第8話 続く平穏
校長と話していたら、とっくの昔に下校時間は過ぎてしまっていた。
クロエたちも図書館にはもう居ないだろうな、と思いつつも図書館に侵入、『影』を使って欲しい本を一気に探し始める。
(調べ物だけはしておきたいからな。)
100冊近い量の本を周囲に侍らせつつ、黒音は『右目』を使うことを決める。
いざと言う時のために、といつまでも使わないままではどれほど弱体化してるのか分からない状態でいざと言う時を迎える羽目になる。
右目はそもそも宛にしない方がいいかな、とは思うが無いと有るとでは大違いだ。
ゆえに、今ここで能力がどれほど弱体化したのか、どこまで使えるのかを検証することにする。
(ついでに、本は全て複製しとくか。)
黒音の『右目の力』、通称『書き直し』。
あらゆる全ての本質、情報を見ることが出来、なおかつその情報を書き換える事が出来る能力。
様々な物理現象をその場に引き起こすことも自在だし、土や水から鉄や黄金を作り出すことも可能だし、その逆も可能。
発動条件は目で対象を見るか、直接接触すること。
更には接触時の発動ならば、生命体に干渉することも可能である。
例えば、触れた相手を石像に変えたり、あるいは全く違う生物に変えてることもできる。
「一通り複製は終わったな。帰るか。」
とりあえず能力に関してわかったのは、セーブしつつ連続して発動できるのは10分ほど。
1度使用すれば、恐らく数時間はクールタイムが必要になる。
クールタイムがどれ位かはこれからの検証になるし、もう少し回数を重ねての検証が執拗になるとは思うが、ざっと最大出力で使えば5分が限界、感覚をある程度あけての少しの使用ならばクールタイムにそこまで時間を要さない、とみた。
「ただいまだ。」
少し屋敷めいた大きめの家にたどり着き、中に入る。
ただいま、なんて言葉が通じるのかは分からないがとりあえず言っておく。
「おっそい!何してたの!?」
「ん、校長との話が長引いてな。ご飯は……今から作るか。」
「そうしてちょうだい。」
「随分大きな態度だな……そんなんじゃ嫁に行けないぞ?」
「女性が家事、男性が軍役なんて時代はもう古いわよ。私は時代の最先端を行くの!」
「それがただの言い訳でなければ立派な心がけなんだがなぁ………。」
その話を聞くに、明治期の日本のような文化の名残はこの世界にもあるようだ。
とはいえ、女性軍人がいたり、男女の扱いで差が大きくないことから、この国はかなり男女平等な文化であると言える。
民俗学者や歴史学者では無いからあまり興味はそそられないものの、この世界の文化やその成り立ちが一体どんなものなのかは多少なりとも気にはなる所である。
「そういえば気になるんだが、クロエの得意な系統ってなんだ?」
ふと、何気なしに聞いてみる。
すると、明らかに落ち込んだような暗い表情に変わる。
これは異能について聞いてみた時と同じだ。
とはいえ、これから大きな戦いが起きるかもしれない。
顔見知りの能力ぐらいは把握しておきたい所だ。
「………無いわよ。」
「全てに、か?」
「…………えぇ、そうよ。」
なるほど、それは落ち込みもするか……と黒音は考える。
だが、聞いた話ではこの世界の人間は誰しもが8属性のどれかには目覚めるという話だ。
無い、というのは些かおかしなものではある。
「色々調べてもらったんだけどね。誰にも原因は分からなかったの。」
「………なるほどな。でも魔法陣は使えるだろう?」
「………戦闘じゃ役に立たないじゃない。」
「そんなことはない。というより、俺は魔術陣などを介さなければ魔術が使えないからな。それでもそれなりには戦えはする。要は使い方だ。」
「………使い方?」
「そうだ。ものは使いよう。何事にも工夫が必要だ。それをせずして使い物にならないとはへそが茶を沸かすというもの。お笑い草もいい所だ。」
クロエは黒音の使った言葉の意味は分からなかったが、バカにされている、というニュアンスは理解した。
創意工夫、その言葉を聞いて少しは希望が芽生える。
「なんなら俺が色々アドバイスしてやってもいい。何事も挑戦だ。何もせずして諦めるなど、人間のそれでは無い。」
「そう、そうね。………うん、ありがとう。」
クロエの表情が少しづつ明るくなる。
黒音としても、適性がないと言うのは気になるところだ。
そこら辺を詳しく調べつつ、クロエを弟子みたいにするのも悪くは無い、と黒音は考える。
「確か、異能もあるんだったな?異能はどんな能力なんだ?」
「巨大な右腕を出すだけよ。これで自由に動かせたりしたなら使えるんだけど………ほんとにただ出すだけなの。」
「………ふむ。」
巨大な右腕を出すだけ。
とはいえ、それでもそれは能力なのだ。
何かの右腕を召喚したのなら、その右腕には必ず何かしらの意味が、効果がある。
(………使用者本人に自覚がないだけ、か?)
あるいは、能力が強大すぎるために使用者が御しきれて居ないのか。
だが、いずれそれは分かることだ。
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その後、3日程何事もなく日々は過ぎていった。
それほど経てば、クラスメイト達も黒音の存在に慣れてきて、喧騒だった空き時間は落ち着きを取り戻し始めていた。
黒音は魔法書などを片っ端から読み漁り、1人で新しい魔法陣を作りあげている。
(この召喚システムとやら、別の魔法に応用出来そうだな………。)
黒音が図書室で魔法陣を組みたてていると、後ろから声がかかった。
「これは………召喚魔法陣ですか?でも、それにしては召喚対象や攻撃魔法なども付与されている見たいですけど……。」
見れば魔法陣の授業担当の教師が立っていた。
確か名前は………リザ・サーラだったか。
華奢で大人しいのが印象的な教師だ。あちらから話しかけてくるとは珍しい。
「知ってのとおり、自分は異世界の住人ですから。この世界の魔法と自分の技術を繋ぎ合わせてみてるんです。」
「なるほど………あっ、実は私も今は召喚系の魔法陣の研究をしてまして。いい所まではいったんですが………生き物を転移させるには後ひとつのピースが足りないみたいなんですよ。」
「自分の知識が役に立つかは分かりませんが……。」
そう言いながら、黒音はリザの言う魔法陣に関して詳しく説明を受ける。
「それは位置座標のみにしているからダメなのではないか?」
「位置座標のみ、ですか?しかし位置座標さえ変えることが出来れば理論上転移はなるのでは………?」
「それでは位置が変わるだけだ。移動する訳では無い。」
「………?すみません、意味がわからないのですが……。」
「本人の魂……いや、転移対象の魂の情報を移動させなきゃ行けないんだ。位置を入れ替える、というのはそう言う事だ。空間と空間を繋げるわけでも、別の空間に同一個体を再構築する訳でもないこの転移方式は、移動すべき座標点が入力されていても移動すべき対象が入力されていてない。故に転移しないのだ。」
「なるほど、転移対象の情報、ですか。ありがとうございます。」
そう言って、何やらブツブツと呟きながらリザはどこかへと言ってしまった。
「………なるほど、転移魔法陣ねぇ?」
リザが描いていた魔法陣を見て、黒音はニヤリと笑みを浮かべる。