戻ることとして……」


 次のイラストの〆切まで1週間ちょっとしかない。このまま寝て起きたら、元の世界に戻ってたりしないかな……。

 とはいえ、普段は想像でしか考えられないような場所にいるのだ。是非各所を見て周りたい気持ちもある。そしてイラストを描くときの資料にしたい。スマホゲーのキャラデザの依頼とかも受けているので、その参考になるかもしれない。


 できるだけ早めに帰る方法を探すとして、見つかるまでは創作のための取材旅行、みたいな方針にすることにしよう。

 猫耳とか居たし、取材としてはこれ以上ないよね異世界、と少しウキウキもしてしまう。

直近の〆切はまあ、間に合わなかったらごめん……。


 さし当たっては、護衛術を見につけた方がよさそうだ。どうもこの世界には、あの兎のように人を襲う生き物もいるようだし。

 よくあるラノベやゲームの異世界モノのことを考えるとサクッと帰れるとも思えないので、ある程度生活基盤を固めてから帰る方法を探す必要がありそうだ。

「あの人、めちゃくちゃ〆切破るぞ」って、業界から干される前には帰りたいな……。



「とりあえず、あの兎のことを描いとこうかな」


 そう呟きながら、穴の開いた鞄からスケッチブックと筆記用具を取り出し、今日出会った兎の絵を描き始める。

 イラストで生活しているだけあり、なかなかの再現度で兎の絵を書き記していく。



 そしてその兎の絵が描き終わったところで――、

 長くなったが冒頭の場面に戻ってくる訳だ。




 そこにはどこからどう見ても、草原で襲ってきたあの兎が座っていた。


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